【完結】亡国の王子、砂漠の王に求愛される 〜僕はお嫁さんじゃなくて、きみの戦友になりたいんだが〜

古井重箱

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第23話 強くて美しい男 *

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『あんっ、あんっ。そこ……、いやあっ!』
『ウィルレイン様の精子、毎日出してるのに匂いが濃いねぇ』
『若い雄の味ですな』

 広間に、卑猥な音声が響き渡る。 
 リシャールが僕の耳を塞いだ。
 メディオは唇を戦慄わななかせたまま沈黙している僕に、絡みつくようなまなざしを送った。

「あなた様は、随分と可愛い声でイくんだなあ」
「メディオ殿! それ以上ウィルレインに無礼な真似をしたら……!」
「斬るんですかい、リシャール様。そんなことをしたら、中央オアシスは干上がりますぜ。オレたちが綿花や干したデーツを買ってるから、ここの人らは食っていけるんだ」
「……外道が」

 僕はリシャールに視線を送った。「大丈夫だ」という意味を込めて、こくんと頷く。
 どうやら何者かが夕星館ゆうづつかんでの行為を記録していたらしい。娼館のあるじ、シュテッレのしわざだろうか。いずれにせよ、僕にとって、大変に不名誉なことである。
 メディオは石をもてあそびながら、僕の胸元や腰をねっとりとした目で観察した。

「王子様は処女なのかい?」
「メディオ殿。俺の城で、ウィルレインに対する失礼な発言は慎んでもらおうか」
「挿れられるより、いやらしいね。射精する瞬間をみんなに見られてたんだ」
「……僕は売られた身でした。それは事実です」
「リシャール様。この蓄音石ちくおんせき、いくらで買ってくれます?」
「それは……! いくらでも出す!」
「待ってくれ、リシャール」

 僕はメディオを睨めつけた。

「メディオ殿。僕も貴殿に売って差し上げたいものがございます」
「ほう。このメディオに商品を売り込むとは。なかなかの度胸ですな、王子様。オレの趣味に合わないものだったら、この場で裸になってもらいましょうか」
「いいでしょう」
「随分と自信がおありなのだな」
「ウィルレイン? メディオ殿は百戦錬磨の武装商人だぞ。ちょっとやそっとの品では……」
「リシャール。僕に任せてくれ」

 メディオの隣の席に座ると、僕は彼の酒杯を満たした。

「どうぞ」
「これはこれは。でも、あまり飲んでしまうとアレが役に立たなくなってしまいますな。砂漠の夜は冷える。今宵は美しい王子様に温めてもらいたいなあ」

 リシャールが何か言いかけたので、僕は片手を挙げて制した。

「体を温めるには、砂漠の織物はいかがでしょう、メディオ殿」
「うーん。正直、このオアシスで作られている織物は単調でねぇ。伝統を守るのはいいが、もっと斬新な意匠が欲しいですな」
「それでは、このようなストールはいかがですか?」

 僕は影魔法を発動させた。
 メディオの影を操り、細い糸をこしらえる。中空に現れた黒い糸を、メディオが「ほう」と息をつきながら見つめている。

「これが噂の影魔法ですか」
「はい。とくとご覧ください」

 僕は影でできた糸を分化させていった。何本もの束になった黒い糸を操り、織物を作り上げていく。影でできた織物はやがて、ストールの長さになった。
 出来上がった黒いストールを、メディオの肩にかける。
 メディオはご満悦だった。

「なんとも綺麗ですね。黒一色で、ここまで魅せてくれるとは」
「気に入っていただけて光栄です」

 僕は魔力をさらに注いで、ストールをメディオの首にきつく巻きつけた。異変を感じたメディオが懐から短剣を出そうとするが、すでに遅い。僕が作った黒いストールはメディオから呼吸を奪っていった。

「か、はっ……!」
「蓄音石と言いましたね、さっきの代物は。メディオ殿の命の対価として僕に渡してもらいましょうか」
「くっ……!」

 メディオが僕の手のひらに、蓄音石を押しつける。僕は魔力を和らげていった。メディオの首に巻きついていた、影でできたストールが虚空に紛れ、溶けていく。
 僕は蓄音石を片手に、にこやかに微笑んだ。

「これは思い出の品として、僕が頂戴しておきましょう。それでいいですね、メディオ殿」
「……ははっ。泣くしか能がない王子様かと思ったら……。先ほどのあなた様は、オレを殺めるのも厭わないように見えましたよ」

 メディオは酒杯をあおると、口元を乱雑な手つきでぬぐった。

「このメディオ、久しぶりに死の恐怖を味わいましたぜ」
「生還できてよかったですね。酒の味が違うでしょう」
「王子様。あなた様は、なかなかの傑物ですな」

 ほうっと嘆息すると、メディオはリシャールに向き直った。

「ナシェルの王族を受け入れたと聞いた時は、とんだ厄介者を引き入れたものだと思いましたが、オレの見込み違いでしたね。リシャール様、また新たな力を得ましたな」
「ウィルレインは美しいだけじゃない。強い男なんだ」
「オレは武装商人。カネと武力を信じて生きる、流れ者です。今宵は王子様の武力をとくと知ることになりました。オレの負けです。通商手形の価格、引き上げていただいて構いませんよ」
「いいのか?」
「この中央オアシスが、ナシェルの王子様とその民という新たな力を得て、さらに発展していくことでしょうからな」

 メディオはまたしても酒をあおった。

「今夜はもう、面倒な交渉はやめましょう。銭金ぜにかねのことばかり考えている自分が可哀想になっちまった。リシャール様は毎日、綺麗な王子様といちゃついているんですな。羨ましい……」
「いや、俺とウィルレインはそういった仲では……」
「くっつく前のね、濃密な空気の方がいやらしかったりするものですよ!」

 僕はへべれけになったメディオを見ながら、リシャールに「どうすればいい?」と目で訴えかけた。リシャールは「酔い潰してしまえ」という合図を送ってきた。僕はメディオに酒を注いだ。
 メディオは酒を飲み干すと、食卓に突っ伏した。
 リシャールの家臣が、メディオを城の外へと運んでいった。

「彼は宿に着いたのだろうか」
「あんなスケベ野郎、どうでもいいだろう」

 広間に残った僕がメディオの心配をしていると、リシャールがぎゅっと抱き締めてきた。

「また無理をさせちまったな」
「いや。影でストールを編むのは、基本中の基本だ。魔力操作を学ぶために、子どもの頃からやっていたことだよ」
「影魔法ってのは便利なもんだな」
「だが、……また疲れてしまった。僕はひ弱だなあ」

 リシャールにもたれかかる。リシャールは僕のつむじにキスを落とした。

「湯浴みの約束は、まだ有効か?」
「うん……」
「厄介ごとも片付いたし、そろそろ行かないか」

 僕は食卓の片付けを手伝うと、リシャールとともに浴室へと向かった。
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