【完結】王女だった私が逃げ出して神子になった話

あおくん

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18.物語の最後

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あっという間に時は流れた。

神殿へと戻った私は神官長に時間を貰い、母のことを尋ねた。
最初は口を閉ざしていた神官長は、王からの手紙と、王から頂いたブレスレットをみるとポツポツと話をしてくれた。

神子であった母は、力を自覚した時にはすでに大人となり、そして旅芸人という家族がいた。
離れたくない。皆と共にいたいという強い願いから、母が神子として生きるよりも踊り子として生きていく方が正しい姿ということだと神官長は思った。
(がんばりなされ)と心の中で応援したという。
そしてある日の晩、ずいぶん慌てた様子で母が神殿に尋ねた。
「私は逃げなければいけない」「娘は父親のもとに預けた」「でも娘がここを頼ってきたときはどうか助けてほしい」そう言っていたという。
そして足早に去ろうとする母に神官長は尋ねた。
「あなたの娘の名は!?」
その問いかけに母は叫びながら答えた。
「アリシア!」と。

そして八年の歳月が経ち母によく似た私がコンラートに連れられ、「神子だ!」という言葉と共にたたき起こされたという。
母によく似たピーチピンク色の髪の毛をした私を見て、神官長はすぐに母の子だと思ったそうだ。

名を告げなかった私になにか事情があるのだろうと察した神官長は、あの日叫びながら答えた母の答えを思い出し、私に「アリシア」と名を与えたという。

父親が王様だからと、敵陣に私を預けてしまう母もどうかと思うが、もしかしたら母は王妃が黒幕だということを知らなかったのかもしれない。
命を狙われている、ただそれだけを知り逃げた。
このままでは子まで失ってしまう。
だから王宮を尋ねたのだろう。

私はそう思った。

そして母が愛し子ということを、父であり国王である王が公表した。
愛し子としての役割を果たすために、大々的に人探しという名目で手配をかけた。

これに戸惑いを見せたのはやはり母の殺害を行った者たち。
勿論表立って騒ぐことはしていなくとも、動揺は見て取れたらしい。
そんなことをアルベルトは手紙で教えてくれた。

そして次にコンラートが動く。
母を見つけたと王城で告白した。
しかし深刻な容態で王城に連れて行くのは難しいと伝える。

『それが…本当に愛し子である証拠は?』

正式な場を設けた為に、その場には王妃もいたらしい。
扇子で口元を隠し、王妃はコンラートにそう尋ねたという。
コンラートは答えた。

『以前から面識がございました』

『愛し子と面識、ですか』

『はい。私は昔王家の騎士団として働いておりました。
護衛騎士の一人として町に出向いた際、愛し子様と対面いたしました』

正確にはコンラートは父の護衛をしたことなどない。
年齢が合わないからだ。
まだ二十四。しかも私が生まれる九年前では十五である。
成人はしていても、王族を守る護衛騎士を任されるはずもなかった。

だけど、今のコンラートは見た目は年齢ほど若く見えず、更に髭を生やすことで更に年齢をふけさせて見せた。
更に町に出た際に王族を守る護衛騎士は多数配置させることもあり、専属の護衛騎士を王妃が覚えていても、複数配置させる騎士の顔と名前までは王妃だって知らないだろう。
その考えが見事に的中し、これによって本当に当時王太子の護衛騎士として働いていたということを信じ込ませた。

