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【忠犬】かわいい弟分のはずが
5:家庭教師は辞めた、けど…
しおりを挟む「え~啓くん最近振られちゃったの?こんなにイケメンなのに?」
「そうそう、こいついまどん底だから、どうか癒してやって」
癒した~い!と女の子が騒ぐ。ざわざわと煩い飲み屋の一角で、男女4:4が向かい合って騒いでいた。
家庭教師のバイトがなくなった代わりに、週に1度のノー残業デイは坂井がセッティングする合コンの日になっていた。
積極的に女の子をすすめてくる坂井だが、啓は圧倒的に合コンに向いていなかった。
「啓くんグラス空だよお、何飲む?」
女の子が話しかけるも、啓が「あ、俺酒弱いからもう大丈夫」と言うと微妙な顔をした。
そんな様子の啓に坂井が「ちょっと来い」と首根っこを掴み男子トイレまで引きずって行く。
坂井は啓に人差し指を突き付ける。
「いいか啓、今日こそお持ち帰りするんだぞ、こないだなんて向こうはノリノリだったのにお前ときたら」
「だって初対面だったし」
「合コンは大抵初対面だ!この綺麗な顔面をもっと活かせ!」
熱心にアドバイスしてくる坂井にげんなりした。彼女に振られた啓を気遣ってこういう場を設けてくれているのはよく分かっているのだが、もうそろそろ限界だった。
「なあ坂井、やっぱ俺こういうの向いていないって」
初対面から馴れ馴れしく話すこともできないし、武勇伝を面白おかしく語ることもできない。啓自身が酒に弱いので、女の子を酒で酔わすなんてもってのほか。お持ち帰りされたがっている子も過去何人かいたが、もっと自分を大事にしてほしいと心配になってしまった。
「あのな、俺たちはもう学生じゃないんだよ。出会いは限られてる。社内が無理ならこういう飲み会で女作るしかないんだ」
分かったな!と念を押され力なく頷いた。先に戻っていく坂井を後ろから追いかけ、あと何時間続くのだろうとスマホを取り出して時間をチェックした。と、何件も着信が来ていた。知らない番号だった。もしかしたら彼女かもしれないと思い、啓は店の外に出て折り返した。
『啓兄』
ワンコールで聞こえた声は男のものだった。彼女かもと思った自分がばからしい。
「誰?」
『俺だよ啓兄』
自分を啓兄と呼ぶ男に思い当たり、「一也?」と問う。
『そう』
「え、なんで俺の番号知ってんの」
一也とは連絡先を交換していなかった。以前調べた『家庭教師 教え方 コツ』のネット情報で、教え子と連絡先を交換するとトラブルの元だと書いてあるサイトを見て、打ち解けたあともあえて交換はしていなかった。
『あいつに聞いた』
あいつというのは当然薫夫人だろう。
『啓兄、家庭教師辞めたって本当』
「何を今さら、もうとっくに辞めてるだろ」
薫夫人に辞めると伝えたのはもう数週間前の話だった。
『俺がすっぽかしかしたからだよね、ごめん』
目の前を酔っぱらったサラリーマンが通る。周囲が騒がしく、電話の向こうの声を聞き取るのが難しかった。
「え何?聞こえない」
『いまどこにいるの?』
「今?飲んでるとこ」
『俺もうすっぽかさないから』
「え?」
『だから、その…』
「啓、おいこんなことにいたのかよ、みんなお前を待ってるぞ」
坂井が啓を探しに来た。啓は慌てて電話の向こうに「あ、ちょっと今取り込んでるから悪い」と言って切った。
「ほら、戻るぞ。お前の向かいに座ってる女の子、あの子が啓狙いだ。おまえの大好きな巨乳だったろ、喜べ」
坂井に強い力で背中をばしばしと叩かれ、啓はよろけながら席に戻った。
その日の合コンは散々だった。今日こそは!という坂井の圧により、許容範囲以上のお酒を飲んでしまった啓は、お開きになる頃にはかなり酔っ払い、目の前のキラキラ女子たちが恐ろしいという本音を零していた。
「どうせ女の人には、俺みたいのはつまんないんだ、どうせどうせ。もう可愛い子怖い、俺を捨てる」
「あは、ちょっと啓くん飲みすぎ~、またね~」
女子たちは引きつった笑顔で手を振って去って行った。坂井はため息をつき、「帰るか」と言った。ふらふらの啓をタクシーに詰め込み、坂井は「じゃあまた明日な」と言ってドアを閉めた。ポケットの中のスマホが振動している気がしたが、啓には手に取る余裕はなかった。タクシーの運転手に自宅の場所を告げ、着いたら起こしてくださいと言って目を閉じる。世界がぐるぐると回った。
