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章間③
1 助けられた者
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少女から魔力を受け取った小さな存在は、降り積もった雪が溶けだした頃目を覚ました。
辺りからは雪は少なくなり、代わりに緑が茂っていた。
それだけでかなりの時間の経過がうかがえる。
小さな存在はその場から離れた。
森の中は脅威が多く存在する。
だが身を護るものは自分の拳しかない魔物は、思ったよりも早く傷が癒えた体を不思議そうに撫でながらも移動した。
(そう言えば魔力が満ち溢れている……)
だが明らかに自分自身ではない魔力だ。
思えば魔物には覚えがあった。
傷を癒すために小さく丸まっていた自分を包み込むよう守ってくれたような存在を感じていたのだ。
魔物はその魔力の持ち主を探した。
キョロキョロと辺りを見渡した。
すると最初の場所に明らかに怪しい何かがあった。
魔物はその場に戻り薄汚れている布をはぎとると、中から人間の女が出てくる。
「!」
魔物は思わず飛び退いた。
人間という存在は魔物を見れば攻撃してくるからだ。
確かに魔物の中には本能のまま行動する奴が多く存在するが、全てではない。
この魔物も自分の意思をしっかりともっている数少ない部類の魔物であった。
魔物は遠くからその人間の女を眺めた。
そして気付く。
以前森の中で見たことがある女だと。
確かユミ、と呼ばれていた筈だ。
(寝ている、のか…?)
魔物は恐る恐る人間の女に、いやユミに近づいた。
そして思い出す。
自分の身体に満ち溢れている魔力の持ち主が、この倒れている人間の女のものだと。
(助けてくれた、のか…?)
人間の女が魔物の命を奪うのではなく、寧ろ命を救ってくれたことを魔物はこのとき知った。
魔物である自分と人間であるユミは決して同族ではないというのに、どうして、と疑問すらわいた。
だがそんなことどうでもいい。
自分が考えなくともユミの口から直接聞けばいいからだ。
魔物は近づき、爬虫類のような見た目の尻尾を使ってユミの頬を叩いた。
刺激を与えれば覚醒を促すだろうと考えたのだ。
だがユミは目覚めない。
それならばと魔物は色々な方法を試した。
頬を舐めてみたり、体を揺さぶってみたり、だがそれでも起きなかった。
魔物はユミの体を温めることにした。
傷を負ったり、体の調子がおかしい場合、魔物は自分の身体を丸め休息に徹していたからだ。
実際ユミの目ではみていなかったが、負傷していた魔物はそのように身を丸め自身の身体を癒そうとしていた。
だから目を覚まさないユミを温め、回復できるように魔物はユミの体を温めることに決めたのだ。
陽が沈み、夜になり、そしてまた陽が昇る。
何日も何日も魔物はユミの体を温め続けた。
早く目を覚まして、そして助けた理由を教えてくれと祈りながら、時たま魔物はユミの顔を舐めた。
だが目覚めない。
それどころかユミの体は温まる気配すらも感じなかった。
次第にユミの体からは異臭がするようになった。
腐った臭いが魔物の鼻を刺激する。
そしてユミの体には虫が集るようになってきた。
そこでようやく魔物は諦めた。
ユミが目覚めることを諦めてしまったというより、ユミがもうすでに死んでいることを理解してしまったのだ。
死んでしまえば目を覚ますこともないことを魔物は知っていたからだ。
だがユミの体を虫になんて食べさせたくはないと魔物は強く思う。
そして腐りかけているユミの体を、魔物は涙を流し、食べたのだった。
■
ユミの体を食べた魔物に異変が起きた。
今迄も魔力が満ち溢れていたのに、体の限界を超える程の魔力が体の底から溢れてきたのだ。
そして爬虫類のようだった見た目は、ユミと同じような人間の姿へと変わっていく。
短く、四本しかなった手指は一本増え長く大きくなり、鱗に覆われていた体は肌色に変わりながらうっすらと毛が生えたもののどこか薄寒い。
四本足で歩いていた体は、何故か後ろ足の二本で立つことができて、自分が自分ではないようだった。
だが変わったことはそれだけではなかった。
魔物…いや、人間のような姿に変化したということは魔物ではなく魔人、とでもいうべきだろうか。
魔物の特徴である黒目は健在だ。
ユミのような人間の背格好をしていても、人間ではなかった。
そして魔人は笑う。
「同じ人間がこともあろうにユミを殺したのか!!!!」
思わず楽しくもないのに魔人は笑っていた。
