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31.襲撃
しおりを挟むティメオと別れを惜しむような挨拶をした後、マルベーは荷馬車に乗り込んだ。あらかじめ言っていたように、商人のフリをして国境を渡ることになった。
荷馬車は全部で十数台。荷物を乗せたフリをして、騎士達が潜んだ馬車がオルデム国を目指した。
マルベーは庶民服に身を包み、妊娠した腹が目立たないようにローブを羽織る。隣には同じく、厚手のローブを着たラファイエット、それと護衛の騎士数人が座った。
「……」
荷台を乗せる後続には窓がない。革の布に覆われた空間は薄暗く、隙間から風が入ってくる程度だった。ガタガタと振動がダイレクトに伝わってくる。いつもふかふかの座椅子に座って馬車に乗っていたマルベーだったら、だらだらと文句を垂れ流しているのだが……
「ティメオに会いたい……」
「……」
ぽつりと落とされた言葉。夫は何をしているんだろうとか、もう北に向けて出発しただろうか、と考えるのはティメオのことばかり。
気持ちを落ち着かせるために腹を撫でていたら、頭をくしゃくしゃにされた。
「すぐ会えるから」
「うん……」
こんな時、騎士は心強い。今まで(ほとんど)自分が原因で、親に尻拭いをさせてきた。
(ピンチになったら、誰か助けてくれるって……)
でも自分がもうすぐ、その親になるのだ。マルベーの意識が少しずつ変わり始めていたが――本人はあまり気づいていなかった。
「心配するな。それに、お前は音とか気づいてないだろうが、俺たちの後続からまた馬車が来てる――うちの傭兵だ」
「え!?」
「……あらかじめティメオ殿下から話しを聞いて、俺がヴァロワ様に使いを出した。途中、商人達を護衛する傭兵を一部、派遣してくれたんだ」
(親父~~~!!)
それでもすぐに意識は変わることは無く、両親の配慮に泣きたくなった。金を持った親はここぞという時に頼りになる。
マルベーはガッツポーズをした。
「良かった~。じゃ、盗賊とか襲われる心配ないってことだよな?」
「油断はしない方が良いけどな。見た目が荷馬車だから……まだ分からん」
「りょ~か~い」
殊勝に頷いたが、心が軽くなる。城の騎士達と、家の傭兵が付いているのだ。これならどんな盗賊が襲ってきても返り討ちにしてくれるだろう。
「明け方まで馬車を走らせる。朝が来たら、中間地点の宿で休憩する。悪いがかなり急いでるからな。宿では物資の補給だけで、眠りたくなったら荷馬車で仮眠を取るぞ」
「うん」
「とにかく、この国を出るぞ」
「分かった」
ラファイエットがまた頭を撫でる。「なんだよ」と聞けば「ティメオ殿下に嫁いで良かった」と返ってきた。
「変わったよな。いつもだったら、荷馬車に乗るとかお前絶対嫌がるだろ」
「……普段だったらな……今は、そんなこと言ってられないじゃん」
「そんなこと言ってられない時にも、お前文句言ってたからさ」
「……」
長年の親友の言葉を聞き流す。隙間からちらっと見えた外の景色は暗く、フクロウの鳴き声が聞こえてきた。
夜明け前、補給を行う宿に到着した。後続でじっとしていたが、外から人の話し声が聞こえて、肩から力が抜けた。
ごそごそと荷台から降りようとしていると、ラファイエットに無言で肩を掴まれる。なんだよと声を上げようとしたら、強い力で口を塞がれた。
「?」
「なんかおかしい」
囁いた騎士は、隙間から外の様子を伺っていた。一緒に乗っていた騎士達も、緊迫した空気をはらんでいた。
話し声はどんどん大きくなって、御者の困惑するような声と、怒鳴り声ははっきり聞こえてきた。
「こ、困ります――は、貴重な――で――一体――?」
「――べさせて貰う!! ――からお達しだ! 汚職に関わった――たいしひが――」
