問題児(イケメン)の家庭教師になったらなぜか溺愛されているのだが

たべるゆめ

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【忠犬】かわいい弟分のはずが

7:女の子とのデートより大事なものは

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一也が啓の部屋に来るのはいつも金曜日のはずだった。金曜の夜泊まり、土曜も泊まり、日曜の夕方頃帰っていく。
日曜の夜、いつまでも帰ろうとしない一也を啓は蹴とばす勢いでなんとか部屋から追い出した。
そして月曜日、仕事をして家に帰ると昨夜追い出したばかりの一也がいた。固まる啓を一也は笑顔で出迎えた。

「おかえり啓兄」

やはり合鍵はなんとしても奪わなければと思いながらも、律儀にただいまと返してしまう。

「なんでいるんだよ」

「啓兄にはいつも美味しいごはん作ってもらってるから、俺からプレゼント用意した」

来て来てと腕を引かれて部屋に入る。啓の部屋が狭くなっていることに気が付いた。否、違う。ベッドが大きくなっていた。

「ベッドがでかい!」

「シングルベッド狭いから、ダブルベッド入れた」

「勝手なことすんな!俺のベッドはどこだよ」

「捨てた」

「はあ!?」

寝心地最高だよと言い一也はぼふんとベッドに寝転ぶ。

「ほらほら、啓兄も来てよ」

啓は文句を言いながらも気持ちよさそうなベッドにつられ、一也の隣に寝そべった。

「…確かに気持が良い」

うっとり目を閉じる。

「でしょ」

得意げな声がすぐ近くから聞こえる。勝手なことをするなと怒らなければならないが、実際このベッドは最高だった。不眠症気味の啓にとっては正直ありがたかった。

「啓兄、これは俺が買ったベッドだから。このベッドで女とヤったら許さない」

一也の言葉にぱちりと目を開ける。隣を見ると片肘をついた一也が啓を強い瞳で見ていた。

「なんでだよ、じゃあ彼女ができたらどうするんだ」

「許さない」

わけわからん、と啓はベッドから降りる。今日はまだ月曜なのだ、とにかくシャワーを浴びて早く眠りたかった。

「ていうかお前帰れよ。ここにくるのは週末だけだったはずだろ」

「帰らない。あいつが新しい家庭教師雇いやがった。追い出しても帰ろうとしないしうざい。勝手に料理してるし」

あいつというのは薫夫人だろう。夫人は啓の件で一也を手懐けるには料理だという結論に至ったようだ。

「よかったじゃないか、手料理が食べられるならここに来なくても済むな」

「啓兄って本当にひどい!友達だって言ったのは啓兄じゃないか」

啓はシャワーを浴びるため新しい下着を持って浴室に向かう。一也がその後ろを喚きながらついてくる。

「まー友達だけど。手料理が食べたかったんだろ?」

「啓兄の料理が食べたいんだろ!」

不機嫌ながらもかわいいことを言う一也に、啓はつい笑顔になった。

「お前、かわいいな」

振り向いて青髪をくしゃりと撫でる。一也はむずがるような表情で黙った。

「じゃあシャワー浴びたらなんか作るから、大人しく待ってろ」


シャワーを浴び終えて部屋に戻ると、一也は家から持ち込んだらしいレゴをしていた。どう考えてもダブルベッドを入れる部屋のサイズではない上に床の上でレゴを広げられて、啓の部屋は一日で随分窮屈になってしまった。

「家でやれよ」

言っても聞かないだろうと思いながら注意する。冷蔵庫を開けてメニューを考える。明日も仕事だし、さっと作れるもので良いだろう。

「だって変な家庭教師いるし。調理師免許持ってるって言ってたな、50歳すぎのおっさんだった。きっも。おっさんの居る家に帰りたいと思う?」

だからレゴ持って避難してきたんだと一也は言った。

「なんでレゴなんだよ」

一也が多趣味なことは知っているが、わざわざ啓の部屋に持ち込むほどはまっているのだろうか。
前に寝室でセックスをしない理由は、女たちにレゴを破壊されるのが嫌だと言っていたことを思い出した。

「…俺の実の母親が、毎年誕生日にレゴ送ってくるんだ」

子どものときから俺の趣味が変わってないと思ってるらしい、と一也は少し恥ずかしそうに言った。一也の両親は離婚しているが、詳しくは聞いていなかったので、実の母親とは連絡を取っていたのかと思うと少し安心した。

