東京ダンジョン物語

さきがけ

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第22話:交わされた約束、新たな絆の予感

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2024年8月3日、土曜日。午後5時。

新宿中央公園ダンジョンの転送ゲートから、三人の男女が姿を現した。平山悠真、綾瀬美琴、そして朝霧紗夜。彼らの衣服には戦闘の痕跡が生々しく残り、顔には疲労の色が浮かんでいたが、その足取りには確かな達成感が滲んでいた。19階層をクリアし、20階層への転送権を獲得したのだ。

ゲートから続く通路を抜け、受付カウンターへと向かう。週末の夕方ということもあり、帰還した探索者たちでフロアは混雑していた。装備の修理について話し合う者、今日の収穫を仲間と確認し合う者、それぞれの喧騒が天井の高い空間に反響している。

「次の方どうぞ」

事務的な声に促され、三人はカウンターの前に立った。悠真と美琴はいつも通り探索者証を提示し、帰還手続きを済ませる。続いて紗夜が、少し緊張した面持ちで自分の探索者証を差し出した。

「レベルアップの申請をお願いします」

受付の女性職員は、紗夜の言葉に表情を変えることなく、カウンターの引き出しから手のひらサイズの水晶球を取り出した。レベル確認用の標準的な鑑定アイテムだ。

「こちらに手を置いてください」

紗夜が水晶球に右手を置くと、球体が淡い青色の光を放ち始めた。数秒後、光が収まると同時に、職員が端末に表示された数値を確認する。

「レベル15を確認しました。朝霧紗夜さん、レベルアップおめでとうございます」

「ありがとうございます」

紗夜は安堵の息をつき、深々と頭を下げた。その横顔を見て、悠真は今日の戦闘を思い出していた。三週間前に初めてパーティーを組んだ時、彼女はまだレベル14だった。しかし、その剣技はレベル以上のものがあり、悠真と美琴との連携にもすぐに順応した。毎週のように三人で中級階層の探索を重ねた結果が、今日のレベルアップに繋がったのだ。

受付を離れ、ダンジョンの出口へと向かう。外に出ると、西日がアスファルトに長い影を落としていた。都庁の巨大な双塔が、オレンジ色の夕陽に染まっている。真夏の湿った熱気を含んだ風が、三人の汗ばんだ肌を撫でていった。

「今日もありがとうございました。お二人のおかげで、19階層をクリアできました。上級階層まであと一歩……ようやくここまで来れました」

紗夜が改めて向き直り、再び深く頭を下げた。その声には、抑えきれない喜びと感謝の念が込められている。

「紗夜の実力だよ。俺たちは少し手伝っただけだ」

悠真が素っ気なく答えると、美琴が柔らかく微笑みながら言葉を継いだ。

「本当にお疲れ様でした、紗夜ちゃん。19階層のボス、かなり手強かったですね」

「でも、お二人がいてくれたから乗り越えられました。本当に感謝しています」

紗夜は謙遜したが、その表情は明るかった。妹の治療に必要な「生命の花」を手に入れるという目的のため、彼女は一日でも早く強くなる必要があった。レベル15への到達は、その長い道のりにおける確かな一歩だった。

