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ガルトゥスは湯船にいたレクシェールをみとめると、下腹部を覆っていた布をきつく巻き直した。
「なんであんたがいるんだよ。おたくの侍女さんの話では、『ガルトゥス様の貸切ですよ』ってことだったのに」
「行き違いがあったのだろう。謝る」
「なんだよ、素直だな。もっとぎゃんぎゃん騒がれるかと思ったぜ」
「裸の付き合いというのも悪くないかもしれん。戴冠する前は、故郷でよく仲間と水浴びをしていたものだ」
「そのお仲間ってのはどんな奴だ。まさか恋人でしたってオチじゃないだろうな!?」
かけ湯をしたあと、ガルトゥスが湯船に入ってきた。そして、「仲間とはどういう関係だったんだ?」としつこく訊いてきた。あまりの真剣さにレクシェールは圧倒された。
「なぜかように声を荒げる?」
「あんたの恋愛事情が気になるからだよ」
「私は性的なことに疎い。誰かに恋情を抱いたことはない」
「……それは、今もか?」
「ああ」
ガルトゥスは顎まで湯船に浸かったあと、意を決したように顔を上げた。そしてレクシェールの裸の肩に分厚い手のひらをのせた。
「貴君の手はカイロのように温かいな。冬場、便利そうだ」
「ああそうかよ。便利な男でいいよ。だから……俺のことを見てくれ」
「今、目の前にいるのは貴君だけだが?」
「ほんっと、あんたって疎いね。こういう意味だよ!」
ざぶりとお湯が揺れて、ガルトゥスのたくましい体が伸び上がった。ガルトゥスはレクシェールを抱き締めると、耳たぶにそっと口づけた。お湯によってぬくめられていたレクシェールの裸身がさらに熱くなる。初めて感じる心地に、レクシェールは戸惑った。
「……気色悪くはねぇか? だって相手は俺だぞ」
「いや。くすぐったいが、悪くはない」
「それって脈ありってことか!?」
「脈とは……? 私たちの体は生命活動を維持している。脈動があって当たり前だろう」
「あーもう、この鈍ちん妖精が。じっくり伝えようと思ってたが、これじゃあ何百年もかかりそうだわ。一発で分からせてやるよ!」
「んっ……! んんッ」
ガルトゥスはレクシェールの後ろ頭を押さえると、唇を合わせた。そして息継ぎのいとまも与えぬほどに激しく、レクシェールの果実のようにみずみずしい唇を吸った。
——なんだ、これは……っ?
ちゅくちゅくという音が響くたび、頭の中から理性という理性が剥がれ落ちていく。ガルトゥスの舌が、狭い口内を逃げ惑うレクシェールの舌を捕らえ、とろりと舐め回した。
背骨が役割を放棄したかのように全身がぐらぐらする。
レクシェールはガルトゥスの頑健な肩に必死でしがみついた。二つの体が密着する。ガルトゥスの下腹部は硬く張り出していた。どういう仕組みでかような反応になったのか、さすがのレクシェールにも分かる。
——ガルトゥスはこの私を……欲しているのか?
呼吸を求めて唇を離した瞬間、ふたりは視線を絡め合った。ガルトゥスの瞳は焦げつかんばかりに熱を帯びていた。見つめ合っているだけで肌を焼かれてしまいそうだ。
誰かにこれほどまでの情熱をぶつけられたことはない。
レクシェールは白い喉を震わせた。
恐怖からではない。
それは喜悦からくるものであった。
何者にも囚われない自由な男、ガルトゥスがただひとり自分だけを見つめている。雄を滾らせて、乱れた吐息を撒き散らしている。レクシェールが伏目がちになっただけで、ガルトゥスは悲しそうに表情を曇らせた。
ガルトゥスの心が今、自分の掌中にあるのかと思うと、レクシェールは全身が発光してしまいそうなほどに嬉しくなった。
思わず背中から翼が生えそうになり、慌てて思いとどまった。
濡れた手で、みずからの頬をぴしゃぴしゃと叩く。
——嬉しい? 私はなぜそんな風に思ったのだ……? ガルトゥスに獣欲を向けられているというのに。
レクシェールの唇から、ガルトゥスの肉厚な舌が離れていく。
ふたりがキスを交わした証である唾液でできた透明な橋を、レクシェールは陶然となって眺めた。他人の体液など厭わしいはずなのに、ガルトゥスのそれは甘露のように感じられる。
ぼうっとなったままガルトゥスの体にしがみついていると、「今日はこれで終わりだ」と声をかけられた。
ガルトゥスがレクシェールから身を離す。
いつもはにこやかなガルトゥスであるが少々、いや、かなり怒っているようだった。他者の心理に疎いレクシェールは、彼の感情がなぜ波立っているのか分からない。先ほど、ガルトゥスは飴玉をねぶるようにレクシェールの舌を可愛がったというのに。どうして今は鋭いまなざしを向けてくるのだろう。
「私は……貴君を怒らせてしまったのだろうか? すまない」
「謝んな!」
「だが、……貴君はすごく苦しそうだ」
「さっきのキス。あれは宿題だ。どういう意味が込められていたのか自分で考えて、それから返事を聞かせろ」
「ガルトゥス……?」
「もう上がるわ。限界だ、いろいろと」
レクシェールに背中を向けると、ガルトゥスは大浴場から去っていった。
ひとり取り残されたレクシェールは、ちゃぷんちゃぷんとお湯が立てる水音を聞いていた。思考を組み立てようにも、言葉がまるで浮かんでこない。
——私は……どうすればいい?