「お前、ほんとかわいいやつ」

母親からの誕生日プレゼントのレゴを、大事に寝室で作っているなんて。そして家から逃げ出してくるときに、そのレゴを持ってくるなんて。
いじらしさにたまらなくなり再び一也の青髪をかき混ぜた。一也は少しむくれながらもされるがままになっている。

「啓兄、お腹すいたよ」

「はいはい、今作るよ」

さっと野菜たっぷりのちゃんぽんを作り、二人でテレビを見ながら食べる。テレビ画面には杏の新しいCMが流れていた。化粧品のCMで、その美しさと肌の綺麗さが際立つ内容だった。

(一也は杏とセックスしてるんだもんな)

下世話な想像をしてしまった啓はぶんぶんと頭を振って妄想を終わらせた。一也はCMを見ても表情一つ変えない。
一也の皿は早々に空になっている。啓も遅れまいと口を動かす。


「啓兄の、」

「ん?」

一也がぽつりと言う。

「啓兄の料理、昔食べた母さんの味に似てるんだ」

一也は啓の目を見ず、空になった皿を見つめて話す。

「啓兄と出身地が同じなのかも。初めて食べたときから思ってた。味とか、懐かしい」

「一也の実のお母さんは今どこにいるの?」

「再婚して海外に住んでる」

普段連絡はなく、誕生日だけ毎年新しいレゴが送られてくる、と。寂しそうに話すので啓の胸が痛んだ。

「父親は?」

「父さんは俺に興味はない。俺が『跡継ぎ』であればなんでもいいんだ。あ、そういえば俺高校卒業した」

一也はなんでもないように言う。確かに世間は卒業シーズンだった。

「は、お前が学校行ってるところ見たことないけど」

啓が知っている一也は女と遊んでいるか、啓の料理を食べているかだ。学生感ゼロだった。

「高校の内容なら中学1年のときに履修し終わってるし別に行く必要ない。あの学校も父親が金出してるからなんとでもなる」

また啓には遠い世界の話だった。ただ家庭教師をしていたので、一也の頭の良さは身をもって理解していた。

「学校に行けば友達だって出来たかもしれないのに」

啓がそう言うと一也は思い出したくもないというように顔を歪めた。一也も最初は高校に通っていたようだが、とにかく女子からのストーキングが凄まじかった。保健室に逃げ込もうものなら保険医に迫られ、名前も知らない女子同士が一也を巡り大バトルする。男子はそんな一也に嫉妬し陰湿ないじめを始める。黙ってやられる一也ではなく、売られた喧嘩を買いつづけ、ある瞬間バカらしくなり学校に行くことをやめたそうだ。

「俺が居ない方があの学校は平和なんだ」

話の内容が強烈すぎてピンと来ないが、啓はつくづく一也に同情した。

「男前すぎるってのも考え物なんだな、生きずらそう」

一也は「何言ってんの」と笑った。

「啓兄だって十分男前じゃないか」

モテてきただろと言われ、啓は学生時代を振り返る。

「いや、まあたまに顔を褒められることはあったし人並みに彼女もいたけど、ごく普通だよ」

「まともな人間って啓兄みたいな人のことを言うんだろうな。啓兄に出会ってなんとなく分かった。」

「それ褒めてるのか?凡人だって貶めてるのか?」

「最高に褒めてる。浮気ひとつしたことなく、仕事と家を往復するだけの人生に満足してるなんて、尊敬するよ」

「どーせおれはダサいですよ、つまらない男ですよ」

啓が不貞腐れると、一也は最高、と言って破顔した。


夕飯を終えると啓は早々にベッドに入った。愛梨におやすみのメッセージを送る。食事中もスマホが鳴ったが、一也は目ざとく愛梨からの連絡だと気が付き「ままごと恋愛」とバカにしてくるので画面を開けなかった。
一也は洗い物をしている。水音と、かちゃかちゃと食器を片付ける音。人の生活音が安心する。新しいベッドも最高だ。愛梨からも【おやすみなさい、また明日】と返信が届き、啓は心地よく眠りの世界に落ちていった。
しばらくすると一也もベッドに潜り込んだ。ダブルベッドで広くなったにもかかわらず、啓を後ろから抱きしめる。夢うつつで一也に抱きしめられていることに気が付いたが、人肌が心地良く抗わなかった。

「おやすみ啓兄」

耳元で聞こえた低音にぞくりとした。


朝目覚めると、腰に硬い感触があった。一也の朝勃ちだ。問題はそれではない。啓の性器も反応していたのだ。

(俺も朝勃ちしてる、一也がいるのに)

