110 / 360
学園編 2年目
男爵家男孫と神学科の天使 罪と罰1
しおりを挟むアポロンの神殿『第3の門』
美しい壁画で埋め尽くされた壁に、青と紫のステンドグラスの光が差していてる。
煌びやかな祭壇で、アポロンは数人の『祝福』を済ませた。どの人も頭から足の先まで高価な物で包まれた貴族だ。
最後の1人はとある侯爵の大祖母だと言う。
病を患っていると言い頻繁に此処を訪れていた。だが悩みである数々の不調はただの老化だろう。
いつもなら皺くちゃの手を手袋で隠しているが、『祝福』を受ける時だけは外して祈りのポーズを取った。
その手でアポロンと握手をする。
「ありがとうございます、アポロン猊下」
微笑むアポロンの笑みが引き攣ったのは、次の言葉を聞いてからだ。
「今日もシヴァ様はいらっしゃらないのですか?」
これでもう、何度目だ。
「シヴァはまだ修業中の身ですから」
この返答も何度目だ。
「シヴァ様は一緒では?」
「今日はシヴァ様は?」
「シヴァ様のお話は」
「シヴァ様にお会いしたくて」
シヴァシヴァシヴァ!!
その時、アポロンの執務室前の廊下にガラスの割れる音が鳴り響いた。
慌てて扉をノックする神官達の前で扉は難なく開いた。アポロンが申し訳なさそうに立っている。
「すまない、よろけて水差しを割ってしまっただけだ」
キィと開かれた扉の奥で、確かに床に水差しとコップだったらしきガラスの破片が飛び散っていた。
慌てて片付けに入る神官達を横目に眺め、時計を見た。来客の予定の時間だ。
床の掃除を頼み、アポロンは双子神官を連れて客人が待つ応接室へと向かった。
西部地方の公爵当主とその娘と孫だ。
まだ乳児の孫は、生まれ付き身体が弱いので度々『祝福』を受けに来る。軽い挨拶を交わし、近況などを聞いたら孫だけを連れて別室へと向かった。
ノックをすると澄んだ声で返事が聞こえた。
名前を言うと戸が開く。部屋の中には待機させているシヴァが居た。
「アポロン猊下」
嬉しそうに微笑む顔は誰が見ても美しいと称される可憐さを持っている。昔はこの顔が誇らしくさえあったのに。
双子が孫をシヴァへと渡す。
シヴァは愛しげに胸に抱き、中へと案内した。
最近、随分と積極的に『祝福』や『治癒』の奉仕を施している。シヴァはアポロンの許可なく『祝福』も『治癒』も出来ないから、わざわざ転移装置を利用して頻繁に訪れるようになった。
そのお陰なのか、シヴァの腕は確実に上がって来ている。
赤子は『治癒』を受けると、キャッキャッとシヴァへ手を伸ばす。来た時と違い、肌の色も元気も良い。
「終わりましたアポロン猊下」
欲しい賛辞は全て手に入るだろう笑顔が、胸の奥を引っ掻いてくる。
赤子を公爵家当主へと返すと、元気になった我が子に娘は安堵し何度も頭を下げた。
「流石はアポロン猊下です。前よりもどんどん元気な時間が増えてるんです」
「通常の『治癒』では効果がなかった。矢張り病なのだろう…この国に貴方が居て下さって良かった」
老紳士も頭を下げた。厳格さで有名な当主も、娘や孫の前では穏やかで優しいお祖父様のようだ。
「いえ、私は私に出来る事をしたまでです」
にこやかに言うと2人はまた頭を下げた。
退室の支度をする様子を眺めていると、娘の方が少し部屋の中を見渡し
「そう言えば」
と言った。
「シヴァ様は?良ければご挨拶したかったのですが」
「そう言えば最近お会い出来ていない。あの方の顔を見ると、娘はとても安心出来るようなんです」
「顔だけではありませんわ。お言葉に心が救われるのです。この子もシヴァ様に懐いておりますし…」
「そうだな。あの様な優秀な神官様が後継とは、アポロン猊下も安心でしょう」
後継などまだ少しも考えていないアポロンにとって、それは褒め言葉ではなく、言外に引退を望まれている様に聞こえた。そうではないと分かっていても、拭い切れない疑心と不快感は心に根を張っていく。
見送った後、執務室へ戻ると床は綺麗になっていた。
それを見ても心が清くなる事はない。
誰もが口を開けばシヴァシヴァと。優美に育った彼を褒め称える。シヴァへの賞賛の声を聞かない日はない。老若男女、身分も問わず。
これで良い。
アレの功績は私の功績だ。
その筈なのに
ーーコンコン
「アポロン猊下、シヴァです」
声も、何もかもが澄んでいる。
「お話が」
コレは私の手段
私が望みを叶える為の道具
私の傀儡でしかないくせに
『アポロン、自分しか愛せない君が親になれる訳ないだろう』