『…昔働いていた、ということは今は別のところで騎士を?』

そう尋ねた王妃にコンラートは真実を返す。

『はい。今から九年ほど前に解雇となりましたため、今は神殿で働いております』

『…そう』

王が愛し子だと公表した母の存在。
その母を見つけたというコンラート。
また九年ほど前にクビにした騎士が、今目の前にいるコンラートだということを王妃に印象付けた。

種を蒔き王妃の行動を監視した影は、王妃の行動を漏らすことなく王へと伝える。

そして王妃が動いた。

あの女は本当に死んだのか。と公爵家に怒鳴り込みに行った王妃の行動を影が記録する。
そして公表を聞いた公爵家のものは憮然とした態度で肯定した。

『ここにあの平民の死を確認したという明確な言葉だって書かれているだろう!』

これを確かに耳にした影の一人は王へと早馬で知らせた。
そして残った影の一人は、そのまま公爵家の動きを注視する。

知らせを聞いた王はいつでも行動を起こせるようにと準備していた為、すぐに公爵家へと向かったらしい。

愛し子を殺害”しようとした”という話を聞いたという情報を耳にしたという王は、公爵家の中を調べるように指示をだした。
そして出てきた殺害依頼と報告書。

決定的な証拠に公爵と王妃は地べたに座り込んだ。

そしてコンラートが見つけたのは母のアリエルではなく、子の私ということを誤報だったと国民に発表した。
前の愛し子はどうなったのだと、様々な者が口にした。
そして当時の私は明らかにまともな暮らしをしていなかったことを保護した神殿の声から、私の過去を調べ明らかにすることとなった。

明らかにされていくにつれて、王妃の罪状が積み上げられていった。

母の殺害と私への行い。
それに加わった王妃の実家であるレイズ公爵家もただではすまなかった。
国の存亡のために欠かせない愛し子を手にかけたその罪で、公爵家の爵位と財産は王家に返還することを言い渡され、公爵家の当主と王妃は斬首刑を告げられた。
そして、前王は母が愛し子であることを知っていたのか知らなかったのか、私は詳細を知らない。
けれど公爵家と縁繋ぎとなることに利益を見出し強行させた前王にも、現王は愛し子を危険に晒した罪として前王が持っている全権威を剝奪させた。

これでよかったのだろう。そう思って私は報告の名目として手紙をくれたアルベルトの便りを二つに折り封筒に戻す。

私は当初王妃には罪を償ってもらいたいと、そう願った。
私だけを殺そうとしていたと思っていたからこそ、命を奪うことまでは考えていなかった。
悪い事をしたとちゃんと自覚して、そして謝ってほしかった。悪かったといってもらいたかった。
ただそれだけだったんだ。

だけど、王妃は私の母を殺していた。

生きていれば愛情を与えてくれていた筈の母を、王妃は殺したのだ。
そして母が生きていると誤報だったとしても判明した時、再び母が死んだことを確認した。
怯えていたという事ではない。
『ちゃんと殺したんでしょうね!?』と怒りをあらわにし怒鳴っていたと、聞き耳を立てていたアルベルトが聞いたと手紙に書かれている。

何も反省していない王妃。
神の愛し子を殺したからというより、一人の人間を殺したという罪を自覚していない王妃に、もう私は見放した。
なにをいっても伝わらない。と。

私の中で幸いだったのはコンラートへ危害が及ばなかったということ。

王妃がコンラートを始末しようと動いたのなら、きっと今頃神殿は多少なりとも血で汚れてしまっていただろう。
でもそうせず、あくまでも母の死を確認することを最優先に王妃が行動した為に、そうならなかった。


今回の件で私が愛し子であることが公表されたけれど、王の娘だということはまだ発表されていない。
その為、私は今までと変わらずに過ごしていた。

「で、お前これからどうするんだ?」

「どうするって?なにが?」

「陛下の娘として王女生活を送るのかってことだよ」

コンラートの問いかけに私は口を閉じた。

一度目とは違い、二度目の人生の王は最後まで私の味方として動いてくれた。
その姿が脳裏に焼き付き、心に刻まれている。

だけど___

「…恥ずかしいんだもん」

「は?」

「なんでもない!!」

_____今更王のことを“お父さん”って呼ぶのは恥ずかしかった。

いつかはそう呼ぶことがくるかもしれないけれど、それはきっと今ではないはずだ。

もう少し時間を置きたい。顔を見て、まっすぐ王にお父さんと言えるくらいの心の準備期間が欲しい。

その準備期間の間私は今のまま、神殿で過ごしていきたい。
この国を守るための神子として、愛し子の役割を全うしていきたい。

私を処刑した王はもうどこにもいない。
だって私を大事に思って、そして味方になってくれるお父さんがいるから。
お父さんだけではない、コンラートもジョセフさんも、神殿の人たちも、そしてアルベルトも。
皆が私の傍にいてくれる。

「アリシアーー!やっと伯父上が離してくれたよ!!」

豪華な馬車に乗ってやってきたアルベルトが私に駆け寄る。

「伯父上ってばひどいんだよ!お前ばっかりアリシアと会うだなんてとかなんとか!
僕だって全然アリシアと会えてなかったって言うのに!」

そういえばジョセフさんが言っていた。
アルベルトはたくさんの人の記憶を見すぎて、いつの間にか子供っぽくなくなってしまったと。
でも私と会ってからは年相応な子供のようだと言っていた。

まるで私の前では自然にいられるようだといわれているようで、私は嬉しく思ったことを思い出す。

「アハハ。そうだね。私もアルベルトに久しぶりに会えてうれしいから、王様に沢山小言言われても、こうして会いに来てくれてありがとう」

自然に上がった口角でそうアルベルトに告げると、照れた様子で頬をかく。

「……あのさ、アリシア」

「なに?」

「僕、本当の本気でアリシアの事が好きなんだ。
だからさ伯父上の娘になって王女になってよ」

「…どうして?」

「神殿預かりのままだと婚約制度とかないから。
王女になれば婚約申し込みができる。そうすれば他の男たちに牽制できるでしょ?」

そう言い切ったアルベルトに私は大きく目を見開いた。

「……ねぇ、アルベルト」

「なに?」

「私結婚は恋愛結婚がいいんだ」

「ならなおさら僕としよう!」

笑顔を見せるアルベルトに私は首を振る。

アルベルトとそういう関係になりたくないということではない。
私はお父さんとお母さんのように恋愛をして、いつまでも相手を好きで、想い合っていきたいとそう思うのだ。

「…困ったときには手を差し出して、悲しい時には寄り添って。
大事な時には味方になってくれて、でも間違っているときには過ちを正してくれる」

本の中でルーク王子とエリザべスがそうであったように。

「……アルベルトはクリスティーナ前王妃の時、私の味方でいてくれてすごくうれしかった。
本当に感謝しているの。ありがとう」

____でも

「私の中で思う恋愛をするというのは、相手のことが知りたくて、知っていくうちにずっとその人のことを考えるようになって。
頭から離れなくなって、一緒にいたいと思うようになって、少しでもいいから話をしたくて。
それで話す時間が増えていくうちに、その時間が大事になって。
相手が嬉しそうに笑っていたら、私も嬉しくなって、それで………手をつなぎたいとか、抱きしめたいとか、独り占めしたいとか、そんなことを考えちゃう。
それが、そういう恋愛をしたいって思うの」

二度目の人生でも恋愛に関しては本当にド素人である私は、ルーク王子とエリザベスが築いたような関係ではなく、もっと些細なことを体験したかった。
それこそ、女性神官がおすすめだと貸してくれた、巷で流行っている恋愛小説のような、そんな甘くて沢山のドキドキが詰まっているような、そんな恋愛を。

「…………つまり、アリシアは僕にまだ恋愛感情を抱いていない、ということだから結婚はおろか婚約者としても考えれない。
そういうことかな?」

本当に申し訳なく感じ、私はアルベルトの顔をみれないまま頷いた。
そんな私が気に入らないのか、顎に手をかけて顔を持ち上げられると、強制的にアルベルトの綺麗な金色の瞳と目があってしまう。
アルベルトの瞳越しに、私が動揺している様子が分かった。そして距離の近さに思わず頬が熱くなり、朱に染まる私の様子も。
そんな私の様子に気をよくしたのかアルベルトがにこりと微笑む。

「つまり、僕にアリシアを落とせってことだよね。
ならさ、アリシアは僕だけのことを見ていてくれないかな?婚約者になれないってことはアリシアはフリーの状態で、僕は常にヤキモキすることになりそうだから」

「や、ヤキモキ…?」

「こんなに可愛くて魅力的な女の子がいたら、誰だって好きになって口説きたくなるでしょ?ううん、絶対口説く。
コンラートが全部蹴散らしてくれるならいいけど、たぶんそうはしないよね。神殿は個人の恋愛には介入しないって聞いているし。
でも僕としては他の男を見てほしくない。僕が一番アリシアの心に近いのに、王弟という立場で今度頻繁に会いに来れなくなってしまうハンディキャップのために、少しだけ僕のために条件を合わせてほしいんだよ」

いいよね?と首をかしげるアルベルトに私は口を閉ざしてしまった。
どう答えればいいのかわからなかったからだ。

顎に手をかけられ、まるで他のものを視野にいれさせないとでもいうように、私の視界にはアルベルトしかみえない。
だからコンラートにも助けを求められず、でもコンラートが仲裁しないから、アルベルトのいうことにも一理あるのかと私は考え始める。
そしてアルベルトが更に距離を詰め、遂に呼吸が私にかかる程に近くなった時、私は叫ぶように答えた。

