奇夜に結ぶ鬼

蓮華空

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 つまりは結鬼の世界には喰うか喰われるかしかないと言うことになる。

 四鵬は身震いした。半分とはいえ、自分にもその血が流れていて、半分はその理論の中で生きなければならない。だとしたら、人間性を捨てなければ生きていけないということだ。

 だが、四鵬は躊躇していた。

 だからといって、人の形をした者に、自分はそんな残虐な行為を出来るのか。

 そんな迷いがあったせいで、卯月を救うタイミングが遅れてしまった。

 四鵬は腕の中の青白い顔をした卯月を見て胸を痛めた。

(もっと早くに俺が対処していれば、卯月をこんな目に遭わせなくて済んだのに……)

 後悔と共に、残虐な高位結鬼に対する怒りが増した。

 次からは甘さを一切捨てなければ!!

 四鵬の中で固い決意が膨れ上がった。

◇◇◇


 龍一は紅砂に言われた通り、身の毛もよだつ後処理に追われていた。

 首なし胴体に薬品をかける作業は十分に注意しながら行った。一滴でも自分の肌に触れたら、そこから直ぐに腐敗が始まる。勿論、紅砂はそれなりの防護衣を渡してはくれたが、不死身の高位結鬼がどう動くか分からないから、それなりの覚悟はしておくようにと言われた。

 蒸気を上げながら溶けていく肉塊を見詰めながら、龍一はかつてのアドリエンの姿を思い出した。

 耀く金髪と美しい肢体をした男が、今では肉を溶かされ、白い骨が剥き出しになっていく。

 そんな姿になりながらも、骨となった白い指は、龍一を掴むように空を切っている。

 龍一はゆっくりと背にしたハンマーを取り出し、容赦なくその手を砕いた。だが、森の中の地面は養分を多く含み、柔らかいせいか、思ったより粉々にはならない。龍一は続けてハンマーを打ち下ろした。

