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【最悪の出会い】こんな生徒は嫌の極み
1:はじまりはこんなかんじです
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啓は戸惑いが収まらないまま目の前の女性を見つめた。一体これは何の話だ。
インターフォンを鳴らすのを戸惑うほどの豪邸で、自動で扉が開き、まるで中世のヨーロッパのような園庭を抜け、大きな扉の前に着くと、これまた中世ヨーロッパのように老執事が立っていた。
案内されるままにその屋敷に足を踏み入れ客間に通される。アンティークな家具に囲まれ、年期の入った、それでも美しい革張りのソファに所在なく腰かけた。
そうして間もなく入ってきたのがこの美しい女性だ。
「まあ、合格よ」
啓を見るなりその夫人はそう言った。背をぴんと伸ばしかつかつとハイヒールの音を鳴らしながら啓の目の前のソファに座る。身体のラインを美しく見せるワンピースだった。子どもが18歳と言っていたので、35歳は確実に過ぎているはずだが、なんとも美しい女だった。
立ち上がり挨拶をしようとすると、右手でそのままで、と制される。啓が口を開く前に女性は執事の渡した書類を眺める。
「鈴木啓、24歳デザイナー、へえ、あのブランドのデザインをしたこともあるのね、優秀。大学卒、結婚を前提に付き合っている彼女がいる、趣味は料理、と」
伝えてもいない経歴を読み上げられ狼狽える。何故。自分は家庭教師の登録サイトに教師として登録し、18歳の男の子の母親からオファーが来ただけだったのに。その母親というのがこの目の前の美女なのだが。
「あの、僕は家庭教師の…」
「分かっているわ。あのサイトにあったあなたの条件、週に1度、夜18~21時までの間が勤務可能時間、教えられるのは美術のみ、社会人の副業のため当日急な残業等で勤務が難しい場合もある、だったわよね」
間違いなかったので頷く。
「ぜひともあなたにうちの子を指導してほしいの」
薄紫のネイルで彩られたほっそりとした指に見惚れる。その指が赤い口紅を塗られた口元に移る。自然とその口元に目が行く。
「あなたなら、あの子も文句が言えないわ」
この美女の雰囲気に飲まれてしまっていることに気づき、こほんと咳払いをして座り直す。
「僕にできることなら、喜んでお受けします」
誠意があるように伝えると、美女は妖艶に微笑んだ。
「ありがとう。こちらも条件を提示するわ。教える科目は全教科、鍵を渡すから週1度あの子のマンションを訪ねて頂戴。時間は19時から21時の2時間でいいわ。そしてあの子の様子をわたしに報告すること」
「ちょ、ちょっと待って下さい。僕は美術しか教えられません。他の教科は違う家庭教師を雇ったほうが、、」
「心配しないで、大学卒業してるんだもの、充分よ。教えてほしい内容のテキストはこちらで準備するわ。それよりも、あの子のもとに監視の目を送り続けることが重要なの」
先ほどから違和感がすごい。啓は目の前の美女を慎重に見つめた。
「あら、そんなに警戒しないで。ただちょっとね、うちの子には問題があるの」
きっとこれが本題だろうと、啓はごくりと喉を鳴らす。
「とっても異性にだらしないのよ」
言われた内容にぽかんとするも、美女は続ける。
「特定の彼女は作らないけど、見た目の良さから言い寄る女の子が尽きないの。あんまり学校にも行かないし。今年高校卒業なんだけどね、親としての監督責任は一応あるわけ。あまり派手に遊ばないようにね、教師を付けたいの」
とにかく自分には縁の遠い世界の話だと、啓は断ろうと決めた。まったく理解できないしついていけない。
「僕にできることは限られてます。やはりお力にはなれないかと。プロの教師を呼んではいかがでしょうか」
