異世界で婚約破棄されましたが隣国の獣人殿下に溺愛されました~もふもふ殿下と幸せ子育てパラダイス~

mochizuki_akio

文字の大きさ
4 / 47

4.出発

しおりを挟む

「やだ~~~~!!やだ、やだっ、やだっ!!嫌だ~~~~!!!!」
「うるさいっ!」

 ガタガタと揺れる馬車の中で、マルべーの髪をくしゃくしゃにするのはラファイエット。嫌だ嫌だと、マルべーがどんなに泣き叫ぼうと、輿入れの日程は決まってしまった。

『これ以上の縁談は望めないっ! 頑張ってきなさい!!』

 書斎で暴れる息子の両手を握った父親の手は、力強かった。やっと光を見つけたと言わんばかりの顔。最後の末っ子が片付いて――清々した表情だった。

「何が頑張れだよぉ~~、あのクソ親父!」
「なっ……公爵様をっ! マルべーっ! 輿入れ前に直せって、家庭教師にあれだけ言われただろうっ?!」
「はぁ~? 俺とお前だけじゃん」

 輿入れの日、壮大なラッパ音と両親に見送られて、マルべーの馬車は国境に向かった。旅立ちから一日と半日が経った。そろそろマルべーの尻も限界だったが、馬車から覗く風景が変わっていくのが――マルべーを追い詰めた。

「ヤバいよ~、もうすぐ着くじゃん……」
「ここまで来たんだから諦めろ……それに……まだ殿下がどのような方か分からないだろう」
「いやいや、お前も読んだでしょ? あの手紙。なに? あれ? 報告書? 日報?」

 ラファイエットがため息を付いた。

「生真面目な方なんだよ」

 婚約が決まり、手紙での交流が始まった。マルべーは部屋で泣き叫ぶので、侍女がそれらしい褒め言葉と定型文を書いて送った。返ってきたのは、ティメオ殿下の一日の報告書。北の国境に在駐しているとか、辺境伯の世話になっているとか、そんなことばかり。

「こっちが野の花を摘んでおります~って書いてたら、だいたい普通『私が早く、貴方という花を手折りたい!』とか返信するべきでしょ。それなのに今日は騎士達が元気です。ですが医療物資が足りておりません、とか……会話する気ないだろ」
「……」

 ティメオは貴族の子女達が通う学園を卒業していない。幼い頃から騎士団に入り、今年二十歳で将軍になっている。

「それにハタチで未婚ってやばくないか」
「人のこと言えないだろ」
(お前もね!!)

 普通は幼少期からの婚約か、学園を卒業する頃には婚約者ができている。だがマルべーは虚言癖という悪評で、長年婚約者ができなかった。そこにカルロ王子との縁談が持ち上がり、両親は舞い上がったのだ――

「俺の噂だって聞いてるはずだろ」
「いや……アルテナードの陛下はご存じかもしれないが、殿下はどうだろう。ほとんど戦場にいらっしゃるから」
(あ~、王族の鼻つまみ者に、隣国で悪評立ってる公爵家の末っ子を嫁がせる……ホントにティメオって)
「やべー奴なんだな。最悪、吐きそう」
「お前ね……」

 窓を開けて、道路で嘔吐する。吐瀉物の臭いが漂ってきたのか、ラファイエットが顔を顰めた。

(ラファイエットは展開を知らないから、まだ恐ろしさを理解できてないんだ。俺は将来、ティメオに殺される悪妻ポジなんだよ???こんな悲劇ある???)

