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4.出発

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「やだ~~~~!!やだ、やだっ、やだっ!!嫌だ~~~~!!!!」
「うるさいっ!」

 ガタガタと揺れる馬車の中で、マルべーの髪をくしゃくしゃにするのはラファイエット。嫌だ嫌だと、マルべーがどんなに泣き叫ぼうと、輿入れの日程は決まってしまった。

『これ以上の縁談は望めないっ! 頑張ってきなさい!!』

 書斎で暴れる息子の両手を握った父親の手は、力強かった。やっと光を見つけたと言わんばかりの顔。最後の末っ子が片付いて――清々した表情だった。

「何が頑張れだよぉ~~、あのクソ親父!」
「なっ……公爵様をっ! マルべーっ! 輿入れ前に直せって、家庭教師にあれだけ言われただろうっ?!」
「はぁ~? 俺とお前だけじゃん」

 輿入れの日、壮大なラッパ音と両親に見送られて、マルべーの馬車は国境に向かった。旅立ちから一日と半日が経った。そろそろマルべーの尻も限界だったが、馬車から覗く風景が変わっていくのが――マルべーを追い詰めた。

「ヤバいよ~、もうすぐ着くじゃん……」
「ここまで来たんだから諦めろ……それに……まだ殿下がどのような方か分からないだろう」
「いやいや、お前も読んだでしょ? あの手紙。なに? あれ? 報告書? 日報?」

 ラファイエットがため息を付いた。

「生真面目な方なんだよ」

 婚約が決まり、手紙での交流が始まった。マルべーは部屋で泣き叫ぶので、侍女がそれらしい褒め言葉と定型文を書いて送った。返ってきたのは、ティメオ殿下の一日の報告書。北の国境に在駐しているとか、辺境伯の世話になっているとか、そんなことばかり。

「こっちが野の花を摘んでおります~って書いてたら、だいたい普通『私が早く、貴方という花を手折りたい!』とか返信するべきでしょ。それなのに今日は騎士達が元気です。ですが医療物資が足りておりません、とか……会話する気ないだろ」
「……」

 ティメオは貴族の子女達が通う学園を卒業していない。幼い頃から騎士団に入り、今年二十歳で将軍になっている。

「それにハタチで未婚ってやばくないか」
「人のこと言えないだろ」
(お前もね!!)

 普通は幼少期からの婚約か、学園を卒業する頃には婚約者ができている。だがマルべーは虚言癖という悪評で、長年婚約者ができなかった。そこにカルロ王子との縁談が持ち上がり、両親は舞い上がったのだ――

「俺の噂だって聞いてるはずだろ」
「いや……アルテナードの陛下はご存じかもしれないが、殿下はどうだろう。ほとんど戦場にいらっしゃるから」
(あ~、王族の鼻つまみ者に、隣国で悪評立ってる公爵家の末っ子を嫁がせる……ホントにティメオって)
「やべー奴なんだな。最悪、吐きそう」
「お前ね……」

 窓を開けて、道路で嘔吐する。吐瀉物の臭いが漂ってきたのか、ラファイエットが顔を顰めた。

(ラファイエットは展開を知らないから、まだ恐ろしさを理解できてないんだ。俺は将来、ティメオに殺される悪妻ポジなんだよ???こんな悲劇ある???)

 キセハナの展開では、ティメオの宮廷惨殺事件は、悪妻の死から始まっている。それもアニメのナレーションでは「~悪妻の死後、ティメオは宮廷に乗り込み、皆殺しにした~」これだけだった。マルべーの死は、ナレーションで片付けられる運命なのである。

「まぁ……でも……ほら、手紙はお礼が書いてあっただろ……あと……なんか花が挟まってたじゃないか、そうだ、花が挟まってた!」
「シナシナのね、干からびて、ぺっしゃんこになった花ね」

 必死のフォローは、吐いたばかりのマルべーには届かない。甘い言葉を期待したら、救援物資が足りないなどと返信がきたのだ。

(あんなん、支援しろって遠回しに言ってるもんじゃん)

 マルべーは死亡フラグをできる限り避けたかった。親の金をふんだんに使い、救援物資を送った。返ってきたのは短いお礼と、なんかシオシオの青色の花。ラファイエットと二人で顔を見合わせた。

 最終結論。大人しくしないとこの花みたいになるぞと、ティメオからの警告だと受け取った。

「な~、やばくなったら逃げようって覚えてるよね?」
「……まぁ」
「頼むよ騎士様~。俺の味方、お前だけしかいないんだから」

 輿入れ前、付き添いが許可されたのはラファイエット一人。アルテナードの陛下から、早くアルテナードの文化になれて欲しい。女中などはこちらで手配する、などと書かれていた。

(監視じゃん)

 陛下の手紙の方が、ティメオより何倍も意図が読みやすい。長年付き従うラファイエットだけが、入城を許可された。

「まだどんな方か、分からないだろ」
「いや、あんだけ噂流れてんのに? お前、俺の噂は事実無根ですって否定できんの? 噂も馬鹿にならないよ」
「なんで説得力ある言い方するんだよ……」

 騎士が疲れたように「否定できない……」と呟くが、また吐きたくなったので聞き流す。もしかして嘔吐は出発前、小休憩での食べ過ぎか。
 固いパンに熱々の蕩けるチーズ、それに燻製肉を薄切りにしたのを、しこたま食べた。美味しかったのに、道路にびちゃびちゃ落ちていく。

「おい、大丈夫かよ」

 騎士が背中をさする。兄弟同然に育った騎士とは、出発前にある約束を交わした。『ティメオが噂通りの奴だったら、二人で逃げる』というものである。

(噂は本当なんだけどね。将来的に恐王となるやつだから)

「大丈夫、それより金はあるんだから。逃亡の道筋作っといてよ」
「分かった、分かったから。お前は吐き気を大人しくさせろ」

 出発前、両親には金貨銀貨、それに運営する事業の株も一部くれた。文句を言いながらも、息子に甘い両親は「もしものため」だと持参金とは別に、こっそり持たせてくれたのだ。

「少しは同情しろよ~。血も涙もない冷血漢、母親の腹を裂いて生まれてきた、北の異民族を殲滅した――」
「軍神だ」
「ものは言い様って、つくづく思うね」

(俺の虚言もエンターテイナーとかにならないかな~)

 やっと吐き気が治まってきた頃、国境の警備隊が見えてきた。制服が違うので、とうとう来てしまったかと、緊張が走る。
 馬車が止まり、ラファイエットが対応する中、マルべーは縮こまっていた。

(皆殺し、頭のイかれたサイコパス、愛を知らない獅子王ティメオ……)

 アニメの煽り文句を反芻する。今のとこ、キセハナのストーリー通りに進んでいる。このままでは、マルべーは神子とティメオが出会うための、ただの踏み台だ。

(死にたくね~~~~~!!!)

 馬車が石造りの門を潜り抜けていく。ちらりと獅子の紋章が見えて、マルべーは固く決意した。


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