3 / 6
3
しおりを挟む<ドンドンドン>
力強く玄関の扉を叩く音が響き渡る。
小さな家には音がよく通るのだ。
「…誰だろう?」
メルも、メルの母親も思わずつぶやいた。
町の人たちは窓から手を振ったり、ノックをしたとしても優しく叩く為、こんな荒々しい音はたてたりしない。
「メル、お母さんが出るから大丈夫よ」
立ちあがろうとしたメルに声をかけ、濡れた手をふいた母が扉を開けた。
教会のものと思われる服装を身に纏った者が複数人、扉の向こうにいた。
「……教会の方々がどうかしたのですか?」
「こちらのお宅の子供について、再度魔力測定の為に伺った次第だ」
「再測定…?どうしてです?もう結果は出ている筈ですが」
「測定器の不具合が発覚し、改めて測定し直しているのだ。
一人だけが例外ではなく、対象者であれば皆お願いしていることだ」
「……不具合…」
「速やかに対応願いたい」
メルの母は渋った。
もともとメルの魔力量は少し多いくらいだと判定結果を受けていたが、成長するにつれてどんなに魔法を使っても疲れを見せないメルに、なんともいえない不安があったのだ。
だが、魔力測定は国で定められている国民の義務。
守らなければいけない決まり事だ。
「………」
メルの母親は動かなかった。
いや、動くことが出来なかった。
拒否すれば国が定めている決まりごとに異を唱える反逆者として捕らえるだろう。
また許可すれば、おそらく…いや確実にメルは連れていかれると、“感覚”でわかっていた。
メルがいてくれるだけで幸せだった。
毎日が楽しかった。
それはなにもメルの母親だけではない。
町の人たちも同じ思いだった。
だからこそ、例え肌でメルの魔力量を感じ取っても、この子は聖女ではない、ただ魔力が少し多い子、として思い続けてきた。
魔力測定器がそう判断したのだからと、そう思ってきた。
母親の顔から血の気がなくなり、体全体が冷たい水に浸かったかのようだ。
そんな冷たくなった母の手にメルは触れた。
暖かいメルのぬくもりが、冷たくなった母親の手にじわりと広がる。
「…もし、聖女様だと判断されても、家族に会うことは認められていますか?」
「無論だ。我らはそこまで非道ではない」
強い口調に冷たい視線、そして傲慢そうな態度。
メルは目の前に立っている人たちを苦手だと思った。
「……お母さん、私受けるよ」
「メル、!」
「もし私が聖女様になったとしたら、お母さんたくさん会いに来てね。バウも連れて」
そう告げるメルの服を咥え引っ張るバウと、今にでも涙がこぼれ落ちそうな母に、メルは安心させるように微笑んだ。
「ではこれを握れ。田舎の設備とは違く正確に測れる」
手渡された杖を握ると、先端についているカウンターの数値が凄いスピードで増えていく。
カウンターの数値がどれぐらいが平均的な数値なのかはメルにも母にもわからなかったが、数値が十万を超えた頃には、目が乾いてしまうぞと心配するくらい見開かれていた。
「こ、これは…なんと素晴らしい…」
「このような魔力量がこの世に存在するのか…」
「これが聖女と呼ばれる力…」
そのような言葉を口にする教会の者たちに、メルの母の表情が徐々になくなっていく。
メルが聖女だと、この時点でもう宣言されているようなものだった。
それも、教会の者たちが把握していないほどの魔力の持ち主だと。
「貴女は聖女です。我らと共に来ていただきたい」
「………」
拒否権がないことはメルもわかっていた。
十歳という若さながらも、聖女になることを拒否するということは国の決まりに背くという事、それが反逆罪として重罪になることをメルは理解していた。
本当はお母さんと離れたくない。
バウとも離れたくない。
今まで通りに、町のおばあちゃんやおじいちゃんのお手伝いをして、作って貰ったおやつを食べたり、たまにはお話をして、そして笑って過ごしたい。
でも
(拒否できるわけがないじゃない)
「……わかりました」
重い口を開き、メルは答えた。
その瞬間、バウがグルルルルと呻く。
メルの母が必死で宥めようとするが、止まらなかった。
「…バウ。バウも会いに来てね」
メルは微笑みながらそうバルに語り掛ける。
笑っているのに、今にも涙を流してしまいそうなメルの苦しそうな表情に、バウの呻きが止まった。
「絶対だよ」
そして、メルが連れていかれた家にはメルの母親と、バウだけが残された。
メルは教会の者たちの後に続いて家を出ると、「転移魔法は使えるか」と尋ねられた。
元々“少し魔力量が多い”ということで、魔法を学ぶために本を読んだり、メルの母や町の者たちに教えてもらったりしていたわけだが、どれも生活に必要な魔法しか学んでいなかった。
