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第6話 旦那様、横抱きはやめてください
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「レムートさん! あなた、これまでよく耐えてきたわね!」
小姑殿は潤んだまなざしで俺を見つめると、手をぎゅっと握ってきた。
え?
俺は悪妻なんですけど。
弟に人前で恥をかかせたと言って、ビンタしてもいいぐらいでは?
「私はノノネと言います。ヴァイゼンの姉よ。私はここ南域でオメガの権利向上のために働いているの」
「姉上はオメガが自立できるよう手工芸を教えたり、オメガ同士が連携を取れるよう尽力しているんだ」
「私はアルファよ。私が憎いでしょう? さあ、いくらでも罵声を浴びせてちょうだい! ぶん殴ってちょうだい! レムートさんが受けてきた苦しみ、これからはこの私が引き受けます」
「あの……ノノネ様。俺は……ノノネ様には恨みなどありません」
「まあ。なんて控えめな子なの! ヴァイゼン。レムートさんが望むことはすべて叶えて差し上げなさい」
「はい、姉上」
ちょっと待ってくれ!
小姑を敵に回して離縁されやすくする作戦、大失敗じゃないか。
ノノネ様は俺のことを守る気満々である。
「ヴァイゼンは巨鯨と戦うぐらいしか能がない野人だから、心配よ。レムートさんはなんと言っても芸術都市のお生まれなんですからね」
「は、はははっ」
俺はノノネ様の勢いに飲まれながらも、次の手を考えた。
悪妻とはどんな存在か?
それはたぶん……何かというと生家がよかったと愚痴る嫁であろう。
俺はヴァイゼンに言った。
「いい加減に下ろしてくれませんか? そのようにくっつかれると、暑くてかないません」
「これは気づかずすまなかった」
「……ああ。今ごろアーデル領では音楽サロンが開かれている時間だ。アーデル領に帰りたい……」
「音楽か。待っていろ」
ヴァイゼンは俺を横抱きにすると、通りを駆け出した。
「ちょっ! だから密着するのは嫌だと言っております」
「少しだけ我慢してくれ」
露天商が並ぶ通りを、ヴァイゼンが一直線に走っていく。沿道からは拍手が湧き起こった。
「領主様! 美しいお嫁さんですなあ」
「彼はレムートと言う。よろしくな!」
「ヴァイゼン様とレムート様に幸あれ!」
民の反応からすると、ヴァイゼンの治世は上手くいっているらしい。領主など民からすれば煙たい存在だろうに。
「ヴァイゼン様。うちの果物をどうぞ」
「ありがとう。だが、今は急いでいる。気持ちだけいただいておこう」
ヴァイゼンは松林を抜けて、俺を浜辺へと連れて行った。
ざざん、ざざんと波の音が聞こえる。
「どうだ。わが南域が誇る音楽、気に入ってくれたか」
「……ヴァイゼン様」
暑熱がこもるなか、全力疾走して俺を海まで届けてくれた。ヴァイゼンはとても優しい男なのだろう。横抱きにされながら、精悍な顔につい見入ってしまう。この人の瞳は、南域の海のように緑と青が綺麗に溶け合っている。
宝石みたいだ……。
……あ、いや。
うっとりしている場合じゃない。俺の居場所はヴァイゼンの腕の中じゃなくて、寺院だ! 俺は修道士になって、音楽と結婚するの!
「ヴァイゼン様。確かに海が奏でる調べは美しいですが、俺の夫になる方には高い教養が欲しいですね。ヴァイゼン様は音楽を嗜まれないのですか?」
「俺か。ならば、歌を献じるとしよう」
「このままでは歌いにくいでしょう。俺を下ろしてください」
「いいだろう」
さくりと足裏に砂の感触がする。
俺はすごく遠い土地に来てしまったんだなと改めて思う。
でもここは俺がいるべき場所じゃない。ヴァイゼンは俺に見切りをつけて、もっといい妻を探した方がいい。
俺がジト目を向けるなか、すうっと息を吸ってヴァイゼンが歌い出した。
小姑殿は潤んだまなざしで俺を見つめると、手をぎゅっと握ってきた。
え?
