【完結】王女だった私が逃げ出して神子になった話

あおくん

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8.王様との対面

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「私が、王城に、ですか?」

お勤めにも慣れてきた頃、もうすぐ九歳になろうとしていた私は、突然のことに目を瞬いた。

「ああ。王家から神殿へ神子派遣要請が来ているんだよ」

「神子の派遣…」

「要求されている神子は癒しの神子。つまりアリシア、君に要請が来ているんだ。
いけるかい?」

私は見上げていた顔を俯かせて考えた。
もう二度と王城になんて行きたくなかったからだ。
だが、例え貴族社会とは無縁と言われている神殿でも、無闇矢鱈に拒否することは出来ないことは私にもわかること。
私が八歳の子供であることは理由にはならない。
何故なら既に救いを求める国民を癒しているという実績があるからだ。
断る為にはそれ相応の理由が求められるだろう。

それに……

(ルーク王子を一目だけでも拝見したい……)

視線が交わらなくてもいい。
言葉を交わさなくてもいい。
ただ、一度目の人生で愛していたルーク王子が元気でいるのかが知りたかった。

実の息子を手にかける王妃が全面的に悪いことは確かだが、アリシアに関わった事で倒れさせてしまったことが今でもアリシアは悔やんでいるのだ。
二度目の人生のルーク王子は元気でいることが知ることが出来るのならば、王城へ行くことだって構わない。

「はい、大丈夫です」

私は神官長にそう告げて頷いた。




そして王城。

貴族ではない私は神殿の白いローブを身に纏っていた。

神子として王城へと来ているのだ。
本当は大人用しかなかったローブを、アリシアのために子供用の一張羅をわざわざ作って貰ったのだ。

着心地の良い生地は肌に馴染み、まるで羽のように軽い素材は思わずひらひらと翻したくなったが我慢する。
私は子供ではないからだ。

「……癒しの神子様、ようこそおいで下さいました」

一瞬の間の後にこりと微笑んだ男性は前回の人生でも王の横にいた人物だった。

(名前はジョセフ。王の付き人で従者だったから、王と王妃のスケジュール合わせによく話をすることがあった)

黒い前髪を上げ、サラサラと指触りが良さそうな髪の毛を崩れないように固めているジョセフさんは私に手を伸ばして、そして持ち上げた。
「えッ」と思わず声をあげたが、私を持ち上げたジョセフさんはそのまま歩き出す。
体の小さい私では走っても追いつけないかもしれないぐらいのスピードを出して歩みを進めるジョセフさんに、私は戸惑った。
戸惑って後を追うコンラートに目を向けるが、コンラートは真面目な表情でただ後ろを歩くだけ。
昔王城に勤めていたことがあると言っていたから、ジョセフさんがとった行動も普通のことなのかもしれない。

「陛下は今非常に危うい状態です。
一刻も早く癒しを与えていただきたく、このような無礼をお許しください」

な、なるほど。
子供体型の私の足では到着が遅れてしまうと判断し、持ち上げたというわけか。と私は納得する。
いや、納得なんて精神年齢を考えたら出来そうもないが、それでも楽が出来たことは確かだ。
正直王城から早い段階で出ていきたい気持ちも強い為、運んでもらえるのなら甘んじて受けようと私は目を瞑る。心の。

サーと顔にあたる風を浴びながら暫くした後、抱き上げていたジョセフさんはそっと私を床の上に降ろしてくれた。

「さぁ、この謁見の間に陛下がいらっしゃいます。
作法等は気にしないで構いません。ただ、陛下に癒しをお与えください」

そうして開けられた扉は重そうにギィと音を立てる。
扉から無駄に長い通路のようなスペースにはこの王城で働いているのか人が並び、そしてその開けた先の高い場所に王が座っていた。

歩き出すジョセフさんの後を追うように歩を進める。

「………っ」

ごくりと息を飲み込んだ。

一度目の人生の時に見た、同じ顔がそこにいるのだ。
だが、目の下の濃く刻んだ隈も、げっそりと痩せた頬も体も、不機嫌そうな表情が一度目に見た王とは明らかに違っていたことに驚いた。
そして王も、私を見るなり目を見開いて、まるで驚愕したかのように沈黙したあと、口を開いた。

「お前、名は何と言う…」

「アリシアと申します」

私ははっきりと告げた。
一度目の人生では王妃が与えたドエラというのが一度目の人生の名前だった。
だが、二度目の今世では違う。
女の奴隷という意味を持つ名前ではなく、神官長が与えてくれたアリシアという素敵な花の名前。
これが私の名前なのだと、強い口調で名乗った。

「ッ!…そなた…親の名前はなんだ」

陛下は私の名前を聞くなり、体を前のめりに倒す。
聞き覚えがあるのだろうか。
そう思ったが、陛下の意図も質問の裏に隠されている意味も私にはわからない。

もしかしたら裏の意味なんてないのかもしれないが。

「私には親がおりません為、申し上げることが出来ません。
……それより初めてもいいでしょうか?」

私の答えにあからさまに落胆する王に思った。
一度目とは違う反応。

なんで?どうして?

わからない。この人が何を考えているのか全く分からない。

だけど、落胆した王が私を見る目には今でもどこか温かく感じる。

その瞳に込められている感情の意味はなんなのか。
それを知りたい気持ちがあるが、知りたくない気持ちもある。
知ってしまったら、私は今までのように過ごせないと、どことなくそう思ったからだ。
だから私はここへ来た役目をすぐに果たそうと言葉にした。

実際ジョセフさんにも早く行うように言われているし。

「陛下?」

「……ああ、頼む」

王の言葉を聞いて私は両手を合わせ、握る。
大きく深呼吸した後、私は歌った。



大好き、大好きだよ
貴方の笑顔が私の生きがい
愛する貴方の笑顔を見る為に
私は今日も前を向いて生きる
ほら、空を見上げれば
太陽も雲も空も笑って貴方をみているよ
だからどうか貴方も笑って
笑顔を見せて
愛する貴方の笑顔を見たいの



私の癒しの効果は声が届く範囲内。
王だけじゃなく、この謁見の間にいる人たち皆に及ぼされる。

キラキラと光るピンク色の光が謁見の間に現れ、まるで花びらが舞い落ちるかのように降り注いだ。

自分でも不思議な光景。
前回の人生の時にはこのような現象は現れることはなかった。
今世で違う点は神殿に訪れたことがあるかないかの違いだけ。

私はふぅと息を吐き、閉じていた目を開いて前を見た。

「…え…」

思わず声が漏れた。

目の前にいる王が、静かに涙を流していたからだ。





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