別れの挨拶を交わし、それぞれの帰路につこうとした、その時だった。

「あ、あの!」

数歩歩き出した紗夜が、急に何かを思い出したように振り返った。その声には、僅かなためらいが感じられた。

「明日、もしお時間があったらなんですけど……」

悠真と美琴は足を止め、彼女の言葉の続きを待った。紗夜は少し視線を彷徨わせた後、意を決したように言った。

「妹が、悠真さんと美琴さんに会いたがってるんです。いつも私を助けてくれる人たちがどんな人なのか、一度会ってみたいって……」

妹。その言葉に、悠真と美琴は顔を見合わせた。紗夜が命懸けでダンジョンに潜る理由、その中心にいる存在だ。これまで話には何度も聞いていたが、実際に会ったことはない。

「私たちでよければ、ぜひ」

沈黙を破ったのは美琴だった。彼女は紗夜の気持ちを慮るように、優しい声で応じた。

「紗夜ちゃんがよければ、お見舞いに行かせてください」

「本当ですか!?」

紗夜の顔がぱっと輝いた。

悠真も頷いた。

「俺も、妹さんに会えるのを楽しみにしてるよ。紗夜が頑張る理由、ちゃんとこの目で見ておきたいしな」

その言葉は、悠真なりの気遣いだった。紗夜の覚悟を理解しているという意思表示だ。

「ありがとうございます!」

紗夜の声が弾んだ。すぐにスマートフォンを取り出し、スケジュールを確認する。

「明日の午後二時頃はいかがですか? 病院のロビーで待ち合わせというのは」

「分かった。それでいこう」

約束を取り付けると、紗夜は何度も頭を下げ、今度こそ駅の方向へと駆け出していった。その軽やかな後ろ姿を見送りながら、悠真は隣に立つ美琴に視線を向けた。彼女もまた、紗夜の去っていった方向を、穏やかな目で見つめていた。

 ◇ ◇ ◇

その日の午後7時、悠真の部屋には食欲をそそる香りが満ちていた。キッチンに立つ美琴が、手際よく夕食の準備を進めている。今日のメニューは、彼女が最近研究している種シリーズを使った料理の一つ、豆グラタンだった。ホワイトソースに混ぜ込まれた体力の種が、着実にステータスを向上させてくれるはずだ。

「はい、できましたよ」

オーブンから取り出されたグラタン皿が、テーブルの上に置かれる。こんがりと焼き目のついたチーズの下から、熱々のホワイトソースが顔を覗かせていた。

「いただきます」

二人は手を合わせ、スプーンを手に取った。熱気を帯びたチーズがとろりと伸びる。口に運ぶと、クリーミーなソースと鶏肉の旨味、そして時折感じる豆のほっくりとした食感が絶妙なハーモニーを奏でた。

「美味い。この豆、グラタンにも合うんだな」

「よかったです。色々な料理に応用できそうで、考えるのが楽しいんです」

美琴は嬉しそうに微笑んだ。彼女にとって、悠真が美味しそうに食事をする姿を見ることが、何よりの喜びだった。

食事をしながら、自然と話題は紗夜の妹のことになった。

「紗夜ちゃん、いつも妹さんの話をする時、本当に優しい顔になりますよね」

美琴がグラタンを口に運びながら言った。その言葉には、同じ女性としての共感がこもっている。

「ああ。たった一人の家族なんだろうな」

悠真も頷いた。紗夜の過去については詳しく知らない。ただ、彼女の言動の端々から、両親の不在と、妹に対する深い愛情が窺えた。

「14歳で病気と闘ってるなんて、辛いだろうな。俺たちが中学生だった頃は、部活や勉強のことで頭がいっぱいだったのに」

悠真の言葉に、美琴のスプーンを動かす手がわずかに止まった。食卓に、オーブンの冷却ファンが回る低い音だけが響く。ダンジョンという非日常が日常になった世界でも、病という普遍的な苦しみは存在し続ける。

「明日、何かお見舞いの品を持っていきましょうか」

美琴が話題を変えるように提案した。

「そうだな。でも、何がいいだろう。食べ物は制限があるかもしれないし」

「そうですね……。それなら、暇つぶしになるようなものがいいかもしれません。人気の漫画が載ってる雑誌とか、パズルとか」

「それがいいな。明日、病院に行く前にコンビニで見てみるか」

「はい。お菓子は、もし食べられるものが分かったら、今度私が作って持って行ってあげたいです」

美琴の優しさに、悠真は小さく頷いた。

ふと、悠真の脳裏に、紗夜が語っていたアイテムの名前が浮かんだ。

「生命の花、早く手に入れられるといいな」

その呟きは、誰に言うでもなく、部屋の空気に溶けて消えた。一パーセントの奇跡。そのあまりにも細い蜘蛛の糸を手繰り寄せるために、彼らは明日からもダンジョンに潜り続けるのだ。窓の外では、東京の夜景が煌めいていた。二つの月が、その無数の光を静かに見下ろしている。
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