奇夜に結ぶ鬼

蓮華空

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 洗い終わった髪をタオルでくるみ、卯月は立ち上がった。

 白い肌に張り付いた水滴は、月明かりに照らされ、きらきらと輝きながら、肢体の曲線に沿って流れ落ちた。

 空には白い月が浮かび上がっている。
 卯月はそれを見上げ、一息つきながら湯気の立ち込める露天風呂に足を踏み入れた。

 深夜12時。しんと静まり返った誰も居ない湯舟に足を伸ばすと、気持ちもだんだん落ち着いてきた。

 就職して2ヶ月。帰来島を出て霧島の老舗旅館に就職したが、長年住み慣れた場所を離れてみると、どうしても島が恋しくなって、連休をもらいこの旅館へとやって来てしまった。

 羅遠家に寄るか寄るまいか、1日中悩んで、結局は顔を出すことも出来ず、島の空気を懐かしむだけで終わった。

 卯月は溜め息を付き、水面に映った月を見つめた。だが、突然。月明かりを遮る黒い影が横切ったかと思うと、目の前に風と共に舞い降りた2つの影があった。

 卯月は悲鳴を上げた。

 突然、女湯に男が二人。それも外国人と思われる長身の男が立っているのだ。

 一人は黒髪をオールバックにし、緑色の瞳が印象的な端正な男だった。三つ揃いのスーツが様になっているが、こんな所に突然現れる格好ではない。

 もう一人は驚くほど美しい顔をした男だった。こちらも高級そうなカシミアの黒コートを羽織り、シルクのようなプラチナの髪を靡かせている。紫の瞳は宝石のように綺麗だったが、身の毛もよだつほどの冷たい表情をしていた。

 卯月は自分の身を抱くようにして、湯船の中で丸くなった。髪をくるんだタオルを手解き、何とかしてそれで前を隠す。

「な、何ですか? あなた達……。ここは女湯です! 早く出て行って下さい!!」

 何とか口にしたが、声が震える。日本語が通じる相手なのだろうか……?

 案の定、目の前の二人は卯月の言葉には全く動じず、知らない言葉を使って話し込んでいる。その間も、二人の視線はずっと卯月を見ていた。

 卯月はゆっくりと湯の中を移動し、出口に一番近いところまで来た。すると、男達もこちらにやって来たので、卯月はまた反対側に移動し、悲鳴を上げた。

「誰か、助けて!!」
 
 大声を出した途端、黒髪の男が素早く卯月を捕らえた。

 直ぐに悲鳴を上げようとしたが、後ろから口を塞がれ為す術もない。

 持っていたタオルは足元に蟠り、卯月の肢体は男達の前に晒された。
 
『何なんだ? この女は……。こんないい香り……未だかつて嗅いだことがない……』

 黒髪の男が背後で呻くと、男の吐息が耳元に当たり、卯月は身震いした。体を芋虫のようにくねらせ抵抗したが、男の強靭な腕は微動だにしない。自身の運命を予感して、卯月の目から涙が溢れる。そして、男の唇が首筋に張り付き、プツンと肌を食い破る痛みを感じた。──その瞬間、丹田から熱いものが込み上げてきて、全身に鳥肌が立つ。

(──この感覚は?!)

 幼き頃の記憶が甦り、卯月の体は官能に震えた。だが、次の瞬間、もう一人の金髪男が黒髪の頭を鷲掴みにし、引き剥がした。安堵した卯月はその場に踞り、もう一人の金髪男を仰ぎ見て愕然となった。

 瞳が赤光を放っている。

 そして、金髪男の唇から微かに見え隠れしているものは、白い乱杭歯だった。

(──まさか?!)

 卯月は黒髪男に視線を移した。すると、その瞳も金髪男と同じ赤光を放っていた。

(──この二人も結鬼?!)

 卯月の脳内で瞬時に紅砂の姿が思い浮かんだが、目の前の男達は、紅砂とは似ても似つかない狂気を孕んでいた。



『はしたないぞ、キース。こんな田舎娘にいきなり噛みつくなど、何を考えている?』

 金髪の男がまた何かを言っているが、卯月には何を言っているのかさっぱり分からない。

『罠でも構わないとさっき言った筈ですが?』

 黒髪は口許を拭いながら答えた。

『アドリエン様だって、血に飢えた目をしてますよ。この女の血に欲情してますよね?』

 黒髪の言葉に金髪は顔を歪めた。嫌悪感を露にしているが、図星なのか反論する様子はない。

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