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37.手紙の主と突然の腹痛
しおりを挟む昨日のうちにお義父さんとお義母さんに簡単に説明しておいた私は、朝早く鎧姿のヴォルさんと共に馬に乗り、ヌーアニア侯爵の別荘がある場所へと向かった。
初めて馬に乗ったけれど、ヴォルさんが気遣ってくれてゆっくり歩いてくれたからか、負担になることはなかった。
それよりも馬が動くたびに体が浮いたり動いたりする私を、片腕で支えてくれたことが嬉しいというか、恥ずかしかったというか。
大きな門に大きな屋敷
門の傍にはヴォルさんのような鎧を着ている人が立っていて、馬から降りた私はヴォルさんと共に近づいた。
昨日貰った手紙を差し出し、「サーシャ様に会いに来ました」と告げると、話は伝わっていたのかすぐに屋敷の中に通してくれた。
私は一人で案内してくれている門番さんと共に屋敷の中を歩く。
ヴォルさんは何故か通してもらえなく、門の前で馬と一緒に待っている為だ。
ヴォルさんはあくまでも国に仕えている騎士団所属。
貴族が独自に持つ騎士団とは所属自体が違うため、許しを貰わない限り中に入れないのだそう。
勿論、“問題”が起こった場合は強硬手段という形をとれるらしいが、今はなにも起きていない為私は一人で行動することとなった。
案内された広いお部屋のソファに私は腰を下ろすと、思った以上に柔らかく体が沈む。
(すっごい、気持ちいい……)
思わずソファの生地を撫でると手触りもとてもよかった。
ずっと撫でていたい。
そう思わせる絶妙な感触に目を細める。
<バンッ>
勢いよく開けられた扉の音に、思わず背もたれにもたれていた背筋を伸ばし、音の元へと顔を向ける。
そこには綺麗な金色の髪の毛を軽く巻き、ハーフアップにしている綺麗な女性がいた。
「貴女がアレン・フィーズですわよね?」
ツカツカと高いヒールなのに綺麗な歩行で私の元までやってきた女性は、扇を開き口元を隠しながら、ソファに座っている私をピンク色の瞳で見下ろした。
よく見ると赤い生地に綺麗な模様が入っていて、腕の袖とスカートに何枚もの白いフリルを誂えているドレスは私からみてもとても綺麗だった。
またそんなドレスを身に纏っていても、自然というか、…見劣りすることもなく着こなせている目の前の女性もすごく綺麗だと思う。
「…?アレン・フィーズではないんですの?」
少し釣り目気味の目を不愉快そうに細める女性に対して、私はハッとしてソファから立ち上がった。
「いいえ!私がアレン・フィーズです!」
「合っていたんですわね。では…」
パチンと指を鳴らした女性に対して、指示もなく動き始めるメイド達に私は驚いていると、あっという間に目の前にお茶とお菓子が用意された。
ホカホカと湯気が立つ透き通ったオレンジ色のお茶。
私の向かいに座る女性は、綺麗な仕草でお茶を飲む。
「…飲みませんの?」
「あ、はい。いただきます」
慌ててティーカップに手を伸ばして、少しだけお茶を飲む。
少し渋い癖のあるお茶に、私は甘味が欲しくなった。
「私は、サーシャ・ヌーアニア。ヌーアニア侯爵の長女でございます」
「あ、私はアレン…」
「先程聞きましたわ」
「あ、そうですね……」
ズバッとさえぎられて、私は口籠る。
湯気が少し少なくなったお茶に再び手を伸ばして、ちまちまとお茶を飲んでいると、どこからか視線を感じた。
思わず横を見上げると、一人のメイドが立っている。
どうしたのだろうと私は首を傾げていると、サーシャは不愉快そうに告げる。
「ララ、この方は私のお客です。そのような目を向けるのはお止めなさい」
「も、申し訳ございません!!!」
「え…?」
頭を下げるメイドに、それを許すサーシャさん。
二人の言動が私にはわからなかった。
「アレン、ララは作法には厳しい人なんですの。
先程貴女は両手でカップを持っていた時点で作法的にはNG。
正しくは私のようにソーサーごと胸の高さまでもち、左手にソーサーを、そして右手にカップを持ちますの。