一也と違い性に恥じらいを持つ啓は、一也にバレないようにこっそりベッドから抜け出した。普段寝起きの悪い一也だが、こんなときに限って起きるのだった。

「啓兄、もう出勤…?」

眠そうな眼でトイレに向かう啓を見る。

「う、うん。そろそろ起きようかなって、お前はまだ寝てていいから」

啓の不自然な様子に一也が目を細める。腰を曲げているのが悪かったのか、一也は気が付いた。一気に覚醒し、面白いおもちゃを見つけたようにニヤ二ヤとベッドから降りてきた。

「へえ、俺に朝勃ち禁止って言って、自分はしっかり勃たせてない?悪い大人だなあ」

そう言って近づいてくる一也に、啓はへっぴり腰で後ずさる。

「せ、生理現象だ!」

一也は素早く手を伸ばし、啓の勃起した性器を寝巻の上から握りしめた。

「ひっ!」

「ガチガチじゃん。俺も勃ってるし、一緒に抜く?」

ほら、と一也はもう片方の手で勃起した自分の性器を取り出した。全裸の一也を何度か見たことはあったが、勃起している状態のそこは初めて見た。あまりの大きさに啓は目を見開いた。

「でっか!」

「よく言われる。啓兄も立派じゃん」

一也は啓の性器を握りしめている手を動かした。啓ははっとして一也の手を振りほどく。

「ふふふふざけんな!」

「俺たぶん、啓兄のこと気持ちよくできるよ」

一也は色を込めた声色でそう言うと、挑発するようにペロリと舌を出した。

「お前キケン!近寄るな!!」

啓はドタバタとトイレに逃げ込んだ。さすが百戦錬磨の一也だ。色ゴトになるとものすごいオーラを発する。啓は勃起した性器が収まるまで便座に座り込み頭を抱えていた。


結局遅刻ギリギリになり、啓は息を切らせて出社した。朝から一也に性器を掴まれるという恐怖体験があり、デスクに座るとどっと疲れがきた。起きてからスマホを見ていないことに気づき、慌てて愛梨からの連絡をチェックする。

〔金曜の夜、仕事終わり空いてます〕

なんと初デートの日程が来ていた。啓は心の中で大きくガッツポーズをした。啓は晴れ晴れとした気持ちで返事をした。

【俺も空いているよ、じゃあお店予約するね。楽しみ(*^^*)】

啓はその日一日上機嫌で過ごした。坂井にも経過を報告し「やったな」と喜びを分かち合った。

(恋って素晴らしい)

啓は機嫌よく家に帰ったが、玄関を開けた瞬間に青髪の男が居ることを思い出した。

「おかえり」

それと同時に朝この男に勃起した性器を掴まれたことも蘇った。啓は一也と目が合うと部屋には入らず、開けたばかりの玄関を一度閉めた。

(デートの約束に浮かれて忘れてた!ここにはキケンなやつが居るんだった)

玄関前でドキドキしていると、中から扉が開いた。

「啓兄、何してるの?入りなよ」

まるで我が家のように言い啓の腕を引っ張って中に入れた。

「さ、触るな!接触禁止!お前はキケンだ!」

ばっと顔の前に腕を掲げバリアをする。一也は「くだらない」と言って部屋の奥に消えた。啓がおそるおそるそ部屋を覗くと、ローテーブルに完成したレゴが置いてあった。立派な船のレゴだった。

「うお、すごいな!もう完成したのか」

啓は警戒するのを忘れ間近でまじまじと眺めた。一也はベッドに寝転んでいる。

「ヒマだったし捗った」

「かっこいい船じゃん、お前のお母さんセンスいいな」

そう言うと一也は喜びを隠しきれないように頬を緩ませた。照れ隠しのように「お腹空いた」と言う。

「あいよ、ちょっと待ってな」

啓は部屋着に着替えようとジャケットを脱いだ。そしてふと気が付いた。

(こいつの前で着替えるのはキケンなのでは?)

