奇夜に結ぶ鬼

蓮華空

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「お……お前なぁ~、そういう事、一人で勝手に決めるなよ。自分の兄貴を復活させるために蘭武に子供を産めってか!!あいつの体はもちろん、気持ちの上でもそう簡単に割り切れるものじゃないぜ!!」

 四鵬が呆れながら反論した。

「それはもちろん分かって言っているつもりだ」

「分かってねぇ!!」

「でも、あの娘はNOとは言わないよ」

 と、絶対的な自信を持って紅砂は言った。

 その姿に四鵬の方が息を呑まれ絶句する。確かに蘭武は紅砂に好意を抱いている。しかし、人ではないものを産み出す度胸があいつに……

 ──あるかもしれねぇ……。

 紅砂が剥いた柿に糸を巻きつけながら静かな語り口調で話しを続けた。
 
「そもそも僕は悠里が事故で障害を持った時点で、あの娘を娶るつもりだった」

「あんた最初から蘭ちゃんを嫁にするつもりだったの!」

 瀬菜が落胆の声を発する。

「白閻が思いもよらない時期に霊体化したから事態が事態により、兄妹って形で再会することになってしまったけど、……最初はそれで良かったかもしれない。6年間、一つ屋根の下で暮らしてみてじっくりあの娘の事を知る事が出来たからね。あの娘は自分の事を意地っ張りだと言って短所のように捉えているけど、裏を返せば何者にも流されない意思の強さがある。加えて自分の欲望を抑え、禁忌を前にしてしっかりと耐え忍ぶことが出来る。あの娘が僕に対して特別な感情を抱いてくれていた事は知っていたよ。だけどあの娘は兄妹の禁忌を越えなかったね。禁忌に対して僕は臆病なくらいでいいと思っている。それに、あの娘は満たされない愛情を抱えながら孤独に耐える術も持っている。だから僕にはあの娘が丁度いい。あの娘が人でない者の母となり、どんな風に成熟した女性になるのかが、実に楽しみなのさ」

 紅砂の言葉に、もう何も言う事ができない。

「まあ……蘭武がどうしても嫌だっていうなら全てを諦めるけど、それは無いと思う」

 と自信満々で答える紅砂に、四鵬と瀬菜が拳を握り締める。

 その自信が何だか無性に憎たらしい。

「お前は本当に蘭武でいいのかよ」

「何が?」

「卯月は?卯月の事は……何とも想ってないのか?」

 四鵬の問いかけに紅砂は辟易したように答える。

「だから、ありえないだろ……それは」

「どうして?お前の気持ちの問題だよ」

 四鵬の畳み掛ける問いかけに紅砂はついに押し黙る。

「……気持ちの問題だけで物事は推し進められない。低位結鬼の僕は自分の気持ちがどうとか、そういう問題で卯月と関わってはいけない。僕はあくまで、卯月が成熟するまでの間の庇護者に過ぎない。これから僕が辿る道と卯月が辿る道は違うんだよ」

「それじゃあ、蘭武に対してはどうなんだよ。あいつはお前の事が好きだからいいけど、お前の気持ちが違う所にあったら、幸せになんかなれねぇじゃねぇか!さっきからどうしても子供を産ませるだけが目的のように思える」

「ああ、まったくその通りだよ」

 と紅砂がはっきり言う。四鵬は面を食らったように驚き罵倒する。

「お前……最低ーだな!あいつを子供を産むだけの道具にするんじゃねぇー!それじゃあ愛が足りネェだろ!!」

 四鵬の言葉に紅砂が思わず吹き出す。

「『愛』?……なるほどね……、お前は人間の中で暮らしたから、そんな幻想を持っているんだな。その幸せな幻想を壊すようで悪いけど、結鬼に産まれた以上はそんなものは無いと思ったほうがいいよ。特に『愛し合い、お互いを育み合う』なんていうのはね……」

「な……なんでだよ?」

「そもそも僕らは人間ではないよ。僕らは元々、アメーバーのような単細胞生物が人間に成りすました、云わばかりそめの生命だ。人間的な愛の形は得られない──。いや、理解が出来ないというのが妥当だ。結鬼の愛の形は、相手を必要なまでに欲し、相手を喰らう事。食らうことで相手と融合する事が目的だ。──だから、僕は蘭武に対して、気がないくらいが丁度いいんだよ。もしも僕が蘭武を心から欲したら、僕はあの娘を食らうだろうね……」

 そう言って、上唇から覗く牙を舐める紅砂に不気味さを感じながら四鵬は後退した。

「結鬼が真に人間的な愛を求めたならば、それこそ地獄に落ちたも同じこと……。相手を吸収したい、全てを吸い込みたいという欲求と常に戦わなくてはいけない。吸収するのは結鬼の性。それに逆らい共に人間のように暮らすことは非常に苦しい事だ……。長くは続かないよ……、根本的に続けられないんだ、そういうのは……」

 と、言って紅砂はひどく辛そうに言った。
 眉間にしわを寄せ、俯いた表情はすでにそんな経験をして苦しんでいるかのようだ……。

 紅砂にとって、これが最良とも言える苦渋の選択なのか……。

「だから、蘭武に関してはいいんだよ。これくらいがさ。僕は兄である白閻を復活させたいという目的がある。それを叶えてくれるのが蘭武だ。そうしたら、僕は蘭武を愛さなくとも心から感謝できる」

「な……なんだよ……。それじゃあ、最初から蘭武を愛してない、愛せないって事が前提じゃねぇか、そんなの……蘭武があんまりにも可哀想じゃねぇか」

 畳み掛けてくる四鵬の質問に紅砂もついに声を荒げた。

「だから、それくらいの想いでなければ、あの娘の求める愛され方を僕は与えて上げられないんだ!丁度いいんだよ。この程度が!」

「お前な~この程度なんて言い草はねぇだろうぉ!!」

 と、さらに四鵬が食い下がろうとしたところ、 瀬菜が止めた。

「四鵬……もういい、やめなよ!」

 四鵬の腕にすがり付きながら哀しげな顔をしている。

「ど…どうしたんだよ?……お前??」

 瀬菜の憂いに満ちた表情を見て、四鵬が不思議そうに言った。

「だって…あんまりにも……切ないじゃん……」

「そうだよな~、実は愛されてもいない野郎の子供を産むってのは、どうなんだよ!しかも人じゃねぇし……」

 この人でなし!と、四鵬は最もな悪態をついたが、瀬菜は心の中で、違うよぉ~、と反論したかったが声に出せない。
 瀬菜が切なさを感じたのは紅砂に対してだ。


 ──それくらいの想いでなければ、あの娘の求める愛され方を僕は与えて上げられないんだ


 この言葉こそ紅砂の蘭武に対する愛情の現われのような気がした。この言葉の裏側には、自分の欲する結鬼としての性を抑え、他人に与える愛を選んだという事ではないのか?

 この『気がない』と言うほどの淡白さが、逆に結鬼である彼の人に対する最高の愛情表現に他ならないような気がした。
 欲するほどに、相手を愛してしまったら、それはつまり、相手を消滅させる事になる。消滅させない為にも、彼は自分自身を『気のない振り』をして騙し続けるのか……。それが、結鬼である紅砂の生き方、愛し方なのか……?

「もう、放って置きましょう……」

 瀬菜がようやく四鵬に言った。

「そうだな……。呆れてものも言えないぜ」

「違うわよ」

「何がだよ?」

「あんたって、本当にお子様ね~。ちっとは成長したら分かるようになるかしらね~」

 と言いながら四鵬の頭を小突いた。

「うっせーな!誰がお子様だ!」

 あんた…という瀬菜の声と、お前…という紅砂の声が重なった。
 四鵬がムキー!と怒りを露にする。どう見ても子供の仕草だ。

「自分では、一端の大人のつもりでもね~。そうでは無い事っていっぱいあるのよぉ~」

 と瀬菜が言い。

「まあ…そんなところがこいつの可愛らしさでもあるな~」

 と紅砂が呟く。
 こいつに可愛いなどと言われたくない……と四鵬は思った。

 紅砂が糸に攣る提げた柿を集め出し、籠に戻すとそれを背負いながら、

「それじゃあ、僕はちょこっとこれを干しに行ってくるから、お茶でも飲んでいなよ。手伝い、どうも有難うさん」

 と、言って出て行った。

 残された四鵬と瀬菜はお茶を飲みながら一息つくと、

「さっきまでの話と、干し柿という所帯じみた落差に調子狂うんだけど……。なんか人の生き方もそれぞれよね」

「人じゃあねぇけどな……」

「まあ、そうだけど……やり切れないわね」

「そうだよな……。血を吸われるなんて流石に想像し得ないものな」

「いや……四鵬、あんたさっきからちょっと違うわよ!あたしは、吸われるのは別にいいのよ!あたしがやっぱり辛いのは、蘭武ちゃんとあの人が子作りしなくちゃいけないって所なの!!子作りって言ったら、Hよ!!Hすんのよ!!何で、あたしの気持ちを知ってる癖にそういうことあたしの前で言うかな~?しかも、何年も前から妻に娶るつもりだったなんて~!!……ショックだわ……」

「はぁ?お前あいつの事、怖いとか言ってなかったか?」

「それがね~、血を吸われたらそんな気持ちが吹っ飛んじゃったの。吸われた時、彼の内面ってのが見えるじゃない?そうしたら、逆に愛しくなっちゃってぇ」

「ちょっと待て!お前、あいつに血を吸われたのか?!」

「そうよ。白閻を捕らえるのに、あたしの血が必要だっていうからさ」

 四鵬はポカーンと間の抜けた顔をした。

「そうだったんだ……。だが、俺はそれより、あいつの目的のために蘭武の心と体を弄ぶのが許せねぇ。どうしたって、あいつは気に入らねぇ……」

 と言って眉間にしわを寄せた。

(それより……と言う言い草は、あんまりではないのか?瀬菜の身は?恋心はどうでもいいのか??)

 間もなくして、紅砂が戻ってきた。
 今度は手に椎茸を持っている。

「それじゃあ、そろそろ帰るか?……四鵬、そこの松坂牛持って。今夜はすき焼きにしよう」

 と言って椎茸を嬉しそうに翳した。
 こういう時の紅砂は、やたらと人間臭く神や鬼とはかけ離れた無邪気な存在に思えた。




 四鵬と瀬菜が元来た方向に戻ろうとすると、紅砂が呼び止めた。
 逆方向を指差し、帰りはこっちの方が近道だから……と言ってさらに地下に潜っていく。
 瀬菜は夜目が利かないだろうからと言って、提灯を持たされた。今時、提灯を日常的に使用しているのは、この人くらいなものだろうな~、と瀬菜は思った。

 しばらく進むとまた広い空間に出て、そこにはトロッコのような乗り物が用意されていた。
 紅砂はそれを指差し、乗って、と言う。
 四鵬と瀬菜はしぶしぶ乗った。
 紅砂が後から乗ると、トロッコは一気に加速をした。
 
「ぎゃぁぁぁぁーーーー!!」

 という悲鳴を上げながらトロッコは進んだ。

 トロッコなんてもんじゃない!!これは、絶叫マシン並みのハイスピードだ!しかも、乗り心地がめちゃくちゃ悪い!!

 ガガガガ……とお尻に伝わる振動が、さらに瀬菜に悲鳴を上げさせる。そして、止まるときも急激で、瀬菜が吹き飛ばされそうになるところ、紅砂が引っ張ってなんとか治まった。
 瀬菜はぜぇぜぇ言いながら、

「どうでもいいけど、この乗り心地……もうちょっと改良できないの?おし…おし…おしりが痛いじゃないのぉ!!」

 と言って紅砂に怒った。

「客を乗せる用に作ったわけではないんでね。……そんなに痛かったですか?」

 と瀬菜の顔を覗き込みながら訊く。
 瀬菜は未だに立ち上がれない。

「だって、あんた!!今朝……」

 と泣きそうな声で訴える。
 紅砂が宙を仰ぎ、あ……、と言う。

「そっちの事後処理忘れてましたね。舐めてあげますから、後で僕の部屋に来てください」

「な…な…舐める??」

「傷になってしまっているのなら、そうすればすぐに治ります」

「い、いいです!いいです!大丈夫です!!」

 瀬菜が真っ赤になって拒否する。

「何だ?お前……どっか怪我してるのか?」

 してません!!という瀬菜の声と、ああ…という紅砂の声が重なる。

(……どっちだよ……?)

 瀬菜が紅砂を睨み付ける。紅砂はそんな瀬菜を見て肩をすくめると、

「怪我の場所は知られたくないらしい……」

と、言った。





 妙な乗り物を降り、頭がやっと付かないくらいの低い天井の通路を5mほど歩くと、天井に小さなドアが取り付けてあった。四鵬は、一体どうやってこの通路が出来たのか、不思議に思いながら後に続いた。
 紅砂はそのドアを開け、こっちだ、と言った。
二人も紅砂に続き、ドアの向こうに上ると、四鵬が、あ!と驚きの声を漏らした。

「ここは……俺の部屋じゃねぇか!!」

 確かに此処は、見るも無残な暗い森に変貌した四鵬の部屋であった。

「此処が一番近くて便利でさぁ。裏山通るルートより早く出入りが出来るし、ついでに父島の特殊な植物や昆虫も必要な時に簡単に持ってこれるしね」

 と、紅砂がのんびりと呟く。

(──俺の部屋がこんなになったのは、そんな理由かい!!)

 四鵬は心の中で拳を握り締め憤った。
 二人は鬱蒼とした森のような部屋で茫然と佇んでいた。

「この植物とか、虫って必要なものなの?」

 瀬菜が問いかける。

「まあね……。手近にないと僕が不安なんでね~」

「あんたが?何に不安になるって言うの??」

 紅砂は足元にあるシダ植物のような葉を手にし、

「ここにある植物は僕がお茶にして飲んだり、煙管に詰めて吸うんだ。そうする事で、性欲をコントロールしてる。つまり、押さえる働きがあるんだ」

「何でそんな事を……」

「日常生活を送っていれば、たまに怪我をする時だってあるだろう……。その度に、四鵬みたいに卯月の血に吸い付いていたら大変な事になってしまう。僕らは本来、卯月に触れてはいけないんだ。ましてや、血を啜るなんて言語道断。交わる事は、さらにひどい罰則があるらしい……。だから四鵬……お前はあの時、本当に危なかった」

「お……お前、何で俺が卯月に何をしたのかが分かるんだよ!!」

「分かるよ……卯月の血の香は特殊だ。あの香を嗅げば血を吸いたくなるし、血を吸えば……僕だってするだろうな……」

「じゃあ、逆に何でまだしてないって分かるんだよ!」

「同種と交わった場合、卯月の香が変わるんだ。でも、変化がないから、寸前のところで押さえられたな……と思って」

「なるほど……」

 四鵬が納得し、瀬菜がぽつりと呟く。

「それにしても……あんたどんだけ欲求を制御してるのよ……」

 瀬菜は先ほどの紅砂の話しを思い出す。
 結鬼が愛する者を吸収したい欲望を押さえ、人と同じように生きることは苦しい事だと……そう呟く彼の表情を……。

「そうですね、日増しに辛くなりますね。だからそろそろ僕が羅遠で暮らすのも潮時なんですよ」

 と言って紅砂は四鵬に視線をずらす。

「嬉しいかい?四鵬……」

「ああ……万々歳だ!」

 四鵬は仏頂面で答えた。

「ところがお前は僕とは縁が切れないんだよ。お前はなるべく僕の側に居てもらうから、そのつもりで……」

「嫌だ!」

「僕の側で結鬼として生きる術を学んでもらうから」

「勝手に俺一人で生きるからいいよ」

「あ、そう。それじゃあ短い付き合いだったな……」

 と言って、紅砂が目を閉じ、四鵬に対して手を合わす。

「……何してるんだ?」

「結鬼の最後は死体など上がらないから今の内に合掌しておこうかと思って……」

 そう言って片目を瞑って見せた。

 ……嫌な野郎だ。

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