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第6章 ヴァイオリン

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【城咲家の前】

〈涼太と健人が居る。少し後ろ、辺りを見回す晴香〉

「晴香ちゃん、早くいらっしゃいよ」

「何キョロキョロしてんだ?」

「本当にお邪魔して良いのかな…こんなトコ、一条さんにでも見られたら、また何言われるかわかんない…城咲先生にもご迷惑かけちゃうし…」

〈星が出て来る。微笑んで〉

「皆んな来たね、どうぞ、入って」

僕がそう言うと、涼太と健人が先に中に入った。

〈晴香が忍者のようにササッと来て入る。???の星〉

【リビング】

〈テーブルには紅茶とタルト〉

「ああ、それで変な動きしてたんだね。木の上から落ちて来たり、君はいつも面白い」

「ああん、ひどいー、もうそれは言わないでー。あの時は、楽譜が風に飛ばされて、木に引っかかっちゃったんですぅ」

「お前、それで木に登ったのかぁ?猿みたいな奴だな」

「橘さんに言われたくないです。星さんは「天使が舞い降りたかと思った」って言ってくれたのにー」

「あはーん、星ちゃんのそんなセリフに一々ときめいてたら、心臓がいくつ有ったって足りないわよ」

「涼太は小学校から一緒だから、星の事は何でも知ってるってか?」

〈リビングのドアが少し開いて2匹の猫が入って来る。後ろから、子猫を抱いて陽が来る〉

「あ、先生、お邪魔してます」

「こんにちは」

「皆んないらっしゃ~い」

そして、姉上がソファに座ると、フレデリックとニコロが場所の取り合いを始めた。

皆んな姉上の膝の上が良いみたいだ。

「あらあら、そんなにしたらアッ君が潰れちゃうわ~」

そう言ってアマデウスを抱っこした。


「先生、ヨーロッパでの、演奏旅行のお話し聞かせてください」

「ヨーロッパでは、2千人ぐらい入るホールで、素晴らしい先生方と共演させて頂いたわ」

「ああーん、先生のコンチェルト、ライブで聞きたーい」

「ヨーロッパではね、自宅のお庭で大切に育てられたお花を花束にした物を頂いたりする事が有るのね」

「わー素敵ー」

「ある時の演奏会では、5才ぐらいかしら?小さな男の子がね、一輪のお花を、はい、って手を伸ばして…その時小さい頃の弟の事を思い出してしまって、涙が出てきたの」

ふーん…この話し聞いてなかったな。

「小さい頃、良くお庭のお花を一輪摘んで来てくれたのよ~「沢山折ると可哀想だから一本だけ」って」

「やー可愛い」

〈晴香は星の顔を見て〉

「優しいんですね」

「そんな事言ったかな…?良く覚えてないよ」

〈タルトを食べる健人。紅茶を飲む星〉

「留学してた時って、恋とかしたんですか?」

「ゲホッ、ゲホッ」

「星ちゃん大丈夫?」

涼太が僕の手から紅茶のカップを取って、テーブルに置いてくれた。

「お前何慌ててんだよ。先生だって、恋の話しの一つや二つ有ってもおかしくないだろ」

「それが無いのよ~」

「あら残念…ヨーロッパで恋なんて、素敵だと思ったのになー」

「一日中ピアノに向かっていたから~」

僕は少しホッとした。

「さあ皆んな~こっちへいらっしゃ~い」


【レッスン室】

「え?入って良いんですか?」

「どうぞ~」

(先生、家では教えてないって聞いてるけど…防音室…良いなあ)

「花園君ヴァイオリンは?」

「持って来てないです」

「僕のを使うと良い」

「え?そんな、そんな」

「涼太なら、大事に扱ってくれるから弾いても良いよ」

「星、ヴァイオリン持ってるんだ」

「うん、父が買って来たんだ」

僕は、自分のヴァイオリンを持って来て涼太に渡した。

「花園さん、何固まってるんですか?」

「グァルネリ…やだやだ、触るのも怖い」

「グァルネリって何だ?」

「三代名器よ。いつかは弾いてみたいと思ってたけど、でも本当に良いの?」

「誰にでも触らせないけど、涼太だから」

〈ピアノの前に座る陽〉

「ベートーヴェンのソナタ6番ね」

「え?先生と弾くんですか?緊張する…」

そして、2人の演奏が始まった。

晴香が口をポカンと開けて見ている。


最初は固かった涼太のヴァイオリンも、姉上のピアノに引っ張られて段々と歌い始めた。

〈晴香が固まっている〉

(凄い…花園さん、私と弾いてる時と全然違う…違う曲みたい…)

演奏が終わると、皆んな暫く言葉が出なかった。

最初に口を開いたのは、健人だ。

「俺、何だかわかんないけど、今の演奏聞いて気持ち良かった」

「私、こんな風に弾けない…ううん、弾きたいです」

一番驚いているのは、涼太だった。

「こんなにエキサイトしたの初めて」

「それじゃ、今度は、朝美さんと弾いてご覧なさい」

「え?私?はい」

2人が演奏を始めた。

今度は、涼太のヴァイオリンが引っ張って、ピアノが良くなっている。

〈時々陽の顔を見ながら弾く晴香〉

(私…ちゃんと弾けてる…)

〈晴香をじっと見ている健人〉

(あれれ、こいつも良いじゃないか…そりゃ、先生みたいなわけにはいかないかも知れないけど…音楽って面白いぞ)


【ダイニング】

〈猫達がご飯を食べている。フレデリックの食器に頭を突っ込むアマデウス〉

「あらあら、アッ君には、まだそれは無理よ」

アマデウスには、幼猫用の食事をあげた。

僕達の今日の夕食は、ハンバーグとサラダとマリネにスープ。

2人で作ったんだ。

「星君もヴァイオリン弾きたくなった?」

「まあね」

「ピアノもお稽古なさいね」

「ピアノは良いよ、聞いてるだけで」

「小さい時は、お母様に習ってたのに」

「お姉様のピアノ聞いている時が一番幸せなんだ」

「そんな事言ってもダメよ。今度は、わたくしが教えてあげます」

「良いって」

「それじゃあ、ヴァイオリンだけでもお稽古なさい」

ああ…こういう話しになると、口調が厳しくなってくる…

【星の部屋】

はあ、逃げて来た。

あ、ベッドの上でニコロが寝てる。

「星く~ん」

あ、姉上が来たぞ。

「さあ、いらっしゃ~い」

「はい」

ニコニコしてるのが、よけい怖い。

拉致された(汗)

【レッスン室】

「何をお稽古する?」

「じゃ、じゃあ、ヴァイオリン」

「それじゃあ、用意なさいね」

そう言うと、姉上はピアノを弾き始めた。

〈ピアノを弾く陽。曲は、ショパンの華麗なる大円舞曲〉

演奏が終わると、僕は、ヴァイオリでクライスラーのプニャーニの様式による前奏曲とアレグロを弾き始めた。

姉上のピアノが入ってくる。

そして、もう一度最初から2人で弾き始める。

こうやって2人で弾くのは、幼稚園以来だ。

ずっと離れ離れだったからな…


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