『ペガサスが舞い降りる日』“僕の人生を変えた恋人”

大輝

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第29章 ラストラン

僕の人生を変えた恋人29

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【スタンド】

本馬場入場だ。

次々と出走馬が入って来る。

「昨年のディフェンディングチャンピオンが入って参りました。ここは私が連覇する。末脚なら誰にも負けない。カネノホマレです」

コユキは8番だけど、また後出しかな?

放馬に楽鉄、前扉をくぐって外枠発走、ゴール板通過後のジョッキー下馬…

コユキにはいつもハラハラさせられたよな。

今日は、何のアクシデントも無く走ってほしい。

これが君のラストランなんだからね。

「春の女王のお出ましです。ココも私が貰います。女王は私カミノクイン」

次々馬場入りして来るけど、コユキはまだ来ない。

「コユキまだかな?」

「きっとまた最後ね」

白い馬体が見えた。

コユキだ。

「京都競馬場が大歓声に包まれました。昨年の桜花賞馬の登場です。引退の花道を勝利で飾れるでしょうか?5番人気でも怖い存在。コユキです」

ドキドキしてきた。

凛ちゃんが手をギュッとした。

「ドキドキしてきちゃった」

「僕もだよ」

横顔を見ると、大きな瞳一杯に涙を溜めている。

君が泣いたら、僕も我慢出来なくなりそうだよ。

僕の家は、小さい頃良く兄貴が泣くと「男の癖に泣くな!」って凄く親父に怒られてたから、それを見て育たった僕は、可愛くないぐらい泣かない子だった。

でも、もらい泣きするんだよね。

コユキは、放されると弾けるように飛んで行った。

そして、ゆっくりとラチ沿いを歩いている。

「今こっち見なかったか?」

確かにスタンドを見上げた気がした。

待機所でも、落ち着いて輪乗りをしている。

ファンファーレが鳴った。

各馬ゲートに引かれて行く。

経験の浅い3歳馬は、ゲート入りに時間がかかっているけど、コユキは中で大人しくしている。

皆んな無事に回って来るんだよ。

きっと皆んな良いお母さんになるんだからね。

全馬収まったぞ。


「スタートしました!どの馬が行くのか?コユキは最後方に下げました。今日は折り合っているのか?」

コユキ、今日は一番後ろでじっと我慢している。

「この前みたいに暴走しないのは良いけど、一番後ろかよ。いつもハラハラさせられるな」

慎二は、今日も横断幕を貼る為に、朝早く並んでくれたんだよな。

コユキは、道中最後方のまま先頭集団は第四コーナーに差し掛かった。

「前はカネノカンムリ、カネノカンムリ、カネノカンムリは馬群に飲み込まれた。真ん中からカミノクイン。その後ろカネノホマレ」

コユキは前が開かず、大外に持ち出した。

「大外からコユキ!大外からコユキ!最後方からコユキが物凄い脚で飛んで来る!」

「届くのか?」

「コユキ頑張れーーー!」

「凄い脚だ!一気にかわした!コユキがまとめて差し切った!これは強い!勝ったのはコユキ。2着以下は混戦です。いコユキ、引退の花道を見事勝利で飾りました」

「やった!!」

横を見ると凛ちゃんが泣いている。

いや、凛ちゃんだけじゃない皆んな泣いていた。

僕も泣いた。

競馬で泣いたのは、アドマイヤグルーヴのラストラン以来だ。

「コユキ頑張ったね。良い子だね」

桜ちゃんがそう言うと、また皆んなで泣いた。

ウイニングラン。

桜花賞の時は、初めてで戸惑っていたけど、もう慣れたね。

これで最後なんだ。

本当に最後なんだね。

勝利騎手インタビューだ。

「見事に勝ちましたね。それにしてもコユキの末脚は凄かった」

「5番人気でしたけど、コユキが一番強いんだと思ってました。とにかく邪魔をしないようにと思って乗りました。僕はただ掴まっていただけです」

「これがラストランになるわけですが、ファンの方に一言お願いします」

「今まで応援ありがとうございました。デビューから今日まで、全ての手綱を取らせて頂いた事を幸せに思います。次はコユキの子供でG1を勝ちたいですね。その時は応援宜しくお願いします」