啓はゆっくり一也を見る。一也はなに?と首を傾げると、啓の考えを読み取ったようにああ、と笑った。

「啓兄意識しすぎ。そんなに期待されると困るんだけど」

「だ、誰が!」

啓は勢いよく服を脱いだ。一也が面白そうに笑う。

「ひゅ~啓兄セクシー」

(こいつは病的な女好きなんだ、何を意識してるんだ俺は)

急いで着替えキッチンに向かう。何故か首の後ろがむずむずした。


今日も啓は早々にベッドに入った。このベッドは本当に寝心地が良い。しばらくすると一也もベッドに入ってきた。例の如く啓を抱き枕にする。一也の体温は啓の身体によく馴染む。心地が良い。

そして啓は夢を見た。

女の子と二人でベッドで寝ていた。相手の顔は見えない。ベッドの上でキスをして手を繋いだ。温もりが欲しくて近寄って抱きしめる。女の子は大胆にも啓のシャツの裾から手を入れてくる。乳首を弄られて、積極的な女の子に興奮した。啓も相手に手を伸ばす。と、相手の髪の色が青色だったことに気が付く。よくよく見ていると、相手の輪郭がどんどんぼやけていく。女ではない、男で、

「いち、や…」

はっと目が覚める。耳元で寝息が聞こえる。後ろから抱き着いている一也は啓の寝巻の下に手を入れていた。寝ぼけて女と間違っているのか、胸を弄っている。首筋に鼻を押し付けて、すやすやと眠っている。眠っていながらも悪戯な手が止まらない。

(うぁっ)

一也の指が啓の乳首を掠めた。びくりと反応し、甘い痺れが下半身に集まってくる。股間が反応するのは当然だった。週末は一也が入り浸り、一人で処理するのは専ら平日だった。それが今や平日も一也が居るので、啓はろくに自慰も出来ない状況だった。小さな刺激でも効果は抜群だ。
腰には一也の熱を感じる。朝に見た一也の勃起した性器が頭に浮かんだ。

(っ、やばいかも)

啓は動けなかった。胸にある手は固くなった啓の乳首に気が付いたようだ。こりこりと摘ままれて腰が震えた。たまらず一也の腕を掴む。一也は起きない。悪戯な手が止まったことにほっとしたのも束の間、首筋に押し付けられている一也の鼻が動いた。うなじを一也の鼻でさわさわと触れられ、まるで愛撫されているような感覚に陥る。ぞわりと鳥肌が立つ。一也は寝ぼけているのか、小さく跳ねる啓の身体を強く抱きしめて首筋を舐めた。

「ぁ、っ、」

声が漏れてしまい啓の心臓がバクバクと跳ねた。もう限界だと啓は一也の腕から抜け出そうとする。が、強い力で抱きしめられていて腕の拘束が解けなかった。

(落ち着け、落ち着け)

一也の腕から抜け出すことを諦め、なんとか身体の熱を収めようと集中する。胸を弄る手は止まった。一也の腰の熱を意識しないよう、意識しないよう努め、啓が再び眠りに就くことが出来たのは夜明け前のことだった。


「おはよう啓兄」

「…はよ」

何も知らない寝ぐせの青髪が恨めしかった。啓は寝不足で不機嫌だ。なぜ朝から啓が怒っているのか分からない一也は首を傾げる。

「お前さ、家に帰ったら」

寝不足で痛む頭を無理やり起動させ、啓は一也に言う。一也は眉を顰めた。

「なんでよ」

「平日は俺も仕事だし、結構負担」

嫌な言い方だと我ながら思ったが、あんな夜が続いたら啓もたまったものではなかった。案の定一也は啓の言葉に顔を曇らせる。傷ついたような顔に啓の胸が痛んだ。不機嫌だったり生意気な一也には強く言えるが、寂しそうな一也には啓は弱いのだ。
結局すぐに決心が揺らぎ、フォローの言葉を口にしてしまう。

