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住宅地は夜闇に塗り潰されていた。
街灯のまばらな明かりを頼りに歩いていくうちに、俺のマンションが見えてきた。
宝木はスキップをしそうなほどにご機嫌だった。
「おまえが元気になってよかったよ」
「ご心配おかけしてすみません」
「いいって。後輩の面倒を看るのは先輩の務めだ」
エレベーターで五階に上がって、玄関の鍵を開ける。
「どうぞ。入って」
「お邪魔します」
宝木が持っていたコンビニのビニール袋がガサリと音を立てた。
飲み直すと言っても、宝木は下戸だ。俺も大酒飲みというわけではない。そんなわけで、二次会はノンアルコール・ドリンクで乾杯となった。
宝木はリビングをしげしげと観察している。なんだか、自分の体の中を眺め回されているようで落ち着かない。
「別に珍しいものなんて置いてないぞ。ふつうの部屋だろ」
「先輩の匂いがする……」
「えっ!? 俺、臭う? 何系? 加齢臭かな!?」
「お日様をたっぷり浴びた掛け布団みたいな、いい匂いですよ」
ぺたんと宝木が俺の肩に頭を預けてきた。
「おまえ、スキンシップ大好きだよな」
「永峰先輩限定です」
「はぁ? 俺なんかのどこがいいんだか」
「ハートがあったかいところ。あと、八重歯……。可愛い」
俺の顔に影が差した。
それが、宝木の唇が近づいてきたサインだと気づいた時にはもう、口を塞がれていた。
俺の唇の弾力を味わうかのようにバードキスを繰り返したあと、宝木は俺の歯列を割って、舌を絡めてきた。
生暖かくて、ぬるついた舌が俺の口蓋を舐める。背骨が粉砂糖に置き換わったかのように、俺の体軸が傾いていく。
いつしか俺は床の上に押し倒されていた。
宝木は濡れたまなざしで俺を見下ろしている。甘えん坊だとばかり思っていた後輩の雄めいた姿に俺はショックを受けた。
「宝木、ごめん! 相席居酒屋に連れて行ったこと、謝るから。こういう冗談はやめてくれ」
「……さっきのキス、先輩は遊びだって感じたんですか?」
「え、だって俺たち男同士だろ……」
「それが何か?」
宝木は突き放すような声で言うと、俺の太ももを撫でた。
大きな手のひらがそわり、そわりとスラックスの上を這い回る。
「フェラだってできますよ」
「は!? ふぇ、フェラっておまえ……!」
「僕、永峰先輩が好きなんです」
ぽたりと俺の頬に温かい雫が落ちてきた。
宝木は潤んだ瞳で俺を見つめている。
「分かってます。そんなことを言っても先輩を困らせるだけだって。でも、毎日職場で顔を合わせるたびに気持ちが加速していって……」
「……宝木」
「僕、知ってます。先輩は誰にでも優しい。僕が特別な相手っていうわけじゃない」
触れるだけのキスをすると、宝木は俺の体から離れた。
「相席居酒屋に行ったのは、先輩が女性といるところを見れば、諦めがつくと思ったからです。でも、いざ先輩が女性と楽しそうに話している姿を目の当たりにしたら……、すごくショックでした。どうしても受け入れることができなかった……」
宝木は立ち上がると、玄関に向かって大股で歩き出した。俺もまた身を起こして、宝木のあとを追いかけた。
俺は宝木の手首を掴んだ。
「おい、待てよ! 話はここで終わりか? 俺、明日からどういう顔をしておまえと仕事すればいいんだよ!」
「ふつうでいてください。いつもの先輩でいてください」
「じゃあ……おまえはどうするつもりだ?」
「ただの後輩として、あなたと接します」
宝木の形のいい頬を、透明な雫が伝った。
「そんな状態のおまえを放っておけないよ!」
「じゃあ、あんた。僕とセックスできるのかよ!! 僕にち×こ突っ込まれてアンアン啼けるのかよ!!」
ふだんはおっとりしている宝木が声を荒げた。俺は電気ショックを浴びたかのような衝撃を受けた。
「セックスって、おまえ……」
「僕の『好き』は、そういう『好き』なんですよ!」
宝木の美麗な顔が苦しそうに歪んだ。
「……僕だって驚きました。そういう『好き』だって自覚した時に。同性に触れたいと思ったのは初めてだったから」
「宝木……。俺は……、俺は……」
「無理して言葉を紡がなくてもいいです。慰めなんて要りません。この胸の痛みも先輩がくれたものだから」
呆然と立ち尽くしている俺の肩を宝木がそっと抱いた。
「スキンシップももうやめます」
「……そうか」
「永峰先輩は俺にとって海王星なんです。とっても遠いところにいて、永遠に触れられない相手なんです……」
宝木はそう囁くと、ドアを開けて俺のマンションから立ち去った。
俺は玄関にへたり込んだ。
宝木に吸われた唇が熱を帯びている。
「どうすればいいんだよ……」
三十年近く生きてきたが、同性に求められたのは初めてだ。
俺は出口のないブラックホールに放り込まれたような心地になった。