だから当然のごとく転移魔法は使えない。いや、使うための方法がわからないといったほうが正しいだろう。
「いいえ、使えません」
メルがそう答えると、一つの巻物を渡された。
「その巻物には移動先の情報が示されている。
巻物を破くことによって、魔法が施行される」
巻物を押し付けられたメルは、渡して来た相手の表情を伺いながらも言われた通り巻物を破いた。
すると体が光に包み込まれ、スゥーと体が消えていく。
「こ、これは!?」
「転移魔法が発動されただけだ。安心しろ」
そして次に目を開けた時には景色が全く違っていた。
黄金などの装飾品は一切ないが、精密なデザインの模様が彫られている壁が天井高くまで施され、また美しい色鮮やかなステンドグラスから差し込む光が教会の中を照らしていた。
「貴女にはこれから聖女として、役目を務めていただきます」
「役目…ですか?」
メルの言葉にコクリと教会の者が頷く。
「ええ。この教会には毎日のように聖女の力を求めている者がやってきます。その者たちへの施しと、ポーション作成、国全体への保護結界、そして…」
「ま、待ってください!私一人ではとてもじゃないですが…!」
「勿論私達も貴女に全てを押し付けようとは思っていません。
教会に助けを求めている民に対しての施しは、貴女より魔力量が劣りますが別の者が務めています。
貴女には国全体への保護結界をメインで動いてもらい、余力がありましたらポーション作成をお願いしたいのです」
「国全体の保護結界…ですか?私基本的に生活に必要な魔法だけで、他の魔法は使ったことがないんです…」
「問題ありません。聖女として求められている以上の魔力量をもつ貴女は、魔法の発動もすぐ身につけられます」
それからメルは教会の住居スペースを案内されていく。
食堂にバスルーム、トイレ、そして最後に自分の部屋を紹介されて、メルは部屋へと入った。
机とベッドとクローゼットのみで生活感はなかった。
だけど掃除は定期的にしているのだろうか、もしくはメルの噂を聞き付けた教会が連れ出すことを前提として動いていたからこそ、奇麗なのか。
いずれにしても、生活に必要な物は用意され、これから購入が必要になってくる備品についても教会が代金を支払ってくれるのだと説明されたメルは安心した。
(お母さんに、迷惑かけたくないもんね…)
部屋の中央部分で立ち尽くすメルに、案内をしていた教会の者が声をかける。
「では、貴方には明日から魔法の特訓に当たっていただきます。
貴方の本来の魔力量を測定できなかったのは教会の責任でもありますが…、それでも貴方が五年間。聖女として活動してこなかったのも事実。
明日から厳しく指導させていただきますので、今日中に必要な買い出しは済ませてくださいね」
そう言ってメルにお金を渡した者は去って行く。
転移魔法を使った為まだ陽は上っているが、それでもメルは急いで生活用品を求めに教会を飛び出したのであった。
18
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
『婚約破棄されましたが、孤児院を作ったら国が変わりました』
ふわふわ
恋愛
了解です。
では、アルファポリス掲載向け・最適化済みの内容紹介を書きます。
(本命タイトル①を前提にしていますが、他タイトルにも流用可能です)
---
内容紹介
婚約破棄を告げられたとき、
ノエリアは怒りもしなければ、悲しみもしなかった。
それは政略結婚。
家同士の都合で決まり、家同士の都合で終わる話。
貴族の娘として当然の義務が、一つ消えただけだった。
――だから、その後の人生は自由に生きることにした。
捨て猫を拾い、
行き倒れの孤児の少女を保護し、
「収容するだけではない」孤児院を作る。
教育を施し、働く力を与え、
やがて孤児たちは領地を支える人材へと育っていく。
しかしその制度は、
貴族社会の“当たり前”を静かに壊していった。
反発、批判、正論という名の圧力。
それでもノエリアは感情を振り回さず、
ただ淡々と線を引き、責任を果たし続ける。
ざまぁは叫ばれない。
断罪も復讐もない。
あるのは、
「選ばれなかった令嬢」が選び続けた生き方と、
彼女がいなくても回り続ける世界。
これは、
恋愛よりも生き方を選んだ一人の令嬢が、
静かに国を変えていく物語。
---
併せておすすめタグ(参考)
婚約破棄
女主人公
貴族令嬢
孤児院
内政
知的ヒロイン
スローざまぁ
日常系
猫
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
侯爵令嬢セリーナ・マクギリウスは冷徹な鬼公爵に溺愛される。 わたくしが古の大聖女の生まれ変わり? そんなの聞いてません!!
