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勉強は苦手だけど、自分には調理という特技がある。
そう思って生きてきたが、間違いだったかもしれない。料理人にも知識や言語化スキルは必要だ。
野沢の本音を聞いてから、陽翔は帰宅すると言語化スキルの向上を謳った動画を視聴するようになった。なかでも、コウタという男性配信者の話がとても分かりやすくてためになった。
コウタの本業は予備校の講師で、国語を担当しているらしい。
玲司といい、教壇に立つような人は本当に頭がいいんだなと思う。コウタは大輪の花を連想させる美形で、チャンネルの登録者は極めて多い。
言語化スキルの向上には、日記をつけるといいらしい。
陽翔は大学ノートを買ってきて、その日起きた出来事を書くようになった。仕事が忙しかった。疲れた。でも楽しい。そんな箇条書きのような日記しか今のところ書けてはいない。
リアル書店は鬼門なので、陽翔はネット書店からコウタの著書を取り寄せた。
『あなたが物事を言語化できないのはなぜか。それはボキャブラリー不足が理由なのではありません。根底にあるのは、気持ちの問題です。
自分に自信がないから。相手を信用していないから。だから言葉にすることをためらってしまうのです。
まずは自分を愛して、相手を信頼することから始めましょう』
陽翔は貪るようにコウタの著書を読み進めた。コウタの文章は読みやすくて、頭にスッと入ってくる。
気に入った本は繰り返し読むといいらしい。
陽翔は玲司と会う日も、コウタの著書を持って出かけた。
電車のなかで文庫本を広げる。自分が知識人の仲間入りをしたようで嬉しい。ネットニュースをダラダラ見るよりもよほど有意義な時間の使い方ではないか。
玲司との待ち合わせ場所は、駅の構内にあるオブジェの前だった。
早めに着いてしまった。陽翔は文庫本を読んで待つことにした。
「ごめんね。お待たせ」
やがて玲司が現れた。
本好きの玲司ならば、コウタの著書に興味を持ってくれるかもしれない。陽翔が期待していると、玲司は本の表紙をチラリと見ただけで、特に食いついてこなかった。
「俺、最近このコウタって人の本にハマってるんです」
「そうなんだ」
言葉が一往復しただけで会話が終わった。いつも優しい玲司にしては、塩対応である。本を読んでいますというアピールがウザかったのだろうか。
陽翔はしょんぼりしながら、リュックに文庫本をしまった。
「さて。今日は美味しいコーヒーを飲みに行こう!」
玲司が連れていってくれたのは、路地裏にある雑貨店だった。アジアンテイストの服やストール、小物が所狭しと飾られている。
店内の奥にカフェスペースがあるらしい。
「水出しアイスコーヒーがおすすめだよ」
「いいですね」
陽翔と玲司はキーマカレーと水出しアイスコーヒーのセットを頼んだ。
カフェスペースの椅子に腰を下ろす。周囲にはラックが置いてあって、さまざまな種類の多肉植物が並べられている。
「サボテンってすごいよね。少ない水でも育つんだから」
「そうですね。おまけに綺麗な花が咲くんでしょ?」
「うん。自然の神秘だよね」
陽翔は「自然の神秘」という表現を必死で頭に叩き込んだ。コウタが言っていた。語彙力をアップするには知的な人と話をして、彼らのボキャブラリーを吸収するといいらしい。
玲司はミニサラダを食べたあと、心配そうな表情になった。
「陽翔くん、雰囲気が変わったね。なんか気負っているというか……無理してない?」
「……そう見えます?」
「仕事で嫌なことでもあった?」
陽翔は迷ったが、野沢との一件を玲司に伝えた。玲司の眉が苛立たしげに跳ね上がった。
「教える方に責任があるって言うのか……。その彼はだいぶ傲慢だね」
「悪い人じゃないんです。ただ、彼は頭がよすぎて。俺の言語化スキルじゃ物足りないんだと思います」
「言語化ねぇ。なんでも言葉にできると思ったら大間違いだよ」
いつになく強い口調で玲司が言った。昔、何かあったのだろうか。もしかして、言葉にしたせいで相手とすれ違ったり、傷つけてしまった経験があるのかもしれない。
玲司が陽翔に尋ねた。
「……コウタの本を読んでいたのも、その後輩くんのせい?」
「きっかけはそうですけど。勉強、楽しいです」
「前向きだね。陽翔くんといると僕、明るい気持ちになれるよ」
「俺も玲司さんといるの、好きです」
美味しい水出しアイスコーヒーを飲んで、口が滑らかになってしまった。陽翔は焦った。まだ数回しか会ったことがない相手に「好き」という言葉を発するのは重すぎる。
「あっ、あの。今のはその……」
「僕も好きだよ、陽翔くんのことが。もっと一緒にいたい。きみのいろいろな一面を教えてほしい」
「俺でいいんですか?」
「うん。きみがいいんだ」
陽翔は顔の熱を冷ますために水出しアイスコーヒーを飲んだ。ほろ苦いコーヒーが甘く感じられる。玲司が自分に興味を持ってくれるだなんて。
「僕と付き合ってほしい」
言葉だけではなく、玲司の視線にも熱がこもっていた。
玲司の気まぐれだったとしても構わない。玲司といたい。
