奇夜に結ぶ鬼

蓮華空

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 蘭武が紅砂の部屋から出たのは、30分ほど経ってからだ。
 茶を飲みながら女である自分の急所を守るためにはどうしたらいのか、ゆっくりノウハウを聞かされた。明日にでも実践してみるか?という事になり、今日はとりあえず休むことにした。

 廊下を自分の部屋へ向かって歩いていると、うろうろしている四鵬に会った。
 四鵬は、

「あ……」

 と、言って何やらもぞもぞしている。
 彼の戸惑いが伝わってくるようだ。

(急にそんな態度取るんじゃねぇ、馬鹿!)

 蘭武は苛立たしさをあらわにした。

「何だよ!」

「いや…別に……」

 四鵬がむくれっ面で答える。
 蘭武がそのまま脇を通り過ぎようとしたとき、四鵬が呼び止めた。

「蘭武、ちょっと待て!」

「何だよ?」

「いや…その~~、つまり~、……ごめん!」

「何がだよ」

「だって、俺…気づけなかったし…」

 女だったという事だろう。

「当たり前だ、お前に気づかれないようにしてたんだから…」

 蘭武が吐き捨てる。

「でも、何でだよ?俺に知られちゃまずい事かよ、女ってことがさあ」

「まずいな、だってお前はすぐ態度に出るし……」

「ぐっ!」

「口、軽いし」

「うっ!」

「バカだし、アホだし、マヌケだし」

「そこまで言う事ねぇ~だろ!」

 四鵬の情けない表情に蘭武が、くすり、と笑う。じゃあな、と言って立ち去ろうとした。

「ちょっと待てよ!もっと聞かせてくれよ!何で女だって隠す必要があったんだよ!」

「お前には関係ない」

「また、そうやって……。お前はいつだって俺を除け者にする!関係ない、関係ない、って言って、俺には何も言わない!家族なのによぉ……、除け者の気持ちも少しは考えろよ!」

「除け者?……お前、そんな風に感じてたのか?」

「お、おう!」

「いつから?」

「昔からだ!俺にとってこの家はずっと居辛かった」

「紅砂兄さんが来てからじゃないのか?」

「違えよ!前々からぎくしゃくした変な家族だったじゃねぇか!羅遠家は!」

「そう……なんだ……。お前だけは、家族の中で悩みもなく一番幸せそうに見えたがな」

「なんだよ、それ?そんな風に見てたのか?俺の事?」

「おめでたい奴だと思ってむかついてた」

「あーそう!俺からしたらお前のほうが、めでてぇー野郎だと思っていたよ!」

「……そうかもしれないな」

 蘭武は同意した。いつもの彼――いや、彼女だったら言い返してもおかしくないのに、今夜はどうにも静かな様子だ。
 やはり落ち込んでいるのか?

「で、何で女だっての隠した?俺が聞いちゃいけないのか?だったらもう何も言わないが……」

「……いや、いいよ。教えてやるよ。今となっては、最初の理由なんてただの意地だから…」

「意地?」

「ああ、意地だ。意地っ張りで可愛くないだろ、俺」

「おお!自分を解ってるじゃねぇか!女になったって、それじゃあ可愛くないもんな!お前の性格。で、いっそのこと男か?」

「うるせぇよ!お前は!聞くのなら、黙って聞いてろっ!」

「あいよ」

 四鵬が片手を挙げ返事をすると二人はそのまま廊下に面した縁側に座り込んで、夜空の月を見上げながら蘭武はゆっくりと話始めた。

「俺も物心付いた頃から家に居づらさを感じていた。そう、俺が物心付いた頃ってお前がやっと歩けるようになった頃なんだよな。みんながお前ばかりに意識を集中するんだ。だから、最初はお前のせいにしたのかもしれない。自分の寂しさや疎外感を……」

「……寂しかったのか?」

「餓鬼の頃はな。元々、この家は女人禁制だった。お前は知らないと思うが、最初は母さんも離れに住んでいた。龍一兄さんは、こっちの母屋に住んでいたが俺と母さんは離れだった。ところがお前が産まれると、途端に母屋に住む事が許されるようになって、母さんは特にお前を溺愛した。俺の存在なんか目に入らないほど……」

「……」

「幼心に思ったんだよ。羅遠では、男でなければ存在が認められないってね。それに比べて俺は、何をするんでもお前は女だからそんなことしなくていい、あっちにいってなさい、だ。ここに居たら女に権利なんてものはない。女だから大人しくしてろって言われるんだ。俺はそれが無性に悔しかった。女なんて詰まらなくて嫌だった。だから、男になりきった。幼稚園に入るときも、小学校に入るときも、女という証明になるスカートも赤いランドセルも全て拒否した。男だと言い張って、入園、入学を勧めさせてもらったんだ」