美女はにこりと笑って執事の出した紅茶に口を付ける。あなたもどうぞ、と勧められても手に取る気はしない。
「今まで何人の家庭教師をつけたかあなたには理解できないでしょうね」
はあ、と返事をしながら、家に帰ってからの予定を思い浮かべる。明日からまた仕事だから、一週間分の作り置きしておこう、洗濯機を回して、と。もうこの話に自分は関係がないと啓は思っていた。
「あの子が言うのよ『ブスとババアは送りこんでくるな』って。部屋に上げもしないのよ。かと言って若くてかわいい子を雇ってもあの子と関係を持ってしまうの。だからね、考えたの」
かちゃり、とカップをソーサーに戻し、とても美しい笑顔で女は笑う。
「見目の良い青年なら問題ないわ、って。だからあなたは合格。あの家庭教師の募集サイトであなたを選んだのも、お顔が良かったからよ。ブスでもババアでもないから、あの子の条件はクリアしているの」
何をめちゃくちゃな理屈を。啓はこの変わった女性に心の中でため息を吐いた。子も母も変わり者ということだけは理解できた。面倒に巻き込まれたくはない。ただ彼女の婚約指輪資金を貯めたかっただけだ。募集を続けてまともな客が出来るのを待とう。
「申し訳ありませんが、やはり僕には手に負えぬことです。お話は嬉しいですが、」
「あなたの提示していた額の10倍払うわ。社会人の副業なんだもの、お金が必要なのよね?まあ、彼女との結婚資金ってところかしら。うちはブライダル関係の仕事もしているから、もし今後いい関係が築ければ、式場の斡旋や特別価格での提供も可能なんだけど、どうかしらね」
女の言う通りだった。大学生の頃から付き合って4年になる彼女と結婚したくて、ひとまず婚約指輪を買おうと副業を始めたのだ。週に1度は早帰りの日があるので、その日を家庭教師のバイトに充てようと考えた。
「10倍、ですか」
「10倍よ。嫌だったらひと月で辞めていいわ。ただ、最低でもひと月は続けて頂戴。こちらも代わりを探す手間があるからね」
絶対に関わらないほうがいい家族だし、危ない臭いがぷんぷんする。18歳で女性と遊びまくっているやつに、専門でもない全教科を教えるなんて無理がある。
でも、それでも、10倍の給与は大きい。啓は抗えなかった。
「わかりました、お受けします」
女はにこりと笑った。まるで結果は分かっていたかのように。
「ありがとう、期待しているわ。私のことは薫夫人と呼んでね」
その後あれよあれよと契約書を交わし問題児のマンションの鍵を渡された。開けないこともあるから、インターフォンを押して出なければこれで開けて入れとのことだった。
不安を抱えつつも、結婚の2文字を待ち続けてくれている彼女を思い浮かべその日を迎えた。
そのマンションはよく知っていた。啓の通う会社の最寄り駅、その駅前にあるタワマンだった。こんな都心の一等地に住めたらいいなあ、まあ夢のまた夢だし、と通勤のたびに思っていたものだ。
教えられた該当の部屋番号を呼び出すも応答はなし。2度、3度と押すも不在のようだった。時刻は19時を回っている。勤務開始時間だ。啓が来ることを、事前に夫人から教えられていなかったのだろうか。
教え子の名前は松ヶ崎一也(いちや)、18歳の高校生、有名な超進学校だった。自分なんかよりよっぽど勉強ができるのでは、と思ったが、母親の真の狙いは子どもの監視なのだからまあそこは良いだろうと自分を納得させた。
何度インターフォンで呼び出しても返答がないので、使いたくなかった鍵を使い4重のオートロックを突破した。
部屋の前で再度インターフォンを鳴らすもやはり応答はなし、一応どんどんと強めにノックしてから鍵を使い扉を開けた。
すると確実に人がいる気配がする。玄関先には数足の女性ものの靴が散らばっている。中から強い香水の香りがした。
「すいませーん、今日から家庭教師でお世話になる鈴木啓ですけどー!松ヶ崎さんのお宅でよろしいでしょうかー!」