 キセハナの展開では、ティメオの宮廷惨殺事件は、悪妻の死から始まっている。それもアニメのナレーションでは「~悪妻の死後、ティメオは宮廷に乗り込み、皆殺しにした~」これだけだった。マルべーの死は、ナレーションで片付けられる運命なのである。

「まぁ……でも……ほら、手紙はお礼が書いてあっただろ……あと……なんか花が挟まってたじゃないか、そうだ、花が挟まってた!」
「シナシナのね、干からびて、ぺっしゃんこになった花ね」

 必死のフォローは、吐いたばかりのマルべーには届かない。甘い言葉を期待したら、救援物資が足りないなどと返信がきたのだ。

(あんなん、支援しろって遠回しに言ってるもんじゃん)

 マルべーは死亡フラグをできる限り避けたかった。親の金をふんだんに使い、救援物資を送った。返ってきたのは短いお礼と、なんかシオシオの青色の花。ラファイエットと二人で顔を見合わせた。

 最終結論。大人しくしないとこの花みたいになるぞと、ティメオからの警告だと受け取った。

「な~、やばくなったら逃げようって覚えてるよね?」
「……まぁ」
「頼むよ騎士様~。俺の味方、お前だけしかいないんだから」

 輿入れ前、付き添いが許可されたのはラファイエット一人。アルテナードの陛下から、早くアルテナードの文化になれて欲しい。女中などはこちらで手配する、などと書かれていた。

(監視じゃん)

 陛下の手紙の方が、ティメオより何倍も意図が読みやすい。長年付き従うラファイエットだけが、入城を許可された。

「まだどんな方か、分からないだろ」
「いや、あんだけ噂流れてんのに? お前、俺の噂は事実無根ですって否定できんの? 噂も馬鹿にならないよ」
「なんで説得力ある言い方するんだよ……」

 騎士が疲れたように「否定できない……」と呟くが、また吐きたくなったので聞き流す。もしかして嘔吐は出発前、小休憩での食べ過ぎか。
 固いパンに熱々の蕩けるチーズ、それに燻製肉を薄切りにしたのを、しこたま食べた。美味しかったのに、道路にびちゃびちゃ落ちていく。

「おい、大丈夫かよ」

 騎士が背中をさする。兄弟同然に育った騎士とは、出発前にある約束を交わした。『ティメオが噂通りの奴だったら、二人で逃げる』というものである。

(噂は本当なんだけどね。将来的に恐王となるやつだから)

「大丈夫、それより金はあるんだから。逃亡の道筋作っといてよ」
「分かった、分かったから。お前は吐き気を大人しくさせろ」

 出発前、両親には金貨銀貨、それに運営する事業の株も一部くれた。文句を言いながらも、息子に甘い両親は「もしものため」だと持参金とは別に、こっそり持たせてくれたのだ。

「少しは同情しろよ~。血も涙もない冷血漢、母親の腹を裂いて生まれてきた、北の異民族を殲滅した――」
「軍神だ」
「ものは言い様って、つくづく思うね」

(俺の虚言もエンターテイナーとかにならないかな~)

 やっと吐き気が治まってきた頃、国境の警備隊が見えてきた。制服が違うので、とうとう来てしまったかと、緊張が走る。
 馬車が止まり、ラファイエットが対応する中、マルべーは縮こまっていた。

(皆殺し、頭のイかれたサイコパス、愛を知らない獅子王ティメオ……)

 アニメの煽り文句を反芻する。今のとこ、キセハナのストーリー通りに進んでいる。このままでは、マルべーは神子とティメオが出会うための、ただの踏み台だ。

(死にたくね~~~~~!!!)

 馬車が石造りの門を潜り抜けていく。ちらりと獅子の紋章が見えて、マルべーは固く決意した。


しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

転生した新人獣医師オメガは獣人国王に愛される

こたま
BL
北の大地で牧場主の次男として産まれた陽翔。生き物がいる日常が当たり前の環境で育ち動物好きだ。兄が牧場を継ぐため自分は獣医師になろう。学業が実り獣医になったばかりのある日、厩舎に突然光が差し嵐が訪れた。気付くとそこは獣人王国。普段美形人型で獣型に変身出来るライオン獣人王アルファ×異世界転移してオメガになった美人日本人獣医師のハッピーエンドオメガバースです。

小学生のゲーム攻略相談にのっていたつもりだったのに、小学生じゃなく異世界の王子さま(イケメン)でした(涙)

