『ショパンへのオマージュ』“愛する姉上様”

大輝

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第9章 チェロ

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【裏庭のテラス】

天気が良いので、裏庭のテラスでお弁当を食べよう。

晴香が、朝届けてくれたんだ。

〈お弁当を食広げる星〉

「タコさんウインナーだ。カニさんも有る」

「へー、そういうの好きなんですか?意外と子供なんですね」

「びっくりした。いつもいきなり後ろからだもんな…」

「食べて、食べてー」

〈タコさんウインナーを口に入れる星〉

「ハンバーグも、サラダも」

はいはい、ハンバーグとサラダも食べますよ。

「どうですか?美味しい?」

「うん、美味しい。まあ、見た目はアレだけど…」

「良かったー…見た目はアレって言うのが引っかかるけど」

「いやいや、美味しいから…」

見た目はアレだけどね…

【オルフェウス学院普通科玄関】

〈玄関から出て来る星。並木道を通って校門に向かう〉

今日は健人は部活だし、晴香たちにも捕まらなかったから、一人で帰ろう。

校門を出ようとした時、通りから曲がって急に校門を飛び込んで来た人とぶつかった。

「ごめんなさい、急いでて…」

「大丈夫?」

僕が手を差し出すと、彼女は掴まって立ち上がった。

「うん、大丈夫」

「チェロは?」

彼女は、チェロのケースを開けた。

「大丈夫、なんともない」

「良かった」

「あ、有った」

楽譜を取り出した。

「忘れたかと思って、急いで戻ったの」

「何の曲?」

「アルペジオーネソナタ」

シューベルトの曲だ。

「この曲は、アルペジョーネより、チェロの方が好きだな…あ、ごめんなさい、急いでるのに」

「ううん、もう良いの、有ったから」

2人で一緒に校門を出た。

同じ方向だ。

黙って歩くのは、なんだか気まずいな…

「あの」

「貴方」

同時に言った。

「どうぞ」

「貴方高校生?」

「うん、普通科の2年」

「私は、音大の2年よ」


「あの、僕、こっちですから、失礼します」

「急に、敬語にならなくて良いわよ。じゃあね」

彼女は、行きかけて戻って来た。

「私、桜井菜々」

「僕は、城咲星」

「またね」

「またね」

「さよなら」じゃなくて「またね」だった。

僕も「またね」と言ってしまったけど、また会う事が有るのだろうか…?

まあ、同じ学校だから…

でも、学校は広いし、大学の方にはあまり行かないからな。

それより…

校門から、ずっと2人の後をつけて来てる子が居るんだけど…

「君の家もこっちなの?隠れてないで出ておいで」

「わ、私は、こっちの方に用が有るんです」

「カフェとかで、時々会うよね…会うというより、来る…僕に何か用でも?」

「入学した時から、ずっと貴方の事見てたんです。なのに、いつも貴方の周りには誰かが居て…」

「君、名前は?」

「ピアノ科1年の、一条みやびです」

「覚えておこう」

【城咲家のキッチン】

〈3匹の猫がご飯を食べている〉

今日姉上は、演奏会で京都に行っているんだ。

食事の仕度をするのは面倒だから、外に食べに行こうかな。


【洋食屋】

結局ここに来てしまったな…

「あ、星さん。いらっしゃい」

「やあ、居たんだね」

「忙しい時間は、手伝ってるんです。岡崎先生いらしてますよ。この前城咲先生も一緒に来て下さって、最近ファンのお客さんが沢山来るんですよ」

知らなかった…

姉上何も言ってなかったぞ。

「星ちゃん、座って」

「良いの?ボーイフレンドと待ち合わせとかじゃないの?」

「ボーイフレンドなら、今来たじゃない」

「???」

「デートに男の子が遅刻?」

「え?僕?約束してないし」

「冗談よ」

「からかうかなぁ」

僕は、葵ちゃんと一緒に食事をした。

【オルフェウス学院】

その日僕は、弦楽器の事を調べたくなって、図書館に向かった。

ネットで少し調べたけど、詳しく調べるにはやっぱり本だな…

この学校の図書館には、その手の本はいくらでも有るしね。

【図書館】

僕のチェロは…

ヴェネツィア製のドメニコ・モンターニャ…

しゃがんで本を見ていたら、背伸びする女性の足が見えた。

本を取りたいらしい。

僕は、彼女の後ろから手を伸ばして、その本を取った。

彼女は、僕の腕の中で振り返った。

なんだか…ちょっと…ドキッとした。

「城咲君」

「はい、これ」

僕は、桜井さんに本を渡した。

「ありがとう」

いえいえ。

でも、この体制のままは…ちょっと…


僕は、彼女が抱えている本を持ってカウンターに向かった。

「こんなに沢山借りるの?」

「まだ有るの」

【帰り道】

〈並木道を歩く星と菜々。晴香が星を見つけて近づこうとする〉

「星さんだ」

〈近づこうとして足を止めた〉

「え?女の人と一緒?!」

結局僕は、彼女の家まで本を運ぶ事になった。

チェロを持って、これだけ沢山の本を持つのは、どう考えても彼女には無理だ。

今日は、色々話しながら帰った。

彼女は、オルフェウスアカデミーオーケストラでチェロを弾いている事、京都に実家が有って、こっちで一人暮らしをしている事。

そして…

「大勢の人の前で演奏してても、一人の人に向けて弾いている時が有るの」

彼女は、そう言った。

恋人が…居るんだろうか…?

【菜々のマンション】

〈菜々は部屋の鍵を開けた〉

「ここは、音大生が多いの、防音設備が有るのよ」

女の子の部屋なんて、入った事無かった…

姉上の部屋にだって滅多に入る事は無いのに…

玄関で待っていると、荷物を置いて彼女が来た。

「どうぞ、上がって」

「いや…ここで良いかな?」

本を置いた。

「凄い汗ね」

彼女は、ハンカチで僕の顔を拭いてくれた。

目が合ってしまった…

「もう…良いよ」

僕は、彼女の手を取って下ろした。


暫く見つめ合ったまま動かなかった。

心臓の鼓動が聞こえそうなぐらい近くに居る…

僕は、ハンカチを持つ彼女の手を握ったままだった事に気づいて、そっと放した。

「じゃあ…また」

「うん…ありがとう」

【城咲家のレッスン室】

今日は、チェロを出して弾いた。

バッハの無伴奏チェロ組曲第1番。

姉上が帰って来た。

曲が終わるまで聞いていた。

〈ピアノの前に座る陽〉

僕が、ショパンのチェロソナタを弾き始めると、姉上のピアノが入ってくる。

僕は、桜井さんの言葉を思い出していた。

「大勢の人の前で演奏してても、一人の人に向けて弾いている時が有るの」

姉上にも…そんな時が有るのだろうか…

ピアノが止まった。

「星君。何を考えて弾いているの?」

「えっと…」

「もう一度最初からね」

「はい」


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