「まあ、家に帰りたくないなら別にいいけど」

啓がため息交じりにそう言うと、一也は縋るように啓を見上げた。

「負担にならないようにする。大変だったらもう料理しなくていい」

「お前、俺の料理が目的なんじゃなかった?」

着替えながら聞くと一也は黙った。黙り込んだ一也が哀れに見え、啓は青髪を撫でた。

「朝から悪かったよ、まあ家に帰りたくないならここに居たらいい」

一也は不安げに啓を見上げた。そして小さな声で言った。

「本当に迷惑だったら、教えて。啓兄に嫌がられるくらいなら、帰るから」

いじらしい言葉に啓は胸を突かれた。思わず一也の頭を抱き寄せる。

「迷惑じゃないよ、俺が悪かった。今日は帰ってきたら肉を焼くから。」

一也は啓の胸に顔を押し付けて頷く。どんな顔をしているのかと一也の頬を両手で包み上を向かせる。泣きそうな顔で口をきゅっと結んでいた。

やはり啓はこの生意気な子どもを突き放せなかった。かわいそうで、かわいい。
啓に受け入れられて嬉しいと全身で表してくる一也にまた絆されてしまった。



「いいか啓、初デートは長時間はナシだ。初めてで長く一緒に居たいのは分かるが、2~3時間で終わらせろ。またすぐ会いたいと思わせるほうが大事だ」

「分かった」

愛梨との食事の日が決まった啓は、ランチ時に坂井に教えを乞うていた。真面目な顔で聞き入る。

「まあ、イけそうならホテルに行ってもいいが、そうすると彼女ではなくセフレになる」

それもありか、と一人納得する坂井。啓は赤面して否定した。

「そ、そんなことはしない」

「啓の最後の恋愛は大学生だろ、こないだの彼女。お前の恋愛レベルはそのままで止まってるんだよな」

一也にも似たようなことを言われたので、啓は言い返せず黙った。

「女に幻想を抱くのはやめろ、あいつらはシビアだ。いつだって俺たちのNGポイントを探してる。店選びがダサい、NG。洋服がダサい、NG。会計が割り勘、NG。分かるか?俺たちは常にテストされてるんだ」

啓の顔が強張っていくことに気付くと、坂井はまあまあと啓の肩を叩く。

「難関を突破してこそ、女を抱くことが出来るんだ」

啓は気が遠くなる思いだった。今までの学生恋愛では経験しなかったことだ。同じ学校で告白されて、嬉しくて付き合う。一緒に居るうちに好きになって、休みの日はデートして、イベントごとも一緒に過ごして。そんな恋愛しかしてこなかった。

「お、俺にできるかな」

急に世の中のカップルたちを尊敬する気持ちになった。みんなすごい努力をして幸せを勝ち取っているのだ。

「できるかどうかじゃない、やるんだよ。お前にはそのお綺麗な顔面のアドバンテージがある!」

分かったな!と喝を入れられ啓は何度も頷いた。

(大丈夫、愛梨ちゃんは俺に好意を持ってくれているはずなんだから)

啓の心のよりどころはその一点だった。



「というわけで、明日俺はデートだから。遅くなるから夕飯は自分でなんとかしろ」

帰るなりPCを開き一也に告げる。啓のPCの検索画面は「初デート コツ」だ。一也はその検索画面を見て「うわぁ、引くわ」と言った。

「お前と違って俺は真面目な恋愛をしてるんだ」

「ままごとだろ、くっだらない」

一也は愛梨の話題を出すと機嫌が悪くなる。兄を取られて悔しがる弟のようだと思った。
ブラコンの弟だ。

「俺はいたって真面目なんだよ」

「ふーん、じゃあ明日は帰ってこないんだ?」

「ば、ばかやろ!ご飯に行くだけ!数時間で帰ってくるよ」

「まどろっこしい。どうせヤりたいだけだろ?さっさとホテル行って済ませればいい」

「お前と話してるとおかしくなる」

一也を無視することに決めPC画面にかじりつく。店は坂井のおススメを予約した。食べ終わったあとのルートも決まっている。景色が綺麗な川沿いを通って駅まで送る予定だ。高層ビルの明かりが川面にキラキラと映って雰囲気抜群だと坂井も太鼓判を押した。そのとき話す内容まで坂井に相談済みだ。
頭の中で明日のシミュレーションをしていると、一也が纏わりついてくる。

「で?何時から何時まで?店は?場所は?」

「教えない」

「なんでだよ、教えろ」

ばしばしと叩いてくる一也を無視する。

「失敗すればいい、振られて帰ってきたらいい」

「あーうるさい!黙ってろ」

「ずるい、俺だって啓兄と出かけたことないのに。高校卒業祝いでどっか連れてってよ」

「どっかってどこだよ」

「どこでも。俺大抵の場所行ったことないし。遊園地とか、水族館とか」

「へえー、お前遊園地も水族館も行ったことないのか」

啓は一也より経験豊富なことがあることに気が付いた。「庶民の普通のデート」だ。一也はセックスしかしてこなかったのだろう。遊園地や水族館等のごく一般的なデートなら啓は何度も経験している。一也よりも優位なことが嬉しくて、啓は纏わりつく一也に笑いかけた。

「一緒に行ってやってもいい」

「言ったな。じゃあ明日行こう」

「明日は初デートだって言ってるだろうが」

ばこんと青髪を叩く。一也は不貞腐れたようにベッドに転がりテレビを付ける。杏の化粧品CMが流れ、一也は盛大な舌打ちをした。
啓は宥めるようにむくれる一也の青髪を撫でた。

