間違いだらけだったクルマ選び~徳大寺先生ごめんなさい~

詩川貴彦

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第2話 昭和55年式「TE71カローラ・レビン」 ~「86の兄ちゃんはドライバーを育ててくれたと思う~

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プロローグ

昭和54年3月のことでした。ワシは何とか単位を取って2年に進級できそうな春、当時のベストセラーカーであるカローラ&スプリンターシリーズがフルモデルチェンジを行い、70系となりました。

しかも、これまでレビン&トレノ専用だった憧れのDOHCエンジン2TーGが、セダン、ハードトップ、クーペ、ついでにリフトバック、なんとすべてのボディに搭載されて、ちょっと太いタイヤと「DOHC EFI」の文字入りストライプとエンブレムがついて「GT」を名乗るようになりました。その中のクーペのみに伝統の「レビン」という名称が与えられていました。しかしワシは、トヨタGTブランドのカリスマ性が薄まったように思いました。

 稀少で高性能で憧れの的だった2TGツインカムエンジンの大バーゲンが始まったわけです。これって当時のワシらにとってはすごいことでした。

 さすがトヨタは太っ腹だとみんな感心したり喜んだりしたわけです。しかし、今になって考えると、この次の80カローラには4AーGなる新型の4バルブツインカムが搭載され、かの名車AE86を生むわけですが、たぶんですけど、当時から賢明だったトヨタにしてみれば、余った2TーGとか18RーGとか、旧式の2バルブツインカムエンジンを何とか使い切ってしまおうと考えたんじゃあないかと思います。某日産と違って経営にかけては昔から天才的なトヨタのことですから、無駄銭は一銭も使わないのです

憧れのツインカムエンジンを搭載したカローラが四種類もあるわけですので、選びたい放題です。ワシたちは買えもしないのに、どれがいいかを論議する毎日でした。

 ワシは「セダンGT」がいいと思っていました。丸目4灯のヘッドライトで角張ったクリーンな面構成で、ぱっと見は、その辺のおじさんが乗っていそうなカローラですが、ちょっとタイヤが太くて、前後に「GT」というエンブレムが控えめにあって、とても渋くていいなあと思いました。71のセダンは、今見てもほほうっと思うくらいですので、当時のワシにとっては憧れの的でした。もし買えたら、GTとかDOHCとか書いてあるシールやエンブレムを全部取って、ただのカローラを気取って乗ったらどんなに渋いことか。「セダンGT」欲しいなあと薄々思い始めていた大学3年生、実はツインカム車が欲しくてたまらない二十才の私でありました。

ところが、またやってしまうんです。ワシの選んだ車は、クーペのレビンでありました。
しかもダークブルーのメタリックで、サイドにオレンジのラインが上下に2本も入っていて、上のラインには「DOHC EFI」とか書いてありました。なんちゅうか、どこにいても目立つというか、たぶん誰も買わないというか、軽薄というか、そんな印象でありました。なんでこんな最悪の選択をしてしまったのかは自分でもわかりません。たぶん買えるはずがなかった憧れのGTを目の前にして正常な判断ができなかったというか、そういう運命じゃから仕方がなかったか、でもどう考えても「ミス」でしかなかったと後悔しています。

なしてこんなことになってしまったかと言うと、昭和55年の11月だったと記憶しておりますが、セリカの調子がまたまた悪くなったので、すでに何度も修理に通ってすっかり顔なじみになっていたトヨタカローラ店に持っていきました。修理待ちの間に、たまたま展示してあったレビン見ておったのです。

 そしたらベテランっぽいセールスがやってきて、ボンネット開けて憧れの黒ヘッドの2TG見せてくれたり、運転席に座らせてくれたり、試乗車を運転させてくれたり、平日の昼間でよほど暇だったのか、たいそう丁寧に対応してくださいました。そして・・・。

気がついたらレビンを車を買うことになっていたのことです。以前、中古屋で査定して貰って20万円だと言われてショックを受けたワシのセリカをなんと54万円で下取ってくれるとか、変則ローン(今は少額月払いで、1年半後に就職してから金額がグッと上がる。)なら月々2万円でレビンに乗れますよとか、憧れがぐっと現実味を帯びたことに小躍りして喜んで、今しかないとコロッとやられてしまったんです。

はっきりいって、ワシは、レビンはあんまり欲しくなかったのです。白いセダンGTか、どうせなら、あと少しなら借金増えてもいいから、角目になったばかりの「名ばかりのGT達は道をあける」セリカの方が欲しかったのです。

 なぜか、しきりにこの紺色のレビンを勧めてきましてね。きっと在庫が余っていたか、キャンセルが出たんだと思いますよ。二十歳そこそこの世間知らずの学生が、海千山千のベテランセールスさんに敵うはずがなくて、結局そういうことになってしましました。