…まぁ、場合によってはソーサーは持ち上げず、カップだけ持つこともありますが…」
「そ、そうなんですか…」
「ただ、私は貴方が貴族ではなく平民という事を承知でお呼びしました。
ですので、作法に疎いことは当然ながら承知しておりますの。だから……」
キッと鋭い目線をメイドに向けると、メイドは深く頭を下げた。
「あ、あの、作法を知らなかったのは私なので…、その、すみませんでした。
これから気を付けますので、だから、あの…許してあげていただけないですか?」
「…ふぅ、まぁいいでしょう」
ホッと胸を撫でおろした私は頭を上げたメイドに微笑むと、どうやらよく思われてなかったようで睨まれてしまう。
それでもあの雰囲気の中口を挟まずに大人しくしているのは難しかった。
原因は私だからだ。
「…あ、の……、それで私にお話ってなんですか?」
「それは……」
持っていたソーサーとカップをテーブルに置き、膝元のフリルをギュッと握りしめるサーシャ。
暫く沈黙が続く。
どれほどの沈黙だったのかは、入れたお茶がすっかり温くなってき始めたことを察したララと呼ばれたメイドがお茶を入れなおすくらいの間である。
そして遂にサーシャさんが口を開いた。
「あ、あああ貴女がヴォルティス様とどういう関係なのかと!伺いたいと思いますの!!!」
「か、関係、ですか?」
「ええ!そうですわ!!!ヴォルティス様が第二騎士団団長になって嬉しく思う気持ちは勿論ありますが、ただ、ただ!!
王都からイヴェール地域に勤務先が移動して、ヴォルティス様の仕事風景も見ることがなくなって!!
私がやっとの事でお父様を説得し、このイヴェール地域に近い別荘に行くことを許されて、やっとの事でやってきましたのに!!!」
「そういえば、ヴォル…ティス様の事手紙に沢山書いてましたよね?王都で_」
「!そうですわ!団長や副団長の立場ではなかった頃ですので、頻繁に王都の街中を巡回されておりましたの!
荒くれ者たちをあっという間に鎮圧させるその強さもさることながら、優しく真面目な人柄なヴォルティス様は町の人たちにも慕われ、同僚の方にも慕われ、とても輝いておりましたわ!」
「確かに、私もぶつかって転んでしまった時は、怒られることなく心配していただきましたし、服の汚れも落としてくださいました」
「っ!あ、貴女もヴォルティス様の優しさを体験されたのですね!私もなくしてしまったブレスレットを探していただいた事がありましたの!
小さなものですし、もう誰かに盗まれてしまっていたと諦めていたのに、闇市に売り飛ばそうとしていた者たちを締め上げてくれたあの方の手腕には!感服ものでしたわ!」
「大切な物だったんですね、取り戻してくれたヴォルティス様には感謝ですね」
「ええ!ええ!本当に………、あ、」
徐々に嬉しそうに顔を綻ばせていたサーシャさんは我に返ったように口を閉ざして、白い肌を赤らめた。
そして、こほんと小さく咳払いした後、私をちらりと見る。
「なんだか、調子が狂いますわね…」
「え、あ、ごめんなさい」
「…別に、悪く言ったつもりはありませんわ。
それよりもララが折角入れなおしてくれたお茶が温くなる前に、ひと口だけでも飲んでください」
「はい。いただきます」
そして勧められたまま、今度はソーサーとカップを手にし、見よう見まねでお茶を飲む。
作法なんてものは習ったことがないけど、目の前にサーシャさんというお手本がいるから、少しくらいはまともに見えたら嬉しい。
「……さっきと違うお茶なんですね。私は詳しくないのでわからないですが…」
「?違うお茶?……それより、貴女とヴォルティス様のご関係を早く仰ってください」
先程の可愛らしい表情ではなく、真剣な眼差しを向けるサーシャさんに、私は再びゴクリとお茶を飲み込んだ。
「………、ヴォルティス様には魔法の使い方を教えていただいています」
「魔法?平民は魔法を習わないの?」
「いえ、習う機会があることは確かなのですが、私以前の記憶がなくて……、それで魔法も使ったことがなかったんです。
