東京ダンジョン物語

さきがけ

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第9話:二つの月と一つの告白

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2024年6月3日、月曜日。朝7時。

ドンドンドン!

激しいノックの音で、悠真は飛び起きた。いつもの控えめなノックとは明らかに違う。ドアを叩く音には切迫した響きがあった。

「悠真さん! 大変です! すぐ起きてください!」

美琴の声だが、いつもの穏やかな調子ではない。明らかに動揺している。何か重大なことが起きたのは間違いなかった。

悠真は寝ぼけ眼をこすりながら、ベッドから這い出した。枕元の時計を見ると、7時を指している。パジャマのまま玄関に向かう。素足で廊下を歩く感触が、まだ覚醒しきっていない意識を少しずつ現実に引き戻していく。

チェーンロックを外してドアを開けると、青ざめた顔の美琴が立っていた。

「美琴? どうした、こんな朝早くから」

「とにかくテレビをつけてください! 早く!」

美琴の切羽詰まった様子に、悠真も事態の深刻さを察した。まだ頭がぼんやりしているが、美琴がこれほど取り乱すのは尋常ではない。

「分かった、入って」

二人は急いでリビングに向かった。悠真がリモコンを探している間に、美琴が先にテレビの電源ボタンを押す。

画面が明るくなり、「緊急特番」の文字が大きく表示されていた。

『繰り返しお伝えします。本日未明、世界各地の天文台から前代未聞の報告が相次いでいます』

アナウンサーの声が緊張感を帯びている。普段の落ち着いた口調とは違い、明らかに動揺が隠せていない。画面が切り替わり、夜空の映像が映し出された。

そこには――

「月が……2つ?」

悠真は自分の目を疑った。確かに、夜空に月が二つ浮かんでいる。一つはいつもの位置に、そしてもう一つは少し離れた場所に、全く同じ大きさ、同じ形で輝いていた。

『昨夜12時頃から、世界中の天文台で同時に観測されました。地球と月を結ぶ直線から60度の位置、いわゆるラグランジュ点に、月と全く同じ大きさの天体が突如として出現したのです』

画面には、困惑した様子の専門家が映し出された。白髪の天文学者は、明らかに寝不足の様子で目をこすりながら説明を続ける。

『物理学的にありえない現象です。これほど巨大な天体が、何の前触れもなく突然現れるなんて……』

別の専門家も首を振りながら語る。若い研究者のようだが、その表情には興奮と困惑が入り混じっていた。

『スペクトル分析の結果、第二の月から反射される光の波長が、オリジナルの月と完全に一致していることが判明しました。表面の反射率も同一です。まるでコピーしたかのような……』

その瞬間、悠真の顔から血の気が引いた。

「悠真さん、これってやっぱり……」

美琴の視線が悠真に向けられる。その表情には、疑念と確信が入り混じっていた。美琴は悠真の隣に座り、じっと顔を見つめている。

悠真は喉がカラカラになるのを感じながら、昨夜のことを思い出していた。ベランダで月を見上げ、馬鹿げた思いつきでスキルを使ったこと。まさか本当に複製されるとは思っていなかった。

テレビでは、各国の反応が次々と報じられている。アメリカ大統領の緊急声明、EU首脳の緊急会議、中国やロシアの対応。世界中がパニックに陥っているようだった。

「実は……昨日の夜」

重い口を開いて、悠真は告白を始めた。

「月に向かって、『無限複製』を使ってみたんだ」

美琴は深いため息をついた。呆れたような、諦めたような、複雑な表情を浮かべている。しばらく何も言わずに悠真を見つめた後、ゆっくりと口を開いた。

「やっぱり……そんな気がしてました」

「え?」

「だって、世界中が大騒ぎしてる異常現象が起きて、それが月の複製だなんて。悠真さん以外に誰がこんなことできますか」

美琴は腰に手を当てて、悠真を見つめた。その姿は、まるで子供を叱る母親のようだった。

「本当に、軽率なことをしちゃダメですよ。もし太陽を複製してたらどうなっていたか……」

想像しただけで恐ろしい。地球が2つの太陽に挟まれたら、気温は急上昇し、人類は滅亡するだろう。悠真は頭を抱えた。

「すまない、本当に軽率だった」

「まあ、やってしまったことは仕方ないですが」

美琴は小さくため息をついた。

 ◇ ◇ ◇

二人はテーブルを挟んで座り、真剣な表情で向き合った。テレビでは相変わらず緊急特番が続いている。専門家たちが様々な仮説を述べているが、どれも的外れだった。

「とりあえず、どうすれば月を元に戻せるか考えないと」

悠真がテレビの音量を下げながら言った。

「そうですね。でも、『無限複製』に解除機能なんてあるんでしょうか?」

悠真は首を振った。スキルを習得した際、脳内に流れ込んできた情報は「無限複製」という名前だけ。詳細な効果や使い方については、実際に試してみるしかなかった。

「昨日も色々試したけど、複製することしかできなかった」

「消す方法は分からないんですね」

「ああ。でも、もしかしたら、レベルが上がれば新しい能力が開放されるかもしれない」

美琴は少し考え込んだ後、頷いた。

「確かに、他のスキルでもレベルアップで新機能が追加されることはありますよね。私の魔法も、レベル15で詠唱時間が短縮されました」

「そうだ。だから、とにかく早急にレベルを上げてみるしかない。可能性は低いかもしれないけど」

現在、悠真のレベルは20。これを上げるには、より強力なモンスターと戦い、大量の経験値を獲得する必要がある。

「私も協力します。一緒に頑張りましょう」

「ありがとう、美琴」

とはいえ、レベル20からの成長は簡単ではない。レベルが上がるごとに必要な経験値が飛躍的に増加することが、探索者の間で広く知られている。

「まずは朝ごはんを食べて、落ち着いて考えましょう」

美琴が立ち上がり、キッチンに向かった。こんな時でも冷静さを失わない美琴の姿に、悠真は少し安心した。
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