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8 過去の婚約話が破談となったわけ
しおりを挟む渡り廊下から淑女クラスの棟へと移動したアリエスとマリアは廊下を並んで歩いていた。
マリアはちらちらと放心状態のアリエスを伺い、アリエスはユージンとの再会に胸を高ぶらせていた。
そもそもアリエスにとってユージンは初恋の相手だった。
可愛い容姿だけではなく、優しく、勉強も運動もなんでも出来て、更には勇敢にアリエスを守るユージンはまるで童話に出てくる王子様のようだった。
そして再会を果たした今、可愛かった容姿は美しい美少年に変わり、肉体も少し触れただけでわかるほどに鍛え上げられていることを知る。
そんなユージンに抱きしめられたアリエスはときめく以外の選択肢があるはずもなかった。
もっと大人になれば美少年から美青年に変貌するだろうと想像できるが、その隣に並び立つのは自身ではない事を残念に感じたアリエスは苦笑交じりに笑う。
「…アリエス様は、デクロン様とは親しいのでしょうか?」
そんなアリエスにマリアが尋ねた。
マリアの頬が少し赤いのは何故だろうと不思議に思いながらアリエスは答える。
「…子供の頃に少しだけ交流がありましたの。ですが、私がデクロン子息様がお辛い時期なのにも関わらずお手紙を送り続けてしまった所為で、縁を結ぶことが出来なくなったのです」
「お辛い時期?……そういえばデクロン様はお母様を…」
「ええ」
アリエスは言葉を濁したマリアに頷いた。
そして簡単にではあったが、幼少期に知り合い、婚約を結ぼうとした過去を話す。
◇
手紙のやりとりをする約束をしたアリエスは、ユージンが王都へ着いた頃を見計らって手紙を出した。
馬車で一週間かかる距離にすぐには返事が来ないだろうと思ってはいたが、それでも毎日メイドに手紙はなかったかと期待の眼差しで尋ねていた。
そんなアリエスに届けられたのはユージンの返信ではなく、デクロン夫人、つまりユージンの母が亡くなったという訃報だった。
公爵家へと向かう道の途中、土砂崩れがあり馬車が道から外れて横転。
ユージンをかばったデクロン夫人は、出血多量でそのまま亡くなってしまったという知らせだった。
ユージンも意識不明だったことから、公爵夫人の葬儀はユージンの意識が戻り次第執り行われる為、具体的な日付を告げることが出来ないという事情から、親近者のみで執り行われるとのこと。
つまりアリエスの母であるウォータ伯爵夫人の参列は遠慮したいという内容だった。
また公爵夫人が亡くなったことで、アリエスとユージンの婚約話も綺麗に流れた。
互いに身分が釣り合う相手を婚約者に定めたほうがいいだろうと、デクロン公爵の考えが書かれていたのだ。
アリエスの母は親友の葬儀に参列することが出来ず、またもっと出発を引き止めていれば、寧ろ王都に自分が向かっていればよかったのよと心を痛め、アリエスも優しく話しかけてくれたユージンの母親ともう二度と会えないこと、そしてユージンとの婚約がなくなった事に涙をした。
◇
「それでも友達として、慰めようと思って手紙を送り続けました。だけどユンから返ってきたのは“構わないで欲しい”という一言だけ。…私はユンを慰めることも出来ない事を知りましたわ」
「そう、なのですね」
寂しそうに話したアリエスにマリアは返事しながらも首を傾げた。
あのユージンのアリエスに対する反応を見た限り、アリエスを拒否することなんて考えられないからだ。
なにかもっと別の事情があったのではないかと考えたが、あくまでもこれはマリアの推測の為、気安くアリエスに話すことは出来なかった。
「だから私はユン…、いえ、デクロン子息とは何の関係もないのです」
寂しそうにそう告げたアリエスは、先ほど他の令嬢といちゃついていた婚約者を見た時よりも遥かに傷ついているようにマリアには見えた。
だからマリアは悟る。
(アリエス様は、デクロン様の事を今でも好きなのね)
でも婚約は家と家との契約。
そこに子供の意見は取り入れられることなどほとんどないことは、マリアも貴族令嬢として理解していた。
それでも好きな人がいるのに他の男性に嫁ぐこと、しかも嫁ぐはずの男性が他の女性と逢瀬を重ねているかもしれないだなんて…と少し前に婚約者が他の女性と会っている現場を見て心を痛めたマリアはアリエスを心配げに見つめる。
「…あ、…あのマリア様」
「はい!なんでも仰ってください!私アリエス様の話なら何でも聞きますから!」
うるうると何故か涙で瞳を潤ませているマリアを見てアリエスは首を傾げたが、すぐに心優しいマリアが自分の事で胸を痛めていることを察した。
アリエスはなんだか心が温かく感じ、自然に口角が上がる。
「…大丈夫ですよ。カリウス様は単純なお方ですから、なにか事情があったのだと思っています」
アリエスはにこりと笑った。
男と女がクラスも違うのに、二人で会う事情がどんなものなのかは検討もつかないが、それでもカリウスはアリエスの婚約者だ。
男らしい逞しい肉体をもつカリウスは頭脳タイプではなく肉体タイプで、だからか思考回路もわかりやすい。
幼い頃はそれなりに優しかったカリウスが成長していくにつれ、“女のような男友達”に接しているような感じをアリエスは感じていたが、それでも小さい頃からの婚約者だった為にカリウスの性格はよく知っていた。
隠し事が出来ないカリウスとは話しあいをすれば解決すると考え、帰宅したら手紙を書こうと考えながら、アリエスはマリアと話す話題を変えたのだった。
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