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16.行方不明

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 国境付近で、行方不明者続出

(とうとう来てしまった……)

 げんなりする記事に、マルベーはため息を付いた。沿岸沿いの国境地帯で、旅行者や商人の行方が分からなくなっているとあった。
 この後の展開を知っている身として、マルべーは肩を落とした。

 国境警備隊などがパトロールを強化するが、行方不明者が増え続けてしまう。アルテナードと、ウィダード王国両方で被害が出るが、犯人も原因も分からず仕舞い。だんだん隣国同士、責任をお互いになすりつけあってしまうのだ。

(神子を有名にするイベントだもんね)

 そこで神子の登場。神の声を聞くという神官見習いの神子が、華麗に事件を解決するのだ。原因は、沿岸にある大きな洞窟に潜んでいた怪物である。
 満潮時、洞窟の入り口は塞がれて、地元住民も気がついていなかった。そこを根城にした怪物は夜な夜な洞窟を出ると、人を襲っていた――

(確か、ティメオに出会う前のイベントなんだよな……大商人の息子ルートだったはず)

 神子は息子から話を聞き、「力」を発揮する。

『私には聞こえます……聞こえるっ! 聞こえるっ! 洞窟で嘆き悲しむ人々の姿がっ!』

「早く捕まえてくれよ~」

 神子の、不思議な力お披露目会イベントである。だけどその間に死ぬ、大勢の人間はどうなるんだ……

「まだ息子から話し聞いてないのかな~……死人出てんだから、早くして欲しいよ」

 ぶつくさ言いながら、新聞を読み続ける……しばらくして、ふと引っかかりを覚えた。すぐに侍女を呼んだ。

「はい、奥様」
「ごめーん。半年前からの新聞、全部持ってきて欲しいんだけど残ってる? あとラフィー……ラファイエット呼んできて欲しいなぁ」
「かしこまりました」

 お茶を一杯飲み終わる頃、新聞の束を抱えたラファイエットが入ってきた。今日は事務仕事だったのか、麻のダブレッドを来ていた。

「おい、いきなりなんだよ」
「な~、半年前?くらいにウィダード王国で、干ばつ起きてるよね?」
「はぁ?」

 騎士は首を捻っていた。

「無かったよ、なんだよ突然」
「……」
(なんで? 起きてるはずだよ……これも神子が解決して、国民に慕われるイベントだし)

 過去の新聞を辿っていく。ウィダード王国のニュースを片っ端から読んでいったが、干ばつの記載はどこにもなかった。

「ないだろ? 何か勘違いしてるんじゃないのか?」
「いやあり得ないよ。だって神子が……」

 アニメでは、神官見習い、干ばつ対策、洞窟の怪物と対峙して、アルテナードに連行されるのだ。

 順番を間違えるはずがない。焦ったマルベーは、新聞を何度も読み返した。神子の文字も、干ばつを伝える記事も無い……どうして。困惑していると、眉間に皺を寄せた騎士が言った。

「時々分けわからんこと言ってるけど、ミコってなんだ」
「は?!」

 ラファイエットは本気で分からないようだった。数十年一緒にいる友人に、マルべーは驚愕した。

「ミコって、神子は神子だよ。アルテナードに神の声を聞くって、噂になってるやつがいるよね?」
「何言ってるんだ……いないよ、そんなやつ」
「いるよ! 孤児で神官見習いで、十五くらいの子。いるよな?!」
「……」

 ラファイエットは黙り込んでしまった。マルベーはいつもだったら、ヘラヘラ笑いながら嘘を付くのに。だけど今日の主人は違った。本気で信じているような口ぶりだった。

「あー……またいつもの……虚言か……?」
「ちげーよ!!」

 マルべーはアルテナードの神殿に問い合わせれば良いと言う。何度も神子、神子と騒いでいた。ラファイエットはますます不可解だった。

「……神の声を聞くなんて、胡散臭いだろ。信じられるか?」
「え……」
「違うか? 神の声って、それって魔女ってことじゃないのか。あり得ない。インチキで詐欺師、それか本気だったら誇大妄想だろう」
「……違う。神子は美しくて、周囲に優しくて、皆に好かれて、自己犠牲の塊で――」
「何を言ってるんだ……」

 呆れた様子の騎士に、マルべーは言葉を飲み込んだ。主人公の設定だし、それくらい無難な人間性の方が良いのだろうと、疑問も持たずに受け入れていた。

(よくあるお人好しだけど、芯が強い主人公みたいな……それが胡散臭い?)

 ラファイエットは本当に、神子の存在を認知していないようだった。

「……じゃあこれさ……海岸に洞窟があんの」
「……うん、それで?」
「そこに人を食う怪物がいて、商人とかを襲ってるって言ったら?」
「……」

 じっと覗き込むように言う。ラファイエットはしばらく無言だったが「あんまり信じられない」と言った。

「……」
「……俺にどうしろって?」

 マルベーの落ち込んだ態度に、騎士はため息をついた。ラファイエットもマルべーの両親共に、甘いのだ。
 ヴァロワ家の末っ子が落ち込んだり(本気で)泣いたりすると、フォローに必死になる。

「……洞窟辺り、聞き込みとか行って欲しい……」
(神子がいない世界線とかあり得ないけど……一応)

 神子がもしいなければ、誰が洞窟に潜む魔物に気がつくのか。このまま行方不明者は増えていくだけだろう。
 マルベーは「俺が行こうかな……」と呟いた。神子のイベントを邪魔するつもりはないが、神子には働いて欲しい。

(神子は働け!!!)

 自分が行けば、物語が動いてくれるかもしれない。だけどそう願った時

(神子がティメオと出会ったら……)

 それは嫌だった。自分の死亡フラグより、神子にティメオを奪われる恐怖が勝る。神子は思う存分、イベントをこなして貰って、アルテナードに籠もっていて欲しい。
 都合の良い期待をしていたら「分かったよ」と返ってきた。

 ぱっと顔を上げると、ラファイエットは後頭部をガリガリと掻いていた。

「俺が行くから……調べて手紙を出す。その間、大人しくしといてくれよ」
「ラフィーッ!!!」

 マルベーは騎士に抱きついた。ティメオと比べて細身だが、筋肉質な体は、成人男性をしっかりと抱き止めてくれた。

「大好き!!兄弟!! 気をつけてなっ!!」
「はいはい。お前は大人しくしとけよ。あの真面目な殿下に対して、嘘を付いたり、調子の良いこと言ったり……」

 それからラファイエットの小言は続いた。海岸まで調べてくれるなら、何でも聞こう。マルべーはうんうんと、素直に頷いた。
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