ユミの体を食べたことで、ユミの魔力だけではなくユミの記憶迄も引き継いでいたのだ。
それがユミの力なのか、魔物、いや魔人が元々持っていた能力なのかはわからない。
ユミの記憶を継いだ魔人は怒りを通し越して笑い続けていた。
そうじゃないと魔人は怒りでこの世の全てを壊しそうになっていた筈だ。
ユミが己を助けてくれた恩人だからということもあったが、それよりもユミが目を覚ましてくれることを祈り続け、ずっと傍にいたからこそ、情という感情が魔人に生まれたのだと思う。
だからこそユミに出会えたこの森を魔人は壊したくなかった。
怒りで我を忘れたくなかった。
しばらくして魔人は笑いを止めた。
もう笑う気になれなかった。
それよりもユミを殺した人間の男に復習をしたい、その気持ちだけが魔人の心を埋め尽くした。
そして魔人はユミが住んでいたという村へと向かう為、歩み始める。
体が変わったことで、大きかった草木が小さく見えた。
ユミと一緒ならば今目に映っているこの光景も別の光景の様に写っていただろう。
だが今はそんなことを気にする余裕もなかった。
そんな魔人だったが、ふと視界の端に見えたあるモノに目がとまる。
体全体を真っ黒な靄に覆われた存在だ。
「……なんだ、魔魂喰じゃないか」
魔人は魔魂喰と呼んだその存在にニヤリと笑みを浮かべる。
魔魂喰とはその名の通り魂を食らう魔物だ。
綺麗じゃない魂を喰らうことで、未練として残っていた悪意や苦しみ、憎しみといった負の感情が魔物の力になる。
そもそも綺麗な魂というものはほぼ存在しない。
ユミのように死ぬ最後まで清らかな存在は滅多なことがなければ出会うことがないからだ。
だからこの世のほぼ全ての魂は魔魂食のエサとなる。
そして力を付けた魔物は別の魔物にとりつき、更に生きながらえるのだ。
取りつく対象は死体でも生きている存在でも構わない。
ただ力の強い魔物程体を乗っ取ることが難しくなるために、魔魂喰は主に死体にとりつくことが多かった。
そして魔人から見た魔魂喰は多くの魂を喰らっているように見えた。
どれほど生前に憎い気持ちを積み重ねてきたのかはわからないが、纏う瘴気の量と濃さからかなりの力が感じられた。
しかも先ほどまではわからなかったが、魔魂喰をじっと観察したことで魔人は冷静になれた。
そして周りを見渡すと、人間のものと思わしき骨がそこら中に転がっているのだ。
魔魂喰がなんの魂を喰ったかなんて考えなくてもわかる。
本能で行動する魔物より、自身の感情を偽ることに長けている人間の方が醜いからだ。
ユミを殺した男の様に。
「……同族で殺しあえばいい」
魔人は村に向かっていた足を戻し、来た方角に向けた。
そして歩きながら手を空へと向けてかざす。
満ち溢れた魔力で、魔人は人間が住む活動範囲に大きな結界を張った。
それは人間たちを守るためではない。
魔魂喰から逃れられなくするための結界だ。
そして魔人は結界の外に出て、静かに目を閉じた。
ユミの記憶をもっと見る為に。
ユミという存在をもっと感じるために。
魔人は長い眠りについた。
辺りからは雪は少なくなり、代わりに緑が茂っていた。
それだけでかなりの時間の経過がうかがえる。
小さな存在はその場から離れた。
森の中は脅威が多く存在する。
だが身を護るものは自分の拳しかない魔物は、思ったよりも早く傷が癒えた体を不思議そうに撫でながらも移動した。
(そう言えば魔力が満ち溢れている……)
だが明らかに自分自身ではない魔力だ。
思えば魔物には覚えがあった。
傷を癒すために小さく丸まっていた自分を包み込むよう守ってくれたような存在を感じていたのだ。
魔物はその魔力の持ち主を探した。
キョロキョロと辺りを見渡した。
すると最初の場所に明らかに怪しい何かがあった。
魔物はその場に戻り薄汚れている布をはぎとると、中から人間の女が出てくる。
「!」
魔物は思わず飛び退いた。
人間という存在は魔物を見れば攻撃してくるからだ。
確かに魔物の中には本能のまま行動する奴が多く存在するが、全てではない。
この魔物も自分の意思をしっかりともっている数少ない部類の魔物であった。
魔物は遠くからその人間の女を眺めた。
そして気付く。
以前森の中で見たことがある女だと。
確かユミ、と呼ばれていた筈だ。
(寝ている、のか…?)
魔物は恐る恐る人間の女に、いやユミに近づいた。
そして思い出す。
自分の身体に満ち溢れている魔力の持ち主が、この倒れている人間の女のものだと。
(助けてくれた、のか…?)