翌日は二日酔いで、遅刻ギリギリで出勤した。慌てて家を出たのでスマホを見る余裕がなかった。会社に着いてようやくスマホをチェックすると不在着信が6件、すべて番号は同じ。
そこでようやく昨夜一也から電話があったことを思いだした。昼休みに折り返そうと思い仕事を始めた。
だが、昼になると坂井に捕まった。昨夜の合コンの大反省会だった。坂井からこんこんと説教を受け、合コンの何たるか、女の何たるかを語られた。あっというまに昼休憩は終わり、げっそりした啓は一也の電話のことをすっかり忘れていた。
そして一日の仕事を終え会社を出ると、青髪の男が外に立っていた。数人の女に囲まれている。啓を見つけるとほっとしたように近寄ってきた。以前なら無表情だと思っただろうが、今はわずかな表情の変化も読み取れる。
「一也、お前こんなところで何してるんだ」
そう言うと同時に電話のことを思いだした。
「あ、電話できなくて悪かった。何かあったか?」
近寄ってくる一也と一緒に周りの女子たちも近づいてくる。取り巻きの女子に圧倒され、啓が自然と後ずさると一也が女たちに振り向いた。
「ちょっとあんたらしつこい、女の逆ナンとか終わってるから」
言われた女子たちは、はあ!?何よ!とぷりぷりして去って行った。
(逆ナン!?何それ、そんなの現実にあるのか?)
外で見る一也もやはり一也だった。不遜で偉そうだ。だが一也は女子に冷たくしたその一瞬後には、不安そうに顔を歪ませ啓を見た。
「啓兄、その」
「あ、啓!お前も今帰りかよ、声かけろよな!」
後ろから陽気な坂井の声がした。がしっと肩に手を回される。坂井がまだオフィスにいるのは知っていたが、昼の続きで説教をされたらたまらないと帰りが一緒にならないようこっそり抜け出したのだ。
坂井が啓と対峙している一也に気付いた。「すげー男前」と呟き、閃いたようにあっ!と一也を指さした。
「もしかしてお前が「全裸の青髪イケメン!」啓の元教え子だろ!」
へ~マジでイケメンだなと言う坂井。肩に回された腕を「重い!」と振りほどいた。一也は固まっている。不愛想に見えるが今なら分かる、知らない人が登場して人見知りモードに入っているのだ。
「坂井、悪いけど一緒に帰れないから」
そう言って困っている一也の腕を取り歩き始めた。坂井が「また明日なー!」と声を掛けたので手を上げて応えた。
そういえば以前一也に勤務先を教えたような気もする。このマンションの近くなんだよ、デザイン会社で、とまあまあ有名の◯◯ていうんだ、と。それを覚えていたのだろう。とりあえず何か話があるようだし、あのままあそこに居ても会社の人や一也に寄ってくる女たちが居て面倒だ。近くに公園があるので、そこまで一也を引っ張っていった。大人しくついてくる一也に、ふと以前も同じようなことがあったと思いだした。
「そういえば、前も喧嘩中のお前を救い出してこうして腕を引いたことがあったよな」
まああのときは走っていたけど、と言うと、一也はふっと笑った。
「救い出したって?よく言うよ、あのあと人んちでゲロ吐いてぐーぐー眠ったくせに」
「忘れてくれ」
公園に着いたので腕を離してベンチに座る。一也も啓の隣に座った。
「で?何かあったのか?」
こうして会社まで訪ねてくるくらいだ、よっぽどのことがあったのだろうと、啓は気遣う声で一也を促した。
「先週も先々週も、待ってたけど啓兄来ないから。あいつに連絡したら、辞めたって聞いて」
「ああ、バイトな。そうそう辞めたんだよ、挨拶くらいしたいとは思ってたんだ。世話になったな」
言うと、一也は顔を顰めた。
「俺が2週連続すっぽかしたからでしょ、ごめん反省してる」
一也は項垂れた。こうして謝りに来てくれるくらいには多少慕われていたようだと思いなおし、啓は笑顔になった。
「別にいいよ、若者には若者の事情や予定があるんだろうし。それを言いに来てくれたのか?」
ぽんぽんと青い髪を撫でる。嫌がるそぶりはなかった。一也が顔を上げて啓を見た。
「俺、もうすっぽかなさい」
「え」
「あと、あんたが好きなシュークリーム家にあるし・・・家庭教師の日が無くなると、また曜日の感覚がなくなって不便だ」
そう言うと再び下を向いてしまった。
(なんだこいつ、もしかして俺を引き止めたいのか・・?)
