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32.絶体絶命
しおりを挟む「――大丈夫か?」
「……うん」
森の中に入り、走り続けた。何時間経ったのか分からない。マルベーの体感では何時間も走り続けたような気がするが、まだ夜は明けていなかった。
松明の光も見なくなり、静寂に包まれた森の中。ぜぇぜぇと二人の息づかいだけが響いていた。
「ここに……ここなら影になるから……休もう」
「うん……」
大木の下で、二人は腰を降ろす。マルベーが息が整った時にやっと、ラファイエットの異変に気がついた。
「……もしかして、怪我してる……?」
「たいしたことない」
すぱっと切り返されて、マルベーは嘘だと確信した。長年の相棒は嘘を付くのが下手なので、早口になるのだ。
月明かりの下、ぼんやりとしていたが、騎士のローグを剥ぎ取る。脇腹がどす黒く滲んでいた。マルべーは耐えきれず、泣き出してしまった。
「泣くなよ……大丈夫だから、じっとしてよう……もうすぐ夜が明ける……だから、」
「――っ」
カンッと音がして、瞠目した。二人が腰を降ろした大木に突き刺さったのは、弓矢だった。はっと周りを見渡すと、松明の光がぽつぽつと見える。
ラファイエットが剣を抜いた。
「ラフィーっ、駄目だ! 動いたらっ」
「いい、いいっ! お前は逃げろっ!!」
マルベーは騎士を支えようと、肩を貸した。ここまで身を挺して守ってくれたのだ。二人で逃げようと、立ち上がった時「オメガの癖に逃げ足だけは早い」――小馬鹿にしたような声。
騎士をぞろぞろと連れたユーグだった。
「……」
疑問よりも先に、弟殿下の身なりにげんなりした。ティメオの着古された礼服と違い、毛皮や宝石がちりばめられた騎士の礼装。重たそうな身なりは、周りの騎士達から浮いていた。
「お前ら、この大罪人を捕らえろっ!!」
「……」
弟殿下が意気揚々と命令する。手荒に扱われるかと身構えたら――誰も動き出さなかった。おどおどと、周りの様子を伺うようなアイコンタクトが走る。マルベーは涙が乾いた目で、瞬時に理解した。
(やっぱり……こいつ人望ないから……)
ユーグの胸元には、親衛騎士隊のトップエンブレムが輝いていた。だがユーグが将軍格に任命された話は聞いていない。まだ任命されて日が浅い、お飾りの――
「何をぐずぐずしてる!! 早くしろ!! そいつは皇太子妃でもない!! ただのオメガだ! 犯罪者だぁ!!」
オロオロと数人の騎士が近づいて、マルベーの肩に触れようとする。バシッと手ではたきおとした。
「ふざけんな!! この無能が!! 俺にこんな態度取って良いと思ってんのか?!」
森中に響くように、声を張り上げる。得意満面な笑みも、マルベーの怒鳴り声に、ほころびが出た。
「なっ……」
(やっぱり、こいつは何にもできないビビり)
今日だって、騎士達を連れているから余裕のある態度を見せているだけだ。本当は、母親の后がいなくては何もできない男なのだ。
(俺には子どもがいる、ティメオがいる、それに怪我したラファイエットがいる)
声の震えがばれないよう、声を張り上げた。
「俺やラファイエットに手を出してみろ!! お前等に未来はない!! 俺には見えるぞ!! お前等がもがき苦しみ、のたうちまわって死ぬのがなっ! 俺の能力を忘れたのか?!」
「っ……」
マルベーを捕縛しようとした騎士が、距離を取る。動揺した顔付きに、マルベーは一歩前に出た。
「お前達は不幸になる!! 俺には見えてるんだぞ!! お前達の悲惨な未来を教えてやろうか?! 」
怒鳴り散らすと、明らかに騎士達が慌てていた。ユーグも眉間に皺を寄せて、黙り込んでいる。
ちらっとラファイエットを見たが、もう自力で立てないのだろう。大木にもたれかかり、息が荒い。すぐにでも治療をしないと危ないだろう。
マルベーは今にもあふれ出してしまいそうな、嗚咽を飲み込んだ。ここでどんなに抵抗しても、この人数の騎士からは逃げられない。だけど捕縛されて膝を折れば、どんな扱いを受けるか、考えただけでぞっとする。
じっと恨めしそうな目で見る男と、マルベーは対峙した。
「……あんたには汚職の嫌疑がかかっている。領地で不正な売買をして、巨額の利益を得たと――」
「不正な取引? 何をしたんだ? 具体的に? 何の不正な取引を!言ってみたまえよ、ユーグ殿下っ!」
「……っ、それは……」
ユーグが言葉に詰まる。マルベーは怒りと共に、ある確信を得た。
(やっぱりこいつは言われるがまま、ここに来たんだ……一体、何の不正な取引をしたのかも設定を教えて貰えず、ここに来たんだ)
マルベーが汚職とか、不正な取引をできるわけがないのである。そんな小難しいことは考えずとも、今まで親が金をくれる立場にあった。望めば親はいくらでも小遣いをくれる。どうして金に困っていない、マルベーが不正に手を染める必要があるのか。
(こいつ……やっぱ俺と同じくらい馬鹿で、何にも考えてこなかったんだ……)
あーとか、うーと唸りながら、マルベーを追及できる様子がない。その場しのぎに、デタラメを言うこともできないレベルだった。
ユーグを唆した人間がいる――
「……ユーグ殿下は答えられないのですね」
「いや、違うっ! お前がデタラメを言うから、お前はっ、お前は茶会の時もそうだった!オメガのくせにべらべらと慎みがない! 生意気で――」
「私は冤罪です。汚職だ、不正な取引だと、馬鹿馬鹿しい。すぐに冤罪だと、私が証明して見せましょう……おい、お前っ! ラファイエットの手当をしろ!」
さっと確認して、一番若そうな騎士を指さす。おどおどとした新兵は、ちらっと目を動かす。視線の先には中年の親衛騎士がいた。
(多分、あいつだな……ユーグが任命される前任……)
男が頷くと、新兵がラファイエットに駆け寄る。他の騎士がそっと「マルべー殿」と声をかけ、馬車の方角を指さした。
「おい! 俺と同じくらい丁重に扱え! ラファイエットを死なせてみろ!!! ここにいる者は全員、不幸になるからなぁ!! 分かってんのかぁ!! 俺には未来が見えてるんだからなぁっ!!」
馬車に乗り込む間、マルベーは喚いていた。ティメオがいない今、子どもとラファイエットを守れるのは自分しかいないのだ。
今にも崩れそうな足下を、奮い立たせていた。
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