 それでも所々蠢く細胞がやけに気味が悪い。

「ふざけるなよ……紅砂の奴……。砕いてもまだ動くじゃないか!こんな奴……どうやって退治するっていうんだ?」

 やけくそになってハンマーを振り回しているうちに、龍一は周囲の警戒を怠ってしまった。

 いや、龍一はそれでも何かしらの気配には気を配っていたはずだった。

 それは何者かが只者ではないことを表していた。ゆっくりと龍一に近付いている影を彼は察知出来なかった。

「随分、楽しそうに……僕の肉体を壊しているな……」

 怨念の篭った低い声に、龍一は驚いて振り向いた。

「どうしましょうか? アドリエン様。私の首もまだ完全に繋がっていませんし、この人間を人質にして、後は出直しましょうか?」

 龍一の前に立ち塞がったのは、旅館で首をアドリエンに跳ねられた筈の男。キース・オーランシュだった。

 彼は左手で自分の首を支え、右手にはアドリエンの首を持っている。

「人質? 何を言っている。こいつは手足をもいで血祭りにしろ!」

「……だってさ。悪いね、君。ここで死んでくれる?」

 キースとアドリエンの瞳が同時に赤光を放った。

 龍一は戦慄と共に退いた。

 龍一がハンマーを捨てるより早く、キースは龍一の前に踏み出していた。

 赤く光る目と、乱杭歯が網膜に焼き付き、背筋が凍る。

 動きそのものが人間のものではありえない。

 鋭い乱杭歯が迫ってきて、絶体絶命と思えたその時、キースの胸の中心部から銀色の刃が生えてきた。それはあきらかに心臓を一直線に貫いていた。

「──ゴフッ!」

 血泡を吐いて停止したキースは、ゆっくりと刃の刺さった自分の胸を見て、不気味に微笑んだ。そして、仰け反るように首を後ろに曲げ、背後に立つ新たな敵の姿を確認する。

「おやおや、この島では随分と過激な歓迎をしてくれるんですね」

 キースは振り返って、そこに立つ、黒い着流し姿の紅砂に一礼した。

「初めまして。キース・オーランシュと申します」

 対する紅砂も丁寧な一礼を返す。

「遠路はるばるようこそいらっしゃいました。──と、言いましても、歓迎出来る客ではありませんけどね」

 諦念したような紅砂の言葉に、アドリエンが牙を剥く。

「おのれ!羅閻!!ついに現れたか!!」

 居丈高に叫んだが、首だけになったアドリエンなど、今のところ恐れる事はない。

「お久し振りですね。アドリエン。以前、出会ったのは500年前のロンドンでしたっけ?」

「パリだ、パリ!!」

「失礼しました」

 紅砂は静かに一礼して詫びた。

「そんなことより」と言ってキースが会話を繋いだ。

「さっきから初対面の筈なのに、あなたを見ていると、心の底から憎しみが沸き上がってくるのですが、これは一体どういうことでしょう?」

 キースがもう我慢出来ないという風に、体を震わせ、目を細めた。

「愚問ですね。感じたままですよ」

「……貴様……女に手を出したのか……?」

 地獄の底からやって来る呪詛のような声を絞り出したのはアドリエンだ。

「人聞きの悪い言い方しないで下さい。求められたから応じただけです。──ほら、僕は貴方達と違って野蛮な真似はしませんから」

 そう言って二人を煽るように微笑むと、アドリエンとキースの瞳が怒りで赤光を放った。

「貴様……生かして還さん!!」

 動き出したのはキースが先だった。だが、キースが紅砂に攻撃を加えるより早く、紅砂は身を屈め、そのまま地中へと消えた。

 その場所にキースはすぐさま佇み、地面を確認した。黒い大地の質量に変化はない。だが、さっき紅砂が身を屈め、ビルから飛び降りるかのように地中へと吸い込まれた筈だった。
 キースは首を捻って周囲を見回した。
 そこには龍一の姿すら見えなくなっていた。

「どうなっているんだ?」

「バカが!何を逃しているんだお前は!!」

 アドリエンがキースの手の中で吠えた。

「低位結鬼は逃げ足が速いというのは本当なんですね」

「暢気なことを言ってる場合じゃない!探せ!!」

「では、二手に分かれましょう」

「お前……何を言っているんだ?」

 今のアドリエンは首だけであった。

「首だけあれば十分でしょう。──ほら、少しずつ体も再生しているし、大丈夫でしょう」

 そう言ってキースはアドリエンの首をぐちゃぐちゃになった胴体へと放り投げた。こうなると主従関係も糞もないようだった。

「では、私はあちらの方を捜してきます。ご武運を……」

「おい!こら待てキース!!キース!!」

 アドリエンの叫びもキースの耳には全く入らなかった。

 紅砂の姿が忽然と消えた今、あんな奴より女の存在がキースには気になった。

 結鬼唯一の女。

『私はあの女が欲しい……』

 キースは乱杭歯を剥き出しにして、卯月の匂いのする方へと向かった。



◇◇◇◇◇

  紅砂は作戦の宛が外れて焦っていた。

 自分が姿を表し、奴らを煽るだけ煽って目の前から姿を消せば、奴らはきっと自分を追って来ると思っていた。だが、それは500年前から因縁のあるアドリエンになら通じる事であって、もう一人の男、キースには全く通用しなかった。

 キースは紅砂には目もくれず、真っ直ぐ卯月の方へ向かって行く。

 仕方なくアドリエンの事は龍一に任せるとして、直ぐ様キースの後を追った。

 追うと行っても紅砂の使っている通路は1000年以上前に作られた地下通路だった。今、卯月達が使っている道も同じ地下通路だ。東に向かって海に出たら瀬菜は村外れの灯台へ行き、そこで待機。四鵬は卯月を連れて海を渡るように言いつけている。

 本来なら卯月は島ではなく、本土の霧島に居るはずであった。なのに何故、島の旅館に一人で宿泊していたのか……?

 紅砂は唇を噛み締めた。

 卯月の想いを紅砂はよく理解していなかったのかもしれない。

 忸怩たる思いで紅砂は急いで東に向かった。

 四鵬が卯月を連れて海を渡るまで、なんとしてもキースを阻止しなくてはならない。

 しかし、相手は高位結鬼。策もなしにまともに戦っては勝ち目がない。

 紅砂は仕方なく奏閻に連絡を取った。

 奏閻は今、霧島の別荘に蘭武やコンラッドらと共にいる。そこから卯月を連れた四鵬を援護してもらおうと思ったのだ。

「なんだい?」

 迷惑そうな奏閻の声が耳に響く。嫌な予感しかしない。

「こんな時間に悪いんですけど、父さんにお願いがあります!!」

「やだね」

「やだとか言ってる場合じゃないです!!今すぐ帰来島に向かって下さい!!四鵬が傷付いた卯月を連れてそちらに行きます!!」

「はあ~?!なんで卯月の姉ちゃんがそっちに行ってるんだ?お前……卯月ちゃんが勤める旅館に結界を張った筈だろ?」

「そうなんですけど、知らないうちに卯月がこっちに来ていて、奴らに存在がばれたんです。これ以上、卯月を傷付ける訳にはいきません!!」


 
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