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2020年

年越し後の夜中に一体何が?(松野さん編 前編)

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 「眞名井ちゅわ~んと松野さんは、空いている部屋を使ってくれじゃ~!」
 「…………そうね。そうしましょう」
 「…………松野も、分かったかなぁ~」
 
 ヒロサダに促されて、2人は中国へ修行に行って空いている姐御の部屋に向かった。
 
 『それにしても、眞名井ちゃんがヒロサダ君からすぐに引き下がったのは、松野意外に思ったかなぁ~。眞名井ちゃんのことだから、ダメって言われてもヒロサダ君にしがみついて離れなさそうなのに、びっくりかなぁ~。松野もヒロサダ君と一緒がよかったけど、あいつがいたから、諦めるしかなかったかなぁ~』
 心の中で呟く松野さん。【あいつ】というのは、もちろん珈琲麻呂こひまろのことだ。

 「どうしたの松ミョン?そんなに黙り込んじゃって」
 「ま、松ミョンって、松野のことなのかなぁ~?」
 「そうよ!私達の仲なんだから、そろそろニックネームで呼び合いましょ!」
 数時間前、年越し煮麺にゅうめんをどちらがヒロサダと共有して食べるかを争っている時(結局どちらもヒロサダの煮麺を共有する事はできなかったが)、ヒロサダを巡ってこれほどの争いは初めてだった眞名井ちゃんは、松野さんに対して恋敵こいがたき以上に、親友と呼べる程の友情を感じていた。
 「………松野、悩むかなぁ~」
 ニックネームで呼ばれるのは初めての松野さん。【松ミョン】を気に入っているかどうかはさておき、自分は友だちをニックネームで呼んだことがなかったので、眞名井ちゃんにぴったりのニックネームがすぐには思いつかなかった。

 「じゃあ、部屋に着くまで何か一つでもいいから言ってみてちょうだい!」
 姐御の部屋までフローリングは2mほどしか残っていない。

 焦った松野さんは、クラスの男子が眞名井ちゃんのことを【ブルペン女子】と言っていることを思い出し、とっさに、
 「ま、眞名井ちゃんは皆から【ブルペン女子】って呼ばれているのかなぁ~」
 と発した。姐御の部屋のドアノブに手がかかる寸前だった。

 「………………………そうよ」
 元気のない返事に、聞いてはいけないことを聞いてしまったのではないかと思った松野さんは顔が青ざめかけた。眞名井ちゃんはそれに続けて、
 「………確かに【ブルペン女子】って呼ばれているわ。でもね、松ミョン。どんなに良いニックネームがあってもね………………………」
 その続きをなかなか発さない眞名井ちゃん。松野さんにはこの間が怖かった。
 「でもね………………、ヒロサダ君に呼ばれなきゃ意味がないじゃない!!!!!!!なんでヒロサダ君は私のことをニックネームで呼んでくれないのよ!!!ムキィーーーーーーーーーーっ!!!!」
 両手両足を激しくジタバタさせながら、眞名井ちゃんは叫んだ。その反応が、ヒロサダにぞっこんのいつもの眞名井ちゃんだったため、少し安心した松野さん。ヒロサダも眞名井ちゃんにぴったりのニックネームを探し求めるのはいいが、眞名井ちゃんのためにも早く見つけてあげたほうがよい。
 
 「そ、そんなに大切に思っているニックネームを、松野なんかが考えていいのかなぁ~………………」
 「いいのよ松ミョン!。もう私たちはただのクラスメートじゃないでしょ?。ヒロサダ君の家にお呼ばれされた、宇宙上でたった2人の女子なんだから!!!!」
 「……ま、……【まなりん】………………かなぁ~……」
 とっさにそう口走っていた松野さん。
 「【まなりん】………………、いいじゃない!!!私が求めていたのはこういうことよ!!!松ミョン!!!」
 「ま、まなりん~」
 ヒロサダの家で、2人の友情が深まった。

 「じゃあ松ミョン、そろそろ部屋に入りましょうか!」
 「まなりん、そうするかなぁ~」
 部屋の前で話していた2人は、ようやく姐御の部屋に入った。



 「……………ねぇ松ミョン、この部屋暑くない???」
 「………………ま、松野も暑いと感じるかなぁ~」
 ヒロサダの友だちとして女の子が泊まりに来ると知った母ちゃんは、彼女たちにいい加減なもてなしはできないと思ったのか、2人の入った姐御の部屋には最新の暖房器具がこれでもかというくらい並べられていた。
 轟々ごうごうと炎を燃やす3台のストーブ。設定温度30度の暖房エアコン。そして4台の石油ファンヒーター。さらに空気の乾燥を防ぐための加湿器2台。その熱気により、部屋の空気はグラグラと揺らめいている。

 「松ミョン本当に寒くない???私暑がりだから。もし松ミョンが寒かったら、私、裸で寝るわ!!!」
 「ま、まなりん!!!松野も暑がりだから、脱がなくて大丈夫かなぁ~!」
 クラスの男子だったら、汗のかきすぎで脱水症状になってでも、「寒い!」といいそうなシチュエーションだが、松野さんも眞名井ちゃん同様暑がりだった。
 灼熱しゃくねつの部屋に暑がりの女子が2人という状況が把握できたので、眞名井ちゃんと松野さんは協力して暖房器具を全て消し、空気を入れ替えるため窓を開け換気した。少し寒いくらいの部屋で布団の中に入る。これほど幸せな時はない。

 「よし、早速、お布団敷きましょっか!」
 「うん。そうするかなぁ~」
 ヒロサダの母ちゃんにより、敷布団に毛布、羽毛布団、そして枕が旅館のようにまとめて積まれており、後は敷くだけだったのだ。

 「あれ、まなりん。その枕はどうしたのかなぁ~?」
 2人で布団を敷いている時、眞名井ちゃんは持ってきた荷物の中からマイ枕を取り出していた。
 「松ミョン、私、枕が変わると眠れないのよ~」
 「………………そ、そうなのかなぁ~」
 眞名井ちゃんの持ってきた枕は、一面に様々なヒロサダの写真がコピーされている枕カバーで覆われていた。ヒロサダのことが好きな者同士であるが、眞名井ちゃんのヒロサダ愛はこれほどまでかと、一瞬ひるんだ松野さんなのであった。
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