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陶也side1
42 陶也side
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【陶也side】
陶也は義正の手を借りて、何とか休憩所の座敷に身を横たえた。
「大丈夫、陶也くん?こんな足元も覚束なくなる程なんて、小学生の頃以来じゃないの?」
「はい。でも、大丈夫です。暫く横になれば落ち着くと思いますから、義正さんはゆっくり休憩を取って下さい」
陶也は手の甲でずっと赤くなった顔を隠していた。これは人に触れた時の症状というよりイザヤの口付けによる余韻が大きかった。
「じゃあ、僕はここの障子を閉めて、土間で休憩取ってるから、何かあったら遠慮なく言ってね」
「はい。有り難うございます」
六畳間の空間に一人だけ取り残されると、身体に残されたさっきの熱が再び上昇する。 陶也は自分の唇に手を当てた。
ここに――、イザヤの唇が重なった。自分から重ねて行ったとはいえ、その後は――。
口の中に進入してきたイザヤの舌の感触を思い出すと今でも頭の中が蕩けそうになる。何度も角度を変え、出入りを繰り返す舌の甘い感触に力がすっかり抜けてしまった。
イザヤは何であんなキスをしたんだろう?しかも、二度も。
人肌が好きだと言っていたが、それは陶也でもOKだという事?その前の蒔田さんとは何をどこまでしてたの?
――イザヤは人肌が好きなだけで誰でもいいんだ。
そんな思考が脳裏を過った瞬間、哀しみが身体を支配した。今はそんな事を考えてる場合ではないと、頭を振って染みったれた念を振り払った。
あんなタイミングでイザヤに想いを伝えるつもりはなかった。全てはイザヤの口から近々アメリカに帰るという言葉を聞いたからだ。その瞬間、パニックになった。自分がイザヤと離れたくないという気持ちもあったが、それ以上に、イザヤをアメリカに帰してはいけないという使命感が陶也にはあった。けれどもイザヤを引き留める理由が思い浮かばず、結局、好きだという自分の本心を言うしかなかった。
陶也は何があってもイザヤをアメリカに帰してはならないのだ。
それは亡くなったお爺ちゃんからも再三言われていた約束でもあった。
――イザヤを決してアメリカには帰さないで欲しい。
そして、
――イザヤの母親。サラ・フォスターには何がなんでも会わせてはいけない。
お爺ちゃんはその理由を明かさなかったが、陶也には全て解っていた。
何故なら陶也には、生まれつき普通の人には無い特殊な能力があった。その能力を使ってイザヤを見れば、イザヤがアメリカに戻って何をするつもりなのか、導き出される予想は母親の殺害という恐ろしいものだった。お爺ちゃんもきっとその事を懸念して、死ぬ間際にそんな事を陶也に約束させたのだ。
陶也は、人には絶対に知られたくない出来事や悪意に満ちた他人の記憶が、その人に触れた瞬間、見えてしまうという特殊な力を持っていた。例えるなら、フォルダ分けされ、圧縮し、人の目に触れないよう隠された記憶のフォルダが、陶也の身体に触れた瞬間、勝手にダウンロードされてしまうのだ。
幼い頃は他人の記憶に触れても、それが何だか分からない事が多かった。
ダウンロードされていく記憶が最初に恐ろしいと思ったのは母の記憶だった。きっと自分は産まれた時からその能力があったのだろう。母の記憶から見る限り、自分は常に泣いている子供だった。そして、泣けば泣くほど母の精神は追い詰められていき、ある時、母は強くではないにしろ、陶也を布団の上に落とした。自分を見る母の暗く冷たい目。
自分は母に愛されていない、そう思った。
時が経つにつれ、母の記憶から自分は父親にも拒絶され、母もろとも捨てられた事を知った。
――自分はいらない子供だったのだ。
そう思って、四歳の頃、見た記憶も含めて母にそう言ったら、母は半狂乱になった。 母はその記憶を他人の目からだけではなく、自分の中からも消し去りたいと強く願っていて、陶也もそれを幼いながら感じていたのに、それでも何故か自分は母にその事を伝えた。すると母は壊れた。それ以降、母から暴力を受ける事が多くなった。だから、陶也は自分の力の事は誰にも話してはいけないのだとその時悟った。
母との事もあり、陶也は人に触れられるのを余計に怖がるようになった。
そもそも陶也にインプットされる他人の記憶は、他人が人には知られたくないと思っている事ばかりなのだ。それが勝手に陶也に知らていると知った人間が陶也をどうするのか?考えただけで恐ろしかった。母のように暴力を振るうかもしれないし、下手したら殺されてしまうかもしれない。だから、陶也は人に触れられるのを極端に怖がった。そして、大人達に理由を訊かれる度に恐ろしさで震えた。
いつしか自閉症というラベルが、自分に張られると、陶也はいくらか安心した。
大人達はそれ以降、自閉症だからと言えば、他人に触れられるのを極端に嫌う陶也を不思議に思うことはなくなった。
しかし、今度は虐待という形で周囲から疑われる事が多くなった。いつもビクビクと人に触れられる事を恐れ、しかも最も恐れた相手が母親となると、周囲は母の、陶也に対する虐待を疑った。事実、母のストレスがピークに達すると、陶也は何度か首を絞められたり、口を塞がれたりした。そして、その度に泣き崩れる母の姿を陶也は見ていた。そして、遂に母は耐えきれなくなって、陶也を祖父の元へやった。
ーー悲しかった。
陶也が四つになるまで、時に暴力を振るう事もあったが、何とかして陶也を育てようと奮闘して、悲しい笑顔をしながらも、おもちゃを買ってくれたり、絵本を読んでくれたり、おやつを作ってくれたりもした。そんな母の気持ちに添えず、自分はずっと母を恐れ続けた。その結果が母との別れだった。
陶也は義正の手を借りて、何とか休憩所の座敷に身を横たえた。
「大丈夫、陶也くん?こんな足元も覚束なくなる程なんて、小学生の頃以来じゃないの?」
「はい。でも、大丈夫です。暫く横になれば落ち着くと思いますから、義正さんはゆっくり休憩を取って下さい」
陶也は手の甲でずっと赤くなった顔を隠していた。これは人に触れた時の症状というよりイザヤの口付けによる余韻が大きかった。
「じゃあ、僕はここの障子を閉めて、土間で休憩取ってるから、何かあったら遠慮なく言ってね」
「はい。有り難うございます」
六畳間の空間に一人だけ取り残されると、身体に残されたさっきの熱が再び上昇する。 陶也は自分の唇に手を当てた。
ここに――、イザヤの唇が重なった。自分から重ねて行ったとはいえ、その後は――。
口の中に進入してきたイザヤの舌の感触を思い出すと今でも頭の中が蕩けそうになる。何度も角度を変え、出入りを繰り返す舌の甘い感触に力がすっかり抜けてしまった。
イザヤは何であんなキスをしたんだろう?しかも、二度も。
人肌が好きだと言っていたが、それは陶也でもOKだという事?その前の蒔田さんとは何をどこまでしてたの?
――イザヤは人肌が好きなだけで誰でもいいんだ。
そんな思考が脳裏を過った瞬間、哀しみが身体を支配した。今はそんな事を考えてる場合ではないと、頭を振って染みったれた念を振り払った。
あんなタイミングでイザヤに想いを伝えるつもりはなかった。全てはイザヤの口から近々アメリカに帰るという言葉を聞いたからだ。その瞬間、パニックになった。自分がイザヤと離れたくないという気持ちもあったが、それ以上に、イザヤをアメリカに帰してはいけないという使命感が陶也にはあった。けれどもイザヤを引き留める理由が思い浮かばず、結局、好きだという自分の本心を言うしかなかった。
陶也は何があってもイザヤをアメリカに帰してはならないのだ。
それは亡くなったお爺ちゃんからも再三言われていた約束でもあった。
――イザヤを決してアメリカには帰さないで欲しい。
そして、
――イザヤの母親。サラ・フォスターには何がなんでも会わせてはいけない。
お爺ちゃんはその理由を明かさなかったが、陶也には全て解っていた。
何故なら陶也には、生まれつき普通の人には無い特殊な能力があった。その能力を使ってイザヤを見れば、イザヤがアメリカに戻って何をするつもりなのか、導き出される予想は母親の殺害という恐ろしいものだった。お爺ちゃんもきっとその事を懸念して、死ぬ間際にそんな事を陶也に約束させたのだ。
陶也は、人には絶対に知られたくない出来事や悪意に満ちた他人の記憶が、その人に触れた瞬間、見えてしまうという特殊な力を持っていた。例えるなら、フォルダ分けされ、圧縮し、人の目に触れないよう隠された記憶のフォルダが、陶也の身体に触れた瞬間、勝手にダウンロードされてしまうのだ。
幼い頃は他人の記憶に触れても、それが何だか分からない事が多かった。
ダウンロードされていく記憶が最初に恐ろしいと思ったのは母の記憶だった。きっと自分は産まれた時からその能力があったのだろう。母の記憶から見る限り、自分は常に泣いている子供だった。そして、泣けば泣くほど母の精神は追い詰められていき、ある時、母は強くではないにしろ、陶也を布団の上に落とした。自分を見る母の暗く冷たい目。
自分は母に愛されていない、そう思った。
時が経つにつれ、母の記憶から自分は父親にも拒絶され、母もろとも捨てられた事を知った。
――自分はいらない子供だったのだ。
そう思って、四歳の頃、見た記憶も含めて母にそう言ったら、母は半狂乱になった。 母はその記憶を他人の目からだけではなく、自分の中からも消し去りたいと強く願っていて、陶也もそれを幼いながら感じていたのに、それでも何故か自分は母にその事を伝えた。すると母は壊れた。それ以降、母から暴力を受ける事が多くなった。だから、陶也は自分の力の事は誰にも話してはいけないのだとその時悟った。
母との事もあり、陶也は人に触れられるのを余計に怖がるようになった。
そもそも陶也にインプットされる他人の記憶は、他人が人には知られたくないと思っている事ばかりなのだ。それが勝手に陶也に知らていると知った人間が陶也をどうするのか?考えただけで恐ろしかった。母のように暴力を振るうかもしれないし、下手したら殺されてしまうかもしれない。だから、陶也は人に触れられるのを極端に怖がった。そして、大人達に理由を訊かれる度に恐ろしさで震えた。
いつしか自閉症というラベルが、自分に張られると、陶也はいくらか安心した。
大人達はそれ以降、自閉症だからと言えば、他人に触れられるのを極端に嫌う陶也を不思議に思うことはなくなった。
しかし、今度は虐待という形で周囲から疑われる事が多くなった。いつもビクビクと人に触れられる事を恐れ、しかも最も恐れた相手が母親となると、周囲は母の、陶也に対する虐待を疑った。事実、母のストレスがピークに達すると、陶也は何度か首を絞められたり、口を塞がれたりした。そして、その度に泣き崩れる母の姿を陶也は見ていた。そして、遂に母は耐えきれなくなって、陶也を祖父の元へやった。
ーー悲しかった。
陶也が四つになるまで、時に暴力を振るう事もあったが、何とかして陶也を育てようと奮闘して、悲しい笑顔をしながらも、おもちゃを買ってくれたり、絵本を読んでくれたり、おやつを作ってくれたりもした。そんな母の気持ちに添えず、自分はずっと母を恐れ続けた。その結果が母との別れだった。
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