そして、コユキの引退式が執り行われた。

本当に、本当にもう終わりなんだ。

こうしてターフを走る君の姿を見られるのは、これで最後なんだね。

そう思うと涙が…

もう、我慢出来なかった。

横を見ると、凛ちゃんも泣いていた。

駿さんも、慎二も…

皆んな皆んな泣いていた。


その夜は京都の旅館で、皆んなでシャトー・ペトリュスで乾杯した。

去年の女王杯の時、僕が呑みたいって言ったら「それはジャパンカップ勝ったら開けてあげるわよ」なんて言ってたのにね。

お姉さん、ちゃんと持って来てくれていた。

僕に内緒でね。

「くー…良いワインはやっぱり旨いんでないかい」

駿さん、ご機嫌だね。

さっき泣いてるの見ちゃったのは黙っておこう。

そして…

【春風牧場】

「来たよ!」

コユキを乗せた馬運車が牧場に入って来た。

僕はお姉さんと、牧場の皆んなとコユキを迎えた。

「無事に帰って来たね」

「デビュー前に「君はここでお母さんになるんだからね」って言ってたわね」

「うん。本当に帰って来た。お母さんになる為に」

「コユキ、早くママに会いたいんじゃない?」

「そうですね。でも、すぐに一緒に出来ないんです」

「え?どうして?」

「しばらくは、1人で置いておかないといけないんです」

「あら、可哀想。寂しいわね」

「お母さんになる準備をするんだよね」

「そうよ」

「コユキー。良く帰って来たねー」

「本当に頑張ったなー。この牧場でG1勝ったのは、お前が初めてだもんなー」

婆ちゃんは、コユキの鼻先を撫でて、爺ちゃんは、丁寧にブラシをかけている。

もう走らなくて良いんだよ。

君はここでお母さんになって、のんびり子育てするんだ。

ユキ達と仲良くね。

【葉月家】

僕達が東京に帰ってしばらくすると、凛ちゃんが写メを送ってくれた。

それは、ユキとコユキが再会を喜んでいる写真だった。

「ちゃんと覚えてたのね」

「娘にいじめられる、なんて話しを聞いた事が有るけど、2人は仲良しで良かった」

「2人?」

「あっ」

「アハハ」


そして2016年春、コユキのお嫁入りだ。

お婿さんは、ホワイトビースト。

どんな仔を産んでくれるか、楽しみだね。

しばらくして、無事受胎したと連絡が有った。

そして…

【車の中】

2017年3月4日、僕は慎二と一緒に北海道に来ている。

牧場までの車の中、景色を楽しむ余裕なんて無い。

早くコユキに会いたい。

【春風牧場】

「乳ヤニがついてたから、もうすぐ産まれるわよ」

初めてのお産だから心配してたけど、舞ちゃんが居るから大丈夫だね。

コユキの馬房に行くと、ぶーニャンがぴったりと寄り添っていた。

「この頃いつもこうやってコユキのそばを離れないのよ。きっと良い仔が産まれるわ」

「何だか俺もそんな気がしてきた。あのおっとり坊主が産まれた時もそうだったもんなー」

おっとり坊主って、フルーツバスケットの2015だね。

その夜僕は久しぶりにペガサスの夢を見ていた。

ペガサスは、地上に降りて、風の中を駆け抜けて行った。

「菱さん、菱さん起きて」

「凛ちゃん」

「コユキ、産まれそうよ」

【コユキの馬房】

僕達が馬房に行くと、コユキは寝藁の上に横になっていた。

今にも産まれそうだ。

2017年3月5日午前3時10分。

「破水してる」

足が見えてきた。

舞ちゃんが足を引っ張って手伝う。

産まれた!

「初産なのにすんなり産まれたわね、凄い安産。やっぱりコユキは何もかも他の馬と違うわ」

舞ちゃんは、産まれたばかりの仔馬の体を拭きながらそう言った。

「おい、そいつ、初めから白っぽいな。コユキが生まれた時はもっと黒っぽかったよな」

「芦毛の女の子よ」

可愛いなぁ、女の子を産んでくれて嬉しいよ。

「白毛じゃないのか。でも、綺麗な毛色だな。コイツなら白いの産むんじゃないか?」

慎二も白毛が生まれるの楽しみにしているみたいだね。

赤ちゃんは、一生懸命立ち上がろうとしている。

コユキは優しく仔馬の顔を舐めている。

どんなママになるんだろう?


【葉月家】

お姉さんは、毎日凛ちゃんのブログが更新されるのを楽しみにしている。

「見て見て、こんなに飛び跳ねてるのよ」

ははぁ、ヤンチャ姫。

凄いバネだね。

そう、この仔、コユキの2017。

あのコユキとホワイトビーストの仔だから、かなりのヤンチャ。

それでヤンチャ姫って呼ばれてるんだ。

コユキの初子という事で、何人もの調教師さんや馬主さんが見に来たらしい。

「勿論私が買います」

「まだ買い取ってないから、コユキはお姉さんの馬なんだけどね」

「でも、種付け料は春風牧場が出したのよね」

「うん。でも、コユキ買い取るお金なんて無いよ。もう少し待って」

「良いわよ。あの仔は春風牧場に返してあげたいの」

頑張って借金返さなくちゃな。

「菱ちゃん」

「はい」

「菱ちゃんの部屋カマキリが行列してるよ」

ああ、冬に卵見つけて持って帰ったの忘れてた。

せっかく生まれて来たんだから、そっとしておいてやろう。

「放っとけば出て行くわよ」

母は田舎育ちだから、文句も言わないけど、お姉さんが見たら「キャー」って言うだろうな。

怪獣君事ハルクンは、NHKマイルの出走権を取ったんだ。

相変わらずかかり気味にカリカリ飛ばして大逃げ。

でもニュージーランドトロフィーで逃げ残って、NHKマイルの出走権が取れた。

頑張ったね、ハルクン。

そしてNHKマイル当日、僕は行けなかったんだけど、お姉さんから連絡が有った。

ハルクンは、スタートから口を割ってカリカリ飛ばして大逃げ。

そのままゴール板を駆け抜けたそうだ。

やったね、ハルクン。

まるでダイタクヘリオスみたいだ。

ヒメチャンはデビューが遅れたけど、1勝を挙げた。

秋華賞に間に合うと良いね。

そして6月、僕は北海道の教会に居る。

【礼拝堂】

新郎が待っている。

新婦がバージンロードを歩いて来る。

エスコートするのは駿さんだ。

とっても綺麗だよ、舞ちゃん。

【春風牧場】

「今度は凛の番だねー」

「まだプロポーズされてないのかい?」

「……」

ああ、爺ちゃんと婆ちゃんに色々言われて凛ちゃん困ってるな。

「菱は優柔不断だからなー。奇跡でも起こらねばダメだべさ」


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