陽翔は静かにうなずいた。
そう思って生きてきたが、間違いだったかもしれない。料理人にも知識や言語化スキルは必要だ。
野沢の本音を聞いてから、陽翔は帰宅すると言語化スキルの向上を謳った動画を視聴するようになった。なかでも、コウタという男性配信者の話がとても分かりやすくてためになった。
コウタの本業は予備校の講師で、国語を担当しているらしい。
玲司といい、教壇に立つような人は本当に頭がいいんだなと思う。コウタは大輪の花を連想させる美形で、チャンネルの登録者は極めて多い。
言語化スキルの向上には、日記をつけるといいらしい。
陽翔は大学ノートを買ってきて、その日起きた出来事を書くようになった。仕事が忙しかった。疲れた。でも楽しい。そんな箇条書きのような日記しか今のところ書けてはいない。
リアル書店は鬼門なので、陽翔はネット書店からコウタの著書を取り寄せた。
『あなたが物事を言語化できないのはなぜか。それはボキャブラリー不足が理由なのではありません。根底にあるのは、気持ちの問題です。
自分に自信がないから。相手を信用していないから。だから言葉にすることをためらってしまうのです。
まずは自分を愛して、相手を信頼することから始めましょう』
陽翔は貪るようにコウタの著書を読み進めた。コウタの文章は読みやすくて、頭にスッと入ってくる。
気に入った本は繰り返し読むといいらしい。
陽翔は玲司と会う日も、コウタの著書を持って出かけた。
電車のなかで文庫本を広げる。自分が知識人の仲間入りをしたようで嬉しい。ネットニュースをダラダラ見るよりもよほど有意義な時間の使い方ではないか。
玲司との待ち合わせ場所は、駅の構内にあるオブジェの前だった。
早めに着いてしまった。陽翔は文庫本を読んで待つことにした。
「ごめんね。お待たせ」
やがて玲司が現れた。
本好きの玲司ならば、コウタの著書に興味を持ってくれるかもしれない。陽翔が期待していると、玲司は本の表紙をチラリと見ただけで、特に食いついてこなかった。
「俺、最近このコウタって人の本にハマってるんです」
「そうなんだ」
言葉が一往復しただけで会話が終わった。いつも優しい玲司にしては、塩対応である。本を読んでいますというアピールがウザかったのだろうか。
陽翔はしょんぼりしながら、リュックに文庫本をしまった。
「さて。今日は美味しいコーヒーを飲みに行こう!」
玲司が連れていってくれたのは、路地裏にある雑貨店だった。アジアンテイストの服やストール、小物が所狭しと飾られている。
店内の奥にカフェスペースがあるらしい。
「水出しアイスコーヒーがおすすめだよ」
「いいですね」
陽翔と玲司はキーマカレーと水出しアイスコーヒーのセットを頼んだ。
カフェスペースの椅子に腰を下ろす。周囲にはラックが置いてあって、さまざまな種類の多肉植物が並べられている。
「サボテンってすごいよね。少ない水でも育つんだから」
「そうですね。おまけに綺麗な花が咲くんでしょ?」
「うん。自然の神秘だよね」
陽翔は「自然の神秘」という表現を必死で頭に叩き込んだ。コウタが言っていた。語彙力をアップするには知的な人と話をして、彼らのボキャブラリーを吸収するといいらしい。
玲司はミニサラダを食べたあと、心配そうな表情になった。
「陽翔くん、雰囲気が変わったね。なんか気負っているというか……無理してない?」
「……そう見えます?」
「仕事で嫌なことでもあった?」
陽翔は迷ったが、野沢との一件を玲司に伝えた。玲司の眉が苛立たしげに跳ね上がった。
「教える方に責任があるって言うのか……。その彼はだいぶ傲慢だね」
「悪い人じゃないんです。ただ、彼は頭がよすぎて。俺の言語化スキルじゃ物足りないんだと思います」
「言語化ねぇ。なんでも言葉にできると思ったら大間違いだよ」
いつになく強い口調で玲司が言った。昔、何かあったのだろうか。もしかして、言葉にしたせいで相手とすれ違ったり、傷つけてしまった経験があるのかもしれない。
玲司が陽翔に尋ねた。
「……コウタの本を読んでいたのも、その後輩くんのせい?」
「きっかけはそうですけど。勉強、楽しいです」
「前向きだね。陽翔くんといると僕、明るい気持ちになれるよ」
「俺も玲司さんといるの、好きです」
美味しい水出しアイスコーヒーを飲んで、口が滑らかになってしまった。陽翔は焦った。まだ数回しか会ったことがない相手に「好き」という言葉を発するのは重すぎる。
「あっ、あの。今のはその……」
「僕も好きだよ、陽翔くんのことが。もっと一緒にいたい。きみのいろいろな一面を教えてほしい」
「俺でいいんですか?」
「うん。きみがいいんだ」
陽翔は顔の熱を冷ますために水出しアイスコーヒーを飲んだ。ほろ苦いコーヒーが甘く感じられる。玲司が自分に興味を持ってくれるだなんて。
「僕と付き合ってほしい」
言葉だけではなく、玲司の視線にも熱がこもっていた。
玲司の気まぐれだったとしても構わない。玲司といたい。
陽翔は静かにうなずいた。
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