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章間③
5 閑話 助けた者の一生④
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◆
ユミを殺したジャングは溢れる開放感から大笑いしそうになる喜びを必死に噛みしめていた。
今はまだ真夜中なのだ。
ここで笑い声でも上げれば、耳がいい獣人に聞かれる恐れがある。
笑い声がもれないように必死に抑える。
そしてやっと落ち着いたころ、ジャングは家の中から布を持ち出し、ユミを隠すように全身に布を巻きつける。
四方に見張りがいるといってもそれは魔物を確認する為の配置だ。
人間に、しかも人族に注目がいくわけがない。
ジャングはそう考えていた。
だが保険という意味で、ジャングはこの日の担当を変えさせていたのだ。
自分と同じユミの存在をやっかいに思う者に。
だがそれでも村から出るには門を通る必要があった。
数を増した魔物から守れるように、高い塀をたてるようになったのだ。
人の出入りは一か所のみと決め、その一カ所にも人を配置する。
魔物を討伐しに、先鋭部隊が村を開けている最中に襲われても、門を閉めることで時間稼ぎになるだろうと考えた結果だ。
ジャングはユミを小さく見えるように抱えた。
『少し外に出たいのだが…』
『構いませんが、今は夜ですよ?悪いことはいいませんが……。
っとそれはなんです?』
それ、とこの日の門番を任されていたドワーフがユミをくるんだ布を指さした。
普通なら指摘され動揺してしまうところだが、ジャングはドワーフを見て動揺よりも喜びに近い感情を抱いた。
何故なら今目の前にいるドワーフは酒に酔い、頬を赤く染めているからだ。
これなら問題ないだろうと、内心ほくそ笑む。
『シッ、起きてしまうだろう。
これはユミが連れてきた手負いを負った狼なんだ。もう既に傷は癒えた。しかも殆ど家にいないユミが面倒をみるわけでもないんだ。
寝ている間に自然に返しに行きたいのさ』
『そうですか…、それならさっさと済ませてくださいね』
ドワーフはあっさりとジャングの言葉を信じ、門をわずかに開けて彼を通す。
ジャングは駆け足で走った。
やっと、やっとこの女から解放されると、その思いがジャングの足取りを軽くさせた。
ジャングは幼いころから思っていた。
偽善者の父と、父に似た偽善者でしかも偽物が自分の家族なのだ。と。
人を助けるのならば、まず家族が満足に食べられる保証をしてくれよ。
他の人だって殆ど食べていないから?だから俺たちも食べる量を減らす?
知るか。そんなの勝手だろう。
なんで俺もそれに合わせなければならない。
それで俺が死んだらどうするんだ。
猫が雨に打たれていたら自分の服を濡らしてでも保護する妹。
お前が風邪を引いたら、同じ部屋で寝ている俺はどうなるんだよ。
風邪を引きたいのならば俺のいないところで勝手にしてくれ。
ジャングはそう思っていたのだ。
やっと村での自給自食が整ってきた時、父が化け物を連れてきた。
しかもその化け物の仲間も大量に受け入れ、その後続けて他の種族も村へと引き入れる。
『化け物なんかじゃないわ!』
だって?
どうみても化け物だろうが。
おい、どうして批難していたのにやめる?もっということはあるだろう!
ああ、クソクソ。
人間といいながらも臭い獣たち。
一日中酒を要求するチビたち。
自分たちだって世話になっているだろうに、口うるさく自然を守ろうとするやつら。
こんなやつらを仲間にしてうまくいくわけがないだろう。
偽善者と偽物の前では好意的なこいつらは、俺たちだけの前だと態度を変える。
中にはそうじゃないやつらもいるが、戦場に出向く奴らは基本的に敵意を向けていた。
いつか絶対に追い出してやる。
そう心に決めて、それを有言実行できるチャンスが訪れた。
やっかいな偽善者が死んだ。
あとは偽物だけだ。
あいつは本当にお人よしだから殺してしまえばいい。
そしてやっぱり考えは当たっていた。
お人好しで偽善者なこいつは力があるというのに俺に抵抗しなかった。
静かに目を閉じて息を引き取った。
まるでそうあるのが正しいと、自ら思ったかのように。
今では森は魔物が生れる源だと言われる場所だ。
ハッキリ言って何の力もないただの人間の来る場所ではない。
だけど今の俺にはこの女の死体がある。
人族なのに人族では持っていない力を持った人間。
父が拾ってきたこの女はエルフのように巧みに魔法を使いこなすと聞いたことがある。
しかもそれだけではない。
この女の言葉にも力が込められている。
でなければなぜ小さな子供の言葉に大人が説得させられるのだ。
ただの人族のガキに他種族がいいなりなのか。
それはこの女が隠し持つ他の力による影響なのだと俺は気付いていた。
だから例え魔物がいるという森でも、この女の死体があれば問題ない。
そう思っていた。
だがそれは間違いだったことに気付く。
死体を地面に下した音が地味に森の中に響き、ジャングは何かイヤな気配を感じたのだ。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
直感だった。
だけどそれは当たっていた。
真っ黒な影。
今が真夜中だから見えないだけというわけではなかった。
何故なら森の中にだって月明かりが差し込むからだ。
月の光が当たっても黒いそれには形が無いように思える。
そんなことよりも逃げなければ。
そう思うよりも前にジャングの体は動いた。
だがそれよりも早く動き、ジャングを捕らえたのが真っ黒い魔物だった。
ジャングの体が真っ黒い魔物の中に取り込まれる。
取り込まれたジャングの体は魔物の中でバギボギと音が鳴った。
あまりの痛みにジャングは悲痛な叫びをあげるが、すぐに全身を取り込まれ声がかき消えたのだった。