俺は悪妻なんですけど。
弟に人前で恥をかかせたと言って、ビンタしてもいいぐらいでは?
「私はノノネと言います。ヴァイゼンの姉よ。私はここ南域でオメガの権利向上のために働いているの」
「姉上はオメガが自立できるよう手工芸を教えたり、オメガ同士が連携を取れるよう尽力しているんだ」
「私はアルファよ。私が憎いでしょう? さあ、いくらでも罵声を浴びせてちょうだい! ぶん殴ってちょうだい! レムートさんが受けてきた苦しみ、これからはこの私が引き受けます」
「あの……ノノネ様。俺は……ノノネ様には恨みなどありません」
「まあ。なんて控えめな子なの! ヴァイゼン。レムートさんが望むことはすべて叶えて差し上げなさい」
「はい、姉上」
ちょっと待ってくれ!
小姑を敵に回して離縁されやすくする作戦、大失敗じゃないか。
ノノネ様は俺のことを守る気満々である。
「ヴァイゼンは巨鯨と戦うぐらいしか能がない野人だから、心配よ。レムートさんはなんと言っても芸術都市のお生まれなんですからね」
「は、はははっ」
俺はノノネ様の勢いに飲まれながらも、次の手を考えた。
悪妻とはどんな存在か?
それはたぶん……何かというと生家がよかったと愚痴る嫁であろう。
俺はヴァイゼンに言った。
「いい加減に下ろしてくれませんか? そのようにくっつかれると、暑くてかないません」
「これは気づかずすまなかった」
「……ああ。今ごろアーデル領では音楽サロンが開かれている時間だ。アーデル領に帰りたい……」
「音楽か。待っていろ」
ヴァイゼンは俺を横抱きにすると、通りを駆け出した。
「ちょっ! だから密着するのは嫌だと言っております」
「少しだけ我慢してくれ」
露天商が並ぶ通りを、ヴァイゼンが一直線に走っていく。沿道からは拍手が湧き起こった。
「領主様! 美しいお嫁さんですなあ」
「彼はレムートと言う。よろしくな!」
「ヴァイゼン様とレムート様に幸あれ!」
民の反応からすると、ヴァイゼンの治世は上手くいっているらしい。領主など民からすれば煙たい存在だろうに。
「ヴァイゼン様。うちの果物をどうぞ」
「ありがとう。だが、今は急いでいる。気持ちだけいただいておこう」
ヴァイゼンは松林を抜けて、俺を浜辺へと連れて行った。
ざざん、ざざんと波の音が聞こえる。
「どうだ。わが南域が誇る音楽、気に入ってくれたか」
「……ヴァイゼン様」
暑熱がこもるなか、全力疾走して俺を海まで届けてくれた。ヴァイゼンはとても優しい男なのだろう。横抱きにされながら、精悍な顔につい見入ってしまう。この人の瞳は、南域の海のように緑と青が綺麗に溶け合っている。
宝石みたいだ……。
……あ、いや。
うっとりしている場合じゃない。俺の居場所はヴァイゼンの腕の中じゃなくて、寺院だ! 俺は修道士になって、音楽と結婚するの!
「ヴァイゼン様。確かに海が奏でる調べは美しいですが、俺の夫になる方には高い教養が欲しいですね。ヴァイゼン様は音楽を嗜まれないのですか?」
「俺か。ならば、歌を献じるとしよう」
「このままでは歌いにくいでしょう。俺を下ろしてください」
「いいだろう」
さくりと足裏に砂の感触がする。
俺はすごく遠い土地に来てしまったんだなと改めて思う。
でもここは俺がいるべき場所じゃない。ヴァイゼンは俺に見切りをつけて、もっといい妻を探した方がいい。
俺がジト目を向けるなか、すうっと息を吸ってヴァイゼンが歌い出した。
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