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第10話 子どもには勝てない
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どれぐらい泣いただろう。
涙を流して、心の奥底に溜まった感情を解き放ったのはいつぶりだろう。
俺はしばし放心した。
いつの間にか、窓から射し込む光が橙色に変わっている。
俺が窓に映る海をぼうっと眺めていると、ノノネ様が水を含ませた手巾を持ってきてくれた。
「さあ、使って」
「申し訳ありません」
貴人に使い走りをさせてしまった。俺は恐縮しながらも、ありがたく厚意を受け取った。泣いたおかげで腫れてしまった目元に手巾をそっと押し当てる。ひやりとした質感が火照った肌を癒してくれた。
「何から何までありがとうございます……」
「いいのよ。私があなたにできることは限られているもの」
「ノノネ様。俺は……ワイゼル家にふさわしい嫁ではありません」
「と言うと?」
「態度は悪いし、ヴァイゼン様に意地の悪いことばかり言っています」
「あら。可愛い奥様のワガママぐらい受け止めないと。旦那様ならばね」
「……ヴァイゼン様は白い結婚を許してくださいました。1年なんてあっという間ですよね? 俺は寺院に入って修道士として生きるのが夢なんです」
俺がすがるようなまなざしを向けると、ノノネ様はヴァイゼンと同じ緑青の目を細めた。
「そうね、時間が経つのは早いわ。あなたとヴァイゼンが近づくのも、そう日がかからないでしょう」
「ノノネ様。俺は音楽と結婚します。子どもを産みたくないのです」
「……あなたはたくさんの人や物事に傷つけられてきた。今は心が痛みを覚えて、本当の気持ちが見えなくなっているんじゃないかしら」
ノノネ様は優しく微笑んだ。
「日にち薬を信じなさい」
「……日にちぐすり?」
「時が解決してくれるということよ。さあ、そろそろ宴の時間ね。行きましょう」
「俺は欠席します!」
「花嫁が不在の宴なんてあり得ないでしょう。ごちそう責めにしてあげるんだから」
俺が渋っていると、居室に小さな足音が聞こえてきた。
ちっちゃな子どもが現れた。
ぽやぽやの頬っぺたをした可愛い男の子と、利発そうな女の子。姉弟かな。
「母様ー! ヴァイゼンおじ様のお嫁さんって、この人?」
「びじんだねー」
「でも、悲しそう」
「息子のヒルティと、娘のアイリーンよ。うちの子、うるさくてごめんね」
「いえ。子どもは嫌いではありません」
「あら、それじゃあ」
「だからと言って、自分の子が欲しいかは別の話です! あの方の子どもを産みたいかというのは、もっともっと別の話です!」
俺の両脇を、ヒルティとアイリーンが取り囲む。これは振りほどけそうにないな。俺は可愛いふたりと目線を合わせて、挨拶をした。
「しばらく、ここのお屋敷で厄介になるレムートと言う。よろしくね」
「お嫁さんってずっと一緒なんじゃないの? しばらくってどういうこと?」
「レムート様ぁ。どこかに行っちゃうの」
ううう。
そんなに清らかな目で見つめないでくれ! ヴァイゼンを踏み台にしようとしている俺の良心が痛む。
「俺はね、悪いお嫁さんなんだ」
「えーっ。お菓子を隠したりするの?」
「ヴァイゼンおじ様のお昼寝を邪魔するの? ダメだよ。おじ様はお昼寝が大好きなんだから」
負けた。
子どもには敵わない。
俺はヒルティとアイリーンに連れられ、宴の会場である広間へと歩き出した。
涙を流して、心の奥底に溜まった感情を解き放ったのはいつぶりだろう。
俺はしばし放心した。
いつの間にか、窓から射し込む光が橙色に変わっている。
俺が窓に映る海をぼうっと眺めていると、ノノネ様が水を含ませた手巾を持ってきてくれた。
「さあ、使って」
「申し訳ありません」
貴人に使い走りをさせてしまった。俺は恐縮しながらも、ありがたく厚意を受け取った。泣いたおかげで腫れてしまった目元に手巾をそっと押し当てる。ひやりとした質感が火照った肌を癒してくれた。
「何から何までありがとうございます……」
「いいのよ。私があなたにできることは限られているもの」
「ノノネ様。俺は……ワイゼル家にふさわしい嫁ではありません」
「と言うと?」
「態度は悪いし、ヴァイゼン様に意地の悪いことばかり言っています」
「あら。可愛い奥様のワガママぐらい受け止めないと。旦那様ならばね」
「……ヴァイゼン様は白い結婚を許してくださいました。1年なんてあっという間ですよね? 俺は寺院に入って修道士として生きるのが夢なんです」
俺がすがるようなまなざしを向けると、ノノネ様はヴァイゼンと同じ緑青の目を細めた。
「そうね、時間が経つのは早いわ。あなたとヴァイゼンが近づくのも、そう日がかからないでしょう」
「ノノネ様。俺は音楽と結婚します。子どもを産みたくないのです」
「……あなたはたくさんの人や物事に傷つけられてきた。今は心が痛みを覚えて、本当の気持ちが見えなくなっているんじゃないかしら」
ノノネ様は優しく微笑んだ。
「日にち薬を信じなさい」
「……日にちぐすり?」
「時が解決してくれるということよ。さあ、そろそろ宴の時間ね。行きましょう」
「俺は欠席します!」
「花嫁が不在の宴なんてあり得ないでしょう。ごちそう責めにしてあげるんだから」
俺が渋っていると、居室に小さな足音が聞こえてきた。
ちっちゃな子どもが現れた。
ぽやぽやの頬っぺたをした可愛い男の子と、利発そうな女の子。姉弟かな。
「母様ー! ヴァイゼンおじ様のお嫁さんって、この人?」
「びじんだねー」
「でも、悲しそう」
「息子のヒルティと、娘のアイリーンよ。うちの子、うるさくてごめんね」
「いえ。子どもは嫌いではありません」
「あら、それじゃあ」
「だからと言って、自分の子が欲しいかは別の話です! あの方の子どもを産みたいかというのは、もっともっと別の話です!」
俺の両脇を、ヒルティとアイリーンが取り囲む。これは振りほどけそうにないな。俺は可愛いふたりと目線を合わせて、挨拶をした。
「しばらく、ここのお屋敷で厄介になるレムートと言う。よろしくね」
「お嫁さんってずっと一緒なんじゃないの? しばらくってどういうこと?」
「レムート様ぁ。どこかに行っちゃうの」
ううう。
そんなに清らかな目で見つめないでくれ! ヴァイゼンを踏み台にしようとしている俺の良心が痛む。
「俺はね、悪いお嫁さんなんだ」
「えーっ。お菓子を隠したりするの?」
「ヴァイゼンおじ様のお昼寝を邪魔するの? ダメだよ。おじ様はお昼寝が大好きなんだから」
負けた。
子どもには敵わない。
俺はヒルティとアイリーンに連れられ、宴の会場である広間へと歩き出した。
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