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38.腹痛の真相
しおりを挟む痛い時は“いつも”こうしていた。
(…いつも?)
自然に浮かぶ思考に疑問を抱きながら、集中を途切れさせない私は徐々に痛みが引く感覚を感じた。
滲んでいた汗が引き、激しい動機は収まり、呼吸ももう荒くなくなり正常に戻る。
ゆっくりと体を起こした私は、問い詰めているサーシャさんに手を伸ばした。
「アレン!!!」
そんな時部屋に訪れたのは兜を被ったままのヴォルさんと、担がれている白衣を着たおじいさん。
顔は…、ヴォルさんの背に隠れていて見えないけれど、白い髪の毛からおじいさんだと思った。
「そ、そのお声は…」
顔を赤らめた後、すぐに血の気をひかせたサーシャさんは私から距離をとる。
「アレン、体はどうだ!?医者よ、早くアレンをみてくれ!」
どういう状況なのかわからないが、お医者さんに私の容態を確認させるよう指示を出すヴォルさんは、顔はみえないがとても焦っているように見える。
心配してくれるみたいで、とても嬉しかった。
「あの、私は大丈夫だよ。もうどこも痛くないから」
「だが!」
「それよりヴォルさんはどうしてここに?確か門の前で待ってるって……」
私以外は通すことが出来ないからと、門の前で待つといっていたヴォルさんがどうしてここにいるのだろうと問いかけると、膝をついて目を合わせてくれた。
「急に屋敷が騒がしくなり、医者を呼ぶ声が聞こえてきたんだ。
アレンになにかあったのではないかと考え、門番を振り払ってここまできた」
「振り払ってきたんだ…」
どう反応すればいいのだろうかと思っていると、ヴォルさんはソファの端に立っていたサーシャさんに目を向ける。
ちなみに少し体をずらしたヴォルさんとの間に、お医者さんがいい感じで体を滑り込ませて、私の目を見たり、首に指先を当てて脈を図ったりしている。
にこやかでどこか落ち着くような微笑みを向けられ、どうやら問題なかったのだろうと察した。
「…これはどういうことだろうか」
「ヴぉ、ヴォルティス様…、これは…」
「待って!サーシャ様は悪くない筈だよ!だってすごく私のこと心配してくれたんだもの!」
ソファに倒れた私の背中を撫でながら、周りの人たちに必死に指示を出し、その合間にも私に声をかけ続けてくれたのだ。
それに状況を理解していないのはサーシャさんだけでなく私も同じだから、青い顔をしたまま問われているサーシャさんをかばう為、ヴォルさんに待ったをかける。
「…状況を説明してくれるか?」
その言葉に私は頷いて答えた。
サーシャさんと“普通”に話をしていたこと。
出されたお茶を飲んだこと。
でもおいしそうなお茶菓子には手を付けていなかったこと。
…本当は食べたかったけれど、どのタイミングで食べればいいのかがわからなかったことは伏せておいた。
「口にしたのは茶だけということか」
「…そういえば、アレン。貴女お茶の味が変わったといっていたわね。
私が今日用意したのは、フルーツティーですわ。報告された貴女の身体的特徴から、あまりカフェインを採らないほうがいいと思いましたの。
紅茶は蒸らす時間によって味の変化があるものですから、貴女の言葉には然程不思議に思いませんでした……。
ですが、フルーツティーは苦み等が出ないことが特徴ですし、実際私は別のお茶という認識を持つほど変化を感じていませんでした」
サーシャさんの言葉に、医者がララが片付けることが出来なかったカップを持ち上げる。
香りをかぎ、持っていた鞄から小さくて丸い銀色の鉄のような物を取り出し、お茶の中に入れた。
次第に色は黒く変色し、医者は驚愕の表情を浮かべる。
「こ、これは非常に強い毒性を示しています!
毒の詳細については詳しく調べなければ判別することはかないませんが、それでもかなり強力な毒が含まれているのではないかと…。
ですが、何故そこの女性は今平気な様子でいるのでしょうか…」
不思議だと大きく顔に書いている医者は首を傾げて私を見る。
でも私もわからないから、同じように首を傾げた。
「…医者よ。アレンの容態は本当に大丈夫なんだろうな」
「はい。私の医者生命をかけてもいいほど、異常は見られません」
「では、解決しなければならない残る問題は…」
ヴォルさんが再びサーシャさんに目を向けると、サーシャさんはゆっくりと目を閉じ、そしてメイドのララに目を向ける。
「ララ。貴女、アレンが倒れた際私の指示に従わず、真っ先にアレンの飲んでいたカップを片付けようとしていたわね。
正直に言いなさい。紅茶に何を入れたの」
「…ッ!」
「ララ!!」
ヴォルさんの動きは素早かった。
鎧姿であるはずなのに、こんなにも早く動けるのかと思ってしまう程。
そして、ララというメイドの動きも、私が気付かないくらい凄く小さな動きだった。
ララの右手が僅かに動いた瞬間、まるでロープのような細長い水がララの右手首を捻り上げる。
悲鳴を上げたララは、私を睨みつけるも、いつの間に移動していたのかララの元にいるヴォルさんに押さえつけられた。
「ヴッ!」
床に顔を叩きつけられ、ララからくぐもった鈍い声が出る。
ヴォルさんはララの右側のポケットを探るようにと、この場にいた他のメイドに指示を出した。
戸惑いつつも、一人のメイドが指示通りララのポケットを探ると粉末の粉が僅かに残った紙が見つかる。
驚愕したサーシャさんが目を見開き、美しく化粧を施した目を吊り上げた。
「どういうことよ!ララ!!」
「お嬢様の為です!!!その女がいなければ、お嬢様がお慕いしている御方が目を向けてくださる!!