「いいよ!」

と。

「やった!」と手を放して嬉しそうに喜ぶアルベルトを見ながら、ドキドキしていた心臓を落ち着かせていると、コンラートが私に耳打ちする。

『ああ答えた以上、もうアリシアはアルベルト王弟殿下に捕まったも同然じゃん。
覚悟しておけよ。王族の血が流れている者の執着は激しいって、この国で有名な話だからな』

と。


その言葉に驚きつつ、それでもいいかと思ったことは内緒にした。

本当に会って間もない相手だけど、アルベルトは私の事を無条件で信じてくれた。
今はまだ子供だけど、でも私を安心させてくれた人。
私の為に怒って、そして一緒に戦ってくれた。

それになにより、私はアルベルトを信じられる人だと思っている。

きっと私は近い将来、アルベルトの好きな食べ物、嫌いな食べ物、休日は何をして過ごしているのか、好きな色は何色か、嫌いな色は何色か、たぶん沢山の事を知りたいと思うのだろう。

アルベルトが好きだと答えたお菓子や料理に挑戦するかもしれない。
それで美味しいって言ってもらえたら、たぶんまた作る為に腕を磨くかもしれない。

アルベルトが好きだという色を使った服を着て、私はおしゃれに目覚めるかもしれない。

アルベルトはルーク王子に似て、今の見た目もとても可愛らしい。
そんなルーク王子は将来とても美男と呼ばれるほどに美しくなることを私は知っている。
イケメンな父の弟の血を継いでいるアルベルトは、ルーク王子に負けず劣らずかっこよくなるだろう。
きっと凄い人気で、私はアルベルトに近寄る女性たちに嫉妬したりするかもしれない。

そんな先の未来が想像できる程、アルベルトは私の心に足跡を残した。

王妃の事件の時も、なにも出来なかった私はコンラートが命を落とすことがないことを祈っていたけれど、アルベルトも無事でいてほしいと祈っていたのだ。
アルベルトは今大丈夫なのか、と思うたびに状況を知らせてくれるアルベルトからの手紙を見て安堵していた。
私にとってアルベルトはもうとても大事な人になっていたのだ。
失いたくない人の一人になっていた。

だからきっと、私がアルベルトに対して恋をして、手を繋ぎたくなる気持ちも傍にいたいと思う気持ちも、アルベルトを独占したくなる気持ちも自覚する日がやってくるだろう。

だけど、それは今すぐではない。
私が自覚するまで、後数年は待っていてほしいかな。と喜ぶアルベルトを見つめながら心の中でお願いした。


「…はぁ、こりゃあ王城で働かせてくれって、今からでも言っておいていいかもしれないな」

そんな独り言をつぶやいたコンラートを見上げ、なんといったのか尋ねる。
けれどもなかなか答えないコンラートに、私はむっと頬を膨らませて顔を逸らした先にいたアルベルトが笑った。

「僕もアリシアに独占欲を掻き立てられるくらいいい男になって、それでアリシアに好きになって貰えるように努力するからね!」





今日も私は歌う。
救いを求める国民の為に、そしてこの大地で眠り、癒しを望んでいる神様に。

そして私の大事な人の為に。





数年後、王女の存在を公表したと同時に婚約者を発表し、国は大いに盛り上がりを見せた。
国民の為に癒しの力を届けた神子であり、神の愛し子が王女だと判明したのだ。

王女が綺麗なドレスを身に纏い国民の前に現れた。
幸せそうに微笑み、王女、そして王と同じ金色に輝く瞳を細め、王女以上に幸せそうな表情で王女の腰を抱き寄せた婚約者は愛おしい婚約者に口づける、
そんな二人の姿に、国民は更に盛り上がった。


そして王女と婚約者は仲睦まじい夫婦となり、生まれた子を王女が目にした時涙を流したとされている。

『ルーク…、やっと会えたね』

小さく呟かれたその言葉を夫であるアルベルトはしっかりと聞き取り、愛しい妻であるアリシアの一度目の人生でかけがえのない子の名を自らの子につけた。


これはルーク王子と戦いの神子エリザベスの話ではなく、虐げられた王女アリシアの物語である。





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