たそがれ色の恋心

空居アオ

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神戸公演編

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「ずるいよ、トージ」

 あっぱれなほど見事に気持ちがすれ違っても、互いに理解していないわけではない。
 ときに細い小道に迷い込むことは、きっと、それでも恋のエッセンスにしかならないのだろう。
 何しろわずかな光があればすぐに帰り道を見つけられるのだから。
 トージとケイはそういう二人なのだ。


 ケイはトージの首を抱き込んで、肩口に顔を埋めた。
 風呂に入ってだいぶ経つけれど、まだボディ・ソープの香りが残っている。
 その奥からほのかに立ち上っているのがトージの匂いだ。
 ケイの一番好きな匂い――と、恥ずかしげもなく本人に明言してはばからず、逆にトージを赤面させるほどである。

「このタイミングでそんなこと言う?」

 おかしくて、おかしくて。
 笑いがもれるのをさらさら隠す気もなく、ケイはトージの頭を愛しそうに抱えて、耳もとでささやいてやる。
 もぞっとトージが動く。
 どうやら反論があるらしい。
 本当は体を起こして直接聞いてやろうとしたが、思った以上の力でがっちりと抱き込まれていて、動くに動けない。

「ねえ、トージ」

 呼びかけて、ケイは体をずらし、二人して横寝の形をとる。
 枕に腕を乗せ、手で頭を支え、トージと目を合わせた。

「今夜はこのまま寝たい」
「………」
「俺、トージの体温がほしい。感じたい。――ああいう意味じゃないけど」

 悪戯っぽくつけ足して、ケイは曲げた腕の間に頬を落とした。

「最近ずっと寂しかったんだ」

 目を閉じて、思いにふけるように、それなのに微笑みながら吐息交じりに言葉をこぼすので、トージはセリフの裏に潜む痛みにハッとさせられた。

「おまえさぁ…絶対なんか悩んでるのに、俺には話してくれないし、俺を避けるような空気を出すことだってあったじゃん。最初は仕事関係かなって思ってたけど、演技の悩みとか普通に俺らに話してるから、違うんだろうなって…」
「………」
「すっげえ寂しかったんだからな。俺はトージの恋人なのに、一番トージのことをわかってなきゃいけないのにさ。トージがなにで悩んでんのかも思いつかなくて、わらなくて、そんな自分が情けなくて…」

 続きはトージの口の中に消えた。
 黙って聞いていたトージが強引にケイの顔を自分に向けさせ、あっという間に口で口を塞いできたのである。
 言葉が溶けた瞬間、長い間ケイの心にあったわだかまりもトージの体温に溶け、呼吸に溶け――ああ、わかってくれたんだって、ケイはトージの胸に顔を埋めたまま、口もとにかすかな笑みをもらした。

 トージの腕が一層ギュッと力がこもる。
 合わせてケイもさらにすり寄る。

「トージ、自分でも自分がおかしいってわかってるだろ?  ここまで来たよ。別れ話まで持ち出してさ。それがどういうことか、わかってるよね?」

 トージの体が強張るのがわかる。
 でも構わなかった。
 それはそれ。これはこれ。
「家風」というものは、ただすべきときにたださなければならないものなのだ。

「どうする、トージ。また隠す?」
「話す」

 即答に、ケイはきゅっと眉間をひそめた。
 見ていなくてもわかる。
 声と呼吸のささやかな変化で手に取るようにわかる。
 トージはきっと痛みを堪えるかのような表情でいるに違いない。
 自分が痛かったように、トージだって痛い。
 自分が気づいてあげられなかった分、トージの痛みはもっと深いはず。
 今こそ――お互いの傷を暴くところまでたどり着いた今だからこそ、相手から引きずり出したものを呑み込むときなのだ。
 たとえそれがどんなに巨大な暴風雨だろうとも、丸ごと呑み込んでやれないなら、何が「恋人」だというのだ。


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