魔界で始めるチート牧場ライフ

太郎月

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4 到着

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「家ン中じゃ実感ねぇか───っと」

やけに壮大な音が突然鳴り響く。クラシックだろうか。電話の着信のようで、男は音を消し、スマホを耳に当てた。
俺はますます疑わしい気持ちになる。

魔界に電波があるのか。

だが、一瞬でアパートから移動したのは確かだ。
俺はよろよろと立ち上がった。
訳が分からず心臓がバクバクしている。それでも思ったより足は動く。
電話をしつつ歩き回っていた男が、俺を横目に玄関らしきドアを開けた。

外が見える。明るい。夜だった筈なのに。
行ってみろ、と親指を揺らす男に促されるまま、外に出た。

温かい風が吹いていた。風に桜色の花弁が混ざっている。軋むウッドデッキを踏みしめ、端に立った。

そこにあったのは、どこまでも広がる──────広大な荒れ地だ。育ち切った樹木、枯れ木、それらを埋め尽くす草、草、草。

家の前はギリギリ土が見えているが、それ以外は本当に手入れも何もされていない大地があるだけ。だが、

「…………空気、うまい…?」

生まれて初めて口にした。空気にうまいまずいなど感じた事がなかったのに、本当に空気がうまいと感じた。澄んでいて、肺に溶け込むような酸素。温かさすら感じる。
短い階段から地面に降りた。日差しの下へ。

ここ数年、春の陽光すら痛く感じていたのに、今降り注ぐ直射日光は心地いい。

荒れてはいるが景色は悪くなかった。ただ違和感を覚えた。何かが見慣れない気がする。

降り注ぐ花弁のせいか?

周りを見渡すと、家から少し離れた位置、右斜め前に井戸のような物が見えた。

井戸………ピロリ菌…

大人は感染しないとか言うが、俺は感染する自信がある。井戸水はまずい。だが、井戸自体は良い。赤茶系のレンガで組まれていて、レトロと言うか、ノスタルジックと言うか、おしゃれに見える。

他に何かないかと、少しだけ家の前を歩いた。
微々たるものだが体が軽く、いつもならもう疲れていてもおかしくないのに、足が動くのだ。興奮しているのかもしれない。

「あーハイハイ、うるさい奴だな。分かってるよ」

男が電話に向かって文句を言いながら出て来た。何か怒鳴っているような音が微かに漏れているが、男は「へっ」と笑って電話を切った。

「おう、息子。少しは見て回ったか」

「まあ……この辺だけ」

「どうだった、魔界は気に入りそうか?」

「魔界って言われてもな…魔界感が全くないから、外国の田舎って感じ」

「魔界感ってどんなんだよ」

「空が不気味な色で、雲が怪しく渦巻いてて、太陽が血のように赤くて、異形のモンがうろうろしている暗い場所ってイメージ。ムンクの叫び的な」

「そんな地獄みてぇなイメージ、ムンクに失礼じゃねぇか」

「流石にあれを天国だと思って描いてはねぇだろ。つか、……知ってんだな、ムンク」

「人間界も長いからな。そうそう、俺みたいに人間界を行き来出来る奴がいるから、魔界にも似た文明や文化は入って来る。候補に出した地域も人間界と大きな違いはないし、この地域にゃ日本と同じく四季もあるぞ。暮らしはそう変わらねぇ筈だ」

候補。あの3つのアイコンの事だろうか。あんなシンプルなイラストで今後の居住区が決められるとは。
詳しく話された所で決断出来たとも思えないが。

ザアアと風が木々を揺らした。目の前に花弁が横切る。不思議な事に、これだけ花弁が舞い散っていると言うのに、地面に落ちた花弁は見当たらない。地面につく前に消えているようだ。

「この花、なに、どっから」

敷地内に花が付いている木々もあるが、空気を舞う花弁はもっと高い所から降り注いでいるようにしか見えない。しかし上を見上げても空しかない。日本の空と変わらない青空と白い雲。

「ここはインブルーム地方だから、花はあっちに咲いてる『陽の当たる幽玄』から来てるんだろ」

「……………ひのあたる、…ユウゲン?」

「おう。『陽の当たる幽玄』って言う、でかい大樹があるんだよ。桜みてぇな花だ。この辺りの観光名所になってた筈だ」

「………サクラ…ユウゲン…」

知ってる単語の筈なのに、桜と幽玄が繋がらない。アホのように復唱する事しか出来ない。

「それにしてもボロ過ぎるな、この家」

家を見上げて男が言う。つられて見上げた家は確かにボロい。謎の蔦も張っていて、壁の半分が”青い”───

違和感の正体に気付いて後ろを振り返った。
生い茂る雑草に、連なる木々。その葉が青いのだ。緑を青々していると表現する事もあるが、そうじゃなく。本当に、青色だ。

「どら、ちと綺麗にしてやろう」

視界の端で男が手袋を外した。俺は更にギョッとした。
先程外した時と違い、男の指先が尖り、黒い。黒ずんでいるとかではなく、真っ黒で手の甲に向かって模様を描いている。

────人間じゃない

散々言われていたのに、やっと実感が湧いて来た。

男は家に向かって尖る指を鳴らした。
黒い指先から黒を纏う光が放たれた。黄金にもオレンジにも見える不可思議で眩い光が家に衝突すると、爆発するように光が弾けた。
目を開けていられない風圧と、空気を揺らす衝撃。

恐らく2秒もなかった事だったのに、俺は色んなものに耐えられずしゃがみ込んだ。

転んだら怪我をするからだ。下手したら骨にヒビが入る。あれは地味に辛いのだ。治療方法が安静一択だから。

「………ホントに…可哀想だなお前…」

男が地面で防御態勢を取る俺を見下ろして、たっぷりの同情心と共に呟いた。

「……お前が父親だと言うなら、半分はお前のせいだろ」

苦労させてしまった母親には言えなかったが、クソ野郎になら八つ当たりしても良いだろう。男は頭を搔いて息を吐いた。

「人間との間に産まれる奴は、殆ど人間の遺伝子が強く出るんだけどな。お前は例外中の例外だよ。……知らなかったとは言え、何の助けもやれなかった事は悪いと思ってる。サラにもな」

くそ、しおらしくされたら八つ当たりし難い。
俺は顔を逸らし、立ち上がった。

「だからまあ、ちょっとくらい贔屓しても良いだろ。これは、俺からのプレゼントだ」

男が家を指差した。さっきからずっと視界の端には映っていたが、あまりの事に脳が無視していた────光が消えた後、ボロ屋は一瞬で変貌していた。今ではもう、新築そのものだ。

瞬間移動に、空から降る花弁、幻想的な青い葉、そして目の前で変わった家。

流石にもう、認めるしかないのかもしれない。魔界だと。

「再構築したせいでサイズは少し小さくなったが、これなら十分に住めるだろ。ああ、後、当分必要になるだろうし金も渡しといてやろう」

男が再度指を鳴らすと、手元にパッと紙が出て来た。A4サイズくらいの白銀に輝く紙には何かが綴られているようだ。

「今まで渡せなかった小遣い分って事で────」

ビー!ビー!ビー!
『警告』『警告』『警告』

差し出されたものを受け取ろうとした時、男と自分の間にシステムウィンドウのような四角い光が現れた。赤く光る文字と鳴り響く警告音に、俺の動きは完全に止まった。
男は「ちっ」と舌打ちをした。警告音が止み、赤いウィンドウは消え、ピロンと言う音と共に半透明の青いウィンドウに変わった。

ウィンドウが正式名称かは知らん。もう勝手に呼ぶ。

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