だから私はお嬢様の為を想って!!」
「誰がそんなことを頼んだのよ!!」
震える声に私はサーシャさんを見上げた。
涙は零してはいなかったが、その表情からは辛い感情が伝わってくるようだった。
「…私は、……貴方を、ララを一番信じていたのよ。
小さい頃からずっと一緒にいてくれた貴方を…、毎日、おはようと笑顔を向けてくれるのも、私に似合うドレスやアクセサリーを選んでくれるのも、とてもありがたかった。
それだけじゃない。私が落ち込んでいた時だって、あなたが入れてくれたミルクティーも嬉しかったの!
あなたの気遣いが嬉しかった!!だからこそ、私の事をよくわかってくれると、私は貴女を信じていたのに!!!それなのに!私が嬉しく思わないことが何故わからないの!?」
勢いよく俯くサーシャさんから、光る物が落ちた気がしたが、誰も言葉にはしなかった。
そして次に顔を上げた時には、先程のような感情剥き出しではなく、とても落ち着き払った表情を浮かべるサーシャさんに、私の胸が痛む。
「私の監督不行き届きでございました。大変申し訳ございません」
私は平民だから気持ちがわからない。
けれど、平民に頭を下げるのも、きっととても屈辱的だと思うのに、信じていた人からの裏切りといえる行為も受け止め、その上で躊躇いもなく謝罪するサーシャさんが私にはとても輝いて見えた。
「ララの、メイドの処遇については…、ってちょっと何故あなたが泣いているのよ!」
「へ…、あれ、ほんとだ」
いつの間にかボロボロと溢れ、流れ落ちる涙を服の袖で拭う私にサーシャさんは慌てながらハンカチを手渡した。
「貴女、本当調子が狂うわ」
ふっと呆れたように笑わうサーシャさん。
手渡された綺麗な刺繍が施されているハンカチを受け取り、私は涙を拭った。
「…サーシャ様、ありがとうございます」
「っ」
サーシャさんの気持ちが伝わったのか、もう抵抗する様子をみせなくなったララを他の者に預けるヴォルさんが視界に入る。
「言わないの…?」
サーシャさんに小さく尋ねられた言葉に私は首を傾げる。
「なにを、ですか?」
「ここに招待された理由よ。貴女を牽制しようとしたこと、気付いているのでしょう?」
「…はい」
「彼は、…ヴォルティス様は小賢しい考えがとてもお嫌いなの。
純粋で、真っ直ぐで、だからこそ素敵なのだけれども、…私が貴女を牽制しようとしたことを知れば、私への興味はなくなるわ」
最初からないかもしれないけれど。と悲しそうに口にするサーシャさん。
「サーシャ様は綺麗で優しい方だって、この短い時間で私ちゃんとわかったつもりなんです」
サーシャさんの指示ではなくとも、毒を盛られたことはびっくりだけど。
「だから言いませんよ。実際に私はサーシャ様から酷いことを言われたりされたりなんてなかったんですから。
それに……」
「それに?」
「サーシャ様と同じで私もヴォルさんが、ヴォルティス様が好き、なんです。
だから、自分にもっと自信が持てるように頑張りたいって、サーシャ様をみてより思ったんです」
へらりと笑って告げると、サーシャさんもくすりと笑う。
初めてみたサーシャさんの笑顔は、ヴォルさんにみせたくないくらい綺麗だった。
「……私、貴女とお友達になりたいわ。純粋に」
「へ?お友達、ですか?」
「ええ。だって、私の周りにもヴォルティス様の事をお慕いしている女性がいるけれど、私や貴方のように純粋な気持ちではないの。
ヴォルティス様の家柄や地位を見て慕っているだけの、不純な思いの方ばかり。
私はもっと……、綺麗な気持ちでお慕いして、そして共有したいの」
貴女とならできそうだわと、微笑むサーシャさんは「でも」と続ける。
「?どうしたんです?」
「…いいえ、貴女となら話も合いそうだけれど、私が嫉妬しちゃうかもしれないと思ったのよ。
悔しいけれど、ヴォルティス様は貴女の事特別に思っているみたいだから」
「っ!」
「その反応…、貴女も自覚してるのね。なんて酷い方。ヴォルティス様に想われているのに答えてあげないだなんて」
「こ、答えるって…、私まだなにも言われてないです!!!」
「あ、こらっ」
大声を上げた私に反応して振り向くヴォルさんに、私とサーシャさんはなんでもないと必死に首を振った。
「そ、それに…、自己満足かもしれないけど、私なりにヴォルさんに釣り合うようになりたいって思って、ど、努力してるんですよっ」
「まぁ。では私も振り向いてもらえるように、もっと頑張ろうかしら。
ヴォルティス様が貴女を特別に想っていても、貴女だってそのうち大人になるのですから、その時にとびっきり美しい私が側にいれば、目に留まるってものよね」
「え!こ、困りますぅ!」
「ふふ、ふふふふ」
こうして私は貴族のサーシャ侯爵令嬢と友達になり、また恋のライバルとなったわけだが、非常に濃い内容を過ごしたせいか、帰り道はヴォルさんに抱えられながら馬の上で熟睡し、気付いた時には夕陽が傾き始めていた。
必死で頭を下げる私にヴォルさんは「気にしなくていい」と微笑んでくれたのだった。
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