暗い記憶が導く場所へ

蓮華空

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プロローグ

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 汚いものには蓋をしたくなるものだ。

 特にそれが自分の手に余るどうしようもないものだと、汚れを落とすより、蓋をした方が簡単だからだ。

 僕がその事に気付き始めたのは幾つの時だったろう。

 清潔な家に住み始めて、自分で掃除が出来るようになった頃かもしれない。

 ごちゃごちゃとした物を収納し、要らない物を捨てれば、気持ちがすっと落ち着いた。

 けれどその度に、4歳まで母と暮らしたゴミだらけの小さなアパートを思い出す。




 母はいつも、シーツや毛布を僕の頭に被せた。
 
 僕にとっても母に抱かれるより毛布に包まれている方が落ち着いた。

 部屋の隅に置かれている大量のゴミ袋と一緒にそれらに埋もれていると、母は僕の存在を忘れた。

 そんな母親を世間では酷い親だと罵るが、僕はそれでも良かった。

 しかし、母の顔はいつも苦し気で、深い皺を眉間に刻んでいた。

 
 そんなある日。

 母は僕を連れてタクシーに乗った。
 どこに行くのか知らされないまま、かなりの距離を走った。

 僕はなんだか嫌な予感がしていた。
 だから、流れていく景色を見つめながら、僕は頭の中でお母さんにずっと語りかけていた。

「お母さん、ごめんなさい。
 きっとお母さんは僕のことが嫌いなんだ。
 僕がお母さんに抱かれると暴れちゃうから……

 そんな息子、嫌に決まってるよね。
 でも、どうしようもないんだ。

 だって、お母さんが僕に触れると、とても怖い場面が頭に浮かぶんだ。
 それは、赤ちゃんだった頃の僕が、お母さんの手によって布団に落とされてる姿が見えるんだ。

 時には口を塞いで息が出来ないようにしたり、泣いて泣いて泣き通している僕をほったらかしにしていたり……。
 だから、お母さんに触れられるのが僕は怖いんだ。

 お母さんが触れてくる度に、お母さんは僕を愛していないってわかるから……」





「自閉症って診断されてたの」

 母は手首にリードを付けた僕を連れて、背の高い青い瞳のお爺さんに向かってそう言った。

「私にはもう……この子と暮らすことは無理」

 母の震えるような声が僕の頭上から聞こえた。

「そうか」

 青い瞳のお爺さんが短く答えると、母は僕を繋いでいたリードをお爺さんに渡して去って行った。

 ──僕は遂に捨てられてしまった。

 母と暮らしていた部屋で、僕を囲んでいたゴミ袋と自分が重なる。

 ──僕はやっぱりいらないんだ。そうか……いらないんだ。

 僕の瞳から涙が零れた。

 使い物にならない僕でも、部屋の隅でゴミと一緒でもいいから、ずっとお母さんの側に置いて欲しかった。

 ──お母さん、ごめんなさい。ゴミみたいな子で本当にごめんなさい。

 
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