 ここまで言って蘭武は溜息を付き、空を見上げた。

「きっと餓鬼の頃は、男になる事でこの家にいる自分の存在を、居場所を確保したかったんだろう。バカみたいだよな。それで、自分も周りも満足して安心を得られると思ってたんだから……」

 四鵬は黙って聞いていたが、重々しく口を開いた。

「それでもお前の望む安心は手に入らなかったのか?」

「そりゃ、そうだろ。周りは俺に男になってほしいなどと思ちゃいない。だから結局、俺を変な目で見るだけだ。どう扱っていいのか分からないから、自分の好きなようにしなさい、と言って放置さ。それじゃあ、居ても居なくても同じようじゃねえか。兎も角、俺は自分の居場所を確保したかったんだろうな。だから男のように振舞って、存在をアピールした。だが、周りは益々戸惑うばかりさ。気づけば周りのその戸惑いこそが、自分の存在の証明のように感じ後には戻れなくなった。おかしな自己肯定感を身に着けたもんだよ。けど、これではやはり自分の深部で、何かが違う……、って思うんだ。だから、安心なんか、ちっとも得られなかったさ。思えば、無意味なことをしたもんだな……。だけど、幼かった俺には、そんな方法しか見つけられなかった」

「バカだな、お前……」

 四鵬はポツリと言う。

「まったくだ」

 蘭武も同意した。そして、リッラックスした自然な動きで四鵬に向き直ると、

「悪かったな、四鵬。お前には確かにいつも自分のそういう苛立ちをぶつけて八つ当たりしていた。悪いと思っても、どうにも止まらなかった」

「いいよ別に……そんなことは……。俺は今まで、それが何でなのか?って事が分からなかったから嫌だっただけで、理由が分かったから、もういいよ。それにしてもお前はバカだな。それで、未だにやってることは同じな訳か、成長しろよ!」

「お前に言われたくないよ!……でも、さっき兄さんにも同じようなことを言われたよ。いい加減にしろ、ってね。自分でもそう思うが、今さらどういう風にすればいいのか結局分からない。女であることを受け入れろ、と言われたけど、どうしたら受け入れたことになるのかもう分からない。お前はどう思う?」

 四鵬は急に問われて戸惑った。

「俺にわかるわけがないだろう!お、女じゃねぇもん!」

「例えばで考えてくれよ。男だと思ってたら実は女だった、ってなったらどうする?」

 蘭武の真剣な眼差しが四鵬を射抜く。

「ね、ねーだろ!そんなことは!」

「それでも考えてくれよ!お前ならどうする?」

 無理難題に四鵬は戸惑った。自分の場合で考えるにしても無理があるだろう。だけど、何も言わないわけにはいかない。初めて見る、蘭武の純粋且つ、救いを求めるような瞳を無視することは出来ない。

「う~~、そ、そのままでいいだろ。そうだ!そのままでいい!!今更お前に女っぽくなられても、それこそ気持ち悪い!頼むからそのまんまで居てくれ!!俺にはそのまんまのお前が一番イイ!」

 手振りも加えて力強く訴えた。
 嘘ではない。
 自分は本当にそう想っている。
 それを、どうしても伝えたかった。
 蘭武は薄く笑って言った。

「なんか、その言葉いいね、安心する」

 思いは伝わったのだろうか……?

「そのまんま?」

 四鵬が繰り返す。

「そう、そのまんま」

 二人は顔を向き合わせて微笑んだ。

「そのまんま」

 ピタリと息が合う。

「やっぱ、そのまんまだよ」

「そのまんまだな」

「うん、そのまんまじゃなきゃ~いかんよ!」

「一番だよな、そのまんま」

「うん、うん、そのまんま」

「……」

 蘭武が押し黙る。

「……どうした?」

 四鵬が訊く。

「そのまんまで居られたらな~」

 蘭武がしみじみと言う。

「居ればいいだろ、そのまんま」

 四鵬が繰り返すが、蘭武は哀しそうな顔で胸を押さえる。

「そのままでいたいと思う反面、それは違うって胸の中で燻り続けるものがあるんだよ。それをどうしたらいいのかが分からない……」

 蘭武の脳裏で紅砂の顔が思い浮かぶ。

 『――開放しろ!お前の中の女を――』

 分からない……。
 自分の中の女を解放する?
 そうすればこの燻りは収まるのだろうか?
 でも、どうやって?
 そんなものがあるのか?自分の中に?

「蘭武!」

 急に四鵬の顔が目の前にあった。
 強い意志を込めた黒い瞳が蘭武を見据えていた。

「らしくないぞ!悩むお前なんぞ!迷うことなく手足が出るのがお前だろ!有無を言わせず、ガッツーン!と来るのがお前だ!悶々とするより、動け動け!」

 四鵬は必死で訴えた。

「さっき、やっと笑顔が見られたのに、また逆戻りなんぞするんじゃねぇ。気が塞いでいる蘭武など、それこそらしくねぇ!そんなの、俺が蘭武として認めねぇ!」

 四鵬の気持ちが伝わったのか、蘭武の目がいつもの輝きを取り戻した。

「なるほど…確かにそうだな」

 この瞳の輝きに四鵬も嬉しくなる。

(やっと、戻ってきたか!)