ユミを殺したジャングは溢れる開放感から大笑いしそうになる喜びを必死に噛みしめていた。
今はまだ真夜中なのだ。
ここで笑い声でも上げれば、耳がいい獣人に聞かれる恐れがある。
笑い声がもれないように必死に抑える。
そしてやっと落ち着いたころ、ジャングは家の中から布を持ち出し、ユミを隠すように全身に布を巻きつける。
四方に見張りがいるといってもそれは魔物を確認する為の配置だ。
人間に、しかも人族に注目がいくわけがない。
ジャングはそう考えていた。
だが保険という意味で、ジャングはこの日の担当を変えさせていたのだ。
自分と同じユミの存在をやっかいに思う者に。
だがそれでも村から出るには門を通る必要があった。
数を増した魔物から守れるように、高い塀をたてるようになったのだ。
人の出入りは一か所のみと決め、その一カ所にも人を配置する。
魔物を討伐しに、先鋭部隊が村を開けている最中に襲われても、門を閉めることで時間稼ぎになるだろうと考えた結果だ。
ジャングはユミを小さく見えるように抱えた。
『少し外に出たいのだが…』
『構いませんが、今は夜ですよ?悪いことはいいませんが……。
っとそれはなんです?』
それ、とこの日の門番を任されていたドワーフがユミをくるんだ布を指さした。
普通なら指摘され動揺してしまうところだが、ジャングはドワーフを見て動揺よりも喜びに近い感情を抱いた。
何故なら今目の前にいるドワーフは酒に酔い、頬を赤く染めているからだ。
これなら問題ないだろうと、内心ほくそ笑む。
『シッ、起きてしまうだろう。
これはユミが連れてきた手負いを負った狼なんだ。もう既に傷は癒えた。しかも殆ど家にいないユミが面倒をみるわけでもないんだ。
寝ている間に自然に返しに行きたいのさ』
『そうですか…、それならさっさと済ませてくださいね』
ドワーフはあっさりとジャングの言葉を信じ、門をわずかに開けて彼を通す。
ジャングは駆け足で走った。
やっと、やっとこの女から解放されると、その思いがジャングの足取りを軽くさせた。
ジャングは幼いころから思っていた。
偽善者の父と、父に似た偽善者でしかも偽物が自分の家族なのだ。と。
人を助けるのならば、まず家族が満足に食べられる保証をしてくれよ。
他の人だって殆ど食べていないから?だから俺たちも食べる量を減らす?
知るか。そんなの勝手だろう。
なんで俺もそれに合わせなければならない。
それで俺が死んだらどうするんだ。
猫が雨に打たれていたら自分の服を濡らしてでも保護する妹。
お前が風邪を引いたら、同じ部屋で寝ている俺はどうなるんだよ。
風邪を引きたいのならば俺のいないところで勝手にしてくれ。
ジャングはそう思っていたのだ。
やっと村での自給自食が整ってきた時、父が化け物を連れてきた。
しかもその化け物の仲間も大量に受け入れ、その後続けて他の種族も村へと引き入れる。
『化け物なんかじゃないわ!』
だって?
どうみても化け物だろうが。
おい、どうして批難していたのにやめる?もっということはあるだろう!
ああ、クソクソ。
人間といいながらも臭い獣たち。
一日中酒を要求するチビたち。
自分たちだって世話になっているだろうに、口うるさく自然を守ろうとするやつら。
こんなやつらを仲間にしてうまくいくわけがないだろう。
偽善者と偽物の前では好意的なこいつらは、俺たちだけの前だと態度を変える。
中にはそうじゃないやつらもいるが、戦場に出向く奴らは基本的に敵意を向けていた。
いつか絶対に追い出してやる。
そう心に決めて、それを有言実行できるチャンスが訪れた。
やっかいな偽善者が死んだ。
あとは偽物だけだ。
あいつは本当にお人よしだから殺してしまえばいい。
そしてやっぱり考えは当たっていた。
お人好しで偽善者なこいつは力があるというのに俺に抵抗しなかった。
静かに目を閉じて息を引き取った。
まるでそうあるのが正しいと、自ら思ったかのように。
今では森は魔物が生れる源だと言われる場所だ。
ハッキリ言って何の力もないただの人間の来る場所ではない。
だけど今の俺にはこの女の死体がある。
人族なのに人族では持っていない力を持った人間。
父が拾ってきたこの女はエルフのように巧みに魔法を使いこなすと聞いたことがある。
しかもそれだけではない。
この女の言葉にも力が込められている。
でなければなぜ小さな子供の言葉に大人が説得させられるのだ。
ただの人族のガキに他種族がいいなりなのか。
それはこの女が隠し持つ他の力による影響なのだと俺は気付いていた。
だから例え魔物がいるという森でも、この女の死体があれば問題ない。
そう思っていた。
だがそれは間違いだったことに気付く。
死体を地面に下した音が地味に森の中に響き、ジャングは何かイヤな気配を感じたのだ。
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だけどそれは当たっていた。
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今が真夜中だから見えないだけというわけではなかった。
何故なら森の中にだって月明かりが差し込むからだ。
月の光が当たっても黒いそれには形が無いように思える。
そんなことよりも逃げなければ。
そう思うよりも前にジャングの体は動いた。
だがそれよりも早く動き、ジャングを捕らえたのが真っ黒い魔物だった。
ジャングの体が真っ黒い魔物の中に取り込まれる。
取り込まれたジャングの体は魔物の中でバギボギと音が鳴った。
あまりの痛みにジャングは悲痛な叫びをあげるが、すぐに全身を取り込まれ声がかき消えたのだった。
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