友坂 悠
恋愛
「セリーナ・マクギリウス。貴女の魔法省への入省を許可します」
婚約破棄され修道院に入れられかけたあたしがなんとか採用されたのは国家の魔法を一手に司る魔法省。
そこであたしの前に現れたのは冷徹公爵と噂のオルファリド・グラキエスト様でした。
「君はバカか?」
あたしの話を聞いてくれた彼は開口一番そうのたまって。
ってちょっと待って。
いくらなんでもそれは言い過ぎじゃないですか!!?
⭐︎⭐︎⭐︎
「セリーナ嬢、君のこれまでの悪行、これ以上は見過ごすことはできない!」
貴族院の卒業記念パーティの会場で、茶番は起きました。
あたしの婚約者であったコーネリアス殿下。会場の真ん中をスタスタと進みあたしの前に立つと、彼はそう言い放ったのです。
「レミリア・マーベル男爵令嬢に対する数々の陰湿ないじめ。とても君は国母となるに相応しいとは思えない!」
「私、コーネリアス・ライネックの名においてここに宣言する! セリーナ・マクギリウス侯爵令嬢との婚約を破棄することを!!」
と、声を張り上げたのです。
「殿下! 待ってください! わたくしには何がなんだか。身に覚えがありません!」
周囲を見渡してみると、今まで仲良くしてくれていたはずのお友達たちも、良くしてくれていたコーネリアス殿下のお付きの人たちも、仲が良かった従兄弟のマクリアンまでもが殿下の横に立ち、あたしに非難めいた視線を送ってきているのに気がついて。
「言い逃れなど見苦しい! 証拠があるのだ。そして、ここにいる皆がそう証言をしているのだぞ!」
え?
どういうこと?
二人っきりの時に嫌味を言っただの、お茶会の場で彼女のドレスに飲み物をわざとかけただの。
彼女の私物を隠しただの、人を使って階段の踊り場から彼女を突き落とそうとしただの。
とそんな濡れ衣を着せられたあたし。
漂う黒い陰湿な気配。
そんな黒いもやが見え。
ふんわり歩いてきて殿下の横に縋り付くようにくっついて、そしてこちらを見て笑うレミリア。
「私は真実の愛を見つけた。これからはこのレミリア嬢と添い遂げてゆこうと思う」
あたしのことなんかもう忘れたかのようにレミリアに微笑むコーネリアス殿下。
背中にじっとりとつめたいものが走り、尋常でない様子に気分が悪くなったあたし。
ほんと、この先どうなっちゃうの?
周囲からはぐうたら聖女と呼ばれていますがなぜか専属護衛騎士が溺愛してきます
鳥花風星
恋愛
聖女の力を酷使しすぎるせいで会議に寝坊でいつも遅れてしまう聖女エリシアは、貴族たちの間から「ぐうたら聖女」と呼ばれていた。
そんなエリシアを毎朝護衛騎士のゼインは優しく、だが微妙な距離感で起こしてくれる。今までは護衛騎士として適切な距離を保ってくれていたのに、なぜか最近やたらと距離が近く、まるでエリシアをからかっているかのようなゼインに、エリシアの心は揺れ動いて仕方がない。
そんなある日、エリシアはゼインに縁談が来ていること、ゼインが頑なにそれを拒否していることを知る。貴族たちに、ゼインが縁談を断るのは聖女の護衛騎士をしているからだと言われ、ゼインを解放してやれと言われてしまう。
ゼインに幸せになってほしいと願うエリシアは、ゼインを護衛騎士から解任しようとするが……。
「俺を手放そうとするなんて二度と思わせませんよ」
聖女への思いが激重すぎる護衛騎士と、そんな護衛騎士を本当はずっと好きだった聖女の、じれじれ両片思いのラブストーリー。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる