異世界で婚約破棄されましたが隣国の獣人殿下に溺愛されました~もふもふ殿下と幸せ子育てパラダイス~

mochizuki_akio

文字の大きさ
32 / 47

30.計画

しおりを挟む
「マルー?」
「どーぞー」

 ティメオが入ってくる。いつもだったら、マルベー以外目に入らない夫は、一瞬だけ、ラファイエットを見る。意味ありげに頷いた騎士は、静かに部屋を出て行った。

(なんか話し合ったんかなー)

 ティメオとラファイエットが秘密裏に話し合っていても、マルベーは気にならない。

(二人とも俺のこと大好きだからね。それで俺も二人のことが大好きだし)

 無条件の信頼を寄せる夫は、優しくマルベーの肩に触れた。

「マー、お話があります」
「なーにー、旦那様」

 ベタベタと抱きついていると、ソファに誘導される。骨ががっしりとした膝に、すかさず頭を乗せた。下から見上げても美しい夫。マルベーは顎に触れた。

「……疲れてる?」
「いいえ、私は大丈夫です。でもマーの体が心配です」
「俺も大丈夫! 元気!」

 最近、ティメオはマルベーの部屋を訪れなかった。難しい顔をして、兵舎に籠もっている。一度、顔を見せたが、曖昧に微笑まれるだけだった。

(本当は色々聞きたいけど……)

 ティメオの性格上、抱え込んでいるのだろう。そこで口うるさく追及すれば、もっと負担を増やしてしまう。
 マルベーは平気な顔をして嘘を付く習性からか、人の感情(空気を読む)に時折、聡いところがあった。

「旦那様~」

 両手で顎に触れて、頬をこねる。ティメオは微笑みながら、マルベーの髪を梳いていた。

「マー、あのね……私の立場を……その、分かっていますよね?」
「……うん」

 醜聞紙でかき集めた、王家の醜態。ティメオの実家は実質、宰相の娘である后が取り仕切っている。
 夫の眉がちょっと歪んで、泣き笑いのような顔になった。

「私の母は……汚職に関与した冤罪をかけられ、幽閉されました……父は宰相家から借りた金のため、妻を見捨てたのです。母は一人、幽倫塔で死に、実家もお取り潰し……私には後ろ盾がありません」
「そんなこと気にしてないよ、俺」
「……貴方を妻に迎えられて、本当に幸せです。だから……実家に帰省してください」
「……」

 無言で夫を見上げる。本気で案じているのだろうが、マルベーは言葉が出なかった。膝枕から起き上がり、向き合った。

「……なんで」
「北の災害支援として、出動を命じられました。ですが、私は貴方を城に置いて、ここを離れたくないのです……料理長は黙秘を続けていますが、暗殺者から連絡がなければ、主犯は異変に気づくでしょう。どんな手段に出てくるか分からない……ここよりもヴァロワ家が安全です」
「安全って、ここに親衛隊いるじゃん」
「すでに騎士を沿岸沿いに配置しております。今回、北にも行かせると、ここの警備が手薄になるのです……お願い、マー」

 ティメオの言っていることはよく分かる。分かるが、だったら災害支援には、王宮にいる国王直属の親衛隊でも良いじゃないか。

(て、俺でも考えつくことは、ティメオが提案済みなんだろうな。それで駄目だったんだろう)

 本来、城の主人が留守の間は、奥方が城を切り盛りするのが役目。身の安全のため、実家に身を寄せるのは、気が進まなかった。

「……国境を越える時、変装しててもバレるんじゃないの……密入国すんの?」

 マルべーは主犯を、王宮の誰かだと疑っていた。でなければ、長年城に勤めた料理長を動かすことは難しいし、それに第一、ティメオは国民から恨みを買うような人物ではない。

(宮殿の誰かだったら、この城の使用人だって誰が買収されてるかも分かんないし、俺が実家に帰ろうとするのを阻止するんじゃ……)

 アルテナード国内であれば、マルベーをいつでも殺せるが、他国に行かれたら厄介だろう。この城を出た瞬間から、追跡されるかもしれない。
 ティメオは静かに頷いた。

「検問は普通に通ります……マルーの馬車が通過するのを記録に残さないと、父が約束してくれました」
「……」
「父は頼りの無い人です。それでも今までの業績を見て、信頼に置くと……私達の大変な立場を理解してくれました……国王として、責任を持つと言ってくれました。父の権限下で、検問を通ります」
「……うん」