黙ってしまった一也に、啓はぽりぽりと首をかく。
「あー、えっと。俺が辞めたのはお前のせいじゃないよ。バイトをする理由がなくなったんだ。彼女に振られたんだよ」
一也は驚いたように顔を上げた。
「なんか、浮気されてたみたいで…はは」
上手く笑えていないだろうと思った。傷はまだあまりにも生々しい。一也はそんな啓をまぶしそうに見つめた。
「バカな女だな、その彼女。あんたみたいな男と結婚したら、絶対幸せなのに」
慰めるためでもなく、ただ本心から言っているようなその様子にうっかり涙が出た。ポロリと零れ落ちた涙を慌てて拭う。
「年上を泣かせるなよ」
「年を取ると涙もろくなるらしいから、気にしなくていいよ」
あえて憎まれ口を叩く優しさが嬉しい。
「一也、お前いいやつだなあ」
涙目で笑うと、「出たキラースマイル」と言われた。そう言って笑う一也の笑顔こそ最強に輝いていた。
「じゃあ、啓兄はもう家庭教師やる必要がなくなったんだな」
「そういうこと。辞めたのはお前のせいじゃないよ」
項垂れる一也に憐みが湧いた。仕事でもないのに18歳の男の子と交流を続けるほど、啓は暇ではないし善良でもない。それでも、このままさよならをするにはあまりにも可哀そうだと思った。あの広い家で愛のないセックスだけを繰り返す男。母親との歪な距離感、乱れた生活。当の本人はこんなにも純粋無垢なのに、環境が良くなかった。
口下手な一也は、もう啓を引き止める言葉がないのだろう。やめた方が良いと思いつつ、啓は口にしてしまった。
「一也、俺たちはもう友達だから」
一也の身体が小さく震えた。
「友達だから、寂しくなったらいつでも連絡して来いよ。たまには一緒にご飯でも食べよう」
一也は俯いたまま頷いた。話は終わったと啓が立ちあがると、ぼそりと呟く言葉が聞こえた。
「俺、男友達って初めて出来た」
そこからの一也は別人のようだった。メッセージは毎日、電話も少なくとも2日に一度は掛かってくる。大抵は「お腹空いた」「暇」「ご飯作りに来てよ」「頭痛い」「暇」「暇」、、、、
そんな一也に啓は「俺は仕事!ご飯は自分で作れ!暇なら学校に行け!」と返すのだ。すると一也は「冷たい。前はあんなに料理してくれたのに」「友達のくせに」「ひどい大人だ」「飢え死にする」とくる。
「仕事だから料理してただけだ!食べたいならお前が俺の家に来い」と返すと「行く」「これから行く、住所教えて」と即レスがきた。
(え、本当に来るのかよ)
思った時すでに遅し、一也からは怒涛のメッセージ攻撃だ。「何時に仕事終わるの」「また会社の前で待っててもいいけど」「住所教えてくれるなら家の前で待ってる」
(なんだこいつ、犬か!)
