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第2話 悪縁を断つ
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メルキオールが俺に言った。
「このサイレス王国は、限りなく帝国に近い王国と呼ばれております」
「知っているよ 、住んでいるんだから。国土は広く肥沃で、歴代の王たちのおかげで治水工事も行き届いている」
「森林や海洋の資源はもちろん、魔法を封じ込める触媒になるガルド鉱石まで採れます」
武勇伝には事欠かない騎士団が国土を守っていて、国際社会での発言力も強い。
現国王は温厚篤実で、民を豊かにする政策に積極的である。巷では賢王と呼ばれているお方の下半身がだらしなかったとはがっかりだ。
「陛下は繊細な方なのです。重圧に耐えきれず、女性を求めてしまうのです」
「それで? 陛下はどこにいる?」
「床に臥せっておられます」
それはかなりまずい状態ではなかろうか。俺はメルキオールに頼んで、病室に連れて行ってもらった。
病室に入った途端、媚びるような甘い匂いが漂ってきた。
俺は分厚い眼鏡を外し、ローブのポケットにしまった。俺のアイスブルーの瞳を見たメルキオールが驚愕する。
「ジュスト殿の目。琥珀色の星が宿っておりますな……!」
「まあね。この目のおかげで俺には悪縁が見える」
天蓋付きのベッドには、真っ黒ないばらが絡みつき、無数の尖った棘によって来る者を拒んでいる。
俺は天蓋付きのベッドに近づいた。
手を伸ばせば、天蓋に巻きついていた黒いいばらが俺の指先をちくちくと刺してきた。今は小さなことに囚われている場合じゃない。
俺は天蓋を開いた。
国王陛下の胸には黒い薔薇が咲いていた。毒々しい薔薇の花びらが床に降っていき、陛下のベッドの周りに墨を煮詰めたように真っ黒い影を作った。
「今から悪縁を断つ」
「剣をお貸ししましょうか」
「自前の武器がある」
俺は両手を合わせた。
頭の中に響いたリンリンという快音が鳴り終わると、俺の右手は刃に変わっていた。
「失礼する」
俺は刃となった右手で、国王陛下の胸に巣食った黒い薔薇を切り落とした。国王陛下が「レイナ……」と愛人のものとおぼしき名前をつぶやいた。
その後、国王陛下の胸から真っ黒な薔薇が生えてくることはなかった。レイナの名前が囁かれることもなかった。
「処置は成功した」
俺が宣言すると、メルキオールが両の拳をにぎりしめた。
「これでレイナへのプレゼント攻撃も止みますね」
「おそらくは」
「ジュスト殿。あなたのおかげです」
メルキオールが俺を抱きしめたが、あいにく男色などという趣味はない。俺はメルキオールの腕の中から抜け出ると、「帰る」と告げた。
「国王陛下と歓談をしていかれたら?」
「縁切り屋なんざ、心のドブ掃除人みたいなもんだ。俺と話しても、過去の悪縁を思い出すだけだ」
転移石を希望すると、メルキオールが言った。
「今夜は私の屋敷に来てください。おもてなしをさせていただきます」
「足を伸ばせるバスタブはあるか? ふかふかのベッドも」
「ありますとも」
メルキオールがウキウキとしている。あるじの厄介払いが終わったので解放感に包まれているようだ。
どうせ自宅に帰っても、手桶に汲んだ水で体を洗い、藁のベッドで寝るだけだ。俺はメルキオールの招待を受けることにした。
「このサイレス王国は、限りなく帝国に近い王国と呼ばれております」
「知っているよ 、住んでいるんだから。国土は広く肥沃で、歴代の王たちのおかげで治水工事も行き届いている」
「森林や海洋の資源はもちろん、魔法を封じ込める触媒になるガルド鉱石まで採れます」
武勇伝には事欠かない騎士団が国土を守っていて、国際社会での発言力も強い。
現国王は温厚篤実で、民を豊かにする政策に積極的である。巷では賢王と呼ばれているお方の下半身がだらしなかったとはがっかりだ。
「陛下は繊細な方なのです。重圧に耐えきれず、女性を求めてしまうのです」
「それで? 陛下はどこにいる?」
「床に臥せっておられます」
それはかなりまずい状態ではなかろうか。俺はメルキオールに頼んで、病室に連れて行ってもらった。
病室に入った途端、媚びるような甘い匂いが漂ってきた。
俺は分厚い眼鏡を外し、ローブのポケットにしまった。俺のアイスブルーの瞳を見たメルキオールが驚愕する。
「ジュスト殿の目。琥珀色の星が宿っておりますな……!」
「まあね。この目のおかげで俺には悪縁が見える」
天蓋付きのベッドには、真っ黒ないばらが絡みつき、無数の尖った棘によって来る者を拒んでいる。
俺は天蓋付きのベッドに近づいた。
手を伸ばせば、天蓋に巻きついていた黒いいばらが俺の指先をちくちくと刺してきた。今は小さなことに囚われている場合じゃない。
俺は天蓋を開いた。
国王陛下の胸には黒い薔薇が咲いていた。毒々しい薔薇の花びらが床に降っていき、陛下のベッドの周りに墨を煮詰めたように真っ黒い影を作った。
「今から悪縁を断つ」
「剣をお貸ししましょうか」
「自前の武器がある」
俺は両手を合わせた。
頭の中に響いたリンリンという快音が鳴り終わると、俺の右手は刃に変わっていた。
「失礼する」
俺は刃となった右手で、国王陛下の胸に巣食った黒い薔薇を切り落とした。国王陛下が「レイナ……」と愛人のものとおぼしき名前をつぶやいた。
その後、国王陛下の胸から真っ黒な薔薇が生えてくることはなかった。レイナの名前が囁かれることもなかった。
「処置は成功した」
俺が宣言すると、メルキオールが両の拳をにぎりしめた。
「これでレイナへのプレゼント攻撃も止みますね」
「おそらくは」
「ジュスト殿。あなたのおかげです」
メルキオールが俺を抱きしめたが、あいにく男色などという趣味はない。俺はメルキオールの腕の中から抜け出ると、「帰る」と告げた。
「国王陛下と歓談をしていかれたら?」
「縁切り屋なんざ、心のドブ掃除人みたいなもんだ。俺と話しても、過去の悪縁を思い出すだけだ」
転移石を希望すると、メルキオールが言った。
「今夜は私の屋敷に来てください。おもてなしをさせていただきます」
「足を伸ばせるバスタブはあるか? ふかふかのベッドも」
「ありますとも」
メルキオールがウキウキとしている。あるじの厄介払いが終わったので解放感に包まれているようだ。
どうせ自宅に帰っても、手桶に汲んだ水で体を洗い、藁のベッドで寝るだけだ。俺はメルキオールの招待を受けることにした。
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