ガルトゥスに求められた唇がじんと熱かった。
「なんであんたがいるんだよ。おたくの侍女さんの話では、『ガルトゥス様の貸切ですよ』ってことだったのに」
「行き違いがあったのだろう。謝る」
「なんだよ、素直だな。もっとぎゃんぎゃん騒がれるかと思ったぜ」
「裸の付き合いというのも悪くないかもしれん。戴冠する前は、故郷でよく仲間と水浴びをしていたものだ」
「そのお仲間ってのはどんな奴だ。まさか恋人でしたってオチじゃないだろうな!?」
かけ湯をしたあと、ガルトゥスが湯船に入ってきた。そして、「仲間とはどういう関係だったんだ?」としつこく訊いてきた。あまりの真剣さにレクシェールは圧倒された。
「なぜかように声を荒げる?」
「あんたの恋愛事情が気になるからだよ」
「私は性的なことに疎い。誰かに恋情を抱いたことはない」
「……それは、今もか?」
「ああ」
ガルトゥスは顎まで湯船に浸かったあと、意を決したように顔を上げた。そしてレクシェールの裸の肩に分厚い手のひらをのせた。
「貴君の手はカイロのように温かいな。冬場、便利そうだ」
「ああそうかよ。便利な男でいいよ。だから……俺のことを見てくれ」
「今、目の前にいるのは貴君だけだが?」
「ほんっと、あんたって疎いね。こういう意味だよ!」
ざぶりとお湯が揺れて、ガルトゥスのたくましい体が伸び上がった。ガルトゥスはレクシェールを抱き締めると、耳たぶにそっと口づけた。お湯によってぬくめられていたレクシェールの裸身がさらに熱くなる。初めて感じる心地に、レクシェールは戸惑った。
「……気色悪くはねぇか? だって相手は俺だぞ」
「いや。くすぐったいが、悪くはない」
「それって脈ありってことか!?」
「脈とは……? 私たちの体は生命活動を維持している。脈動があって当たり前だろう」
「あーもう、この鈍ちん妖精が。じっくり伝えようと思ってたが、これじゃあ何百年もかかりそうだわ。一発で分からせてやるよ!」
「んっ……! んんッ」
ガルトゥスはレクシェールの後ろ頭を押さえると、唇を合わせた。そして息継ぎのいとまも与えぬほどに激しく、レクシェールの果実のようにみずみずしい唇を吸った。
——なんだ、これは……っ?
ちゅくちゅくという音が響くたび、頭の中から理性という理性が剥がれ落ちていく。ガルトゥスの舌が、狭い口内を逃げ惑うレクシェールの舌を捕らえ、とろりと舐め回した。
背骨が役割を放棄したかのように全身がぐらぐらする。
レクシェールはガルトゥスの頑健な肩に必死でしがみついた。二つの体が密着する。ガルトゥスの下腹部は硬く張り出していた。どういう仕組みでかような反応になったのか、さすがのレクシェールにも分かる。
——ガルトゥスはこの私を……欲しているのか?
呼吸を求めて唇を離した瞬間、ふたりは視線を絡め合った。ガルトゥスの瞳は焦げつかんばかりに熱を帯びていた。見つめ合っているだけで肌を焼かれてしまいそうだ。
誰かにこれほどまでの情熱をぶつけられたことはない。
レクシェールは白い喉を震わせた。
恐怖からではない。
それは喜悦からくるものであった。
何者にも囚われない自由な男、ガルトゥスがただひとり自分だけを見つめている。雄を滾らせて、乱れた吐息を撒き散らしている。レクシェールが伏目がちになっただけで、ガルトゥスは悲しそうに表情を曇らせた。
ガルトゥスの心が今、自分の掌中にあるのかと思うと、レクシェールは全身が発光してしまいそうなほどに嬉しくなった。
思わず背中から翼が生えそうになり、慌てて思いとどまった。
濡れた手で、みずからの頬をぴしゃぴしゃと叩く。
——嬉しい? 私はなぜそんな風に思ったのだ……? ガルトゥスに獣欲を向けられているというのに。
レクシェールの唇から、ガルトゥスの肉厚な舌が離れていく。
ふたりがキスを交わした証である唾液でできた透明な橋を、レクシェールは陶然となって眺めた。他人の体液など厭わしいはずなのに、ガルトゥスのそれは甘露のように感じられる。
ぼうっとなったままガルトゥスの体にしがみついていると、「今日はこれで終わりだ」と声をかけられた。
ガルトゥスがレクシェールから身を離す。
いつもはにこやかなガルトゥスであるが少々、いや、かなり怒っているようだった。他者の心理に疎いレクシェールは、彼の感情がなぜ波立っているのか分からない。先ほど、ガルトゥスは飴玉をねぶるようにレクシェールの舌を可愛がったというのに。どうして今は鋭いまなざしを向けてくるのだろう。
「私は……貴君を怒らせてしまったのだろうか? すまない」
「謝んな!」
「だが、……貴君はすごく苦しそうだ」
「さっきのキス。あれは宿題だ。どういう意味が込められていたのか自分で考えて、それから返事を聞かせろ」
「ガルトゥス……?」
「もう上がるわ。限界だ、いろいろと」
レクシェールに背中を向けると、ガルトゥスは大浴場から去っていった。
ひとり取り残されたレクシェールは、ちゃぷんちゃぷんとお湯が立てる水音を聞いていた。思考を組み立てようにも、言葉がまるで浮かんでこない。
——私は……どうすればいい?
ガルトゥスに求められた唇がじんと熱かった。
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