東京ダンジョン物語

さきがけ

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第23話:病室に咲いた、希望の笑顔

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翌日の8月4日、日曜日。午後2時少し前、悠真と美琴は都内でも有数の規模を誇る大学病院のエントランスに立っていた。近代的なガラス張りの建物は、まるで高級ホテルのように洗練されている。しかし、その内部では多くの人々が病と闘っているという現実が、建物の持つ無機質な印象に重くのしかかっていた。

ロビーの中央にある大きなソファに腰を下ろし、約束の時間まで待つ。病院に来る途中のコンビニで購入した最新号のファッション雑誌と漫画雑誌が入った紙袋を、悠真は膝の上に置いていた。

やがて、自動ドアの向こうから見慣れたツインテールの少女が駆け寄ってくるのが見えた。

「悠真さん、美琴さん! お待たせしました」

今日の紗夜は、探索の時とは全く違う雰囲気を纏っていた。白いブラウスに淡いブルーのスカートという出で立ちは、彼女を年相応の瑞々しい少女に見せている。そして何より、その表情がいつもより格段に明るい。期待と喜びに満ちた輝きが、その大きな瞳から溢れ出ていた。

「俺たちも今来たところだよ」

「紗夜ちゃん、今日の服、すごく似合ってますね」

美琴の言葉に、紗夜は少し照れたように頬を染めた。

「ありがとうございます。さあ、こちらです」

紗夜に案内され、三人はエレベーターホールへと向かった。清潔に保たれた廊下には、消毒液の匂いが微かに漂っている。エレベーターに乗り込み、紗夜が「6」のボタンを押した。上昇していく箱の中で、三人の間には心地よい緊張感が流れていた。

6階でエレベーターを降りると、そこは個室が並ぶ静かな病棟だった。ナースステーションの前を通り過ぎる際、看護師が紗夜に気づいて軽く会釈をした。紗夜も慣れた様子で会釈を返す。彼女が毎日のようにこの場所を訪れていることが窺えた。

一番奥の病室の前で、紗夜は立ち止まった。ドアプレートには「朝霧千夏様」と記されている。

「妹は、朝霧千夏といいます。皆さんのこと、すごく楽しみにしてました。昨日、電話で話したら、すごく興奮しちゃって」

そう言って、紗夜は悪戯っぽく笑った。その表情は、探索者としての一面とは違う、ただの優しい姉の顔だった。

コン、コン。

紗夜がドアを軽くノックする。中から「はーい」という、明るく澄んだ声が返ってきた。

「入るね」

紗夜がドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開けた。

 ◇ ◇ ◇

病室の中は、外の喧騒が嘘のように静かで、陽光が満ちていた。窓際のベッドに、一人の少女が上半身を起こして座っている。

朝霧千夏。14歳。

紗夜によく似た整った顔立ちだが、髪は肩までの軽やかなボブカットだった。長い闘病生活の影響か、その顔色は青白く、腕も驚くほど細い。しかし、そんな儚げな印象を吹き飛ばすかのように、彼女の瞳は生き生きとした光を放っていた。好奇心と喜びに満ちた、強い光だ。

「わあ! お姉ちゃんの仲間の人たちですね! やっと会えた!」

千夏は満面の笑みを浮かべ、ベッドの上から元気よく挨拶をした。その声は、病室の空気を一瞬で明るく変える力を持っていた。

「初めまして、平山悠真です」

「綾瀬美琴です。千夏ちゃん、こんにちは」

悠真と美琴がそれぞれ自己紹介をすると、千夏は嬉しそうに何度も頷いた。

「知ってます! お姉ちゃん、いつも二人の話ばっかりだよ! 悠真さんは今日もかっこよかったとか、美琴さんの魔法はすごいんだとかって、もう聞き飽きちゃった!」

「ちなつ! 余計なこと言わないの!」

妹の暴露に、紗夜が顔を真っ赤にして慌てた。その様子を見て、千夏は楽しそうに「えへへ」と笑う。姉妹の仲の良さが伝わってくる光景に、悠真と美琴も思わず笑みをこぼした。

一頻り笑った後、千夏の表情がふと真剣なものに変わった。彼女はベッドの上で姿勢を正し、悠真と美琴に向かって深々と頭を下げた。

「悠真さん、美琴さん。いつも無茶ばかりするお姉ちゃんを守ってくれて、本当にありがとうございます」

その丁寧な口調と真摯な態度に、悠真は少し戸惑った。14歳の少女が見せるには、あまりにも大人びた振る舞いだった。

「いや、俺たちは仲間だから当然のことをしてるだけだよ。それに紗夜自身が強いからな」

悠真が謙遜すると、千夏は顔を上げてにっこりと笑った。

「でも、お姉ちゃんが言ってたんです。悠真さんたちがいてくれるから、安心して戦えるって」

その時、美琴が持参した紙袋を千夏に差し出した。

「これ、よかったら読んでみて。今人気の漫画がたくさん載ってる雑誌だから」

「わあ、ありがとうございます! 嬉しい!」

千夏は子供のように目を輝かせ、雑誌を受け取った。その無邪気な反応に、彼女がまだ中学2年生の少女であることを改めて思い出す。

「ダンジョンの話、聞かせてください! お姉ちゃん、危ないところは教えてくれないから」

千夏の好奇心に満ちた眼差しに、悠真は少し考えてから口を開いた。

「そうだな……じゃあ、17階層で面白いモンスターに会った話でもするか」

悠真は、危険な部分を巧みに避けながら、草原フロアの美しい風景や、少し間抜けなモンスターとの遭遇譚を、面白おかしく語って聞かせた。千夏は身を乗り出すようにして聞き入り、時折、楽しそうな笑い声を上げた。

話を聞き終えた千夏は、窓の外の青空を見つめながら、夢見るような表情で言った。

「私も、元気になったら探索者になりたいな。お姉ちゃんみたいに、強くてかっこいい探索者に」

その言葉には、病気に打ち勝ち、未来を掴もうとする強い意志が込められていた。
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