憎きヘリオスの顔が浮かんだ。
『いずれ君を破滅させるのは、シヴァだろうね。分不相応のものを欲しがるからだよ』
黙れ黙れ黙れ
光属性で生まれながら聖書に異を唱え、戒律も都合良く解釈する異端児め
それなのに豪胆な変人は、民衆に好かれていた
なぜ神々はあれに天罰を与えない
何故
『予言しようか、君の描く未来は来ないと』
ヘリオスの言う通りなんかになるものか
そう思っていたのに
「学園を卒業をしたら、地方巡礼に力を」
私の言い付けを守らないのなら
私の手元から離れる気なら
お前など要らない
「シヴァ」
アポロン猊下の声は、今まで聞いた事がない程に鋭い重みを持っていた。私は何か怒らせたのかと困惑し、声が詰まってしまう。
しかし、アポロン猊下は笑っていらっしゃった。
見た事もない歪んだ笑み。
背中に冷たいものが這い上がる。
「『浄化』を、聞いた事があるかい?」
嫌な予感がした。
私の全てをひっくり返されるような、そんな予感。
首を振った。
知らないと言う意味と、聞きたくないと言う意思で。
だけどアポロン猊下のお言葉は止まらなかった。
.
.
.
「ーーィ……せんーー……ぱ、…ーー」
夏が終わると言うのに、今年は残暑が厳しく、手を照らす陽射しは窓越しと言うのに焼けるようだ。
光は私の味方だと思っていたのに
いや、この手の中にあるものだと思っていたのか
掌を上にして光を眺めた。
白い肌に射す眩い光、じりじりとした熱。
握り締めても掴めない。
そこにあるのに、そこにない。
何もかもが私の思い上がーー
「先輩」
肩を掴まれ、ハッと顔を上げた。
目の前には眉を顰めたジン君の顔がある。
「…着いたよ」
「えっ…あっ、す、すみません。ぼうっとしてしまって」
黒髪を揺らすように頭で指し示すのは、馬車の外。中央地帯の外れにある教会だ。
窓の外を見て慌てて身支度を整える。
ジン君の手が離れるが、動く気配がないので、顔を見た。本当は見たくないけど。
案の定、射抜くような鋭い視線が赤褐色の瞳から注がれていた。
(大丈夫)
自分に言い聞かす。
(『浄化』は他者も気付かないフェロモン型の魔力粒子。ジン君もきっと気付いていない。…それが私にあった事も、そしてそれを…)
目を合わせて微笑み、「どうしました?」と首を傾げる。
(失った事にも)
アポロン猊下から『浄化』の話を聞いた夜、私が人々に愛された理由を思い知り、眠れなくなった。いっそ誰かに打ち明けようかと思ったが、『浄化』そのものが秘匿の存在であるので、それも叶わなかった。
眠れぬ夜が明けた時、私は自分の異変に気付いた。
髪を切った翌日に少し肩が軽くなるような、その程度の違和感だった。時が経つに連れて違和感は失せ、残ったのは
不安感
今まで私を敬愛して下さった方々は、話を聞いて涙してくれた人々は、親しみを込めて名を呼んでくれた彼らは、『浄化』なき今の私を認めてくれるのだろうか。
(嗚呼…本当に私は慢心していたのだ)
アポロン猊下は、これは私の罪だと仰られた。自分の努力でないモノに助けられているのに、さも自分の力のように振舞う横柄な態度が目に余ると。
(その通りだ。私は心のどこかで自分が凄いのだと思っていた)
恥ずかしい、情けない、だが弱音を吐いてはいられない。他の神職達は『浄化』など持たずに、しっかりと信徒達と心を通わせている。
私はただ、皆と同じスタートラインに立っただけ。
散々と周囲に迷惑を掛けた私だ。これ以上の迷惑は掛けられない。心配して貰おうなんて、以ての外だ。
ジン君は、相変わらず何もかも見透かしているような目で私を見詰めてくる。
目を逸らしたくなる。彼もいずれ、『浄化』のなくなった私の中毒から解放され、離れていくのかもしれない。
これからどんどん、周りから人が居なくなるのだろう。
だって騙していたようなものだ。
目の前には、本当に騙してでも手に入れようとした人がいる。自分の都合のいいように物事を解釈し、自分が言うなら喜ぶだろうと傲り、愚かな過ちを犯して傍に引き摺り込んだ人。
私の罪そのもの。
『君が庇うあの冒険者の彼も、『浄化』には勝てなかったのだろう。でなければ、どうして君の傍にいる?純粋な好意だと言えるかい?』
アポロン猊下のお言葉に何も言い返せなかった。
(……せめて、どうか、卒業までは、隣に)
約束した、と言って良いのかも微妙だが、彼に願う事はそれだけ。