できる限りの大声で叫ぶも返答なし。仕方なく靴を脱いで上がる。自分の靴を揃えるついでに、あちこちに履き捨てられている女物の靴も揃える。揃えると4セットの靴があることが分かった。
まさかいまこの家に、4人の女子がいるということだろうか。
おそるおそる長い廊下を進んでいく。廊下の左右にはいくつもの扉があった。開いている扉から中を覗くと、スケボーだらけの部屋、洋服だらけの部屋、スタジオのような壁一面鏡張りの部屋、など家の主が多趣味であることが伺えた。
廊下の真正面の扉の奥から音が聞こえるような気がして、突き当りの扉の前で立ち止まって再度ノックする。するときちんと閉められていなかった扉がその衝撃で開かれた。
「こんにち、」
は、と続けた言葉は声にならなかった。開いた扉から見えたのは青い色。大きなソファの上に、男が一人。跨る女が一人、横に寝てる女が一人、床に寝てる女が一人。そこら中に脱ぎ散らかした服と酒の空き瓶が散らばっている。
女に跨られている男の青い髪が印象的だった。
「あん、気持ちい、すっごい硬い!」
半裸の女が男の上で腰を振る。上半身は裸で、下半身は短いスカートが捲くれあがって女のみずみずしい尻が露になっていた。男は女の胸を揉みながらこちらに視線を向けた。熱のない、冷めた瞳だった。
「あ、えーっと」
女グセが悪いとは聞いていたが、想像以上だ。啓は顔を赤くしながらも挨拶をした。
「あ、俺は鈴木啓。今日から君の家庭教師だ。19時から21時までは家庭教師の時間だって、お母さんから聞いてない?その、お友達には帰ってもらえるかな」
一息で言い切って視線を下に向ける。裸の女性をまじまじと見つめては失礼だ。
啓の言葉に反応したのはその男、一也ではなく跨っていた女だった。
「え、誰?」
振り向いて啓を確認すると、「やだ、こっちもイケメン」と言って一也の上から降りた。
「一也、このかわいい人だあれ?お友達?混ざる系?」
胸を晒した女性が啓に近づいてきて、啓は真っ赤な顔をしながら後ずさった。
「あの、ちょ、ちょっと、ふ、服を」
「あははっ、かわい~~なにこの人~~まさか童貞?あたしもらっちゃおっかなあ」
顔を逸らしたのに追いかけてくる。来た道をどんどん後ずさっていると「やん」という声と共に背中に柔らかい感触があった。振り向くと全裸にタオルで髪を拭っている女がいた。おそらくシャワーを浴びたのであろう、良い香りがする。
「なあに、この高身長イケメン、誰の連れ?」
裸の女が半裸の女に問う。
「知らないけど~なんかイケメンだしかわいくない?顔真っ赤なのー」
ほら、おっぱいだよ?と胸を下からたゆんたゆんと揺らしてアピールされ、その豊満な肉と中央に色づく赤い果実をもろに見てしまった。それは啓の下半身を直撃した。
勃起してしまったのを感じ思わず股間を抑えると、やだ~興奮してる~きゃ~と女子たちが騒ぐ。
居たたまれずに中腰で玄関に急ぐと、後ろから「おい」という低い声が聞こえた。
「ちょっとお前らうるさい。なあ、そこのあんた、家庭教師っつったか?」
件の一也から問われ、情けなくもへっぴり腰な啓は振り向けずにコクコクと頷いた。
「はーん、そう来たか。確かにブスでもババアでもないもんな」
そう言って大股で距離を詰められる。近づいてくる一也も全裸だった。騒いでいた女子たちは大人しく一也に道を譲り、それでも興味津々に一也の後ろから啓を覗いた。
「え、この人カテキョ?えーあたしも頼みたーい!」
「あたしもー!でもこんな先生なら勉強どころじゃなーい!」
ねー!やばーい!と騒ぐ女子に、一也はまじまじと啓を眺める。
「悪いけど、男なんて問題外。出てけ」
一也はそう言うと、啓を玄関まで押してそのままぺいっと外に放り出した。
「あいつに言っとけ。ブスとババアと男は送り込むな、って」