また会社に来られても困ると思い、啓は仕方なく返信した。
「本当に来るなら週末にしてくれ。あと材料はお前が持ってこいよ。もう給料発生してないんだから俺好みの味付けにするからな、激辛だぞ」
激辛脅しも何のその、「分かった^^」と上機嫌な返事が来た。
迎えた週末、啓の家の前には青髪の男が立っていた。また目立って女の子を引き連れて来られても困ると思い「帽子被ってこい!」と指示を出したその通りの姿だった。
両手には食材を下げている。2人分にしては随分多い量だった。まるで薫夫人からの食品の段ボールの中身をそのまま持ってきたような。
連絡は毎日着ていたが、実際に会うのはあの公園の日以来だった。啓を認めると無表情の中にも少し嬉しそうな顔が覗く。かわいいやつめと思いながら「よ」と声を掛けた。
「啓兄のマンションは随分低いんだな」
「うるさいな、こういうのはアパートっていうんだよ金もちめ」
啓が住んでいるのは築20年の2階建てアパートだ。壁は綺麗に塗りなおされているし、内装も綺麗にしてあるので啓は気に入っていた。会社の最寄り駅から各駅で3駅、そこから徒歩15分。家賃もそこそこで通勤も便利なので更新し続けていた。
鉄の階段を上がって玄関の扉を開ける。一也も後に付いてきて、興味津々な様子で啓の部屋の中を覗いていた。
入ってすぐ廊下の左側がキッチン、廊下の右側にはトイレとバス、奥に部屋が1部屋あるだけのシンプルな作りだ。
「狭いけどどうぞ」
一也は無言で部屋に上がってくる。
「そういうときは、お邪魔しますって言うんだ」
教えると素直に「お邪魔します」と言った。
「えらいえらい」
手洗いうがいをするように促し、一也が持ってきた食材を物色する。
「なあ、これすごい量なんだけど」
「ああ、届いてたの全部持ってきた、どうせ俺腐らせるし」
啓が料理を作っている間も、一也はこの小さい部屋の何が面白いのか、しきりに色々なところを見て回っていた。クローゼットやら引き出しやらを開けては「へー」とか「ふーん」とか言って、昔の啓の写真を見つけると大はしゃぎでキッチンに持ってきた。
「見てよこの啓兄めっちゃかわいい」
「やめろ」
大学時代にサークルのメンバーで行った夏合宿の写真だった。罰ゲームで負けた啓はロングのかつらを被りスカ―トを履かされていた。その写真をどこからか引っ張りだしてきたのだ。
「このかわいい子はどこに行けば会えるかな。ぜひ俺のお相手を願いたい。処女でも面倒がらずに優しくしてあげる」
「おいこら一也、人の黒歴史を暴くな」
「照れた顔が最高にかわいいね。ちょっと胸はぺたんこだけど、大事なのは感度だしね」
「これ以上言うならお前が食べられないほど超激辛の味付けにしてやるからな」
一也はそうして始終上機嫌だった。一通り部屋の中を物色し終えると、料理中の啓の周りをうろつき始めた。
「邪魔!もうすぐ出来るからテレビでも見てろ!」
と言うと大人しく部屋に行ってテレビをつける。手のかかる弟ができた気分だった。
結局一也に甘い啓は激辛料理を作ることはやめて、一也の好きな骨付き肉を出した。一也は大喜びだった。
完食すると啓が何も言わずとも一也は後片付けをし、洗い物をする。啓は満腹でテレビを見ていた。
合流したのが20時すぎだったので、時刻はもう22時を過ぎていた。
「一也、帰りは駅まで送るよ」
一応未成年だしと思い声を掛けると、洗い物をしている一也が怪訝な顔をした。
「え、だって啓兄明日休みでしょ?もちろん泊まるけど」
「はあ?帰れよ」
「なんで?彼女もいないのに休日何するの?どうせ暇でしょ?」
俺のために時間を使いなよ、と偉そうに宣う。悲しいことに一也の言う通り予定のない休日だった。
なんだかなあと思いつつ嬉しそうにしている一也を見ると、まあいいかと思えてくる。啓は首を傾げながらもテレビ画面に視線を戻した。
正直彼女と別れたばかりで、一人の時間は辛くなることが多い。誰かが側にいてくれるのあありがかたった。
こうして週末は一也が啓の家に入り浸るという日々が始まった。
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