棘薔薇呪骨鬼譚《イバラジュコツキタン》

智郷めぐる

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第三話:鬼

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「あ……翼禮よくれい、さん」
「おはようございます、淡島さん。何かお仕事あるかなと思って」
「え、えっと……」
 視線がいっせいにこちらに向く。
 陰陽省に女性はわたし一人。多くの巫女や尼と呼ばれる不思議な力を持った女性たちは、それぞれの神社や寺院に所属している。
 好き好んで陰陽省で働いたりはしない。大内裏だいだいり内は政治臭くて息が詰まるからだ。
 淡島は陰陽省の中でも若輩だが位が高いので、わたしにとってはかなり話しかけやすい部類の人間と言える。
 いわゆる、板ばさみ的配置ポジションのひとだ。
 年長者だけどくらいが低い陰陽術師と、若いが生家が太い陰陽術師の間に挟まれ、いつもおどおどしている。
「じゃ、じゃぁ、北東の太門たいもん付近に出没している妖魔の調伏をお願いします」
「わかりました。あのへんの森は昼間でも暗いですもんね」
「そ、そうなんです。よろしくおねがいします」
「はい。行ってまいります」
 淡島に笑顔で会釈し、わたしは陰陽省を後にした。
「お、おい! 翼禮よくれいさん、いつになったら紹介してくれるんだよ淡島ぁ!」
「本当に可憐だ……。紅一点だからではなく、本当に可愛らしい人だ……」
「仙術師には見えないよな。普通の人間みたい。いや、それ以上に可愛い!」
「お前ばっかり会話してずるいぞ、淡島」
「え、え、ひぃ……」
 こんな会話が繰り広げられているとは露知らず、来た道を通って朱雀門を出て、北東――鬼門の太門へと出発した。
 太門たいもんは東西南北に全部で八つ。みやこから少し離れた山中や森の中、湖近くなど、妖魔が湧きやすい位置に設けられた封印門である。
 毎月陰陽術師や僧侶たちによって丁寧に封印が掛けられているが、それだけでは防げないほどの妖魔が人間の新鮮な魂や臓物が集まるみやこを目指して這い出てきてしまう。
 それを調伏し、元の世界に返すか、退治するのも陰陽省の仕事の一つなのだ。
 その中でも北東にある太門は〈鬼門〉と呼ばれ、もっとも妖魔の漏れが酷い場所である。
 何度となく太門を修理しても、一ヶ月ひとつきともたずに亀裂が入ってしまう。
(……春なのに、この身を傷つけんとする冷たい一筋の風。何かが太門から出てきているのかも)
 現在、みやこはいくつかの危険にさらされている。
 太古よりヒトは幾度となく戦乱を巻き起こしてきた。それらで散っていった怨霊が神域であるはずの山を汚染し、そこに住まう精霊種木霊こだまを穢してしまった。
 その結果、木霊は樹木を育むのではなく、樹鬼じゅきを産み出してしまった。
 樹鬼は光合成や水からしか栄養が得られない自分たちの身体を変化させるため、様々な動物と交わり、血肉を求める凶鬼きょうきへと進化。
 その中でも、極悪で最悪にして狂悪、無慈悲で醜悪な精神を持った十二体の〈禍ツ鬼マガツキ〉が葦原列島の各地から集まり、みやこの周辺地域にまで迫ってきているという。
(やっぱり、奴らは〈王〉を探しているんだ。遠い昔、ご先祖様が命を懸けて封印した、〈禍ツ鬼マガツキ〉の〈王〉を……)
 わたしは急いで太門へと向かった。
 凍てつく風は本数を増やし、頬をかすめていく。
 血のにおいが混じり始めた。兎、蛇、猪、そして、人間。
「襲われてる!」
 太門までまだ少し距離のある深い森の上空、なにか鈍い鉛色のものが震えながら左右に振られているのが見えた。
 凶鬼きょうきに襲われている人間が農機具で応戦しているのだろう。
 わたしは急いで飛び降りた。
「み、巫女様⁉ た、たた、助けてください! どうか! どうか……」
「みなさんは逃げてください」
「でも、でも父たちが……」
 農機具を持ちながら必死で叫んでいる青年と、地面に転がる血まみれの二つの遺体。血を流しながら震える女性の腕の中には小さな子供。
「ご遺体については知り合いの導師に伝えておきます。奴らには喰わせません。だから、逃げてください」
「ご、ご遺体⁉ さ、さっきまで息を……」
「逃げてください!」
 わたしは四体の大きな白い狼を召喚すると、混乱し泣いている彼らをその背に放り、一番近い町まで届けるよう狼たちに命令した。
 狼は頷き、一目散に森の中を駆けて行った。
「なにすんだこのクソガキ!」
「おれらの食料だったんだぞ!」
「親分がだまっちゃいねぇかんな」
 豚に似た三匹の凶鬼きょうきたちが、黒い鉄で出来た武器をちらつかせながらにじり寄ってきた。
「……人間じゃあねぇな?」
「ばか、このガキは仙子せんしだ。喰ったらおれらが死ぬぞ」
「でも女だ。連れて帰ろう。親分の愛玩人形おもちゃにちょうどよさそうだ」
「そうしようそうしよう。土産みやげだ」
 思わず棘薔薇いばらが出そうになった。
 女だという理由で舐められるのは許容できない。
「まとめてかかってきていいですよ。子豚ちゃんたち」
「なんだとクソガキ!」
 振り下ろされた斧を避け、鎖鎌を跳んでかわし、肉切り包丁の猛攻を後方宙返りで避けたあと、着地してすぐ地面を前にけり出し、杖を二振りの太刀に変化させて三匹の首を刎ねた。
「若い凶鬼きょうきだったな」
 わたしは白い鴉を召喚すると、足にこの場所の地図を括り付け、導師の元へ飛ばした。
 導師は遺体に召鬼法しょうきほうを使い、歩く遺体――僵尸キョンシーにしてから遺族の元へ届けるという仕事を請け負っている。
 引き取り手がない場合は化野あだしの鳥辺野とりべのといった墓所へ直接送られることもある。
 腐敗が進んだ遺体は病気の温床にもなりうる。
 人力に限界があるこの時代に、導師はとても大切な存在なのだ。
「親分ってやつを探さなきゃ」
 わたしは齧りかけの動物の死体が転がる獣道を進んでいった。
 まるで何かの道しるべのように、その悲しいマーカーはわたしをいざなっていった。
 一つの強大な悪の元へ。
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