3 / 56
第三話:鬼
しおりを挟む
「あ……翼禮、さん」
「おはようございます、淡島さん。何かお仕事あるかなと思って」
「え、えっと……」
視線がいっせいにこちらに向く。
陰陽省に女性はわたし一人。多くの巫女や尼と呼ばれる不思議な力を持った女性たちは、それぞれの神社や寺院に所属している。
好き好んで陰陽省で働いたりはしない。大内裏内は政治臭くて息が詰まるからだ。
淡島は陰陽省の中でも若輩だが位が高いので、わたしにとってはかなり話しかけやすい部類の人間と言える。
いわゆる、板ばさみ的配置のひとだ。
年長者だけど位が低い陰陽術師と、若いが生家が太い陰陽術師の間に挟まれ、いつもおどおどしている。
「じゃ、じゃぁ、北東の太門付近に出没している妖魔の調伏をお願いします」
「わかりました。あのへんの森は昼間でも暗いですもんね」
「そ、そうなんです。よろしくおねがいします」
「はい。行ってまいります」
淡島に笑顔で会釈し、わたしは陰陽省を後にした。
「お、おい! 翼禮さん、いつになったら紹介してくれるんだよ淡島ぁ!」
「本当に可憐だ……。紅一点だからではなく、本当に可愛らしい人だ……」
「仙術師には見えないよな。普通の人間みたい。いや、それ以上に可愛い!」
「お前ばっかり会話してずるいぞ、淡島」
「え、え、ひぃ……」
こんな会話が繰り広げられているとは露知らず、来た道を通って朱雀門を出て、北東――鬼門の太門へと出発した。
太門は東西南北に全部で八つ。京から少し離れた山中や森の中、湖近くなど、妖魔が湧きやすい位置に設けられた封印門である。
毎月陰陽術師や僧侶たちによって丁寧に封印が掛けられているが、それだけでは防げないほどの妖魔が人間の新鮮な魂や臓物が集まる京を目指して這い出てきてしまう。
それを調伏し、元の世界に返すか、退治するのも陰陽省の仕事の一つなのだ。
その中でも北東にある太門は〈鬼門〉と呼ばれ、もっとも妖魔の漏れが酷い場所である。
何度となく太門を修理しても、一ヶ月ともたずに亀裂が入ってしまう。
(……春なのに、この身を傷つけんとする冷たい一筋の風。何かが太門から出てきているのかも)
現在、京はいくつかの危険にさらされている。
太古よりヒトは幾度となく戦乱を巻き起こしてきた。それらで散っていった怨霊が神域であるはずの山を汚染し、そこに住まう精霊種木霊を穢してしまった。
その結果、木霊は樹木を育むのではなく、樹鬼を産み出してしまった。
樹鬼は光合成や水からしか栄養が得られない自分たちの身体を変化させるため、様々な動物と交わり、血肉を求める凶鬼へと進化。
その中でも、極悪で最悪にして狂悪、無慈悲で醜悪な精神を持った十二体の〈禍ツ鬼〉が葦原列島の各地から集まり、京の周辺地域にまで迫ってきているという。
(やっぱり、奴らは〈王〉を探しているんだ。遠い昔、ご先祖様が命を懸けて封印した、〈禍ツ鬼〉の〈王〉を……)
わたしは急いで太門へと向かった。
凍てつく風は本数を増やし、頬をかすめていく。
血のにおいが混じり始めた。兎、蛇、猪、そして、人間。
「襲われてる!」
太門までまだ少し距離のある深い森の上空、なにか鈍い鉛色のものが震えながら左右に振られているのが見えた。
凶鬼に襲われている人間が農機具で応戦しているのだろう。
わたしは急いで飛び降りた。
「み、巫女様⁉ た、たた、助けてください! どうか! どうか……」
「みなさんは逃げてください」
「でも、でも父たちが……」
農機具を持ちながら必死で叫んでいる青年と、地面に転がる血まみれの二つの遺体。血を流しながら震える女性の腕の中には小さな子供。
「ご遺体については知り合いの導師に伝えておきます。奴らには喰わせません。だから、逃げてください」
「ご、ご遺体⁉ さ、さっきまで息を……」
「逃げてください!」
わたしは四体の大きな白い狼を召喚すると、混乱し泣いている彼らをその背に放り、一番近い町まで届けるよう狼たちに命令した。
狼は頷き、一目散に森の中を駆けて行った。
「なにすんだこのクソガキ!」
「おれらの食料だったんだぞ!」