人間の女が魔物の命を奪うのではなく、寧ろ命を救ってくれたことを魔物はこのとき知った。
魔物である自分と人間であるユミは決して同族ではないというのに、どうして、と疑問すらわいた。
だがそんなことどうでもいい。
自分が考えなくともユミの口から直接聞けばいいからだ。
魔物は近づき、爬虫類のような見た目の尻尾を使ってユミの頬を叩いた。
刺激を与えれば覚醒を促すだろうと考えたのだ。
だがユミは目覚めない。
それならばと魔物は色々な方法を試した。
頬を舐めてみたり、体を揺さぶってみたり、だがそれでも起きなかった。
魔物はユミの体を温めることにした。
傷を負ったり、体の調子がおかしい場合、魔物は自分の身体を丸め休息に徹していたからだ。
実際ユミの目ではみていなかったが、負傷していた魔物はそのように身を丸め自身の身体を癒そうとしていた。
だから目を覚まさないユミを温め、回復できるように魔物はユミの体を温めることに決めたのだ。
陽が沈み、夜になり、そしてまた陽が昇る。
何日も何日も魔物はユミの体を温め続けた。
早く目を覚まして、そして助けた理由を教えてくれと祈りながら、時たま魔物はユミの顔を舐めた。
だが目覚めない。
それどころかユミの体は温まる気配すらも感じなかった。
次第にユミの体からは異臭がするようになった。
腐った臭いが魔物の鼻を刺激する。
そしてユミの体には虫が集るようになってきた。
そこでようやく魔物は諦めた。
ユミが目覚めることを諦めてしまったというより、ユミがもうすでに死んでいることを理解してしまったのだ。
死んでしまえば目を覚ますこともないことを魔物は知っていたからだ。
だがユミの体を虫になんて食べさせたくはないと魔物は強く思う。
そして腐りかけているユミの体を、魔物は涙を流し、食べたのだった。
■
ユミの体を食べた魔物に異変が起きた。
今迄も魔力が満ち溢れていたのに、体の限界を超える程の魔力が体の底から溢れてきたのだ。
そして爬虫類のようだった見た目は、ユミと同じような人間の姿へと変わっていく。
短く、四本しかなった手指は一本増え長く大きくなり、鱗に覆われていた体は肌色に変わりながらうっすらと毛が生えたもののどこか薄寒い。
四本足で歩いていた体は、何故か後ろ足の二本で立つことができて、自分が自分ではないようだった。
だが変わったことはそれだけではなかった。
魔物…いや、人間のような姿に変化したということは魔物ではなく魔人、とでもいうべきだろうか。
魔物の特徴である黒目は健在だ。
ユミのような人間の背格好をしていても、人間ではなかった。
そして魔人は笑う。
「同じ人間がこともあろうにユミを殺したのか!!!!」
思わず楽しくもないのに魔人は笑っていた。
ユミの体を食べたことで、ユミの魔力だけではなくユミの記憶迄も引き継いでいたのだ。
それがユミの力なのか、魔物、いや魔人が元々持っていた能力なのかはわからない。
ユミの記憶を継いだ魔人は怒りを通し越して笑い続けていた。
そうじゃないと魔人は怒りでこの世の全てを壊しそうになっていた筈だ。
ユミが己を助けてくれた恩人だからということもあったが、それよりもユミが目を覚ましてくれることを祈り続け、ずっと傍にいたからこそ、情という感情が魔人に生まれたのだと思う。
だからこそユミに出会えたこの森を魔人は壊したくなかった。
怒りで我を忘れたくなかった。
しばらくして魔人は笑いを止めた。
もう笑う気になれなかった。
それよりもユミを殺した人間の男に復習をしたい、その気持ちだけが魔人の心を埋め尽くした。
そして魔人はユミが住んでいたという村へと向かう為、歩み始める。
体が変わったことで、大きかった草木が小さく見えた。
ユミと一緒ならば今目に映っているこの光景も別の光景の様に写っていただろう。
だが今はそんなことを気にする余裕もなかった。
そんな魔人だったが、ふと視界の端に見えたあるモノに目がとまる。
体全体を真っ黒な靄に覆われた存在だ。
「……なんだ、魔魂喰じゃないか」
魔人は魔魂喰と呼んだその存在にニヤリと笑みを浮かべる。
魔魂喰とはその名の通り魂を食らう魔物だ。
綺麗じゃない魂を喰らうことで、未練として残っていた悪意や苦しみ、憎しみといった負の感情が魔物の力になる。
そもそも綺麗な魂というものはほぼ存在しない。
ユミのように死ぬ最後まで清らかな存在は滅多なことがなければ出会うことがないからだ。
だからこの世のほぼ全ての魂は魔魂食のエサとなる。
そして力を付けた魔物は別の魔物にとりつき、更に生きながらえるのだ。
取りつく対象は死体でも生きている存在でも構わない。
ただ力の強い魔物程体を乗っ取ることが難しくなるために、魔魂喰は主に死体にとりつくことが多かった。
そして魔人から見た魔魂喰は多くの魂を喰らっているように見えた。
どれほど生前に憎い気持ちを積み重ねてきたのかはわからないが、纏う瘴気の量と濃さからかなりの力が感じられた。
しかも先ほどまではわからなかったが、魔魂喰をじっと観察したことで魔人は冷静になれた。
そして周りを見渡すと、人間のものと思わしき骨がそこら中に転がっているのだ。
魔魂喰がなんの魂を喰ったかなんて考えなくてもわかる。
本能で行動する魔物より、自身の感情を偽ることに長けている人間の方が醜いからだ。
ユミを殺した男の様に。
「……同族で殺しあえばいい」
魔人は村に向かっていた足を戻し、来た方角に向けた。
そして歩きながら手を空へと向けてかざす。
満ち溢れた魔力で、魔人は人間が住む活動範囲に大きな結界を張った。
それは人間たちを守るためではない。
魔魂喰から逃れられなくするための結界だ。
そして魔人は結界の外に出て、静かに目を閉じた。
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