お仕事辞めて、推しごと解禁!

桜乃

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 五十嵐月子いがらしつきこがついたアイドルは必ず売れる。


 業界でまことしやかに囁かれていた私の噂。

 何事にも動じない平常心と眼鏡の奥の冷たい眼差し。
 担当したアイドルを売る手腕は右に出るものなし。

 トップアイドル請負うけおい敏腕びんわんクール女史。

 これが私のあだ名だった。

 なんだかいろんな情報が詰め込まれていて、よくわからんあだ名だけど。

 そして、必ず売れる……は半分あってて、半分違う。

 私の担当アイドルが売れるのは、私が金の卵を見つけるのにけていて、それをただ磨いているだけなのだ。


 5年前、社長が「この子を売りたい」と連れきた子は、吸い込まれそうな漆黒の瞳が印象的な、少年にも大人にも見える男の子。

「よろしくお願いします」

 ぶっきらぼうに挨拶をする18歳の彼は、まさにダイヤの原石で、直感的に「売れる!!!!」と思った。

 私は、将来人気が出るであろう人物がひと目でわかる。

 生まれてこの方、伊達にアイドルオタクを自称してきたわけじゃない。自慢じゃないけど。

 オタク女子がときめくツボを私は知っている。事実、私がときめいている。自慢じゃないけど。

 彼を見た途端、心臓がドクンと跳ねた。

 彼は絶対にアイドルオタクの心にハマる。
 オタク女子達のハートをぶち抜く逸材だ。

 私はチラッと彼を見て、ビジネスライクに話しかけた。

「マネージャーの五十嵐です。葉月はづき輝良きら……いい名ですね。そのまま使っていきましょう」

 クール女史と呼ばれている私は表情1つ変えずに彼の履歴書を眺める。

 いやいや、いいなんてもんじゃ、ありません!
 最高でございますよ。
 彼のお父さん、お母さん、素敵な名付けをありがとう。
 も、拝んじゃう。

 ああ、心の声が漏れなくて感謝です。

「二人三脚で頑張っていきましょう。必ず、私があなたをトップアイドルに押し上げます」

 人差し指で眼鏡を直し、無表情で淡々と説明する。

 照れくさそうに頭を下げる彼を見て、オタクのさががムズムズする。


 あああああ!!!!!

 推したい!!
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