魔界で始めるチート牧場ライフ

太郎月

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会ったばかりの知らない男を部屋に上げて大丈夫なものか、玄関を開ける直前になって不安になったが、結局上げた。

今、男は小さな仏壇の前で手を合わせている。

じいちゃんばあちゃんにもと言ったが、遺影は母のしかない。だから、棚にしまっていた祖父母のツーショット写真を並べて置いた。

線香の匂いに、知らない男の匂いが混ざる。
不快さは全くない。ただ奇妙なだけだ。
大きな背中だ。髪と髭が白くなかったら老人には思えないかもしれない。

男は顔を上げると、母の写真を手に取った。

「俺が知ってるサラより成長してるな」

「成長って……老けたんだろ」

「こんなもん老けた内に入らねぇよ。見ろ、こんなに綺麗だ」

振り返って写真を見せ付けて来る。俺は見慣れた遺影の中の母を見て、呆れたように息を吐く。

「見ろって、いつも見てるよ」

「それもそうか。どうせなら生きている内に会いたかったな」

笑う男の優しい声のせいで、クソ野郎の筈なのに憎めない。子供の責任なんてひとつも取らなかったんだ。認知もなけりゃ養育費も当たり前になかった。

「でもサラが嫌がるか。俺の事は墓まで持ってくって言ってたからな」

「………そんな事言ってたのか?」

「ん?ああ、俺の正体もあるしな。説明が面倒と言うか……まあ普通信じないだろ。サラが頭おかしい女と思われちまう」

「…………正体以外を上手い事説明……」

出来る訳がない。
母は全部覚悟の上で、種だけこの男から欲しがったんだろうから。

『子供だけが欲しかったから、父親は居ないのよ』

なんて流石にあの母親でも言わないだろう。
つまり、つまりだ。

「……母ちゃん、最初から本当の事を話す気なかったな」

母はとぼける時、ギュッと目を瞑って笑う。その顔が脳裏に浮かんだ。
その顔を見ると、もう良いかと言う気になってしまうのだ。

コトン、と遺影が戻された。

「それで、お前これからどうするんだ」

「……どうするって」

男が体ごと振り返って、本当に父親のような質問をして来て身構えてしまう。

「さっき言ったろ。お前は人間界だと長く生きれない。体が適応出来ねぇんだよ。このままだとマジで早死にするだけだ」

「いや……俺の方が聞きたいよ、どうすれば良いんだよ」

「人間界に未練がないなら、魔界に来い」

「……………マカイ…?」

また聞いたことある日本語ではあるが、頭が理解を拒む。本気で言ってるのか。ずっと。

「魔界なら普通に生きれる。魔界で暮らして、魔界のもん摂取してりゃ、その内体力も戻るだろ。どうする?行くなら俺が送ってやるよ」

「おく、送る?送るって、マカイに?魔の界に?は?本当に行ける場所にあるって事?」

「まあな。行き来出来る奴は限られてるが。……ああ、お前何かしたい事はあるか?魔界でも働かねぇといけねぇからな。人間界ほど職は豊富じゃねぇが」

そんな事をいきなり言われても、魔界の職業事情など分からない。だけど俺の口は、考えるより早く動いていた。

「…………ょう…」

「ん?」

「牧場がしたい」

母は俺に直接牧場を継ぐ為に産んだとは一言も言わなかった。言えなかったのだろう。
だけど母はもちろん、祖父母も寝込んでばかりの俺を可愛がってくれた。

祖父母の生業、母の本願。

出来るものならやりたかった。
しかし牛小屋に近付く事さえ許されなかった。
畑に入る事も。

ひとえに、俺がゲキ弱なガキだったから。
あらゆる葉にかぶれ、菌に負け、牛に驚かされただけでも死ぬと思われていた。

悲しいかな、実際死にかけた事もある。

「牧場な。探してみよう」

男は随分と気軽に言った。スマホを取り出し、弄り出す。

スマホ使うんかい。と突っ込みたくなり、現実に引き戻された。こんな現代科学の集合体を使っておきながら、何が魔界だ。

やはりただの狂言か。

「………いや、こんな体だし勉強もしてねぇし無理だって分かってる。言ってみただけ。今俺が知ってる牧場の知識なんてゲームくらいなもんで」

やんわりと断りを入れる。まあ事実でしかないが。
男はスマホから顔を離さないまま答えた。

「魔界はゲームみてぇなモンだから大丈夫だろ。こっちで暮らすより億倍マシだ。体力魔力が戻るまではちとしんどいかもしれねぇが」

「……ゲームみてぇな世界ってどう言う事だよ」

「まあ、あれだ。スローライフだと思って、ゆっくりやれよ………お、」

ピロン、と小さな電子音が鳴った。
聞き慣れない音だ。男のスマホ特有の物だろう。

「牧場経営は大歓迎だとよ。ほら、どれが良い?」

パッと画面を見せられた。3つのアイコンが縦に並んでいた。
一番上のアイコンは海の絵が、二番目には山と海、三番目は砂漠のようだった。

本当にゲームのUIのようで、少しだけ、ほんの少しだけ心が弾む。
俺は真剣に考えた。牧場ゲームをするなら、海だけ、砂漠だけの地形は厳しい筈だ。それに、と記憶が甦る。

山の上にあった祖父母の牧場からは、遠くに海が見えていた。その景色が頭の中に広がった。

懐かしさと憧憬に突き動かされ、二番目の山と海のアイコンを指差す。

「ここか。よし、じゃあ送るぞ」

「は?」

どこに?と俺は未だに思った。いやだって、魔界なんて信じられる訳がない。
俺はただアイコンを選んだだけだ。

それで何かが起こると誰が思う。

男には他人を気遣うと言う機能はついていないらしい。
俺の戸惑いなど気付きもせずに画面に触れた。俺が指差したアイコンを押したのだろう。その瞬間、俺と男は光に包まれた。紫と青を混ぜたような光。


.
.
.


イルミネーションのように輝く俺は、全く同じ姿勢のまま、見知らぬ家の中に居た。
カントリー風のコテージとでも言えば良いのか。丸太を重ねて作ったような壁に、木目が目立つ床。
広いが古い。至る所が崩れたり、ひび割れたりしている。家具も何もない。

移動した?本当に?これは現実なのか?

俺が呆然としていると、男は立ち上がった。

「ついたぞ、息子よ。ここが魔界だ」

「……ここが?いや、ただの廃屋……」

周りを見渡す。確かに心なしか空気が変わった気がするが、魔界感はまだ1ミリもないボロ屋の中だ。




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