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14、決意
しおりを挟む急に痛みに頭を抱え込んだ私を心配して立ち上がってくれた夫人に私は笑みを向けました。
勿論離れた場所で控えているミーラにもです。
「ごめんなさい…、けれど、もう大丈夫です」
私は思い出しました。
侯爵家について考えると痛み出す頭痛。
そして先程の激しい頭痛。
更にはお義母様から香った甘い匂いと、常にお義母様が首から下げていた変えることのない同じネックレスを思い出します。
この世には魔法を使う魔法使いというものが存在しますが、呪術師という者も存在するのです。
魔法使いは無から有を作り出せる神秘的かつ奇跡のような現象を発生させることができるのに対し、
呪術師は呪具を使い、他者に危害を与える存在なのです。
勿論他者に危害を加えることから国では決して認められてはおらず、見つかると罪に問われてしまいます。
ですが人間は善意の塊のような人はいません。
どんな人にも悪意が芽生えることがあります。
その為犯罪となってしまう呪具も巧妙な手口で取引がされているのです。
私が今までお義母様に疑問を抱かず、逆らうこともせず、ただただ従順に従っていたその背景にはこの呪具が絡んでいるのではないかと思ったのです。
そうでなければ魔法使いの私は違和感を感じたときに、呪術を扱うときに伴う香りをすぐさま遮断しているはずですから。
そしてもうお義母様からの呪縛から解き放たれた私は、魔法使いであることを隠さずに私の推測を伝えました。
「……呪術、ね。可能性はあるわね」
そう考え込む公爵夫人は、私の話を一つの可能性として考えてくれる様子でした。
「…ありえない」
「ヴァル、様?」
低く呟かれた言葉に顔を向けると、ワナワナと怒りで震えるヴァル様が居ました。
「使用人扱いに虐待に加えて、長年アニーを洗脳してきただと!?ありえん!今すぐに処刑してやる!!」
「ヴァル、頭を冷やしなさい」
席を立った夫人はきつくヴァル様に言い放ちました。
「くそっ」
そう暴言を吐いて、私と夫人がいるテーブルへと近寄ったヴァル様はそのまま席に座ります。
そして私は気分を害してしまったヴァル様に尋ねることも難しく、かといって無視をするわけにはいかずにヴァル様の後ろにいた男の人をちらちらと見ていたところ、夫人が気付いてくれました。
「まぁ、殿下ではないですか。どうしました?」
「いや親友に面白いことを聞いてね」
「………」
殿下と呼ばれた男の人の言葉にヴァル様はギロリと睨みつけます。
「ハハハ、ごめんってば。そう睨まないでよ。
僕に出来ることなら十二分に協力するからさ」
「…ふん」
「で、君がヴァルの婚約者で”魔法使い”だよね」
「……はい。帝国の若き太陽にご挨拶申し上げます。アニー・クラベリックと申します」
席から立ちあがって王子殿下に挨拶をします。
「ここに来たのは魔法使いの子にお礼をいいに来たんだ。……でもその前に聞き捨てならないことが聞こえてきたんだけど……
僕も話に参加してもいいかな?」
夫人とヴァル様が私を見ます。
話の内容は私の事なので私が許可を出すべきだからです。
「勿論構いません。寧ろ殿下に参加していただけること、至極光栄にございます」
「ありがとうね。
で、さっき”呪術”という言葉が聞こえたんだけど……話を聞かせてもらえるかな?」
「はい」
私は夫人に先程話した内容をそのまま殿下と、そしてヴァル様に伝えました。
途中から聞いていたとはいえ、どこから聞こえていたのかは私にはわかりませんから。
「ふーん……、つまりアニー嬢が今身につけている物に呪具があれば、アニー嬢の仮説は証明されるってことだね。
公爵夫人、アレはある?」
「ええ。ございますよ。
先程メイドにお願いしましたので、もう間もなく持ってくると思います……と、来ましたね」
タイミングよくメイドがやってきて、夫人に小さな機械を手渡しました。
夫人はその端末の電源を入れると、音もなくランプが点灯しました。
「ッ!」
「おお!これはアニー嬢の仮説が正しそうだね!」
「そうですわね。……アニーちゃん、アニーちゃんも知っている通り呪具は見た目じゃわからないわ。
だからこそ、この探知機で呪具を見極めるの。……アニーちゃんがいつも身につけていて呪具かもしれないと思う物はあるかしら?」
殿下や夫人がいう”アレ”という物がわかっていませんでしたが、どうやら呪具の探知機でした。
とても便利な機械を公爵家は持っているんですね。
「……このアクセサリーを見ていただけますか?」
私は手首に嵌めているブレスレットを外してテーブルの上に置きました。
夫人が端末をブレスレットにつけると、ピーという音と共に点滅していたランプが点灯に変わります。
「……これで確信だね。
まぁまだ親機と呼ばれる呪具を発見していないけれど…アニー嬢が呪術を受けていたことはこれで証明された」
呪術は魔法とは違い、呪具と呼ばれる道具が必要になります。
呪術を行う者は常に呪具を身につけ、その呪具を介して人を呪うのです。
つまり、お義母様が呪具を常に身につける必要はありますし、呪いたい人にも呪具を渡す必要があることから二つ以上の呪具が必要になるのです。
また呪いが強ければ強いほどに香りはきつくなり、効果が出ると聞きます。
そしてその香りは呪術者各々で全く異なるものです。
つまりこのブレスレットから微かに香る甘い匂いと、お義母様から香る甘い匂いは全く同じものであることから、呪術者はお義母様という事がわかり、そして呪う相手はブレスレットを持っている私という事がわかりました。
でも、このブレスレットは……
「アニーちゃんはどうしたい?」
話しかけられた私は思考を止めて、夫人に顔を向けます。
「どう、とは?」
「侯爵家のことよ。幸い……かどうかはわからないけど、アニーちゃんとヴァルはまだ籍をいれていない。
侯爵家をどうしたいかは、アニーちゃんの主張が重要よ」
それにここにちょうど殿下もいるしね、とウィンクする夫人に私は考えました。
正直言って、ヴァル様が仰っていた”処刑”はあまりにもやりすぎの気がしてなりません。
ですが、罪は償ってもらいたいと思うのも事実です。
そして侯爵家については……
「奥様」
一人のメイドが厚い封筒と一つの手紙を持って現れました。
「あら、調査が終わったのね」
「はい。こちらが調査結果になります。
そして、こちらはクラベリック侯爵家からアニー様宛の手紙です」
メイドは封筒は夫人に、手紙は私に渡すと下がってしまいました。
少し暗くなってきましたが、この庭園のテーブル席には明かりがある為に書面を読むことは可能です。
私は一言告げて手紙の中身を確認しました。
「……………」
夫人と共に封筒の中の書面を確認するヴァル様が私の異変を感じ取りました。
「アニー?」
「……決めました」
「何を、だ?」
「私、侯爵家に戻りたいと思います」
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