奇夜に結ぶ鬼

蓮華空

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 白く陶器のような美しい手を、艶やかに濡れた紅髪に指を通しながら、アドリエン・ヴィルトールは彼の額に軽く口付けをした。

 紅髪と金髪、瞳の色も青と紫、色は違えども二人の顔はよく似ていた。その二人が一つのバスタブの中に向き合った状態で身を横たえている。

「最近またいらぬ感傷に浸っていないかい?君が気に病むことなどないというのに……」

 アドリエンは、バスタブに無表情に浸かっているコンラッドの紅い髪を撫で付けながら言った。
慈愛に満ちた眼差しで見つめるアドリエンに対し、コンラッドの瞳は冷たい湖のような静けさであらぬ方向を見ていた。
 その様子を見てアドリエンは溜息をつき、

「やはり少しの間、気分転換に遠いアジアの島国にでも行ってみるかい?君の女の子達は、僕がなんとかしておくよ。彼女達と距離を取りたいだろう?」

 と、切り出した。コンラッドは澄んだ湖のような青い瞳だけをゆっくりアドリエンに向け、

「どういう風の吹き回しだ?お前が女の相手をするって??」

 と、不信げに眉を寄せた。

「僕が女の子の相手をするのが、そんなに変かい?」

「ああ……。どうする気だ?あの娘達を?」

 コンラッドの目が鋭くアドリエンを射る。

「ふふ……、そんなに心配することないよ。 そろそろ、この方法も潮時かと思ってね。これ以上やると、今度はこちらが食われるほどの高位の奴が産まれる可能性が高い」

「どういう事だ?」

「時が満ちてきた……」

 アドリエンはコンラッドの問いには答えず、透明の小さな瓶をコンラッドに見せた。
 
「探していた相手が見つかった」

「……」

「これ、何だか分かる?奴の毛髪だ」

 コンラッドは、それに関してはどうでもいい、という顔をした。

「奴の髪の毛から、僕達の行く末に関して重要な事が解った」

 アドリエンは、小瓶をじっくりと見つめながら言った。

「君はこれから、羅遠龍一という男と共に日本に行ってもらう。僕の探していた奴はきっと其処にいる」

「お前は行かないのか?長年探してた相手だろ?はっきり言って、俺にはどうでもいい」

「だからさ。どうでもいい奴ならどうしたって心が痛まないだろう。奴を相手にストレス発散しておいで、だけど、一人で食らい尽くしちゃダメだよ。最後は僕に殺らせてもらう。それまで、動けないように痛めつけておいてよ」

「面倒臭い、初めからお前が行けよ」

「僕もそうしたい所なんだけど、ロシアで不穏な動きがあるから、僕はそちらの様子を見てから行く。それまで、日本で気晴らしでもしててよ。僕にとって君は大事な大事な……」

「種馬兼当て馬だろ?」

 と、コンラッドが言う。アドリエンは微笑んだ。

「そういう言い方するなよ。君は僕であり、僕は君なんだよ」

 アドリエンが上からのしかかってくる。白い腕がコンラッドの紅い髪に指を通しながら抱き、ねっとりとした舌をコンラッドの首筋に這わせ、頚動脈があるところで、はた、と止まる。
唇から白い牙がせり出し、プッツ……と牙が肉に食い込む。
 コンラッドの頬が僅かに引き攣る。
 血が流れ出した。バスタブが次第に真紅に染まる。

 青と紫、二人の異なっていた瞳の色が、まったく同じ真紅に染まる。

「分かった……、日本へ行くよ。その代わり一つ、お願いがある」

「何?」

「あの娘達にひどい事はするなよ」

「ひどい事ってどんな事?」

 アドリエンのこの問いにコンラッドは溜息を付きバスタブから起き上がる。
 紅い雫が、白い肌に網目のように絡みつく。

「やっぱりいい。俺が自分で何とかするから、彼女達には一切手を出すな。……日本に、そんな長居は必要ないだろう?」

「さあ…、どうだろうね~。早く帰って来たかったら、速やかに羅閻を捕まえる事だ。だが奴は第2次結鬼とはいえ、一筋縄ではいなかいから気をつけるように……」

「分かった、そうする」

 コンラッドは踵を返し、バスルームを出て緋色に垂れ下がるカーテンの向こうに消えた。
アドリエンは声を上げ、

「明日の朝にでも出発してもらうからね、準備しておいてよ」

 と、不敵に笑った。





  

