16 / 47
15.異変
しおりを挟む「マルー」
「……おはよう~、ティメオ……」
騎士の朝は早い。それでも頑張って、夫の三時間後に起きてきたマルベーを、ティメオは抱きしめた。
「今日は兵舎の方におりますので……夕餉は一緒に取りましょう」
「りょぉーかーい」
半分寝ぼけていたら、額にキスをされた。次はこめかみ、頬……最後に唇を合わせると、ティメオに照れたように見つめられる。
もう何十回もやってきたやりとりなので、頭が動いてなくても大丈夫。最後、マルべーからキスをすると、ティメオの尻尾と耳が、忙しなく動いた。
「それじゃあ……マルー」
「うん、今日も頑張ってな~……旦那様♡」
やっぱり頬にもキスをしたくなって、ティメオに抱きつく。マルべーからキスをすると、ティメオもキスをする。お返しにマルべーからキスをして……三十分後、ティメオが手を振りながら、部屋を出て行った。
「……あ、朝食持ってきて貰える~?」
「は、はいっ」
息を潜めて、二人の様子を見ていた侍女が、飛び出すようにして部屋を後にする。顔を赤くしていたので、また城内で噂されるかもしれない。
マルべーは運ばれた朝食を食べ終えると、日課の新聞を開いた。ついでに、手紙も来ていたので確認する。全て両親と兄弟からだった。
(キスが好き……じゃなくて、キスを覚えたから、キスばっかするんだろうな)
中庭での一件で、ティメオはキスばかりするようになった。起きるのが遅いマルべーに、部屋に来てキス。廊下でキス、庭でキス、食堂でキス、眠る時もキス……人前では啄むような軽いキスだが、使用人や他の騎士達を驚愕させていた。
(でもこれ以上のことはできないんだよな~)
手紙の封を切りながら、部屋の花瓶をちらっと見る。うきうきのティメオが、定期的に引っこ抜いてきた野花。水を吸って、輝いていた。
(発情期、早く来ないかな……)
酒を飲ませても、やっぱりキス以上のことはしないティメオ。でも下半身は正直なので、毎晩マルべーの体に、こわごわと触れてくる。
抱きしめられると、下半身の熱さが伝わる。でも上半身の手は、いたわるように触れてくる。
(さすが王子で騎士。忍耐の鬼。不屈の精神)
もう発情期しかない。マルべーは決めていた。ガードの固いティメオを崩すには、発情期はよいきっかけになるだろう。
(これで子どもとかできたらどうしよ~)
マルべーの心は浮き立っていた。子どもができれば、何か変わるかもしれない、という期待。それと純粋に、子どもが欲しい。
今まで娼館遊びのため、抑制剤を飲んでいたマルベー。発情期など、オメガにとってデメリットしかない。そう思っていたのに――自身の変化にも戸惑っていたが、ティメオの様子も落ち着かなかった。
マルべーを見つけると途端に駆け寄って、キスをする年下の男。ティメオは真顔で、マルべーを可愛いと言う。
『こんなにも可愛い人と一緒にいられる……幸せです』
『……俺もだよん♡』
両親には、目に入れても痛くないと可愛がられてきたマルベーも、他人に可愛いと言われたことがない。当たり前だが、三十になっても親の金で遊んでいたのだ。
ティメオの小動物を見るような、目を細めるようにキスをされるたびに、くすぐったい気持ちになっていた。
「お、親父は元気。母さんも元気」
五枚に渡る説教の後、ちらっと「辛かったら帰ってきても良いから」と書いてあった。
マルちゃんへ
お前は浪費家なので、とても心配です。夫であるティメオ殿下にはあまり良い噂は聞かないし……殿下の機嫌を損ねてはいけませんよ。お金が足りないなら、送ります。欲しい物とかないですか。送るので、返信の手紙に書いておいてください。
「……」
(ティメオの噂流してる奴って、誰だろ)
マルべーはストーリーを知っていたため、ティメオを恐れていた。だが実際は、噂は根も葉もないものばかりで、アルテナードではティメオの人気は高い。
国内では聞かない噂を、国外に積極的に吹聴している者がいるのは確かだった。
「訂正しとくか……えーっと……お父様、お母様へ マルちゃんはアルテナードで毎日(死なずに済むように)頑張っています……」
ティメオ殿下は優しくて、真面目で誠実で、あとめちゃくちゃイケメンで、スタイルも良くて、どこから見ても完璧みたいな男です。ちょっと口数は少ないですが、無口なのも絵になって最高です。
(ガードの堅い童貞で、なかなかやらせてくれないけど)
あと可愛いところもあります。小鳥とか花とかを大事にする人で、多分小動物とか好きなんだと思います。
最近は殿下に合わせて、僕は朝起きれるようになりました! とんでもない成長です。城の暮らしは殿下のおかげで楽しいので、変な噂に惑わされないでください。
ティメオ殿下は噂からかけ離れた人です。自分の息子の噂が事実だとしても、ティメオ殿下は違います。ティメオ殿下の噂は全て、嘘八百です。
「……でも金は欲しいな~」
最後にちょろっと金を振り込んで欲しい。最新流行のレースとか、家具送って欲しいな~っと、お願いで締めた。
ティメオは流行などに興味がない。城の調度品など、どうしても古臭い。この際、親の金で買い換えてしまおうと、ティメオは手紙をしたためた。
手紙を侍女に渡して、新聞を開く。さーっと目を通していたら、気になる記事を見つめた。
応援ありがとうございます!
11
お気に入りに追加
852
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる