【完結】ワンコ系オメガの花嫁修行

古井重箱

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第20話 冒険の終わり

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 レヴィウス様が僕を抱きかかえたまま、回廊を走る。あまりの勢いに驚いた侍女が尻餅をついた。今のレヴィウス様はまるで疾風のようである。
 長い廊下を抜けて、宮殿の二階にある部屋に着いた。

「ここが俺の居室だ」

 レヴィウス様は僕をベッドに運び込むと、僕の顔に手を当てた。

「呪いは王子様のキスで解けるものらしい」
『あの、まさか……』
「そのまさかだよ」

 ちゅっとレヴィウス様が僕に口づけた。
 僕の体はその瞬間、光でできた柱に覆われた。全身がカッと熱くなる。すると、ラピステルの体が僕の視界に現れた。
 どういうことだ? 僕たちは分離したのか?
 ラピステルの体が僕から遠ざかっていく。
 ああ、きみは聖界に帰るのか。今までありがとう。シュマックによろしく。

「お呼びですか、アズリール様」
「シュマック!」
「聖界の門が開いたので、舞い戻って来ましたぞ。アズリール様は今、魂だけの状態になっております」
「そうなんだ?」
「しかし、愛の力とは偉大ですなあ。あなたの愛する方が、あなたを強く求めています」
「レヴィウス様……」
「ああ、七色水晶の呪いが消えていきますな」

 ラピステルの姿が完全に消えた。
 僕の視界に五本の指が映った。体が動く。両手も両足も健在だ。シュマックが僕の傍らでふさふさとした尻尾を振っている。

「僕……人間に戻れたのですか?」
「アズリール……すまん」
「あっ」

 僕は裸だった。レヴィウス様が軍服を脱いで、僕の肩にかけてくれる。

「すみません。こんな格好で……」
「いや、俺の方こそ輿入れ前のきみの裸を見るだなんて。失礼な真似をしてしまった」
「レヴィウス様。あの……お布団の中に隠れてもいいですか?」
「もちろんだ! 俺は侍女を呼んでくる。湯浴みをして、着替えるといい」
「僕、臭いますか?」
「そういう意味じゃない。きみからはいい匂いがする……。シトラス系の爽やかな香りだ……」

 レヴィウス様がだいぶ慌てた様子で部屋から出て行った。
 僕は布団の中に潜り込んで、侍女の訪れを待った。
 シュマックが枕元で歓声を上げる。

「聖界始まって以来の出来事ですぞ! 聖獣と同化した方が再び人間に戻るとは」
「シュマック。ラピステルはどうなっちゃうの?」
「また出番が来るまで眠りにつくことでしょう。あるいは人々の信仰心が戻ったら、その魂が復活するかもしれません」
「そうなんだ。ちゃんとお礼が言いたいな……」
「このシュマックが伝えておきます。もう聖界に直接乗り込んだりしてはなりませんぞ。アズリール様は王太子妃になられるのですから」

 ドアがノックされた。

「ちょっといいかしら」

 現れたのは王妃様だった。
 僕は布団から顔を出して、深々と頭を下げた。

「こんな格好で申し訳ございません」
「アズリール・セレスティ。よくぞレヴィウスの呪いを解いてくれました。礼を言うわ」
「もったいないお言葉でございます」
「そんなに畏まらないで。わたくしとそなたは家族になるのですから」
「えっ? 僕が、王妃様と……? でも国王陛下は僕ではなくキリエとの結婚を望んでおいででした」
「フィレンカ家に大金を積まれて目が眩んだのですよ。愚かな人」

 噂をすれば、国王陛下が部屋にやって来た。
 相変わらず眼光が鋭いのかと思いきや、国王陛下はうなだれていた。

「……メリアーヌ。私と別れるだと? なぜそんなことを……!」
「あなたはキリエ・フィレンカをレヴィウスの伴侶に選ぶおつもりでしょう? そんな暗愚なお方とはご一緒できません」
「……キリエはたまたま間違えてしまっただけなのだ」
「わたくしの『眼」がキリエ・フィレンカの素行を調査致しました。彼は複数の男との関係があったようです」
「なんだと……!?」
「フィレンカ家からの上納金も、民に重税を課して搾り取ったものです。あなたは誰を見てまつりごとをされているのですか?」
「カネがあれば、メリアーヌに良薬を用意できると思ったのだ……」
「あなた。わたくしは民の生き血を啜ってまで生きながらえたいとは思いませんわ」