「な、なにを仰って――ティメオ皇太子妃が――?」
マルベーの心臓がどくりと音を立てる。外で一体何が起きているのか、不安と共に――聞こえてきた言葉に、嫌な予感を覚える。
汚職、ティメオ皇太子妃……動揺して、ラファイエットの腕を掴む。騎士は神経がささくれているのか、手をぎゅっと握り返された。
「そんな、急に――確かなのですか? ティメオ殿下の――妃が汚職に関わったなどと――」
「こちらは国の書簡を――貰っている――の、王の署名も――」
「しかし、なぜ――妃の汚職で、我々が――足止めなんぞ――」
御者がわざと聞かせるためか大きな声で、説明口調で嘆いている。単語からぼんやりと理解したマルベーは――足が震えていた。
(なんで……なんで、城を出たのは昨晩だろ……なんでこんな地方の宿にまで話が来て……)
考えられるのは、ティメオが国王に相談した時点で、汚職の嫌疑をかけられ、指名手配の書状が回っていたということだ。
(でもあんな、意思無しの傀儡がそんなことできんのか……)
今の国王は、宰相のいいなり、事なかれ主義だと批判されている。マルベーもちらっと対面しただけで分かった。
「いい加減に――おい、この布を――」
「ちょ、ちょっと、我々――これは――貴重な品なので、乱暴に――」
「うるさいぞ!!」
怒鳴り声がした瞬間、どさりと鈍い音がする。御者の声が聞こえなくなったことに――マルベーの体に震えが走った。
「……っ」
「マー……走れるか」
小声で聞かれて、首をぶんぶん振った。
「走れるっ……大丈夫」
「よし、お前達先に行け。俺は主人と逃げる」
「了解」
「了解」
騎士達が頷き、全員が剣を抜く。マルベーは泣きたくなるのを堪えて、足を踏ん張った。
「俺が今だと言った瞬間、走るぞ。手をつないで」
「う、うんっ」
ラファイエットが利き手の長剣を抜いた。ぎりぎりと重たい音が響く中、閉じられた布が歪んだ。ぐにゃぐにゃと手で乱暴に扱われているのか、怒鳴り声と一緒に、きらりと光が入ってきた――松明の火だった。
「――行きます」
一人の騎士が、突進する。あっとマルベーが声を上げる間もなく、うめき声がした。手に持っていた剣が布を突き破り――赤黒いシミが見えた。
共に、覆われた布に切り込みが入る。ばっと覆われた布が取り去られ、明るいと目を眇めたのは一瞬。ラファイエットの合図に、マルベーも走り出した。
「うわぁあぁぁ!!」
「おい、捕まえろっ!! 捕まえろ!!」
怒号と悲鳴の中、荷台から飛び降りる。体の衝撃を気にするよりも、ぐにゃりとした奇妙な感覚に、目が落ちる。
ふくよかな体格の男性が倒れていた――さっき、布を取り去ろうと、騎士に突かれた男だろう。すぐ近くには御者の遺体が転がっていた。
マルベーは悲鳴を上げた。
「わぁぁぁぁ!!!!」
「走れ!!!」
ラファイエットに引っ張られるようにして、喧噪を飛び出す。護衛の騎士と傭兵が加勢し、騒然となった。
「 なんでっ! なんでっ!」
「良いから走れっ!!!」
マルベーはパニックになっていた。何故なら一瞬見た、その場を取り囲んでいた人間達の身なりが――
(なんで親衛の騎士隊がいんだよ!! ここに!!)
マルベーの下敷きになった男は、藍色のダブレッドを着ていた。そして荷馬車を取り囲んだ兵士達の胸元には、国王直属の親衛隊を表すエンブレムが光っていた。
(なんで??!なんで?!)
ラファイエットは手をつなぎながら、襲いかかる敵を仕留めていく。ラファイエットの力に、何人もの兵士達が、剣を弾き飛ばされていた。
「走れっ!走れっ!! 走るんだっ!!!」
「うんっ、うんっ!!」
前を走るラファイエットが、涙で目がかすむ。お腹を押さえながら、マルベーは走り続けた。
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