えー、返しちゃうのもったいなーい、と笑う声が扉が閉まると同時に消える。
タワマンの廊下に勃起したまま放り出され、啓は途方に暮れた。
なんという肌色の世界。やっぱり、こんな話無茶だったんだ。
それが松ヶ崎一也との出会いだった。
インターフォンを鳴らすのを戸惑うほどの豪邸で、自動で扉が開き、まるで中世のヨーロッパのような園庭を抜け、大きな扉の前に着くと、これまた中世ヨーロッパのように老執事が立っていた。
案内されるままにその屋敷に足を踏み入れ客間に通される。アンティークな家具に囲まれ、年期の入った、それでも美しい革張りのソファに所在なく腰かけた。
そうして間もなく入ってきたのがこの美しい女性だ。
「まあ、合格よ」
啓を見るなりその夫人はそう言った。背をぴんと伸ばしかつかつとハイヒールの音を鳴らしながら啓の目の前のソファに座る。身体のラインを美しく見せるワンピースだった。子どもが18歳と言っていたので、35歳は確実に過ぎているはずだが、なんとも美しい女だった。
立ち上がり挨拶をしようとすると、右手でそのままで、と制される。啓が口を開く前に女性は執事の渡した書類を眺める。
「鈴木啓、24歳デザイナー、へえ、あのブランドのデザインをしたこともあるのね、優秀。大学卒、結婚を前提に付き合っている彼女がいる、趣味は料理、と」
伝えてもいない経歴を読み上げられ狼狽える。何故。自分は家庭教師の登録サイトに教師として登録し、18歳の男の子の母親からオファーが来ただけだったのに。その母親というのがこの目の前の美女なのだが。
「あの、僕は家庭教師の…」
「分かっているわ。あのサイトにあったあなたの条件、週に1度、夜18~21時までの間が勤務可能時間、教えられるのは美術のみ、社会人の副業のため当日急な残業等で勤務が難しい場合もある、だったわよね」
間違いなかったので頷く。
「ぜひともあなたにうちの子を指導してほしいの」
薄紫のネイルで彩られたほっそりとした指に見惚れる。その指が赤い口紅を塗られた口元に移る。自然とその口元に目が行く。
「あなたなら、あの子も文句が言えないわ」
この美女の雰囲気に飲まれてしまっていることに気づき、こほんと咳払いをして座り直す。
「僕にできることなら、喜んでお受けします」
誠意があるように伝えると、美女は妖艶に微笑んだ。
「ありがとう。こちらも条件を提示するわ。教える科目は全教科、鍵を渡すから週1度あの子のマンションを訪ねて頂戴。時間は19時から21時の2時間でいいわ。そしてあの子の様子をわたしに報告すること」
「ちょ、ちょっと待って下さい。僕は美術しか教えられません。他の教科は違う家庭教師を雇ったほうが、、」
「心配しないで、大学卒業してるんだもの、充分よ。教えてほしい内容のテキストはこちらで準備するわ。それよりも、あの子のもとに監視の目を送り続けることが重要なの」
先ほどから違和感がすごい。啓は目の前の美女を慎重に見つめた。
「あら、そんなに警戒しないで。ただちょっとね、うちの子には問題があるの」
きっとこれが本題だろうと、啓はごくりと喉を鳴らす。
「とっても異性にだらしないのよ」
言われた内容にぽかんとするも、美女は続ける。
「特定の彼女は作らないけど、見た目の良さから言い寄る女の子が尽きないの。あんまり学校にも行かないし。今年高校卒業なんだけどね、親としての監督責任は一応あるわけ。あまり派手に遊ばないようにね、教師を付けたいの」
とにかく自分には縁の遠い世界の話だと、啓は断ろうと決めた。まったく理解できないしついていけない。
「僕にできることは限られてます。やはりお力にはなれないかと。プロの教師を呼んではいかがでしょうか」
美女はにこりと笑って執事の出した紅茶に口を付ける。あなたもどうぞ、と勧められても手に取る気はしない。
「今まで何人の家庭教師をつけたかあなたには理解できないでしょうね」