 サンドラは、仕事を終え、疲れきった様子で家路へ着いた。ここのところ体調が万全という日が少なく、頻繁に立ちくらみがする。お腹の調子も悪いのか、腹の中でガスがボコボコと移動するような不快な感覚が続いた。
 彼女は、自身の腹に触れてみる。そういえば、今朝、恋人と別れるとき、彼がお腹に触れながら、太った?と訊いた。確かに最近太った。
食欲は驚くほど増し、お腹が膨れてきたのを自身でも感じていたから、彼に言われた時はショックだった。だから、今日はカロリー制限をしてみたが、お陰で貧血のような立ちくらみがひどい。食べたほうがいいのだろうが、太るのは嫌だ。仕事に加え、余計なストレスを感じサンドラは彼に会いたくなる。

 彼と次に会えるのはいつだろう…?――寂しい。

 そう思った時、玄関のブザーが鳴った。

 はい、と返事をし、彼女がドアを開けると、サンドラの顔は喜びに溢れた。

「コンラッド~、来てくれたの~。今、丁度あなたに会いたいと思っていたところなの。嬉しい……」

 そう言って彼の首にすがりつく。
 サンドラは彼の髪に指を通しながら、
 
「イメージ変えたの?金髪もその瞳の色も似合ってるわよ」

「有難う」

「今日はどうしたの?突然現れて。兎に角、中に入って」

 サンドラが家の中に導き、ドアを閉めると同時に彼は彼女をソファーに押し倒した。

「今日は何?いきなりここでするの?」

「まさか……、僕は人間の女とはしないよ。人間の女は大嫌いだからね」

「え?」

 彼女は不思議そうに彼を見つめた。

「ましてや、僕とあいつの区別もつかないバカな女はね……。そういう女はね、あいつに想われる資格も、心配される資格も無いんだよ」

「誰よ、あんた……、コンラッドじゃないのね。信じられないほどよく似てるけど……双子?」

「まあ、似たようなもんだけどちょっと違う。僕はアドリエンという。コンラッドは僕のコピーさ」

 そう言うとアドリエンは微笑した。サンドラは目前の恋人に良く似たこの男を不気味に感じ逃げようとした。

(この男は、危険だ――)

 本能が全細胞に命令を下す。だが、すぐにこの不気味な男、――アドリエンに捕まり、人とは思えない力でもって部屋の奥へと片手で叩きつけられた。彼女は壁に背中を強く打ちつけ、息も絶え絶えで悲鳴も上げられない。

 アドリエンはゆっくりとまた彼女に近づくと、足で仰向けにする。そして、つま先を彼女の腹の上に置き、グリグリと非常にも踏みつけていく。

「や、やめて……く、苦しい……」

 サンドラは目に涙を浮かべながら懇願した。だが、彼はそんな様子の彼女を見て、何も感じないらしい。それどころか、まるで汚らしいものを見るような目で彼女を見つめた。

「僕は君に用はない。腹の中の子供を回収しに来た」

 サンドラは驚きを隠さず、アドリエンを見つめた。

(子供?――私のお腹の中に……?)

「愚かな女だ。自分の腹の中に別の生き物がいる事に気づかないとは……」

 アドリエンは侮蔑の目で彼女を見た後、素早く自身のネクタイを解き彼女の両手を縛り上げ、両足を掴んだ。そして、大きく足を開かせながら持ち上げると、右手の一振りで一気に下着を引き裂いた。

「きゃぁぁぁーーー!!何をするの?!やめて!誰か、誰か助けてーー!」

 彼女は悲鳴を上げた。このアパート中、いや外にでも聞こえるように、大きな声で助けを求めた。
 彼はその様子を見て、慈悲深く微笑むと、

「いいよ、いくらでも大声を上げなよ。どんなに大声を上げても無駄だからね。あらかじめ、この辺り一帯の人間を全て眠らせておいたよ。だから、君がどんな悲鳴を上げても、気づく者は誰一人としていないはずだから……」

 彼女はその言葉に涙が溢れる。
 何で?何で、私がこんな目に遭うの?

「さあ…、子供を取らせてもらうよ」

 アドリエンはそう言うと、右手を彼女の秘部へ一気にもぐりこませた。

「あぁぁぁあああああああ、いやぁぁぁあぁあぁぁぃぁあーーーー!」

 アドリエンの手が、手首を超えるほど深く貫く。そして、一度引き、さらに深く深く押し込んで行く。手の動きに合わせてぐぼっ!ぐっぼ!と言う音と血があふれ出した。その繰り返しに、サンドラは身もだえしながら悲鳴を上げた。
 アドリエンの手が前後に動くたびに、体は痙攣し泣き叫ぶ。
 子宮の中を手で掴き出される痛みに、いつしかサンドラは気を失っていた。そして、ついにアドリエンが手を引くと、血に塗れた20センチばかりの胎児が現れた。

 胎児は小さな手でアドリエンの手にしがみついている。驚いた事に、まだ目が完全に出来上がっていないはずの胎児の目が大きく見開き、すでに紅く光るヴァンパイアの目でアドリエンを凝視していた。

 小さな口が開いた。

 これもまた、小さな白い牙をむいて、アドリエンに威嚇している。

「ふふふ……、このまま放っておいたらどうなるのかな~?」

 アドリエンは面白そうに呟いた。
 そして、胎児を一度床に置く。すると胎児は、気を失っている母の元へと自力で戻っていくではないか!

 もう一度中に入る気か……?

 だが、もうすでに胎児に栄養を補給するへその緒は絶たれている。
 アドリエンは黙ってその様子を観察した。

 胎児は母親に行き着くと、母の秘部からあふれ出ている血を飲んだ。目は血を啜りながらも、相変わらず、自分を引きずり出した男に憎悪の念を込めて凝視し続けている。そして、胎児が血を飲むごとに、変化が現れた。急激に胎児が成長を始めたのだ。

「やはり、この時期になると産まれてくる奴は、ほとんどがかなり高位の者とみていいようだな。僕だったら……こんな風には行かないだろう?」

アドリエンの口元には苦笑いが浮かんでいる。

「だが、いくら高位の者でも、そのような不完全な肉体では低位の者の重要な栄養源になるって知ってる?」

 胎児は身震いしながらアドリエンに威嚇した。

「ふふ、どんなに強いライオンでも、生まれたばかりの赤子では、小さな草食獣すら殺すことは出来ないよ。そして、自分より体の小さなその他の肉食獣に狙われる。これは自然の摂理だよ」

 アドリエンはまた胎児を掴み上げると、胎児の背中に牙を立て、じゅるじゅると血を吸い始めた。胎児は悲鳴を上げ、小さな手足をバタバタさせるが、逃れる術はもう無かった。

 いつしか胎児は動きを止め、ぐったりとする。
そして、次第に輪郭はぼやけ、胎児を通して奥の景色がうっすらと透け始めた。それでも、アドリエンは血を吸い続ける。――いや、ここまで吸うと、もう血を吸うという段階ではなのだろう。存在そのものを跡形も無く吸い上げる――。やがて胎児は、初めからそんな存在など無かったかのように消えた。

 アドリエンは、舌で唇をひと舐めすると、真紅の瞳を輝かせて、

「確か……、今はもう一人いたな……」

 そう呟き、部屋の窓を大きく開け風と共に闇の中に消えていった。
 3階の窓から出て行ったというのに、地上に降り立つアドリエンの姿はなく、不気味に湿った風が尾を引くように吹き去っていった。


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