(あれかぁ……本当に頼りねぇな……)

 結婚式の日を思い出す。実の息子が後妻に侮辱されているなか、苦笑いをしていた国王。マルベーの親であれば、息子に原因があれば謝罪行脚をして回るのだが、そこで侮辱するのは許さない人達だ。
 相容れない。マルベーは頭を抱えたくなった。

「父がやっと、手を差し伸べてくれます」

 ティメオの声は震えていた。背中に逞しい腕を回されて、優しく抱き締められる。温かい、ティメオの愛情を感じ取り、マルベーは押し黙った。

(やっぱりティメオと俺は、親へのスタンスが根本的に違うんだよな……)

 マルベーが親に寄せる信頼と、ティメオの親への信頼。それは全く毛色が違うものだった。親は自分を無条件に受け入れてくれる存在だと認識しているマルベーは、親には甘えるし、それが当然だと思っている。
 ティメオの信頼は、すがりつくようなものだった。自分が何かを成し遂げたら、親は認めてくれる。そしてやっと信頼される……二十歳の若さで戦将軍となったのも、ティメオの能力もあるだろうが、親に認められたいという欲求が原動力になっていたのではないか。

(別に専門家じゃないし、指摘しづれ~)

 ティメオの目には熱がこもっていた。親を信頼「している」ではなく、信頼「したい」という気持ちが透けて見える。

 マルベーは乾いた唇を舐めた。

 本当に国王の言葉を信じて良いのか。ティメオの鬼気迫る表情から、不安しかない。だけど、本当に助けてくれるのかもしれない……判断できなかった。

「急ではありますが今晩、城を出ます」
「分かった.……あの、さ……」

(お前も一緒に行こうよ……王子なんて立場捨てて)

 喉まで出かかった言葉を飲み込む。アルテナードなど捨てて、ティメオと一緒に実家に帰りたかった。
 跡継ぎなど興味もないのだから、オルデム国に移住して、二人で小さな家を買うのだ。子ども部屋と、二人の部屋があるくらいの小さな家。マルベーの親が援助してくれるから、きっと快適な生活を送れるだろう。

「どうしました?」
「……んー」

 ティメオとだったら、どこでも生きていける。マルベーの本心だった。

 もう娼館にも行ってないし、早起きもできるようになった。飲酒も無くなって、空いた時間は城の備蓄などチェックして、事務作業もやっている。
 最初は、将来殺される不安から、仕方なくやっていた。でも今は、自然と身について、自分がやるのが当然だと思っている。

 隣にいるのが、当たり前になっていた。

「なんでもない……」

 でもティメオは王族としての意識が強い。どこまでも高貴な身分として、責任を果たそうとする。夫の意識を変えることはできないし、無茶な願いだと、マルベーは自覚していた。

 気を取り直して、ティメオにキスをした。

「すぐ会える?」
「はい、北の支援が終わりましたら、すぐに参ります」
「分かった……名前、俺も考えとくから、旦那様も忘れないでね♡」
「はい」

 名前は二人で決めようと、話し合っていた。きっとティメオのことだから、書き切れないほどの名前候補を、手紙で寄越してくるに違いない。

(前向きに、前向きに)

 今はアルテナードを脱出することに専念しよう――ティメオが愛おしそうに目を細める。静かにキスを受け止めた。
しおりを挟む
感想 32

あなたにおすすめの小説

転生した新人獣医師オメガは獣人国王に愛される

こたま
BL
北の大地で牧場主の次男として産まれた陽翔。生き物がいる日常が当たり前の環境で育ち動物好きだ。兄が牧場を継ぐため自分は獣医師になろう。学業が実り獣医になったばかりのある日、厩舎に突然光が差し嵐が訪れた。気付くとそこは獣人王国。普段美形人型で獣型に変身出来るライオン獣人王アルファ×異世界転移してオメガになった美人日本人獣医師のハッピーエンドオメガバースです。

小学生のゲーム攻略相談にのっていたつもりだったのに、小学生じゃなく異世界の王子さま(イケメン)でした(涙)