はあ、と返事をしながら、家に帰ってからの予定を思い浮かべる。明日からまた仕事だから、一週間分の作り置きしておこう、洗濯機を回して、と。もうこの話に自分は関係がないと啓は思っていた。
「あの子が言うのよ『ブスとババアは送りこんでくるな』って。部屋に上げもしないのよ。かと言って若くてかわいい子を雇ってもあの子と関係を持ってしまうの。だからね、考えたの」
かちゃり、とカップをソーサーに戻し、とても美しい笑顔で女は笑う。
「見目の良い青年なら問題ないわ、って。だからあなたは合格。あの家庭教師の募集サイトであなたを選んだのも、お顔が良かったからよ。ブスでもババアでもないから、あの子の条件はクリアしているの」
何をめちゃくちゃな理屈を。啓はこの変わった女性に心の中でため息を吐いた。子も母も変わり者ということだけは理解できた。面倒に巻き込まれたくはない。ただ彼女の婚約指輪資金を貯めたかっただけだ。募集を続けてまともな客が出来るのを待とう。
「申し訳ありませんが、やはり僕には手に負えぬことです。お話は嬉しいですが、」
「あなたの提示していた額の10倍払うわ。社会人の副業なんだもの、お金が必要なのよね?まあ、彼女との結婚資金ってところかしら。うちはブライダル関係の仕事もしているから、もし今後いい関係が築ければ、式場の斡旋や特別価格での提供も可能なんだけど、どうかしらね」
女の言う通りだった。大学生の頃から付き合って4年になる彼女と結婚したくて、ひとまず婚約指輪を買おうと副業を始めたのだ。週に1度は早帰りの日があるので、その日を家庭教師のバイトに充てようと考えた。
「10倍、ですか」
「10倍よ。嫌だったらひと月で辞めていいわ。ただ、最低でもひと月は続けて頂戴。こちらも代わりを探す手間があるからね」
絶対に関わらないほうがいい家族だし、危ない臭いがぷんぷんする。18歳で女性と遊びまくっているやつに、専門でもない全教科を教えるなんて無理がある。
でも、それでも、10倍の給与は大きい。啓は抗えなかった。
「わかりました、お受けします」
女はにこりと笑った。まるで結果は分かっていたかのように。
「ありがとう、期待しているわ。私のことは薫夫人と呼んでね」
その後あれよあれよと契約書を交わし問題児のマンションの鍵を渡された。開けないこともあるから、インターフォンを押して出なければこれで開けて入れとのことだった。
不安を抱えつつも、結婚の2文字を待ち続けてくれている彼女を思い浮かべその日を迎えた。
そのマンションはよく知っていた。啓の通う会社の最寄り駅、その駅前にあるタワマンだった。こんな都心の一等地に住めたらいいなあ、まあ夢のまた夢だし、と通勤のたびに思っていたものだ。
教えられた該当の部屋番号を呼び出すも応答はなし。2度、3度と押すも不在のようだった。時刻は19時を回っている。勤務開始時間だ。啓が来ることを、事前に夫人から教えられていなかったのだろうか。
教え子の名前は松ヶ崎一也(いちや)、18歳の高校生、有名な超進学校だった。自分なんかよりよっぽど勉強ができるのでは、と思ったが、母親の真の狙いは子どもの監視なのだからまあそこは良いだろうと自分を納得させた。
何度インターフォンで呼び出しても返答がないので、使いたくなかった鍵を使い4重のオートロックを突破した。
部屋の前で再度インターフォンを鳴らすもやはり応答はなし、一応どんどんと強めにノックしてから鍵を使い扉を開けた。
すると確実に人がいる気配がする。玄関先には数足の女性ものの靴が散らばっている。中から強い香水の香りがした。
「すいませーん、今日から家庭教師でお世話になる鈴木啓ですけどー!松ヶ崎さんのお宅でよろしいでしょうかー!」
できる限りの大声で叫ぶも返答なし。仕方なく靴を脱いで上がる。自分の靴を揃えるついでに、あちこちに履き捨てられている女物の靴も揃える。揃えると4セットの靴があることが分かった。