ジン君は何も言わない私に、諦めたように息を吐くと先に馬車を降りた。いつも通り、私をエスコートする為に。腰を上げ、外で待つジン君の差し出された手へ指を乗せようとして、再び襲ってくる不安感に恐怖さえ覚えた。
(ここの神官達は気付くだろうか。何も持たない私に)
「……は…」
息の仕方を忘れてしまう。
手を乗せたら降りなければ。降りたらあの門を抜けなければ。抜けたら扉を開け、神官達が。
今までと違う私に失望するのでは
パシッと下から手を掴まれ、ハッとする。
「先輩、今日はやめとくか」
「…え」
「今日暑いし、偶にはサボってゆっくりしても良いんじゃないか」
「な、何を仰るんですか!巡礼はとても大事な活動のひとつなのです。こちらの教会の神官様達も、信徒達も、私達を待っていらっしゃるのですから、そんな簡単にサボるだなんて言ってはダメです!」
「そう、ダメか。先輩は偉いな。それなら行こうか、胸を張って」
「………」
微笑むジン君の顔と声が優しく、けれど力強く響いて、あれほど怖かった地面へと降り立つ。
『胸を張る』
知らず俯きがちだった事に気付いて、言われた通りに胸を張って歩き出した。ジン君はいつもよりも近くに立ってくれている気がする。
扉を開けたら、いつもと変わらず神官様や信徒達が暖かく出迎えてくれた。名を呼ばれると安心する。笑顔を見て元気になれた。
ちらりと背後のジン君を見ると、こっそりと私にだけ見えるようにウインクを下さった。
まるで肯定されてるような、褒めてくれているような、胸を打つ仕草。
(私は貴方の兄弟、貴方が誇れる私で居なければ)
だからこそ、今は貴方に甘えるべきではない。
237
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】
星森 永羽
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
公爵家の次男は北の辺境に帰りたい
あおい林檎
BL
北の辺境騎士団で田舎暮らしをしていた公爵家次男のジェイデン・ロンデナートは15歳になったある日、王都にいる父親から帰還命令を受ける。
8歳で王都から追い出された薄幸の美少年が、ハイスペイケメンになって出戻って来る話です。
序盤はBL要素薄め。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
2026/02/14 累計30万P突破御礼バレンタインSS追加しました
2026/02/15 累計いいね♡7777突破御礼SS 19時に公開します。
様々な形での応援ありがとうございます!
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
僕の、しあわせ辺境暮らし
* ゆるゆ
BL
雪のなか3歳の僕を、ひろってくれたのは、やさしい16歳の男の子でした。
ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります!
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。
はぴねこ
BL
高校生の頃、片想いの親友に告白した。
彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。
もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。
彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。
そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。
同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。
あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。
そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。
「俺もそろそろ恋愛したい」
親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。
不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる