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しおりを挟む「では、お世話になりました」
卯月は振り返り、島と羅遠家の面々に深々とお辞儀をした。
朝靄がまだ立ち込める中、帰来島の船着場に付いたフェリーは出発の汽笛を上げていた。
「卯月、荷物は俺が持つよ」
四鵬が卯月のトランクを受け取ると、先にフェリーへ乗り込んだ。
卯月はまだ心残りなのか乗り込む前に紅砂の顔をそっと覗いた。
「さよなら」
紅砂の口から別れの言葉が出た。
一番聞きたくなかった言葉だった。
卯月も目を伏せ、唇を噛み締めながらようやく言った。
「……さようなら」
吹っ切るようにフェリーへと向かった卯月だったが、瞳からは止め処なく涙が溢れ出した。
卯月の涙に気づいた四鵬が卯月の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「また、いつでも帰ってくればいいじゃねぇか」
四鵬が慰めるも卯月は言葉なく首を振った。
二人が甲板に出ると、島から吹き付ける風が妙に心地よかった。
故郷から吹く風とは、いかなる時でも温かく感じるものなのか?
例えそれが、別れの時だったとしても……。
ゆっくりと船が島から離れて行く。
港では皆が手を振っていた。
その中で卯月はただ一点だけを見つめていた。
今頃になって、紅砂との別れがこんなにも辛いとは思わなかった。どうしても、涙が止まらない。
「……卯月」
四鵬が心配そうに覗き込んだ。
「一人暮らしでも、そんな不安になるな。いつでも……俺が力になるからよ」
「うん……ありがとう」
卯月は無理やり笑顔を作った。
「でも……一人が不安なわけじゃないの」
「?」
「私……私ね……今頃になって気づいたの」
「何を?」
「私……ずっと紅砂さんの事が好きだった」
二人の間を裂くように、冷たい風が吹き抜けていった。
「──え!?」
四鵬が聞き返す。
離れて行く島を切なげに見つめる卯月の頬を涙が零れていった。
キラキラと輝く波間を背景にした卯月の横顔はとても美しかった。
「馬鹿だと思わない?六年間一緒に暮らしてて、気づいたのが昨日なのよ。そして、言ったの……『私をこれからもずっと傍に置いて下さい』って……、でも駄目だった」
卯月の瞳が苦しげに閉じると、目蓋に溜まっていた涙が一気に溢れ出した。
嗚咽と共に、途切れ途切れ話出す卯月の姿に四鵬の胸は締め付けられた。
「あの人には別の人が居るって……だから無理だって……。もう……二度と会わないほうがいいんだって……、会えないんだって……」
四鵬の脳裏で蘭武の顔が浮かんだ。しかし、それは卯月が思っているような関係ではない。だがこの場合、そう言うしかないのか──。
しゃくりを上げて泣く卯月を気の毒に思ったが、四鵬には成す術もない。
「忘れちまえよ!あんな奴の事なんて!!これから、お前の新しい門出にあーゆー馬鹿野郎は放っておけ!」
言葉こそ軽くあしらうように言った四鵬だったが、表情は苦渋に満ちていた。
今の卯月に何を言っても無駄だと彼自身も分かっていたのだ。
案の定、卯月は反発してきた。
「無理よ!絶対無理!!……あの左手……あの手の感触を知ってしまったら、私はもう……他の人では無理なのよ……」
「そんな事、勝手に決めるなよ。お前の人生はこれからじゃねぇかよ、あんな奴で終わりにするなよ!」
吐き捨てるように言った四鵬を卯月はきつい目で睨みつけた。
「四鵬には何も分からない……!」
四鵬の胸に痛みが走った。
卯月が初めて見せる自分に向けた拒絶の目が彼の心を苦しめた。
「わ……わかんねぇよ……どいつもこいつも……、何考えてやがるんだ!みんな、みんなくそったれだ!!」
四鵬の中でも今まで起こった出来事が走馬灯のように流れてきて、頭の中がパニック状態になった。
そして、何よりも心を痛める卯月の告白──。
「おおおぉぉぉぉ─────!!」
掛け声と共に四鵬は船の先端に向かって走り出した。そして、手すりに捕まると卯月を振り返った。
「いいか卯月!!待っていろ!俺があいつをお前のところまで引きずり出してきてやるからな!」
そう言って四鵬は手すりを乗り越えた。
「四鵬!!」
手すりを越え、海へと身を投げ出した四鵬の身を案じ、卯月は慌てて走り出した。
甲板から身を乗り出し海へ目を向けると、そこには四鵬が海面に立った状態で此方を見つめていた。
「……し……四鵬……!?」
驚いた表情の卯月に、四鵬は軽く手を上げ微笑んだが、心なしか笑顔が沈んで見えた。
「俺……元から人間じゃなかったんだって」
「──!?」
「結鬼の犠牲者ってだけじゃなく、元から半分だけ結鬼だったんだ。おかしいと思ってたんだ。成長と共に人には出来ないことが出来るようになっていったから……、だからほら、こうして地に足を着けなくったって風さえあれば宙に浮くことだって出来る」
「四鵬……」
「待ってろよ、俺があいつを連れてくるから……必ずお前の元に届けるから、だから泣くな!」
四鵬は親指を突き出し卯月を励ました。内心はひどく辛い。だが、泣き濡れる卯月を見ているほうが四鵬にとってはもっと辛いのだ。
紅砂に対してはとても腹が立つ。が、そんな事は卯月と関係がない。自分の感情はこの際かなぐり捨てて、紅砂を卯月の元に届ける事。
紅砂が卯月を拒否する以上、それがどれだけ難儀な事か分かっていたが、四鵬は卯月の為に硬く決意したのだった。
「じゃあな、必ず、必ず連れてくるから……待っていろ!」
そう言って四鵬は船とは反対の方向へと消えて行った。
「……四鵬……有難う」
卯月は涙を拭い、島の方角を眺めた。
『僕は僕の道を進みます。その道にあなたはいません。あなたはあなたの道を──』
最後に紅砂はそう言って別れの言葉に代えた。
もう二度と交わることの無い道を自分は進まなければならないのかと、あの日は一晩中悲しみに暮れた。
故に四鵬の言葉は卯月に僅かな希望を齎した。
天を仰ぎ太陽の光を全身に受け、卯月は辛くとも前を向いて歩く事を決意した。
「紅砂さんや四鵬が結鬼だからって……、二度と会えないなんて……、そんな事ないよね。ずっと一緒にはいられないというだけで……、ねぇ、四鵬……約束だよ」
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