奇夜に結ぶ鬼

蓮華空

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 瀬菜は紅砂の後を追って羅遠家の廊下を走っていた。

(何処、行っちゃったんだろ~?一軒家の中ですぐ後ろを追いかけていたはずなのに、どうして見失うなんてことあるのよ~!)

 瀬菜は憤った。どこか別の部屋に入ってしまったのだろうか?

(手当たり次第、部屋を開けてみる?――いやいや、それはやめたほうが無難だ)

 四鵬の部屋の件もある。何が出てくるか解らない。

 暫く廊下をフラフラしていると紅砂を発見した。

 何してるのよー!と声をかけようとして、瀬菜は動きを止めた。

 紅砂はある部屋の前に立ち尽くしていた。

 何もない、ドアを見つめる瞳がこの上なく、哀しい。

 右手が上がりドアに触れるかとも思ったが、彼は手を止め踵を返し奥へと進んでいった。

「?」

 瀬菜は小首を傾げながら、また紅砂の後を追った。




 道場では、白熱した戦いが続いていた。だが、次第に蘭武の息が上がってくる。どうやら体力に差があるようだ。四鵬は、なおも軽く拳を打ち、払い、蹴り、突く、を繰り返している。その口元には笑顔さえこぼれている。
 四鵬はそろそろ潮時かな?と思い蘭武に、

「もう、この辺にしとこうや~」

 と、声をかけた。蘭武は、まだだ!と返す。

(意地張っちゃって~、勝負は目に見えてるっつーの!仕方がねぇ、少し痛い目見させてやるか~)

 四鵬が動いた。
 右、左、右の突きと共に蘭武が後方へと体を捌いていく。繰り返し、右、左、今度は蘭武も左、右と片手で受けていき中段蹴りを四鵬に放つ。

(チャ~ンス!)

 と、ばかりに四鵬は身を翻し、左手の突きへ――と、いっても急所である正中線は外し蘭武の胸に2発突いた。
 蘭武の手は、払いの形に動いていたが重心を低く取っていたため、ストロークが長くなり間に合わなかった。彼は、うっ!と呻き声を上げた。かなり痛そうだ。

「もう、お終いにしよう!」

 四鵬はもう一度言った。
 蘭武は胸を押さえながら苦しそうに、

「まだ…だ…」

 と、言った。
 四鵬は首を傾げた。何だか思った以上に蘭武のダメージが強そうだ。

(俺、そんなに強くやったけ?急所も外したがな~?)

「お前がそう言うんなら仕方がない、続けてやる。但し、また同じところを当てるぞ!」

 四鵬の言葉に、蘭武の表情が一瞬青ざめた。
よくよくさっきの場所を当てられるのが嫌らしい。だったらもう一度、そこに当ててTHE ENDだ。

 四鵬が動く。
 今度は左の前蹴りからだ。
 予想通り相手は両手でブロックし胸が開く、よし!もう一度、同じ場所へ――。

 当たる!と思った瞬間、上空からうねりを上げて飛んできた蹴りに四鵬の腕は叩き落とされた。

 勢いで前屈みに崩れそうなところ背と腰に連続で手刀が穿たれる。

 ――なんていうスピード!

 四鵬は一回転して、立ち上がった。――が!

(うっ…、い…息が…できない…)

 その場に崩れそうな体を必死で支えた。

(結鬼の犠牲者になってから、ダメージに強くなったはずなのにこれは一体どういうことだ?)

 四鵬は突然割り込んできた男を見た。

 紅砂が蘭武を庇うように悠然と立っている。

「なんだ、紅砂ぁ~、邪魔すんじゃねぇ~」

 呼吸の乱れを悟られないよう何とか言った。自分の声が自分のではない気がした。

(こいつ、やっぱり、ただ者じゃねぇ)

 紅砂は静かに口を開いた。

「お前…、解っててやってるのか?」

「何がだよ」

「先ほどの突きだ」

「ああ、急所は外してるぜ、何も危険なことはない」

 紅砂はその答えに、
 
「馬鹿がっ!」

 と、顔を歪めて吐き捨てた。四鵬は、かちん、ときた。

「何だよ、何が悪いっていうんだ?」

 本気で解らない様子に紅砂が眉を顰める。

「なんだ、お前……全然気づいていないのか?」

 紅砂の言葉に蘭武が焦りをみせた。紅砂の腕を掴み懇願する。

「兄さん、……やめてくれ!それは、黙っててくれ!」

 紅砂は蘭武の言葉を無視して言った。

「蘭武は女だ。女の場合、急所が男と異なる」

「――!!」

(な・・・なんだって――?!)

 四鵬は驚きのあまり声も出ない。
 背後で瀬菜の、えぇぇぇーー!という声が聞こえる。

「お、女だとぉ?!」

「そうだ、14年も一緒に住んでて気づかなかったのか?」

「だって、こいつ…、そんなこと一言も……」

 うろたえる四鵬に紅砂は溜息をつき。

「それくらい、言われなくても解れ」

「解れって言ったって、餓鬼の頃からそれらしくしてないし……誰も、何も言わねえし……女だなんて……今さら……」

 床に蹲る蘭武を見つめながら声を落として言った。
 皆の視線が蘭武に集中する。青白い顔で突かれた胸を、ぐっと押さえたままだ。相当なダメージを受けている。
 蘭武のその姿に四鵬の胸がひどく痛んだ。

(女と知ってりゃ……、俺だって……)

 紅砂が静かに口を開く。

「女の場合、正中線以外に両方の乳房も急所に当たる。これ以上やると、蘭武の乳腺は破壊され機能を果たせなくなる。勝負はこれまでだ……。解散!」

「ま、待ってくれ!まだ……」

 蘭武がなおも食い下がろうとしたが紅砂に、

「お前の負けだ」

 と、言われ力なくうなだれた。紅砂に、立て、と言われても立ち上がらない。胸のダメージより四鵬に負けたことのほうがショックらしい。
 紅砂は前に屈み、蘭武をひょいと抱き上げた。

「ちょ……、ちょっと止めてくれ!兄さん、降ろして!」

 蘭武は顔を赤くして暴れたが紅砂は許さなかった。

「お前も、母屋へ戻れ」

 と紅砂は四鵬に向かって言った。
 四鵬はその場に呆然と立ち尽くしていた。

 踵を返して、紅砂が母屋に戻ろうとしたところ瀬菜が視界に入り微笑んで話しかけた。

「刈谷さん、また先ほどの続き……、します?」

(――!!)