 王妃様はお体が弱くていらっしゃるとお聞きしていたが、そのお心は誰よりも強い。僕は憧れのまなざしを送った。王妃様が僕に柔らかな微笑みを向ける。

「わたくしの『眼』が教えてくれたわ。あなたは冒険者ギルドに駆け込んだんですってね? レヴィウスを助けるために」
「お恥ずかしいです……。結局ギルドに顔を出すことはできませんでした」
「占い師のシマや元老院のヨアキムからもあなたを推薦する声を聞いておりました」
「シマ先生、ヨアキムさん……」
「わたくしは最初、あなたに懐疑的だったわ。ブランシェール学院の教師、マルセルの話では純粋すぎて王家には向かないということだったので」
「確かに、……僕は政には向いていないと思います」
「執政するのはこの俺だ、アズリールよ。きみは俺を癒してくれたらそれでいい!」

 レヴィウス様が部屋に戻って来た。お顔が紅潮されている。

「あら、レヴィウス。顔がずいぶんと真っ赤ね。久しぶりにイチゴ坊やになったあなたを見たわ」
「……アズリールの前で幼少期の恥ずかしいあだ名を披露しないでください」

 イチゴ坊や?
 昔そんなあだ名で呼ばれてたんだ。
 レヴィウス様が照れているお姿がとても可愛らしくて、僕は思わず微笑んだ。王妃様があたたかなまなざしで僕を包み込む。

「わが家に必要なのは、日だまりのように優しいこの子よ。あなた、わたくしの意見に異論があって?」
「……いや。私の負けだ。アズリール・セレスティよ。その身を犬に変えてアルファを守るオメガだと? 建国以来、そんなオメガは存在しなかった」
「僕はただ夢中で……」
「オメガの献身がアルファを救ったのか。これもまた新たな伝説になりうるだろう」
「父上。今度はアズリールを政治に利用しようとするのですか?」
「ふん、うるさい奴め。私はまだ玉座を譲るつもりはないぞ。私が王でいる限り、私のやり方に従ってもらう」
「あなたは結局、わたくしの意見には勝てないけれどね」
「メリアーヌ。そう言うな」

 国王陛下が王妃様にすがりついたその時のことだった。
 文官が現れて、書状を部屋に持ち込んだ。かなり興奮しているらしく息は上がり、鼻翼がぷくりと膨らんでいる。

「国王陛下ーっ! 隣国サンダスより書状が届きました。内戦が終わったとのことです」
「ほう。ついに落とし所を見つけたのか」
「サンダスとの国交が回復するわね。新たな時代に必要なのは、力で他を圧倒することではないわ。相手を慈しむことです。レヴィウス、アズリール。この国の未来を頼みましたよ」

 王妃様は侍女に支えられて、退室された。
 国王陛下は僕を見つめた。

「……私はまだ、アズリール・セレスティを完全に認めたわけではない」
「父上、頑固なお方だな。また母上に叱られたいのですか」
「ふん。せいぜい暗君とその寵姫と呼ばれぬよう、気をつけることだな」
「アズリール。許してやってくれ。父上は謝ることができない人間なのだ」
「僕……怒ってません。国王陛下のお立場を、僕ごときが想像することはできませんから」
「……山しかないと思っていたセレスティから、とんだ傑物が出たものだ」

 国王陛下はそう言い残すと、家臣を引き連れて部屋から出ていった。
 すると侍女が僕のもとにやって来て、ガウンを着せてくれた。

「こちらで湯浴みをどうぞ」
「ありがとう」

 僕はレヴィウス様の部屋の隣にある浴室に入り、久々にお湯を楽しんだ。
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