暗い記憶が導く場所へ

蓮華空

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本編 イザヤside1

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 あれはイザヤが12歳の時だった。
 母親の内縁の男にイザヤは初めてレイプされた。母親がそれを知った後は、母親から「淫売」と罵られ、母親の呼び込んだ男共に身体を売られた。

 本当にむかつく女だ。端から母親に期待なんかしちゃいないが、堕ちるところまで堕ちた母親の酷い姿に、怒りしか沸かなかった。
 
 酷い目に遇わせても反抗しかしないイザヤが気に食わなかったのか、母親は次第に男の数を増やしていった。
 一度に複数の男に押さえられ、殴られ、ぐちゃぐちゃにされた時は、流石に恐怖で身も心も思うように動かなくなった。

 まるで生きたまま内臓を喰われていくような感覚。

 全身を走る痛みと、薄ら笑いを浮かべる男達の獣のような目。
 
 奴等は獲物に感情や痛みがあるとは思いもしない。

 ただ、自分の欲望のまま、噛みつき、傷付け、食らい尽くして、心だけでなく肉体すらも、この世から跡形もなく抹消させていく。

 ──弱肉強食の無惨な敗者の末路。

 そんな感覚にイザヤは恐怖した。

 それ以来、複数に囲まれて襲われる事をイザヤは極度に恐れた。

 身体は硬直し、手足も思うように動かない。思考も停止する。呼吸すらも苦しくなって、やがて意識さえも遠退く。

 その症状がさらに恐怖を増強させ、果てしのない苦痛と恐怖が永遠に続くような気がした。

 イザヤは頭を抱えた。

 暫く、あの時の事は忘れていたのに……。

 先程の陶也の症状を思い出すと、まるで自分を見ているようだった。

 今、そんな事を思い出したくないのに──。

 イザヤは次第に呼吸が短く浅くなってくるのを感じた。

 ──やばい、やばい、やばい。──バカ野郎!今、思い出すな。消えろ!消えろ!消えろ!!

 イザヤは自分の頭を叩いた。

 治まらない。

 それどころかますます呼吸が苦しくなり、手足の震えも激しくなる。

 焦れば焦るほど、時計の音だけがやけに大きく聞こえた。

 イザヤはドン!と床に膝を着いた。

 ──うつ伏せになって、腹式呼吸。

 イザヤは呼吸に集中した。

 すると、コンコン、と部屋をノックする音が聞こえた。

「あの……」

 陶也の声だ。

 イザヤは身を起き上がらせ、ドアの方へと進む。

 大丈夫そうだ。

「何?」

 ドアを薄く開けると、そこには風呂上がりなのか、髪を濡らしたままの陶也が立っていた。

 石鹸の、いい香りがした。

「物音がしたから、まだ起きてらっしゃるんだと思って、これを……」

 ブランケットとその上に何だか色々な物が、ごちゃごちゃと乗っていた。

「何、これ?」

「安眠グッズです。アメリカから突然環境が変わって、眠れなくなると大変だから持ってきました。良かったら使って下さい」

「安眠グッズ??」

 イザヤはすっとんきょうな声を上げた。

「自閉症は中々寝付けないことが多いので、色々持ってるんです」

「随分いっぱいあるな。これは何のドラッグ?」

 小瓶が幾つか入った箱を指差して訊いた。

「ち、違います!アロマオイルです!香りは好みがありますから色々選べるように全部持ってきたんです」

「ふーん。じゃあ、これは?なんのCD?」

「さざ波の音とか入ったリラクゼーションCDです」

「じゃあ、これは?」

 イザヤはサクサクと中に何かが入った掌サイズの布袋を手にする。いい香りがした。ラベンダーかな?

「アイマクラです。これはただ、目の上に乗せるだけのやつですが、こっちの紫のはウォーマー機能がついてて、疲れた目を温められます」

「で、これは耳栓だよな?……お前……CD持ってきて耳栓もって、矛盾してるだろ」

 イザヤはとうとう可笑しくなって笑ってしまった。さっきまでの身体の震えが嘘のようだ。また陶也に感謝しなくては……。

「だ、だから、それはどっちか好きな方を選んで貰うために両方持ってきただけです!」

 頬を染め、語気を荒げながら弁解している陶也がとても愛らしくて、イザヤは笑いがおさまらなくなった。そんなイザヤの姿が不愉快なのか唇が少しずつ尖ってくる。その顔がまた可愛い。

「でも、僕のお勧めはこのチェーンブランケットです!」

 陶也が自信満々で勧めてきた。

「ほう!こいつは何がすごいんだ?」

「なんと!重さ8kgのチェーンが中に入っているんです!」

 イザヤは首を傾げた。

「だから、なに?」

 意味がわからない。

「それがすごく安らぐんです!チェーンだから身体にぴったりフィットして、適度な重みで包み込まれる感じがしてすごく気持ちいいんです!これは僕がまだここに来たばかりの頃、中々寝付けなかった僕にお爺ちゃんが買ってくれたものなんです。僕は人に触れる事が出来なかったから、誰にも抱き締めてもらえなくて、いつも不安感が強かったんです。そんな時、これに包まれていると何だか安心できてよく眠れました。だから、絶対、これなら安眠できます!是非、使ってみて下さい!」

 うるうるとした黒瞳で陶也がこちらを見てくる。

 イザヤの胸に温かいものが広がっていく。

 不思議だな──。

 陶也が目の前に居ると、刺々していたイザヤの心が自然と穏やかになる。

 この感じはあの時に似ている。

 イザヤの脳裏に、幼い頃に出会った日本人女性の姿が浮かんだ。陶也とその女性はどこか雰囲気が似ている。特にイザヤを見詰める優しい瞳や醸し出す空気が、イザヤの心を穏やかにさせる。

「ありがとう。だけど、これを俺が使ってもいいのか?爺さんがくれた大事な物なんじゃないのか?」 

「もう一枚あるから大丈夫です」

「そっか、本当に色々と気を使わせて悪いな」

「いいえ、僕はただ、イザヤさんがここで、ゆっくりと心と身体を休ませて、癒されてくれたら、それだけで嬉しいんです」

 その言葉を聞いた瞬間、イザヤの心で水泡のようなものが弾けた。長い間、乾ききった大地に、地の底から清らかな水が涌き出て、辺りを潤わしていく。イザヤの中で何かが変化していき、目の前にいる陶也からとても温かいものが流れ込んできた。

 イザヤは不思議に思い、陶也をじっと見詰めた。そして、陶也の白くて細い首筋を眺めた。とても綺麗だと思った。陶也の濡れた髪も、儚く光る黒瞳も、薄く開けた桜色の柔らかそうな唇も──。

 ──ゴッツ!!

「痛っ、て……」

「だ、大丈夫ですか?」

 イザヤは額を押さえた。ドアの枠に頭をぶつけたのだ。

「すいません、日本の家って出入口が低くて、長身のイザヤさんには過ごし難いですよね」

 陶也がおろおろしている。

「いや、別に……反って良かった」

「え?」

 ──俺は今、何をしようとした?

 イザヤは思わず口許を手で押さえた。

(陶也に触れたらまたさっきのような症状が出るというのに……)

 これは危険だ。
 
 このままでは自分が陶也を襲い兼ねないと感じたイザヤは、ありがとう、と素っ気なく言って、安眠グッズをさっさと受け取り、陶也に、おやすみ、と軽く言って追い返した。

 追い返した後も何だか落ち着かず、イザヤの胸は高鳴っていた。手には陶也から渡された安眠グッズ。

 こんなにいっぱいよく集めたもんだと思う。

 早速、陶也お勧めのチェーンブランケットを纏ってみた。確かに程よい重みが何故かとても癒される。

 陶也の優しさに包まれているような感じがして、目頭が熱くなった。

 気に入った香りのアロマオイルを選び、リラクゼーションCDを流し、更にアイマクラを目の上に乗せた。
 どれもがイザヤの事を想って陶也が持ってきてくれたものだ。そう思うだけで、イザヤは沢山の宝物を貰ったような気がした。

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