 瀬菜は唇を押さえ、ここに来る寸前の出来事を思い出した。

「や、や、それは結構です!!もう、もう!結構!!」

 赤くなりながら、ブンブンと、両手を振った。かなり情緒不安定だ。
 紅砂は、プッ!と吹き出して、

「そっちじゃなくて、こっち」

 と言って、蘭武を抱えながらも右手で鋏の形を作る。

「あ……あ~~、そっちね」

(だったら、そう言わんかいっ!)

「そちらも、結構です!」

 と、怒りを込めて言った。




 道場には、瀬菜と四鵬だけが残された。

 紅砂が消えると四鵬が慌てて道場の外扉へと走った。

「どうしたの、四鵬?」

 瀬菜が訊ねても四鵬は構わず慌てて扉を開け、前屈したかと思うと勢いよく嘔吐した。
 瀬菜は驚き走り寄りながら、大丈夫?と声をかけた。
 吐き終わると扉に寄りかかりながら四鵬はズルズルとその場に腰を下ろした。
 
「くっそ、紅砂の奴……」

 なおも吐き気がするのか、四鵬は口を押さえたまま言った。

(……ダメージに強くなったはずの俺でこれなんだ……、まともな人間だったら死んでるぞ!あいつこそどういうつもりだ?)

 瀬菜が四鵬に近づき、

「四鵬、ちょっと背中見せて」

 と言って、道着をめくる。

「あれ?」

 瀬菜が不思議そうに言う。

「どうした?」

「何ともなってないわよ。見た目には……」

「……そうか、でも、体の芯はかなりきついけどな」

 四鵬が顔をしかめながら言った。

「それにしてもすごいわね~彼……。あんたにこんなダメージ与えるなんて……、当主ってのも伊達じゃないわね」

 瀬菜が畏怖の念を込めて言った。もちろん彼とは紅砂のことだ。
 四鵬も同意した。はっきり言ってこのダメージは人間技じゃねぇ。

 元々羅遠流の「羅遠」とは、「羅」すなわち「鬼」すらも「遠のける」という意味での羅遠流なのだ。四鵬は死んだ爺さんからそう訊いている。昔、島にやってくる鬼や魔を追い払うために羅遠流が出来たと……。もちろん四鵬は、本物の鬼や魔など信じていなかった。どうせ島に流れた賊などが鬼と伝えられたに過ぎないと思っていた。
だが、羅遠が残した記録の中に結鬼の事が書かれていたようだし、謎の薬術法も気になる。紅砂には、まさにそういう力があるのかもしれない。

(薬術法……羅遠の記録……結鬼……気になるな)

 四鵬がずっと押し黙ったままでいると、瀬菜が、ねぇ、ねぇ、と話しかけた。

「あんた大丈夫?ボーとしてたけど」

「ああ、ちょっと考え事してただけだよ」

「なんにしても驚きよね~、蘭ちゃん、女の子だったんだ~。男の子にしちゃ~可愛いと思ってたのよね~」

「俺も初めて知った」

 四鵬の脳裏で胸を押さえる蘭武の姿が蘇る。

「何であんたが知らないのよ!おかしくない?兄弟でしょ!」

 返す言葉もない……。

「……いい訳、聞いてくれる?」

 四鵬がポツリと呟く。

「いいわよ。聞きたい」

 瀬菜は四鵬の隣に座り込んだ。
 二人はお互いの姿には目もくれず空に瞬く星を見上げた。

「……あいつさ、何故か俺が物心ついた時から俺に対してだけ冷たいんだ。俺自身、あいつに苛められるような事は身に覚えがねぇんだけど、いつもさ。それどころか俺が近づくだけで、蹴りが入る。触ろうものなら大変な目に遭う。周りの人間だって家族だって、あいつの事を男として扱ってきたんだ。ちょっと顔が可愛いとかその程度ですぐ女だなんて思えるかよ!」

 四鵬は吐き捨てるように言った。

「でも……、家族でありながらずっと気づかねぇってのも情けねぇな……。何であいつ、男の振りなんかしてんだよ。しかも何であいつが女だって、家族も誰も教えてくれないんだよ。昔からこういう所があるんだよ、この家は!何だよ、家族ってーー?」

 蘭武が女だって事実が余程ショックだったらしい。何より知らないという事実が、家族の中で……蘭武の中で、完全に自分が疎外されていた証明になるようで四鵬の悲しみは大きかった。

「まあ……、色々訳があるんでしょうねえ。誰でもちょっとくらいの秘密があるでしょう。あなたにだってあるでしょ?」

「確かに……」

 膝を抱え込んだまま四鵬は黙りこんだ。

(だが、これはちょっとくらいで済む内容ではないだろう……)

 四鵬は拳に力を込めた。

「気づかない……俺が悪いのか?」

「そんな事はないと思うけど……。いいんじゃない?男だろうが女だろうが、兄弟であることに変りはないでしょ」

「だけど……無性に悔しい」

 そう素直に呟く四鵬の肩を瀬菜は優しく叩いた。

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