 蘭武は、指をパキパキ鳴らし、

「そういえば、俺が悶々としたときの解消法はいつもこれだったな……」

 四鵬が青くなって尻込みする。

「え…?それは~~ちょっと嫌だな…。ってか、それをやったって、根本的な解決にはならないぞ!いつもと一緒じゃねぇか!成長しようよ!一緒に、な!な!」

「それは、とりあえず明日からな。だからちょっとこっち来いよ」

 蘭武が指でちょいちょいと招く。
 明らかにその目はヤバイ!

「ヤダ!」

 と、言って四鵬が庭に逃げる。蘭武は後を追って、

「さっきのお返しをしてやる!逃げるな四鵬!思いっきり一発殴らせろ!」

「嫌だね~!」

 そう言って、夜にも関わらず庭でいい歳した二人が子供のように追いかけっこをしている。待てー、と、嫌だー、が飛びかう。
 庭は広いが木や大きな飾り石が邪魔して距離はなくとも中々捕まえられない。そうこうしているうちに、四鵬が足元の石にぶつかった。
 
「やっと捕まえたぞ、覚悟はいいな」

 四鵬の襟首を掴んだ蘭武が腕を振り上げる。
 
「待て!いくらなんでも理不尽だろ!絶対嫌だー!」

 四鵬はなおも暴れて逃げようとする。すると、四鵬の動きに二人ともバランスを崩してしまい、石の上からすぐ横の池に落ちてしまった。ザブーン!と二人分の水しぶきが上がる。

「つめてぇ~!ああ~、また服がねぇ~」

 四鵬が言う。

「いらねぇだろ!お前に服なんぞ!素っ裸でいろ!」

 蘭武は笑いながら言った。

「ああ~あ、こっちも冷てぇ野郎だ。お前のせいで落ちたっていうのによぉ~」

 四鵬が恨みがましく蘭武を睨みながら言った。
それでも口元には笑みが零れている。
 蘭武も、落ちたのはお前のせいだ!と言ってお互い責任をなすりつける。
 いつもの二人の関係に戻り、お互い安堵する。
すると、蘭武が何かを思い出したように質問した。

「そういえば、お前は何でこの家に居づらかったんだ。俺は紅砂兄さんが来たのが気に入らないと思ってたが」

「俺?俺もお前と同じだよ」

「お前が?お前は俺なんかと違って、母さんはお前を溺愛してたし、父さんもお前をすごく大事にしてたように思えるが……。何がそんなに不満だったんだ?」

 信じられない、と言った風な顔で蘭武が言った。
 四鵬は池の縁の石を枕に、寝そべって空を見上げた。

「お前は俺の事……そんな風に見てたんだな。でも、違うよ。母さんも父さんも、お前が思うような愛情を俺に注いでいた訳じゃない。あれは違う」

「どう違う?」

 蘭武が聞き返す。

「母さんの愛情……、あれは俺を通して別のものを見ていた。俺自身を愛していた訳でなく、俺に別の人を映して愛していただけだ。父さんも大事にしてくれてたようだが、父親としてと言うよりどこか他人行儀なところがあった。だから、俺もこの家で、自分の存在って物に疑問を感じてたのさ。お陰さまで、家族ってものの愛情が未だに何なのかわからねぇんだ……」

「……母さんが別の者を見ていたって何だよ?」

「分からない、分からないけど、母さん……あれは、別に男が居ただろう?」

「なっ!何でそんなことが分かる?母さんが父さんを裏切ってたっていうのか?!」

「ああ、その通りだ」

「……」

 今度は四鵬が哀しげな瞳で空を見上げていた。
 蘭武も四鵬の脇に寝そべり、二人は池の水の冷たさを感じながら並んで月を見上げた。
 二人が居た家庭も、この池の水のように冷たいものがあったのかもしれない……。

「家族って言っても、分からないことがいっぱいだな」

「……そうだな」

「だけど、俺……、お前だけでも少し分かった気がして、今は嬉しいんだ…」

 四鵬がそう呟いた。蘭武も

「俺も……。今まで隠してた事、お前に知ってもらって意外とすっきりしてる。こんなことならもっと早くすっきりすれば良かったな」

「だからお前はバカだって言うんだ。隠すなよ、俺に」

「分かった、もうお前には何も隠さないよ」

 二人は顔を向け合い微笑んだ。
 池の水はまだひんやりと冷たかったが、気分は今までにない温かさで満たされていた。


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