それに今から魔法を習おうにも対象年齢を過ぎているらしく……、そこにヴォルティス様が教えてくださるといっていただいたのです」
「…記憶が…そう、だったの……」
「……でも、私……」
「それならばヴォルティス様と関係はなにもないということね!」
そういわれて私の心は痛んだ。
関係…は、確かにない。
私はヴォルさんに気持ちを伝えることもしていないし、私自身に自信がつくまでいうつもりもないのだから。
でも、自分以外の人に言われるのはなんか、……嫌だ。
「私は……」
お茶が半分ほど残っているカップをテーブルに戻し、私は俯いてギュッと服を握る。
サーシャさんもきっとヴォルさんの事が好きなんだ。
じゃないと、あんな表情で、あんな目でヴォルさんのこと話したりしない。
俯くことで見えてしまう自分の貧相な体が恥ずかしくなる。
少しずつ自分でもわかるくらい体が成長し始めてきていて、胸も少しは出てきているけれど、目の前のサーシャさんはとても“魅力的な女性だから”、だから余計そう思うのかもしれない。
“自信がねーのは、自分に出来ることがないって思ってるからだ”
前にコクリ君が言っていた言葉を思い出す。
お店の手伝いも、料理も、魔法も少しずつだけど出来るようになってきたことは、自分でもわかっているつもりだ。
だってお義母さんやお義父さん、お店に来てくれる沢山の人に声をかけてもらっているから。
「頑張ってるな」「もうやったのか?」「上達したな」
他にも沢山の言葉をかけてもらって、それを全部お世辞として受け取るほど、私は皆の事を信じてないわけじゃない。
皆の事が好きだから、信じているから、だからこそ皆からの嬉しい言葉を糧にして、もっともっと精進しないと思っているだけ。
だから、まだまだ足りなくて、もっともっと頑張ろうと思っているけれど、少なくとも全く自分に自信がなかったことよりは、今の自分が好きになっている。
自信がついてきているからこそ、好きになれているんだ。
だから
「…私はっ!」
「ちょっと、貴女…顔色が悪くってよ」
せめて自分の気持ちを告げようと顔を上げた時だった。
驚いた表情を浮かべたサーシャさんが、ソファから腰を上げ私に駆け寄る。
「え…?」
お腹がじわりと重くなるのが感じた。
そういえば体が熱い気がすると、自分の体調の変化を感じた時、じわりと汗がにじんでいたことに気付いた。
なんで?どうして?
思わずお腹を隠すように抱え込み、背中を丸ませる。
背中に小さな温かみを感じ、耳元でお医者さんを呼ぶように指示を出すサーシャさんの声を聴きながら、私は柔らかいソファへ身を沈めた。
サーシャさんの叫び声を聞いたのか、バタバタと外から部屋に入る沢山のメイドが行き来している。
指示通り医者を呼んでくる者、私の容態を確認し「布を濡らしてきます」「ベッドがある部屋を用意させます」等とサーシャさんに告げて駆けていくの中、お茶を入れてくれていたララと呼ばれたメイドが静かに私の飲んでいたカップを片付ける様子が目に入る
気付いたのは私だけではなく、サーシャさんも同じだった。
「…ちょっと、貴方。どうして今片付けているの」
「ど、どうしてといわれましても…。このままの状態でお医者様をお呼びするわけにはいかないと判断したまでで…」
「私は!一番近くにいた貴方に医者を呼んでくるように告げたのよ!?それを何を暢気に片づけているのかと聞いているのです!」
「わ、私は…!」
グッと唇を噛みしめて私を睨むメイドのララ。
(…そういえば、何かあった時魔法を使うってヴォルさんと約束したのに)
お腹が痛い中、そんなことを考える。
(でも、サーシャさんは優しい人だってわかったから…。ヴォルさんが言っていた怖い貴族じゃないって、わかったから、使わなくてよかった、かも……)
目を閉じ、痛みが走っているお腹に私は集中した。
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