まさかいまこの家に、4人の女子がいるということだろうか。
おそるおそる長い廊下を進んでいく。廊下の左右にはいくつもの扉があった。開いている扉から中を覗くと、スケボーだらけの部屋、洋服だらけの部屋、スタジオのような壁一面鏡張りの部屋、など家の主が多趣味であることが伺えた。
廊下の真正面の扉の奥から音が聞こえるような気がして、突き当りの扉の前で立ち止まって再度ノックする。するときちんと閉められていなかった扉がその衝撃で開かれた。
「こんにち、」
は、と続けた言葉は声にならなかった。開いた扉から見えたのは青い色。大きなソファの上に、男が一人。跨る女が一人、横に寝てる女が一人、床に寝てる女が一人。そこら中に脱ぎ散らかした服と酒の空き瓶が散らばっている。
女に跨られている男の青い髪が印象的だった。
「あん、気持ちい、すっごい硬い!」
半裸の女が男の上で腰を振る。上半身は裸で、下半身は短いスカートが捲くれあがって女のみずみずしい尻が露になっていた。男は女の胸を揉みながらこちらに視線を向けた。熱のない、冷めた瞳だった。
「あ、えーっと」
女グセが悪いとは聞いていたが、想像以上だ。啓は顔を赤くしながらも挨拶をした。
「あ、俺は鈴木啓。今日から君の家庭教師だ。19時から21時までは家庭教師の時間だって、お母さんから聞いてない?その、お友達には帰ってもらえるかな」
一息で言い切って視線を下に向ける。裸の女性をまじまじと見つめては失礼だ。
啓の言葉に反応したのはその男、一也ではなく跨っていた女だった。
「え、誰?」
振り向いて啓を確認すると、「やだ、こっちもイケメン」と言って一也の上から降りた。
「一也、このかわいい人だあれ?お友達?混ざる系?」
胸を晒した女性が啓に近づいてきて、啓は真っ赤な顔をしながら後ずさった。
「あの、ちょ、ちょっと、ふ、服を」
「あははっ、かわい~~なにこの人~~まさか童貞?あたしもらっちゃおっかなあ」
顔を逸らしたのに追いかけてくる。来た道をどんどん後ずさっていると「やん」という声と共に背中に柔らかい感触があった。振り向くと全裸にタオルで髪を拭っている女がいた。おそらくシャワーを浴びたのであろう、良い香りがする。
「なあに、この高身長イケメン、誰の連れ?」
裸の女が半裸の女に問う。
「知らないけど~なんかイケメンだしかわいくない?顔真っ赤なのー」
ほら、おっぱいだよ?と胸を下からたゆんたゆんと揺らしてアピールされ、その豊満な肉と中央に色づく赤い果実をもろに見てしまった。それは啓の下半身を直撃した。
勃起してしまったのを感じ思わず股間を抑えると、やだ~興奮してる~きゃ~と女子たちが騒ぐ。
居たたまれずに中腰で玄関に急ぐと、後ろから「おい」という低い声が聞こえた。
「ちょっとお前らうるさい。なあ、そこのあんた、家庭教師っつったか?」
件の一也から問われ、情けなくもへっぴり腰な啓は振り向けずにコクコクと頷いた。
「はーん、そう来たか。確かにブスでもババアでもないもんな」
そう言って大股で距離を詰められる。近づいてくる一也も全裸だった。騒いでいた女子たちは大人しく一也に道を譲り、それでも興味津々に一也の後ろから啓を覗いた。
「え、この人カテキョ?えーあたしも頼みたーい!」
「あたしもー!でもこんな先生なら勉強どころじゃなーい!」
ねー!やばーい!と騒ぐ女子に、一也はまじまじと啓を眺める。
「悪いけど、男なんて問題外。出てけ」
一也はそう言うと、啓を玄関まで押してそのままぺいっと外に放り出した。
「あいつに言っとけ。ブスとババアと男は送り込むな、って」
えー、返しちゃうのもったいなーい、と笑う声が扉が閉まると同時に消える。
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