「親分がだまっちゃいねぇかんな」
豚に似た三匹の凶鬼たちが、黒い鉄で出来た武器をちらつかせながらにじり寄ってきた。
「……人間じゃあねぇな?」
「ばか、このガキは仙子だ。喰ったらおれらが死ぬぞ」
「でも女だ。連れて帰ろう。親分の愛玩人形にちょうどよさそうだ」
「そうしようそうしよう。土産だ」
思わず棘薔薇が出そうになった。
女だという理由で舐められるのは許容できない。
「まとめてかかってきていいですよ。子豚ちゃんたち」
「なんだとクソガキ!」
振り下ろされた斧を避け、鎖鎌を跳んで躱し、肉切り包丁の猛攻を後方宙返りで避けたあと、着地してすぐ地面を前にけり出し、杖を二振りの太刀に変化させて三匹の首を刎ねた。
「若い凶鬼だったな」
わたしは白い鴉を召喚すると、足にこの場所の地図を括り付け、導師の元へ飛ばした。
導師は遺体に召鬼法を使い、歩く遺体――僵尸にしてから遺族の元へ届けるという仕事を請け負っている。
引き取り手がない場合は化野や鳥辺野といった墓所へ直接送られることもある。
腐敗が進んだ遺体は病気の温床にもなりうる。
人力に限界があるこの時代に、導師はとても大切な存在なのだ。
「親分ってやつを探さなきゃ」
わたしは齧りかけの動物の死体が転がる獣道を進んでいった。
まるで何かの道しるべのように、その悲しい印はわたしを誘っていった。
一つの強大な悪の元へ。
「おはようございます、淡島さん。何かお仕事あるかなと思って」
「え、えっと……」
視線がいっせいにこちらに向く。
陰陽省に女性はわたし一人。多くの巫女や尼と呼ばれる不思議な力を持った女性たちは、それぞれの神社や寺院に所属している。
好き好んで陰陽省で働いたりはしない。大内裏内は政治臭くて息が詰まるからだ。
淡島は陰陽省の中でも若輩だが位が高いので、わたしにとってはかなり話しかけやすい部類の人間と言える。
いわゆる、板ばさみ的配置のひとだ。
年長者だけど位が低い陰陽術師と、若いが生家が太い陰陽術師の間に挟まれ、いつもおどおどしている。
「じゃ、じゃぁ、北東の太門付近に出没している妖魔の調伏をお願いします」
「わかりました。あのへんの森は昼間でも暗いですもんね」
「そ、そうなんです。よろしくおねがいします」
「はい。行ってまいります」
淡島に笑顔で会釈し、わたしは陰陽省を後にした。
「お、おい! 翼禮さん、いつになったら紹介してくれるんだよ淡島ぁ!」
「本当に可憐だ……。紅一点だからではなく、本当に可愛らしい人だ……」
「仙術師には見えないよな。普通の人間みたい。いや、それ以上に可愛い!」
「お前ばっかり会話してずるいぞ、淡島」
「え、え、ひぃ……」
こんな会話が繰り広げられているとは露知らず、来た道を通って朱雀門を出て、北東――鬼門の太門へと出発した。
太門は東西南北に全部で八つ。京から少し離れた山中や森の中、湖近くなど、妖魔が湧きやすい位置に設けられた封印門である。
毎月陰陽術師や僧侶たちによって丁寧に封印が掛けられているが、それだけでは防げないほどの妖魔が人間の新鮮な魂や臓物が集まる京を目指して這い出てきてしまう。
それを調伏し、元の世界に返すか、退治するのも陰陽省の仕事の一つなのだ。
その中でも北東にある太門は〈鬼門〉と呼ばれ、もっとも妖魔の漏れが酷い場所である。
何度となく太門を修理しても、一ヶ月ともたずに亀裂が入ってしまう。
(……春なのに、この身を傷つけんとする冷たい一筋の風。何かが太門から出てきているのかも)
現在、京はいくつかの危険にさらされている。
太古よりヒトは幾度となく戦乱を巻き起こしてきた。それらで散っていった怨霊が神域であるはずの山を汚染し、そこに住まう精霊種木霊を穢してしまった。
その結果、木霊は樹木を育むのではなく、樹鬼を産み出してしまった。
樹鬼は光合成や水からしか栄養が得られない自分たちの身体を変化させるため、様々な動物と交わり、血肉を求める凶鬼へと進化。
その中でも、極悪で最悪にして狂悪、無慈悲で醜悪な精神を持った十二体の〈禍ツ鬼〉が葦原列島の各地から集まり、京の周辺地域にまで迫ってきているという。