九重
BL
大学院修了の年になったが就職できない今どきの学生 坂上 由(ゆう) 男 24歳。 半引きこもり状態となりネットに逃げた彼が見つけたのは【よろず相談サイト】という相談サイトだった。 そこで出会ったアディという小学生? の相談に乗っている間に、由はとんでもない状態に引きずり込まれていく。 これは、知らない間に異世界の国家育成にかかわり、あげく異世界に召喚され、そこで様々な国家の問題に突っ込みたくない足を突っ込み、思いもよらぬ『好意』を得てしまった男の奮闘記である。 注:主人公は女の子が大好きです。それが苦手な方はバックしてください。 *ずいぶん前に、他サイトで公開していた作品の再掲載です。(当時のタイトル「よろず相談サイト」)

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

オメガだと隠して魔王討伐隊に入ったら、最強アルファ達に溺愛されています

水凪しおん
BL
前世は、どこにでもいる普通の大学生だった。車に轢かれ、次に目覚めた時、俺はミルクティー色の髪を持つ少年『サナ』として、剣と魔法の異世界にいた。 そこで知らされたのは、衝撃の事実。この世界には男女の他に『アルファ』『ベータ』『オメガ』という第二の性が存在し、俺はその中で最も希少で、男性でありながら子を宿すことができる『オメガ』だという。 アルファに守られ、番になるのが幸せ? そんな決められた道は歩きたくない。俺は、俺自身の力で生きていく。そう決意し、平凡な『ベータ』と身分を偽った俺の前に現れたのは、太陽のように眩しい聖騎士カイル。彼は俺のささやかな機転を「稀代の戦術眼」と絶賛し、半ば強引に魔王討伐隊へと引き入れた。 しかし、そこは最強のアルファたちの巣窟だった! リーダーのカイルに加え、皮肉屋の天才魔法使いリアム、寡黙な獣人暗殺者ジン。三人の強烈なアルファフェロモンに日々当てられ、俺の身体は甘く疼き始める。 隠し通したい秘密と、抗いがたい本能。偽りのベータとして、俺はこの英雄たちの中で生き残れるのか? これは運命に抗う一人のオメガが、本当の居場所と愛を見つけるまでの物語。

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

【Amazonベストセラー入りしました】僕の処刑はいつですか?欲しがり義弟に王位を追われ身代わりの花嫁になったら溺愛王が待っていました。

美咲アリス
BL
「国王陛下!僕は偽者の花嫁です!どうぞ、どうぞ僕を、処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(笑)」意地悪な義母の策略で義弟の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王子のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯?(Amazonベストセラー入りしました。1位。1/24,2024)

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

小っちゃくたって猛禽類!〜消えてしまえと言われたので家を出ます。父上母上兄上それから婚約者様ごめんなさい〜

れると
BL
【第3部完結!】 第4部誠意執筆中。平日なるべく毎日更新を目標にしてますが、戦闘シーンとか魔物シーンとかかなり四苦八苦してますのでぶっちゃけ不定期更新です!いつも読みに来てくださってありがとうございます!いいね、エール励みになります! ↓↓あらすじ(?) 僕はツミという種族の立派な猛禽類だ!世界一小さくたって猛禽類なんだ! 僕にあの婚約者は勿体ないって?消えてしまえだって?いいよ、消えてあげる。だって僕の夢は冒険者なんだから! 家には兄上が居るから跡継ぎは問題ないし、母様のお腹の中には双子の赤ちゃんだって居るんだ。僕が居なくなっても問題無いはず、きっと大丈夫。 1人でだって立派に冒険者やってみせる! 父上、母上、兄上、これから産まれてくる弟達、それから婚約者様。勝手に居なくなる僕をお許し下さい。僕は家に帰るつもりはございません。 立派な冒険者になってみせます! 第1部 完結!兄や婚約者から見たエイル 第2部エイルが冒険者になるまで① 第3部エイルが冒険者になるまで② 第4部エイル、旅をする! 第5部隠れタイトル パンイチで戦う元子爵令息(までいけるかな?) ・ ・ ・ の予定です。 不定期更新になります、すみません。 家庭の都合上で土日祝日は更新できません。 ※BLシーンは物語の大分後です。タイトル後に※を付ける予定です。

処理中です...