九重
BL
大学院修了の年になったが就職できない今どきの学生 坂上 由(ゆう) 男 24歳。 半引きこもり状態となりネットに逃げた彼が見つけたのは【よろず相談サイト】という相談サイトだった。 そこで出会ったアディという小学生? の相談に乗っている間に、由はとんでもない状態に引きずり込まれていく。 これは、知らない間に異世界の国家育成にかかわり、あげく異世界に召喚され、そこで様々な国家の問題に突っ込みたくない足を突っ込み、思いもよらぬ『好意』を得てしまった男の奮闘記である。 注:主人公は女の子が大好きです。それが苦手な方はバックしてください。 *ずいぶん前に、他サイトで公開していた作品の再掲載です。(当時のタイトル「よろず相談サイト」)

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

オメガだと隠して魔王討伐隊に入ったら、最強アルファ達に溺愛されています

水凪しおん
BL
前世は、どこにでもいる普通の大学生だった。車に轢かれ、次に目覚めた時、俺はミルクティー色の髪を持つ少年『サナ』として、剣と魔法の異世界にいた。 そこで知らされたのは、衝撃の事実。この世界には男女の他に『アルファ』『ベータ』『オメガ』という第二の性が存在し、俺はその中で最も希少で、男性でありながら子を宿すことができる『オメガ』だという。 アルファに守られ、番になるのが幸せ? そんな決められた道は歩きたくない。俺は、俺自身の力で生きていく。そう決意し、平凡な『ベータ』と身分を偽った俺の前に現れたのは、太陽のように眩しい聖騎士カイル。彼は俺のささやかな機転を「稀代の戦術眼」と絶賛し、半ば強引に魔王討伐隊へと引き入れた。 しかし、そこは最強のアルファたちの巣窟だった! リーダーのカイルに加え、皮肉屋の天才魔法使いリアム、寡黙な獣人暗殺者ジン。三人の強烈なアルファフェロモンに日々当てられ、俺の身体は甘く疼き始める。 隠し通したい秘密と、抗いがたい本能。偽りのベータとして、俺はこの英雄たちの中で生き残れるのか? これは運命に抗う一人のオメガが、本当の居場所と愛を見つけるまでの物語。

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

【Amazonベストセラー入りしました】僕の処刑はいつですか?欲しがり義弟に王位を追われ身代わりの花嫁になったら溺愛王が待っていました。

美咲アリス
BL
「国王陛下!僕は偽者の花嫁です!どうぞ、どうぞ僕を、処刑してください!!」「とりあえず、落ち着こうか?(笑)」意地悪な義母の策略で義弟の代わりに辺境国へ嫁いだオメガ王子のフウル。正直な性格のせいで嘘をつくことができずに命を捨てる覚悟で夫となる国王に真実を告げる。だが美貌の国王リオ・ナバはなぜかにっこりと微笑んだ。そしてフウルを甘々にもてなしてくれる。「きっとこれは処刑前の罠?」不幸生活が身についたフウルはビクビクしながら城で暮らすが、実は国王にはある考えがあって⋯⋯?(Amazonベストセラー入りしました。1位。1/24,2024)

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

小っちゃくたって猛禽類!〜消えてしまえと言われたので家を出ます。父上母上兄上それから婚約者様ごめんなさい〜

れると
BL
【第3部完結!】 第4部誠意執筆中。平日なるべく毎日更新を目標にしてますが、戦闘シーンとか魔物シーンとかかなり四苦八苦してますのでぶっちゃけ不定期更新です!いつも読みに来てくださってありがとうございます!いいね、エール励みになります! ↓↓あらすじ(?) 僕はツミという種族の立派な猛禽類だ!世界一小さくたって猛禽類なんだ! 僕にあの婚約者は勿体ないって?消えてしまえだって?いいよ、消えてあげる。だって僕の夢は冒険者なんだから! 家には兄上が居るから跡継ぎは問題ないし、母様のお腹の中には双子の赤ちゃんだって居るんだ。僕が居なくなっても問題無いはず、きっと大丈夫。 1人でだって立派に冒険者やってみせる! 父上、母上、兄上、これから産まれてくる弟達、それから婚約者様。勝手に居なくなる僕をお許し下さい。僕は家に帰るつもりはございません。 立派な冒険者になってみせます! 第1部 完結!兄や婚約者から見たエイル 第2部エイルが冒険者になるまで① 第3部エイルが冒険者になるまで② 第4部エイル、旅をする! 第5部隠れタイトル パンイチで戦う元子爵令息(までいけるかな?) ・ ・ ・ の予定です。 不定期更新になります、すみません。 家庭の都合上で土日祝日は更新できません。 ※BLシーンは物語の大分後です。タイトル後に※を付ける予定です。

処理中です...