可愛い後輩には、タチをさせよ

古井重箱

文字の大きさ
7 / 16

07.

しおりを挟む
 住宅地は夜闇に塗り潰されていた。
 街灯のまばらな明かりを頼りに歩いていくうちに、俺のマンションが見えてきた。
 宝木はスキップをしそうなほどにご機嫌だった。

「おまえが元気になってよかったよ」
「ご心配おかけしてすみません」
「いいって。後輩の面倒をるのは先輩の務めだ」

 エレベーターで五階に上がって、玄関の鍵を開ける。

「どうぞ。入って」
「お邪魔します」

 宝木が持っていたコンビニのビニール袋がガサリと音を立てた。
 飲み直すと言っても、宝木は下戸だ。俺も大酒飲みというわけではない。そんなわけで、二次会はノンアルコール・ドリンクで乾杯となった。
 宝木はリビングをしげしげと観察している。なんだか、自分の体の中を眺め回されているようで落ち着かない。

「別に珍しいものなんて置いてないぞ。ふつうの部屋だろ」
「先輩の匂いがする……」
「えっ!? 俺、臭う? 何系? 加齢臭かな!?」
「お日様をたっぷり浴びた掛け布団みたいな、いい匂いですよ」

 ぺたんと宝木が俺の肩に頭を預けてきた。
 
「おまえ、スキンシップ大好きだよな」
「永峰先輩限定です」
「はぁ? 俺なんかのどこがいいんだか」
「ハートがあったかいところ。あと、八重歯……。可愛い」

 俺の顔に影が差した。
 それが、宝木の唇が近づいてきたサインだと気づいた時にはもう、口を塞がれていた。
 俺の唇の弾力を味わうかのようにバードキスを繰り返したあと、宝木は俺の歯列を割って、舌を絡めてきた。
 生暖かくて、ぬるついた舌が俺の口蓋を舐める。背骨が粉砂糖に置き換わったかのように、俺の体軸が傾いていく。
 いつしか俺は床の上に押し倒されていた。
 宝木は濡れたまなざしで俺を見下ろしている。甘えん坊だとばかり思っていた後輩の雄めいた姿に俺はショックを受けた。

「宝木、ごめん! 相席居酒屋に連れて行ったこと、謝るから。こういう冗談はやめてくれ」
「……さっきのキス、先輩は遊びだって感じたんですか?」
「え、だって俺たち男同士だろ……」
「それが何か?」

 宝木は突き放すような声で言うと、俺の太ももを撫でた。
 大きな手のひらがそわり、そわりとスラックスの上を這い回る。

「フェラだってできますよ」
「は!? ふぇ、フェラっておまえ……!」
「僕、永峰先輩が好きなんです」

 ぽたりと俺の頬に温かい雫が落ちてきた。
 宝木は潤んだ瞳で俺を見つめている。

「分かってます。そんなことを言っても先輩を困らせるだけだって。でも、毎日職場で顔を合わせるたびに気持ちが加速していって……」
「……宝木」
「僕、知ってます。先輩は誰にでも優しい。僕が特別な相手っていうわけじゃない」

 触れるだけのキスをすると、宝木は俺の体から離れた。

「相席居酒屋に行ったのは、先輩が女性といるところを見れば、諦めがつくと思ったからです。でも、いざ先輩が女性と楽しそうに話している姿を目の当たりにしたら……、すごくショックでした。どうしても受け入れることができなかった……」

 宝木は立ち上がると、玄関に向かって大股で歩き出した。俺もまた身を起こして、宝木のあとを追いかけた。
 俺は宝木の手首を掴んだ。

「おい、待てよ! 話はここで終わりか? 俺、明日からどういう顔をしておまえと仕事すればいいんだよ!」
「ふつうでいてください。いつもの先輩でいてください」
「じゃあ……おまえはどうするつもりだ?」
「ただの後輩として、あなたと接します」

 宝木の形のいい頬を、透明な雫が伝った。

「そんな状態のおまえを放っておけないよ!」
「じゃあ、あんた。僕とセックスできるのかよ!! 僕にち×こ突っ込まれてアンアンけるのかよ!!」

 ふだんはおっとりしている宝木が声を荒げた。俺は電気ショックを浴びたかのような衝撃を受けた。

「セックスって、おまえ……」
「僕の『好き』は、そういう『好き』なんですよ!」

 宝木の美麗な顔が苦しそうに歪んだ。

「……僕だって驚きました。そういう『好き』だって自覚した時に。同性に触れたいと思ったのは初めてだったから」
「宝木……。俺は……、俺は……」
「無理して言葉を紡がなくてもいいです。慰めなんて要りません。この胸の痛みも先輩がくれたものだから」

 呆然と立ち尽くしている俺の肩を宝木がそっと抱いた。

「スキンシップももうやめます」
「……そうか」
「永峰先輩は俺にとって海王星なんです。とっても遠いところにいて、永遠に触れられない相手なんです……」

 宝木はそう囁くと、ドアを開けて俺のマンションから立ち去った。
 俺は玄関にへたり込んだ。
 宝木に吸われた唇が熱を帯びている。

「どうすればいいんだよ……」

 三十年近く生きてきたが、同性に求められたのは初めてだ。
 俺は出口のないブラックホールに放り込まれたような心地になった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あの部屋でまだ待ってる

名雪
BL
アパートの一室。 どんなに遅くなっても、帰りを待つ習慣だけが残っている。 始まりは、ほんの気まぐれ。 終わる理由もないまま、十年が過ぎた。 与え続けることも、受け取るだけでいることも、いつしか当たり前になっていく。 ――あの部屋で、まだ待ってる。

溺愛じゃおさまらない

すずかけあおい
BL
上司の陽介と付き合っている誠也。 どろどろに愛されているけれど―――。 〔攻め〕市川 陽介(いちかわ ようすけ)34歳 〔受け〕大野 誠也(おおの せいや)26歳

タトゥーの甘い檻

マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代) どのお話も単体でお楽しみいただけます。 ​「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」 ​真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。 ​それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。 「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。 アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。 ​ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。 愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。 ​「……お前のわがままには、最後まで付き合う」 ​針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。 執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。

夢の続きの話をしよう

木原あざみ
BL
歯止めのきかなくなる前に離れようと思った。 隣になんていたくないと思った。 ** サッカー選手×大学生。すれ違い過多の両方向片思いなお話です。他サイトにて完結済みの作品を転載しています。本編総文字数25万字強。 表紙は同人誌にした際に木久劇美和さまに描いていただいたものを使用しています(※こちらに載せている本文は同人誌用に改稿する前のものになります)。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

箱入りオメガの受難

おもちDX
BL
社会人の瑠璃は突然の発情期を知らないアルファの男と過ごしてしまう。記憶にないが瑠璃は大学生の地味系男子、琥珀と致してしまったらしい。 元の生活に戻ろうとするも、琥珀はストーカーのように付きまといだし、なぜか瑠璃はだんだん絆されていってしまう。 ある日瑠璃は、発情期を見知らぬイケメンと過ごす夢を見て混乱に陥る。これはあの日の記憶?知らない相手は誰? 不器用なアルファとオメガのドタバタ勘違いラブストーリー。 現代オメガバース ※R要素は限りなく薄いです。 この作品は『KADOKAWA×pixiv ノベル大賞2024』の「BL部門」お題イラストから着想し、創作したものです。ありがたいことに、グローバルコミック賞をいただきました。 https://www.pixiv.net/novel/contest/kadokawapixivnovel24

素直じゃない人

うりぼう
BL
平社員×会長の孫 社会人同士 年下攻め ある日突然異動を命じられた昭仁。 異動先は社内でも特に厳しいと言われている会長の孫である千草の補佐。 厳しいだけならまだしも、千草には『男が好き』という噂があり、次の犠牲者の昭仁も好奇の目で見られるようになる。 しかし一緒に働いてみると噂とは違う千草に昭仁は戸惑うばかり。 そんなある日、うっかりあられもない姿を千草に見られてしまった事から二人の関係が始まり…… というMLものです。 えろは少なめ。

シスルの花束を

碧月 晶
BL
年下俺様モデル×年上訳あり青年 ~人物紹介~ ○氷室 三門(ひむろ みかど) ・攻め(主人公) ・23歳、身長178cm ・モデル ・俺様な性格、短気 ・訳あって、雨月の所に転がり込んだ ○寒河江 雨月(さがえ うげつ) ・受け ・26歳、身長170cm ・常に無表情で、人形のように顔が整っている ・童顔 ※作中に英会話が出てきますが、翻訳アプリで訳したため正しいとは限りません。 ※濡れ場があるシーンはタイトルに*マークが付きます。 ※基本、三門視点で進みます。 ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

処理中です...