「ムカつく」

そう言いながらも啓の手を拒まないところが一也のかわいいところだと思った。
その日の一也はいつもよりも強く啓を抱きしめて眠った。



時刻は18時、啓は早々に仕事を切り上げた。愛梨との約束は19時半だ。向かうには早すぎる。

「啓、お前どんだけ早く店に行く気だよ」

そわそわする啓に坂井が呆れたように言う。

「うん、緊張して手が付かないから仕事にならない」

まだ仕事の残っている坂井は、まあがんばれと声を掛けて啓を見送った。啓は会社を出た。
店に向かうには早すぎるし、どこかのカフェにでも行って時間を潰そうとスマホを開けると、とあるネットニュースが話題になっていた。

『人気絶頂の杏、化粧品会社の役員との不倫発覚!ホテル連泊撮った!』

心臓が大きく鳴った。記事の内容では、杏が新しくCMをしている化粧品会社の役員と不倫をしているという内容だった。言い逃れできない2ショットだった。ホテルから出てくる2人の写真は寄り添って恋人同士に見える。ネットはこの特大スキャンダルで持ち切りだった。
一也の顔が浮かぶ。きっと傷ついてる。せめて女の子と遊んで気を紛らわせてくれればいいが、一也は今啓の家に居る。一也は啓の部屋に女を呼ぶことはない。独りぼっちの一也を想像したらたまらなくなった。

(一目顔を見に戻るくらいなら、19時半に間に合う)

ドキドキと嫌な鼓動を抑え啓は駅に走った。駅に向かう途中に雨が降り始めた。


ガチャリと鍵を開けると部屋は真っ暗だった。出かけているのかと思ったが、玄関には一也のスニーカーがあった。

「一也?」

暗闇の中部屋を進むと、ベッドの上に影が見えた。

「一也、」

電気を点けようとすると「点けなくていい」と声がした。一也は暗闇が嫌いなはずだった。言われるまま暗闇の中ベッドの一也に近づく。そっと一也に触れる。

「一也、その」

何と声を掛けたらいいか分からなかった。一也はベッドの上で蹲っていた。一也の髪を撫でる。

「啓兄、デートは?」

「うん、これから向かう」

弱々しい声に傷ついていることが分かって、そっと一也を抱きしめた。よしよしと背中を撫でる。

「心配して戻ってきてくれたの?でも俺、こんなの慣れてるから平気」

平気と言いながら、一也は啓の服をぎゅっと掴んだ。

「あいつがクソビッチなのは、今に始まったことじゃない」

でも、と一也は続ける。

「みんなが俺を蔑ろにする。誰も俺を大事にしてくれない。誰も、誰もいない」

父親には愛情をかけられず、実の母は誕生日にプレゼントを贈るだけ。継母は一也を自分の一族の利益としか見ていない。唯一好きになった女性は一也を傷つけるばかり。
啓は胸が締め付けられるようだった。

「俺はお前が大事だよ、一也」

ゆっくりと青髪を撫でる。大丈夫だよと声を掛ける。

「俺はお前を蔑ろにしないよ、だから悲しまなくていい」

一也は答えなかった。ただ啓を強く抱きしめた。甘える様がかわいかった。可哀そうで、かわいい一也。
啓が辛抱強く撫でていると、一也がほっと息を吐く気配がした。落ち着いた様子に安心した。

「じゃあ、ちょっと行ってくるから、数時間で帰ってくるから待ってな」

そう言って体を離すと腕を取られた。

「行かないで」

外から雨の音がした。雨はどんどん強くなっているようで、一也の声はかき消されそうだった。掴まれた手首の内側に一也はキスをした。

「啓兄、行かないでよ。デートなんてしないでよ」

寂しそうな声に動けなくなった。一也が啓をベッドに押し倒す。暗闇の中、カーテンの隙間から漏れる月明りで一也の表情が見えた。啓が抵抗できなかったのは、その顔を見てしまったからだろうか。
覆いかぶさってくる男は、泣きそうな顔をしていた。不安そうで、啓が少しでも拒んだらガラスのように粉々に割れてしまうかもしれない。

一也は啓の唇に口付けた。キスが深くなっても、啓の服に一也の手が入り込んでも、啓は動けなかった。

雨音に紛れてスマホが鳴る音がした。
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