そんなわけで、色形的には不満があったレビンですが、車としてはとても良かったです。キャブをやめて、EFIで制御するようになった2TGは、寒い朝でもセル一発で始動しますし、暖気運転終わらないのに走りだしても、ギクシャクしないし、アクセル踏み込むと7000回転までギュワーンと回って加速するし、それこそ、誰でも気軽に扱えるようになりました。かしこいトヨタはこういう方向で一部のマニアのものだったツインカムエンジンを一般に普及させようとしていたんですね。

 ちなみに、それまでのツインカムエンジンと言えば、一部のマニアックな人たちにしか扱えない、それはそれは面倒なエンジンでした。早い遅い以前に、エンジンを始動できるかが勝負でしたから。

 朝イチエンジン始動は、まずチョークレバーを引きますね。アクセルを二回ぐらい踏み込みますね。アクセルから足を放して、キーをオンにしますね。電源が入りますよね。それを確認したら、丁寧にセルを回しますと、重々しくクランキングが始まって、しばらくしてエンジンがすごく嫌そうに始動するんですよ。ドッドッドッドッみたいな感じで耕耘機的に回り始めるでしょ。そしたらエンストしないように、暖機運転に合わせて、チョーク戻していくんです。しばらくたってエンジンの回転が安定し始めたら、やっと乗ってアクセルじわっと踏んで、やっと発車であります。始動にしくじったり、エンストこいたりしたら、プラグが乾くまでしばらく待って、またやり直しです。

 まったく、今考えたらヤマトの波動エンジンよりも手間暇かかるような感じですが、当時はそれが当たり前でしたので、EFI化された2TGは画期的なエンジンだったと思います。しかもレギュラーガソリンだし、ためしにソレックス2TGのセリカと競争してみたら、あっさり勝ってしまい意外な結果にみんなあきれるやら驚くやらしたものです。

 軽量コンパクトなボディにEFIの2TG、四独ではなかったけれど、4リンク化された後サスペンション、それから何より運転しやすかったのを憶えています。ハンドルが軽くて、車内が広くて明るくて、視界がとても良くて、穴蔵には入って運転していたような感覚のセリカとえらく違って健康的というか健全というか、スポーティとはかけ離れて少し寂しいんですが、運転しやすくて楽だなあと思いました。

 とても曲がりやすかったのもレビンの特徴です。グッとアクセル踏んだらじわっと尻が流れて、決して限界は高くなかったのですが、安心というか、コントロールのしやすいというか、とてもバランスのいい車だったと記憶しています。

 当時、発売されたばかりの友達のスカイラインGTターボと何度か山道を走りに行ったりしましたが、コーナーの続く道では、軽々とついて行けたというか、こっちの方がぜんぜん速かったというか、馬力のある車と競争しても意外と速くてあんまり負けたことなくて、本当にバランスがいい車でした。それからこの手の車にしては燃費もよくて、当時はガソリンがものすごく高かったのでとても助かった覚えがあります。

ワシは、この車のおかげで、多少なりとも運転が上手なったと思っています。「86はドライバーを育てる」と拓海のお父さんが言っていましたが、71にもそういうところがとってもあって、そのシーンを漫画で見たとき血筋だなあと感心しました。

それから走ることが好きになりました。それからどうやったら人より速く走れるんだろうかと、勉強もしないでそんなことばかりを考えていました。ダブルクラッチとかヒール&トウだとか、何とかできるようになったのもこの頃ですし、ちょっと速い車に乗っている方々ともずいぶんお知り合いになることができました。

 部品もたくさんあって、いじくるのも簡単だったので、ちょうど出始めたハイグリップタイヤやアルミホイール、CDIにマフラー交換と、どんどんエスカレートしていく車いじりと比例してバイトの時間もどんどん増えていくのでした。

エピローグ 

昭和57年4月に、ワシは何とか大学を卒業して、就職して赴任先のちょっと都会にレビンと一緒に行くことになりました。お固い仕事で、さすがに初日からこの改造車に乗って行くには気が引けて、しばらく電車通勤していました。それでも通勤が不便で、仕方なく5月の連休にほぼノーマルに戻し、連休明けからレビンで通勤するようになりました。紺メタリックにオレンジ色のライン二本入りの派手な外見はどうにもなりませんでしたが、とりあえず音も静かな普通のレビンに戻りました。

 そうしたら、あら乗りやすい。そこそこ速くて静かで、しばらくこれで十分といった感じで、なぜか目から鱗が落ちたことを記憶しています。その時、ずいぶん無駄金を使ったんだなあと後悔しました。いろいろいじくられて、レビンも嫌だっただろうなあと思いました。すいぶん無理をさせたなあと思いました。

 やっとわかったわけでありました。こんなことするお金があったら、きちんとディーラーで点検受けて、純正オイルを定期的に交換し、タイヤやバッテリーなど消耗品をきちんと変えて、そうやって乗ることが車にとっても自分にとっても一番いい事だということが社会人になってやっとわかった次第でありました。

 事故はずいぶん無茶をした割には、一度もなかったですね。それこそレビンが守ってくれたというか、察知して回避できたというか。安全な車とは、素性のいい車だと何となくわかるようになってきたのは大きな収穫だったと思います。

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