街灯のまばらな明かりを頼りに歩いていくうちに、俺のマンションが見えてきた。
宝木はスキップをしそうなほどにご機嫌だった。
「おまえが元気になってよかったよ」
「ご心配おかけしてすみません」
「いいって。後輩の面倒を看るのは先輩の務めだ」
エレベーターで五階に上がって、玄関の鍵を開ける。
「どうぞ。入って」
「お邪魔します」
宝木が持っていたコンビニのビニール袋がガサリと音を立てた。
飲み直すと言っても、宝木は下戸だ。俺も大酒飲みというわけではない。そんなわけで、二次会はノンアルコール・ドリンクで乾杯となった。
宝木はリビングをしげしげと観察している。なんだか、自分の体の中を眺め回されているようで落ち着かない。
「別に珍しいものなんて置いてないぞ。ふつうの部屋だろ」
「先輩の匂いがする……」
「えっ!? 俺、臭う? 何系? 加齢臭かな!?」
「お日様をたっぷり浴びた掛け布団みたいな、いい匂いですよ」
ぺたんと宝木が俺の肩に頭を預けてきた。
「おまえ、スキンシップ大好きだよな」
「永峰先輩限定です」
「はぁ? 俺なんかのどこがいいんだか」
「ハートがあったかいところ。あと、八重歯……。可愛い」
俺の顔に影が差した。
それが、宝木の唇が近づいてきたサインだと気づいた時にはもう、口を塞がれていた。
俺の唇の弾力を味わうかのようにバードキスを繰り返したあと、宝木は俺の歯列を割って、舌を絡めてきた。
生暖かくて、ぬるついた舌が俺の口蓋を舐める。背骨が粉砂糖に置き換わったかのように、俺の体軸が傾いていく。
いつしか俺は床の上に押し倒されていた。
宝木は濡れたまなざしで俺を見下ろしている。甘えん坊だとばかり思っていた後輩の雄めいた姿に俺はショックを受けた。
「宝木、ごめん! 相席居酒屋に連れて行ったこと、謝るから。こういう冗談はやめてくれ」
「……さっきのキス、先輩は遊びだって感じたんですか?」
「え、だって俺たち男同士だろ……」
「それが何か?」
宝木は突き放すような声で言うと、俺の太ももを撫でた。
大きな手のひらがそわり、そわりとスラックスの上を這い回る。
「フェラだってできますよ」
「は!? ふぇ、フェラっておまえ……!」
「僕、永峰先輩が好きなんです」
ぽたりと俺の頬に温かい雫が落ちてきた。
宝木は潤んだ瞳で俺を見つめている。
「分かってます。そんなことを言っても先輩を困らせるだけだって。でも、毎日職場で顔を合わせるたびに気持ちが加速していって……」
「……宝木」
「僕、知ってます。先輩は誰にでも優しい。僕が特別な相手っていうわけじゃない」
触れるだけのキスをすると、宝木は俺の体から離れた。
「相席居酒屋に行ったのは、先輩が女性といるところを見れば、諦めがつくと思ったからです。でも、いざ先輩が女性と楽しそうに話している姿を目の当たりにしたら……、すごくショックでした。どうしても受け入れることができなかった……」
宝木は立ち上がると、玄関に向かって大股で歩き出した。俺もまた身を起こして、宝木のあとを追いかけた。
俺は宝木の手首を掴んだ。
「おい、待てよ! 話はここで終わりか? 俺、明日からどういう顔をしておまえと仕事すればいいんだよ!」
「ふつうでいてください。いつもの先輩でいてください」
「じゃあ……おまえはどうするつもりだ?」
「ただの後輩として、あなたと接します」
宝木の形のいい頬を、透明な雫が伝った。
「そんな状態のおまえを放っておけないよ!」
「じゃあ、あんた。僕とセックスできるのかよ!! 僕にち×こ突っ込まれてアンアン啼けるのかよ!!」
ふだんはおっとりしている宝木が声を荒げた。俺は電気ショックを浴びたかのような衝撃を受けた。
「セックスって、おまえ……」
「僕の『好き』は、そういう『好き』なんですよ!」
宝木の美麗な顔が苦しそうに歪んだ。
「……僕だって驚きました。そういう『好き』だって自覚した時に。同性に触れたいと思ったのは初めてだったから」
「宝木……。俺は……、俺は……」
「無理して言葉を紡がなくてもいいです。慰めなんて要りません。この胸の痛みも先輩がくれたものだから」
呆然と立ち尽くしている俺の肩を宝木がそっと抱いた。
「スキンシップももうやめます」
「……そうか」
「永峰先輩は俺にとって海王星なんです。とっても遠いところにいて、永遠に触れられない相手なんです……」
宝木はそう囁くと、ドアを開けて俺のマンションから立ち去った。
俺は玄関にへたり込んだ。
宝木に吸われた唇が熱を帯びている。
「どうすればいいんだよ……」
三十年近く生きてきたが、同性に求められたのは初めてだ。
俺は出口のないブラックホールに放り込まれたような心地になった。
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