(やっぱり、奴らは〈王〉を探しているんだ。遠い昔、ご先祖様が命を懸けて封印した、〈禍ツ鬼〉の〈王〉を……)
わたしは急いで太門へと向かった。
凍てつく風は本数を増やし、頬をかすめていく。
血のにおいが混じり始めた。兎、蛇、猪、そして、人間。
「襲われてる!」
太門までまだ少し距離のある深い森の上空、なにか鈍い鉛色のものが震えながら左右に振られているのが見えた。
凶鬼に襲われている人間が農機具で応戦しているのだろう。
わたしは急いで飛び降りた。
「み、巫女様⁉ た、たた、助けてください! どうか! どうか……」
「みなさんは逃げてください」
「でも、でも父たちが……」
農機具を持ちながら必死で叫んでいる青年と、地面に転がる血まみれの二つの遺体。血を流しながら震える女性の腕の中には小さな子供。
「ご遺体については知り合いの導師に伝えておきます。奴らには喰わせません。だから、逃げてください」
「ご、ご遺体⁉ さ、さっきまで息を……」
「逃げてください!」
わたしは四体の大きな白い狼を召喚すると、混乱し泣いている彼らをその背に放り、一番近い町まで届けるよう狼たちに命令した。
狼は頷き、一目散に森の中を駆けて行った。
「なにすんだこのクソガキ!」
「おれらの食料だったんだぞ!」
「親分がだまっちゃいねぇかんな」
豚に似た三匹の凶鬼たちが、黒い鉄で出来た武器をちらつかせながらにじり寄ってきた。
「……人間じゃあねぇな?」
「ばか、このガキは仙子だ。喰ったらおれらが死ぬぞ」
「でも女だ。連れて帰ろう。親分の愛玩人形にちょうどよさそうだ」
「そうしようそうしよう。土産だ」
思わず棘薔薇が出そうになった。
女だという理由で舐められるのは許容できない。
「まとめてかかってきていいですよ。子豚ちゃんたち」
「なんだとクソガキ!」
振り下ろされた斧を避け、鎖鎌を跳んで躱し、肉切り包丁の猛攻を後方宙返りで避けたあと、着地してすぐ地面を前にけり出し、杖を二振りの太刀に変化させて三匹の首を刎ねた。
「若い凶鬼だったな」
わたしは白い鴉を召喚すると、足にこの場所の地図を括り付け、導師の元へ飛ばした。
導師は遺体に召鬼法を使い、歩く遺体――僵尸にしてから遺族の元へ届けるという仕事を請け負っている。
引き取り手がない場合は化野や鳥辺野といった墓所へ直接送られることもある。
腐敗が進んだ遺体は病気の温床にもなりうる。
人力に限界があるこの時代に、導師はとても大切な存在なのだ。
「親分ってやつを探さなきゃ」
わたしは齧りかけの動物の死体が転がる獣道を進んでいった。
まるで何かの道しるべのように、その悲しい印はわたしを誘っていった。
一つの強大な悪の元へ。
0
あなたにおすすめの小説
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
石榴(ざくろ)の月~愛され求められ奪われて~
めぐみ
歴史・時代
お民は江戸は町外れ徳平店(とくべいだな)に夫源治と二人暮らし。
源治はお民より年下で、お民は再婚である。前の亭主との間には一人息子がいたが、川に落ちて夭折してしまった。その後、どれだけ望んでも、子どもは授からなかった。
長屋暮らしは慎ましいものだが、お民は夫に愛されて、女としても満ち足りた日々を過ごしている。
そんなある日、徳平店が近々、取り壊されるという話が持ちあがる。徳平店の土地をもっているのは大身旗本の石澤嘉門(いしざわかもん)だ。その嘉門、実はお民をふとしたことから見初め、お民を期間限定の側室として差し出すなら、長屋取り壊しの話も考え直しても良いという。
明らかにお民を手に入れんがための策略、しかし、お民は長屋に住む皆のことを考えて、殿様の取引に応じるのだった。
〝行くな!〟と懸命に止める夫に哀しく微笑み、〝約束の1年が過ぎたから、きっとお前さんの元に帰ってくるよ〟と残して―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる